12 護衛官は可愛くて強い
短めに。
「おい、ふざけんな!」
怒号に驚き、声のした方を向くと、スキンヘッドで強面な探索者が、受付嬢を恫喝していた。怒鳴られてる受付嬢は震えてる。新人さんだろうか?
周りの奴らも、何事かと視線を向けていた。
「なんでこのオレ様が、ビッグホーン討伐依頼を受けられないんだ!」
「で、ですからその依頼はDランクでして、今日登録されたばかりの方には受けられない依頼なんです……!」
「ふざけんな! このオレ様に、みみっちい兎狩りをさせるってのか!」
……テンプレだなあー。
怒鳴られてる話を聞いてると、どうやら彼は受けたい依頼を受けられないらしい。それで、キレた男を受付嬢がなだめてるって構図らしい。よくありそうな話だわ。まあ、素直にルールを守る人間ばかりじゃないよな、探索者って職種を選ぶやつは。
……と、俺が現状を理解したとほぼ同時、シェリアさんが立ち上がった。そして、揉めてる場所へと歩いて行った。
すっ、と責められている受付嬢の隣に立つと、
「お客様、受付の者への恫喝はおやめ下さい」
「ああん? なんだてめえは?」
「探索者ギルド・ルーン支店護衛官のシェリア=イズと申します。ギルド職員への高圧的な態度、並びにギルドの規定へ抵触する行為を強要したこと。共に違反行為にあたります」
「ああ? お前、何言ってんだ? 舐めてんのかコラ!」
標的を、シェリアさんに変えたみたいだ。思い切りメンチきってる。
……いや、観察している場合じゃねえわ。さすがにシェリアさんが怪我するのは見たくない。目立ちたくはないけど、あいつ大した事無さそうだし、止めた方が良いか――
立ち上がろうとした俺の腕を、ゲイルが掴んだ。
「何をするんだ」
ゲイルは目を瞑ってゆっくりと首を振り、
「問題ない」
「なに?」
「見れば分かる」
「どういう――」
言い終わらないうちに、強烈な打音が聞こえた。
そちらを向くと、
「……は?」
手を前にかざすシェリアさん。その先の壁際でびしょ濡れになって伸びているチンピラ。
周りの探索者たちは、吹き飛ばされた男がノビているのを確認すると、各々自分たちの仕事に戻って行った。まるでいつものこと、といった具合に興味なさげだった。
……シェリアさん、魔術士だったのか。しかも、こんなに強かったとは。全然気付かなかった。
というか、ゲイル。気付いていたのなら教えろよ。
軽くゲイルを睨むが、肩をすくめるだけだった。
「失礼しました」
俺らの前に戻ってきたシェリアさんは、そう言って頭を下げた。
先ほどの馬鹿は、ギルド職員に連れられていった。
「お疲れさまです。魔術士とは知りませんでした。強いんですね」
「いえ。少し水魔術が使えるだけです」
嘘つけ。さっきのは少しってレベルじゃないぞ。
「あの男は、どうなるのですか?」
「違反事項に応じて、強制労働をして頂きます。大抵は、探索者ギルドが行っている開拓事業などですね。あの程度の違反でしたら、ひと月といったところでしょうか」
「そんなものですか」
「あのような輩は、週に一度はやってきますから」
そしていつもやられるわけだ。
「けど、そんなに強いのに、どうして受付嬢を?」
「探索者ギルドは揉め事が多いので、受付には戦える人間が何人か置かれるのです。護衛官というのですが、この支部にも私を含めて四人ほどいますよ」
なるほど。ギルド受付の用心棒みたいなものか。専門職みたいで格好良いな。
「シェリアさんみたいに、魔術士が置かれるのですか?」
「そういう決まりはありませんね。大抵は結婚やケガなどで探索者を引退された方ですね」
「シェリアさんもですか?」
「いえ、私はたまたま戦えたので、護衛官に選ばれました」
本当はやるつもりなかったんですけどね、と苦笑するシェリアさん。
「ギルド運営とか、そちらの方に興味があったので」
「それだけ強ければ、探索者も向いていそうですね」
すっ、とシェリアさんから表情が消える。
すぐに笑顔に戻ったが、どことなく強張って見えた。
……地雷だったか。
「学校に通っているうちに、あんまり向いていないかな、と思ったので、探索者にはなりませんでした」
学校ってのは、このギルドに併設されている、その名の通り勉学するところだ。
正式名は別にあるらしいけど、誰も呼ばないので俺も知らない。知らなくても困らないしな。
一般の人でも通えて、様々なことを教えるらしい。その中に、探索者になるための技能を教える講義があるのだとか。シェリアさんが通っていたのも、それだろう。
「それに、探索者以上にやりたいこともできたので。だから、探索者ギルドの職員になったんですよ」
「なるほど。目的持っているから、それだけ優秀なんですね」
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないんですけどね。とりあえず、今日は色々とありがとうございました」
「またのお越しをお待ちしております」
営業スマイルのシェリアさんにお礼を言って、今度こそ俺はギルドを後にした。