9 探索者になりましたが
最初、そこがギルドとは分からなかった。
敷地内に設置された柵と門。
門の先には、ステンドグラスや尖塔は無く質素だが、教会ほどに大きな建物。
左には講堂、右には図書館らしき建物がある。奥手には、まだ他にも建物がありそうだ。
そして、そこを往来する老若男女。
周りの人に確認をとって、ようやくわかった。
ああ……まるでこれは、
「大学じゃねーか」
え、何ここ。学校じゃないの? どこが探索者ギルドなの?
もうちょっと……こうさ、冒険者的なやつって、酒場っぽい感じのさあ。もしくはばかでかい建物にむさい男どもがこう、ずらーっとだなー。そういうのじゃねえのかよ。
もちろん、そんな雰囲気の人もいるけど……どう見ても学生な男の子や女の子もいるし、主婦っぽい人とか、おじいちゃんとかもいるんだぞ。どうみたら探索者になるんだよ。
「……とりあえず入るか」
「ああそうだな」
この状況に、特に感想もないゲイルはただ頷いて、俺とともに大きな建物――ギルド本館に入る。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、すぐ傍の総合受付のお姉さんが笑顔で挨拶をしてきた。俺らも会釈で返す。
ちらりと見遣った後、正面を向く。
正面には、沢山の受付が並んでいた。
それぞれに担当窓口があるのだろう、並ぶ列の長さは割とまばらだ。
上を見ると天井は高く、吹き抜け二階があることが分かる。そちらにも人はいるようだが……見えない。
とりあえずどこに並べばいいか分からない。
「すみません。探索者登録をしたいのですが、どちらに並べば良いでしょうか」
「はい、探索者登録ですね。初回登録は、一番左端のカウンタとなります」
「ありがとう」
笑顔のお姉さんにお礼を言い、さっさと左端へと行く。
お、誰も並んでないな。ラッキー。
すたすたと進むと、カウンタにいたのは、またしても若い女の子。さっきの子は綺麗な感じだけど、今度の人は可愛らしい感じだった。青い髪のショートヘアで、目が大きく顔が小さい。人当たりが良さそうな雰囲気がある。
俺たちが近づいてくるのに気付くと、彼女は微笑を浮かべた。どことなく柔らかい雰囲気だ。
「ようこそ探索者ギルドへ。初めての方でよろしいですか?」
「はい。探索者登録と、ここに来るまでに手に入れた素材の売却に来ました」
「はい、分かりました。こちらへおかけください」
そう言われたので、彼女の前にあった椅子に座る。ちょうど二つあったので、俺とゲイルの分で丁度だ。
「初回登録ということで、簡単に説明をさせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします。近隣にギルドの支部もない田舎から出てきたので、詳しくお願いします」
「はい、わかりました。申し遅れましたが、今回担当させて頂きます、シェリアと申します」
営業スマイルを作ったシェリアさんが丁寧に頭を下げてくる。思わず俺とゲイルも頭を下げる。
「まず探索者という仕事ですが、これはご存知ですか?」
「一応わかります。ギルドで依頼を受けて、それを達成して報酬を受ける――ってことくらいは」
「それで間違いはありませんよ。それから、依頼はギルドを通さなくても構いません。ただし、何か問題があっても全て自己責任という事になりますが」
なるほど。依頼を達成すればそれに応じた対価を支払うし、その過程で問題などが生じれば、ある程度は対応してくれる。けれど、個人で受けたものまでは関知しない――と。
「依頼は荒事を中心に、多岐に渡ります。街中の清掃や屋敷の整理などの雑用から、採取や討伐といった基本的なもの。それから護衛や傭兵、そして何より大切なものは、探索。これが探索者が探索者たりえる最も重要な依頼になります」
「……探索」
「そうです。未踏地――未だ人間が把握出来ていない土地の探索を始めとして、世界中を知り尽くす事が、探索者の使命であります。未踏地には、未だ発見されていない動植物、魔物、 鉱物、魔力場、そして竜種がいるかもしれません。それを見つけ出し、持ち帰る事こそ、探索者の最も重要な仕事です」
探索者は、その名の通り探索することが生業となるわけね。
俺らの世界にだって、そういった仕事は昔からあった。プラントハンターだって未だにいるし、海底探索を行って新規物質を探す人達もいる。
この世界には、まだまだ探索されていない土地が多くある。だから、探索者という仕事が成り立つのだろう。
「また、希少な素材や薬草などを持って帰られましたら、依頼とは関係なく買い取らせて頂く事もあります。もちろん、時価になりますが」
「そりゃそうですよね」
劣化するものだったら、買ってもらえるだけありがたい。
「その売却は、探索者じゃないとできないのですか?」
「基本的には探索者のみになりますね」
それもそうか。素性も分からない相手と取引するような組織じゃないわな。
もし、買い取ったものが原因で問題が起きたとする。そのとき、売った人間が探索者なら、その後の追跡も簡単だ。けれど、一般人との取引になったら、相手が誰かなんて分からないだろう。
「仕事内容は説明しましたので、次に探索者登録の方法について説明致しますね……とは言っても、この書類に必要事項を記入して頂くだけですが」
と、苦笑しながら取り出した紙をみる。
……ああ、やっぱり日本語だ。
ここまで来るときに見かけた看板なども全部日本語だった。勇者召喚チートのおかげか。俺、勇者じゃねーけど。
とかなんとか思いつつ、記入して行く。
「……これ、全部埋めなきゃ行けませんか?」
「いえ。最悪名前さえ分かればそれで構いません」
「そんなものなんですね」
「ええ。出身地なんて調べようも無い田舎だと意味ありませんし。ただし、偽名は一部例外を除き使用出来ません。偽名の使用が判明した場合、制裁対象になりますので、その点はご注意ください」
一部例外ねー。パターンから言って、どうせ有名貴族とか、そういうのだろう。まあ、俺がそれに当てはまるとは思えないし、まあいいや。
という訳で、俺とゲイルはできるだけ多くの情報を書くことにした。
ゲイルも気付いていたみたいだが、ここで情報を出し惜しみしても、割り振られる仕事が減るだけだ。
ギルド側が俺らの能力を把握してくれていれば、それに見合った仕事を割り振ってくれる可能性が高くなる。特殊技能を持っていれば、なおさらだろう。
秘密主義も悪くないが、俺やゲイルにとって楽な仕事が入れば、それは得というものだろう。
……さすがに、スキル欄に『竜殺し』は書かなかったけどね。『質量無視』『火属性適性(中)』は記入した。ゲイルは『風竜の加護』『電光石火』と記入したらしい。素直に『風竜神の加護』とは書かない辺り、ちゃんとしている。
「書き終わりました」
「では、お預かりします」
シェリアさんが、俺とゲイルの書類を受け取った。
……書類の内容を見たシェリアさん、固まってるけど。
「お、お二人とも、スキル二つ持っているんですね。これならかなり幅広く仕事が貰えると思いますよ」
「ありがとうございます」
「スキルを記載して下さり、ありがとうございます。皆さん、隠したがるんですよね……ギルドが外に情報を漏らすわけないのに」
「まあ、スキルは仕方ないかもしれませんね」
「その点お二人は、その辺りのことも把握出来ているようで安心しました」
シェリアさんの言葉に対しては、笑って誤魔化した。
俺ら大事な事隠しまくってるしな。
俺は勇者のなり損ないで、ゲイルは風竜なんだから。
「では次に、個体登録となります」
そういうとシェリアさんは、水晶球を取り出した。
「掌を乗せて下さい」
「これは?」
「魔力を登録します。魔力の性質は双子でも異なりますので、個人認識として大変有用なんですよ」
「へえ。分かりました」
便利なもんだなー、と思って掌を乗せる。一瞬、赤く光って消えた。
「登録完了です」
そんなもんか、と思って手を退けた。
次にゲイルが同じようにやると、次は緑色に淡く光った。
「ありがとうございました」
ゲイルが手を退けると、シェリアさんが水晶球を引っ込めた。
「では、F級探索者として登録させていただきますね。探索者のランクについては……説明したほうが良いみたいですね」
俺らのキョトン顏を見たシェリアさんが、苦笑を浮かべながらそう言った。
想像はつくけど、ちゃんと聞いておきたいわ。
「探索者のランクというのは、その探索者の能力を示すものとなります。駆け出しのFランクから始まり、順にE、D、C、B、A、S、SS、SSSと上がっていきます」
なるほど。テンプレ通りで分かりやすいな。
「ランクに応じて依頼の内容も変わります。依頼は基本的に、自分のランクのものしか受けられません。例外は、ランク外の依頼と、指名依頼という協会が特定の探索者に依頼するものの二つです……ああ、昇格試験として上位の依頼を受けてもらうこともありますね。一応これも指名依頼になります」
「なるほど」
まーそんなにランクを上げたいわけじゃないし、気にする程じゃないか。
「それから滅多に起こりませんが、なにかしらの緊急事態が発生した場合、緊急依頼というものが発令されます。もしこの依頼で指名された場合は、必ず受けてもらわなければなりません」
「もしも破ったら、どうなります?」
「ブラックリスト入りとなり、探索者ギルドへの出入りは禁止となります。当然、依頼を受けることもできません」
それは困るな。
……まーそんな依頼を受けられるようになるまで、しばらくかかるだろ。
「専門知識や戦闘技能などは、併設された学校でも学ぶことができます。多種多様な講義が行われており、一般の方々や探索者志望の学生などがいますので、気軽にご利用ください」
「ああ、そういう理由であんな大きな建物があるわけですか」
「そうですね。これだけ設備の整った街は、早々ありませんよ?」
なるほど納得した。
「大抵の事は説明したと思いますので、こちらをお渡し致します。探索者である証となります」
そうしてシェリアさんが渡してくれたものは、丸い金属板だった。
「これには、あなた方の魔力の情報が含まれております。これがあれば、世界中の探索者ギルドで依頼を受ける事が可能です。なお、再発行には手数料がかかりますので、ご注意ください」
「わかりました」
無くさないよう、それを懐にいれる。
「ありがとうございました。これでよその国にも行けますよね」
身分がはっきりして無いと船には乗れない。
貴族やきちんとした身分の商人や職人などは乗れる。だが、そこら辺の田舎の出の人間が気軽に船旅なんてできない。いくら金を持っていても、だ。
身分というのは、それに縛られ不自由になる。
その一方で、その不自由が社会的に身分を証明する事となる。
面倒だが、人間社会ってのはそういうもんだ。
……なのでまあ、俺にできる不自由の手に入れ方を選ばなきゃならなかった。それが、探索者登録だ。
金稼ぐ以外にもちゃんと目的はあるんだよね。一応。
そんなことを考えている俺に対して、シェリアさんは笑顔で答えた。
「いいえ。現在、魔族と交戦中のこの国では、最低でもDランクの探索者でなければ、船には乗れません」
なんてこった。