11 依頼は上限超えてやるもの
「そりゃ、っと」
俺の右拳が、飛びかかってきた角兎の腹に命中する。柔らかい白い毛と肉、そして硬い骨の感触。ぐちゅり、と何かをひしゃげた感触が拳に伝わる。
角兎は血を吐き出し、そのまま力を失った。
「ま、こんなもんか」
軽く手首を回してマッサージした後、角兎の大きな角を採取する。ついでに毛皮も剥ぐ。
角兎は低級の魔物で、大きな白兎に角を付けたような姿をしている。
旺盛な繁殖力のせいで、FランクやEランクのような低ランクでは、常に討伐依頼が張り出されている魔物だ。
……ちなみに、大剣を使わなかったのは、奴らが小さかったからだ。角兎の討伐証明として、その角を持ち帰らねばならないのだが、大剣だとその角ごと粉砕しかねない。
なので、あまり使っていなかった体術で対処しただけだ。一応これでも、前の世界じゃ空手の黒帯持っていたからな。積み重ねて段位とっただけで、さして強くなかったけど。
「そっちも終わったか」
ゲイルが、赤黒い汚れのついた布袋を手に持って近づいてきた。中身は土蛇という、同じく低ランクかつ討伐依頼が多い魔物の首だ。風属性を持つゲイルとは相性の良い土属性持ちだけあって、サクサクと済ませたようだ。
俺たちは今朝、探索者ギルドで依頼を探した。
探索者ギルドでは、上限を五つとして、パーティー人数分だけ同時に複数の依頼を受けられるシステムになっている。もちろん、失敗したらペナルティがあるが。
俺たちは二人パーティーなので、二つまでは重複して依頼を受けられる。急ぎランクを上げたい俺の方針に沿うよう、討伐依頼を二つ受けた。
同時に、常時張り出されている薬草類の採集も行っていた。
討伐依頼を受けているため、依頼自体は受けられない。けれど、まだギルドに依頼が残っていれば、討伐依頼の達成を報告した際に受ければいい。そして、すぐに達成報告をすればいい。
グレーな気もするが、同時に受けてるわけではない。俺たちが勝手に採取して、その場で依頼達成するだけなのだから。
集めたのは、赤草と呼ばれる薬草と、ニヂと呼ばれる毒草だ。赤草は名の通り、ヨモギを赤くしたような草で、それだけではごく僅かな疲労軽減の効果しか無いが、他の薬草と掛け合わせる事で、混ぜた薬草の効果を増加する薬草だ。俺はこいつを勝手に賦活剤と呼ぶ事にした。
ニヂは、紫がかったラグビーボールみたいな花をつける。根っこから花まで余すところなく毒を持つが、火魔術で熱することで毒素を弱める事が出来る。弱くなった毒は薬にもなり、強力な解毒薬の材料として重宝される。
ちなみに、ニヂと赤草は禁忌の組み合わせだったりする。この二つと、あと幾つかの薬物を合わせると「竜殺し」という猛毒になる。なんか親近感が湧くよね。冗談だけど。
赤草は平原に生えているのだが、なかなか見つからない。
ヨモギに似ていることが特徴ではあるが、似た雑草も結構あるのだ。類似のものは毒ではないらしいが、ギルドに持ち込む訳にはいかない。
見分け方は魔力量と葉の形。四苦八苦しながらも、少しずつ集めていた。
一方でニヂは森の奥まったところにある。土蛇の出没場所とも重なっていたのでゲイルにお願いした。
「ニヂの方はどうだった?」
「この通りだよ」
なるほど、十分だ。依頼数も5つと少なめだったし、ゲイルがとってきたのはその倍はある。
「そっちは?」
「なんとかギリギリってところかな」
朝出ていた依頼書には、赤草の葉を50枚程となっていた。手元にあるのも、そのくらいだ。
受けた依頼の件と合わせて最低でも3つ、うまくいけば4つだ。
勇者のお披露目が三日後なので、ギリギリいけるか……?
まあ、ダメならダメで諦めよう。昨日ゲイルが言った通り、見つかる可能性はゼロに近いだろうし。無理して悪目立ちするのも良くないし。
「さて、それじゃあ……ん?」
ゲイルが空を睨みつけていた。俺も同じように眺めてみるが、何も見えない。
「どうかしたのか?」
「ん、ああ。どうやらワイバーンの群れが、この辺りにいるみたいだ。空にマーキングされている」
「ああ……」
そういえば、サーラが言ってたな。ワイバーンは亜竜の中では珍しく、空にマーキングできる種だと。
竜のマーキングは魔力で行われる。そして風竜を始め、竜種は全て空にマーキングできる。
亜竜はそうもいかないが、ワイバーンだけは例外らしい。
しかし、なんでワイバーンが……この辺、住処っぽくないぞ?
「まあ、気にしても仕方ないだろう。マーキングの雰囲気的に、好戦的でもないし、バカでもなさそうだ」
「そこまでわかるもんなんだな」
「これでも風竜だからな」
そんなもんか、と思いながら、やるべきことを終えた俺たちは、ルーンへと帰ることにした。
昼も過ぎたころ、探索者ギルドに戻ってきた。
昼を過ぎては人影は少ない。遅く起きた探索者が依頼を探していたり、早々と依頼を終えた人が報告に来ていたり、休みなのか近くのテーブルで談笑していたり、様々だ。
朝来たときは、かなりの列ができていたのだけど、遅くなればこんなもんだよな。
とりあえず、報告に行くか。
この探索者ギルドは、窓口が幾つもあり、それぞれ別業務の受付口となっている。
俺が初日に訪れたのは、昇級と新規受付を行う窓口。それ以外の窓口は、張り出した依頼を受けるもの、ギルド員からの依頼を受けるもの、そして依頼完了を報告するものだ。
報告窓口は数が多い。依頼完了の報告は、本当に依頼が完了しているか確認する作業に時間がかかるからだ。夕方などはかなり混む。今はまだ昼過ぎだからか、人は少ないが。
そして何故か、窓口には女性が多い。まあ、荒事も多い探索者は男の方が多いから、依頼を受けたりするときくらい、女の子と話したいんだろう。正直どうでもいい。
その報告窓口の一つに、シェリアさんがいた。最初に受付をしてくれた人だ。
彼女は俺たちの方へと視線を向け、にこりと笑った。
空いてるみたいだ。シェリアさんの前へ行って座る。
「依頼完了の報告に来ました」
整理番号の書いた木製プレートを渡す。何の依頼を受けたのかを示すもので、依頼の管理が簡単になって便利らしい。
ちなみに、この札が無いと報酬金額が3割も減らされる。札の管理もできない人間にやる金はない、ってことらしい。まあ分かるけど。
「はい。この番号は……角兎と土蛇の討伐ですね。では討伐証明を提出して下さい」
そう促され、俺たちはそれぞれ角兎の角と、土蛇の首を出した。
それを依頼書を見ながら目視で確認していく。
依頼書には、
・依頼内容
・依頼条件
・達成条件
・達成期限
・成功報酬
が書かれており、達成条件の中に、何をどのように持ち帰るか書かれてある。今はその特徴に合致したものを持ち帰っているか確認しているところだ。
「確認とれました。依頼達成です。おめでとうございます」
全て数え終えたシェリアさんが、笑顔でそう答えた。
そして手元から、銀貨6枚が出され、手渡された。
この世界の貨幣は下から、銭貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、竜紋貨となる。
物品の値段と比較した結果、銭貨は10円、銅貨が100円、銀貨が1000円、金貨が1万円くらいみたいだ。
竜紋貨は小切手みたいなものの総称で、普通は使われない。その価値は形状と素材によって異なるらしく、100万から1億くらいまでのものがあるらしい。
「あ、ついでに。角兎の毛皮の収集依頼とか来てません? 今朝はあったと思うのですが」
そう言いながら、倒した角兎から剥ぎ取った毛皮を取り出す。
これ、衣服とか防寒具とかに使えるらしく、結構な需要があるらしいのだ。
「ええっと……等級外で、常時出ている依頼がありますね」
その依頼内容を見せてもらうと
・依頼内容:兎系魔物の毛皮の収集
・依頼条件:無し
・達成条件:兎系魔物の毛皮(10枚以上)
・達成期限:無し
・成功報酬:毛皮の種類、枚数、状態により変動
とある。
……兎系魔物の中で最底辺のこいつでも大丈夫なのだろうか。
という疑問をシェリアさんに確認すると、
「角兎の毛皮でも買い取ってもらえますよ。見習いが扱うのに丁度良い、っていうことで」
「では、お願いします」
「はい。依頼達成日は今日にしておきます。依頼料は後日支払いになりますが、よろしいですか?」
「構いません」
「では。本日は三つの依頼を達成という事で――」
「ああ、ちょっと待って下さい」
シェリアさんが言い終わる前に、俺とゲイルは赤草とニヂを取り出す。
「この二つも今朝は依頼がありましたけど、まだ残っています?」
「…………」
あ、フリーズした。
「あのー、シェリアさん?」
「……はっ、失礼しました。少々お待ちください……はい、大丈夫です。赤草50本、ニヂ5本が残っていますね」
「なら、これでその依頼を達成してください」
手に持っていた赤草とニヂを、どさっとテーブルの上に置く。
シェリアさん、さすがはプロ。しっかりと確認し始めた。
……さすがにやり過ぎたかな。これ、通ったら一日で5件も以来達成した事になるし。
「……確認しました。ニヂに関しては全く問題ありません。赤草は、多少状態の悪いものもありますので報酬金額は低くなりますが、よろしいですか?」
「依頼達成できたら、それで構いません」
「わかりました……けど、久しぶりですよ。新人で一日に4件以上の依頼を達成させた人は」
「あ、そうなんですね」
似たような事考える人はいるんだな。
「そもそも、一つ依頼を受けて、それと同時に受けていない依頼を達成する人なんていませんからね」
「それもそうですね。無駄になりかねませんし」
「ですね。なので、ギルド側としては推奨する事はありません。もちろん、自己責任であればいくらでも行ってもらって構いません」
「わかりました」
「では、こちらで依頼は完了させていただきますね。依頼料は、こちらになります」
収集の依頼料、銀貨5枚を追加された。
「ありがとうございます」
それを懐に入れて、椅子から立ち上がろうとした。そのとき、
「おい、ふざけんな!」
怒号が響いた。