0 現実はクソにも程がある
後から挿入したプロローグなので、読み飛ばして下さっても大丈夫です。
胸糞な場面多いと思うので。
勢い書きしたので、後から修正するかもです。
「ごめん。もう別れてほしいの」
幼馴染で婚約者の彩夏に呼び出され、彼女のマンションに行くと、玄関口でそう言われた。
「……え、どういう意味?」
「だから、私と別れて欲しいのよ、彼方」
俺と目も合わせようとしない彩夏。そっぽを向いて、ただそれだけを言った。
「いや、本当に意味わからないんだけど。俺、彩夏と結婚するために地元で就職したんだぞ?」
「……」
「彩夏もそれを望んでいただろ? なのに今更どうして」
「言ってやれよ。他に好きな男ができたってな」
彩夏の部屋の奥から、男が出てきた。
見ただけでも高いとわかるスーツ身を包んだ、俳優みたいにイケメンな男。その男は彩の横に立ち、彩夏の肩を抱き寄せた。
「お前、一体何をーー」
「あっ、もう。恥ずかしいよ、勇輝さん」
なんだこれ。
なんで彩夏は、そんなされるがままになっているんだ。
なんで彩夏は、そんな顔を赤くしている。
なんで、二人は、そんな見つめあっているんだ……!
勇輝と呼ばれた男が、こちらを見る。
「君ももうわかったでしょ? もう彩夏は俺のものなの。悪いけど、さっさと消えてくんないかな?」
「あ、彩夏……」
彩夏の名を呼んでも、彼女はこちらに冷ややかな視線を送るだけ。まるで「早くどっか行ってくれないかな?」と言わんばかりだった。
ずっと一緒で、誰よりも大切で、お互いのことを一番良くわかってると思っていた人。
目の前にいる女性は、一体誰なのだ?
次に気付いたとき、俺は自分の部屋にいた。
「あ、もう日が昇ってる」
仕事行かなきゃな。あ、いや、今日は日曜日か。なら1日暇なのか。
……式場のキャンセルとかしないとな。彩夏の両親にも説明して、友達にも謝って。ああ、なんかもう面倒くさいな。
なんにもする気が起きないな。
「ああ、やべえな。このままじゃ壊れるわ」
何かをやろうにも、何にも希望を見出せない。
このままじゃ行けないな。とりあえず精神的に一番楽そうな、式場のキャンセルからやるか。
そう思い、スマホを取り出して電話をしたがーー
「えっ? ひと月前にキャンセルされてる?」
『はい。佐倉様より、お電話にてキャンセルを承っております』
その後、少しやり取りをして、俺は通話を切った。
あいつ、そんなに前から別れるつもりだったのか。
つい先週話した披露宴のことも、結婚生活のことも、新婚旅行のことも。笑顔で話してたアレは、一体何だったんだ。
一体あいつは、誰を見て話をしていたんだ。
どれだけ、時間が経ったのだろうか。気付けば日が沈んでいた。
「……何の意味があるんだよ」
夢は諦めた。手が届かないと思ったからだ。
そんなものよりも、もっと身近にある幸せを手に入れたいと思った。ずっと好きだった彩夏と過ごす日々を手に入れたいと思った。
「嫌だな、もう」
あの日からずっと大切に思っていた。きっと彼女も同じ気持ちだと思っていた。なのに、この仕打ち。
ああ、そうか。
絶望というのは、この感情を言うのか。
「死にたいのかな、俺」
言葉にしてみて、驚いた。
あまりに空虚な言葉だったからだ。
「とりあえずもうちょっとだけ、頑張ってみるか」
明日から仕事だしな。
「クビってどういうことですか!?」
朝、出勤するなり、開口一番上司にクビを宣告された。
正確にいうとクビではなく、自主退職を勧められたわけだが。
詳しく話を聞くと、どうやら俺と先輩が担当していた大口の取引相手(彩夏の勤め先でもある)が、今後今後契約を結ばないことになったとか。
そして理由を聞くと、どうやら俺の態度が悪かったから、という話だ。
そんな馬鹿な。先輩のやり口が強引過ぎるから、むしろフォローに回っていたくらいだぞ。
しかし、上司は「あそこの次期社長に失礼なことをしたらしいな。お前さえ辞めれば、丸く収めてくれるそうだ」とだけ言うと、席を離れてしまった。
おそらく、俺を強制的に辞めさせることはできないだろう。
だがしかし、ここで縋っても左遷させられるだけ。社内での立ち位置は、完全に悪いものになっている。
かといって、なんの実績もない若造がいきなり転職なんて、難し過ぎる。
俺が何したっていうんだよ……会社から外へ出ようとすると、来賓室に入ろうとする先輩と件の企業の担当者、そして見覚えのある男がいた。
「あっ」
思わず声を上げると、男がこちらを振り向く。
俺の顔を見るなり、侮蔑の表情をうかべる。
「あれ? この男、辞めさせたんじゃなかったのですか?」
その男は、先日彩夏の家にいた男だ。確か、ユウキとか言ったか?
「すみません如月様! 本日申し渡したばかりで、その」
「ああ、そういうことですか。それなら仕方ないですね」
ぺこぺこ頭を下げる先輩を鷹揚な態度で許す男。
……ていうか、如月? 例の企業の創始者と同じ苗字?
そういえばさっき、上司が「次期社長に失礼なことを言った」とか言ってたな。
彩夏を奪った男。
俺を辞めさせるよう言ってきた次期社長。
まさか同一人物だとは。
「まあ、もういなくなる人間のことはいいでしょう」
「その通りですよ。それよりも、今後の取引のことを……」
「そうですね」
好き勝手なことを言いながら、彩夏を寝取った男と先輩が部屋に入って行く。相手企業の担当者だけは、困った表情で俺の方を見た後、軽く会釈をして入って行く。
……まあ、実質俺と彼とで回っていた取引だしな。その気持ちはわからなくもない。
でも、もう俺にできることは何一つない。
総務課に寄り、退職のことや有休消化の話などをして、そのまま帰宅した。
それから、しばらく経った。
あれから一度も家を出ていない。
理由はいろいろあるが、主な理由はーー
「あ、また来た」
スマホが光ってメールの受信を知らせる。
その文面は、
『浮気するとか最低』
だった。
相手は高校時代の同級生だ。俺はほとんど話したことないが、彩夏の友人だ。
ここ数日、友人達からの罵倒の連絡が入っていた。
曰く、俺が彩夏を妊娠させた上に無理矢理堕胎させた。
曰く、別の女と浮気して、彩夏を放置していた。
曰く、彩夏に枕営業させようと企て、優良企業への転職を考えていた。
どれも少し考えればわかりそうな話だ。
だがしかし、俺たちの友人関係になると別だ。
俺と彩夏は幼馴染で、大概が二人ともを知っている。
そうなったとき、地味で目立たなかった俺と、クラスの中心にいるような彩夏とでは、信頼度が違う。
学生時代でさえ、釣り合わないと散々言われて、嫌がらせもあったんだ。今もその延長で残っていても不思議じゃない。
大学は別だったからまだマシなのだが、連絡が取れなくなった奴らもいる。そもそも俺、友達多い方じゃなかったし。
だから本当に俺のことを信じているのは、親友とも呼べる数人ばかりだ。
「なんなんだろうな、これ」
俺は一体何のために生きてきたんだろうな。
やりたいことを切り捨てて、そしたら彩夏に切り捨てられて。
その上、こんな追い討ちまで。
「彩夏、あんな風に嘘つける女だったんだな」
どうして、俺が酷いことしてたなんて嘘ついたか知らない。大方、婚約破棄の理由をでっち上げるためだろうが。
他に好きな男ができた、じゃ駄目だったんだろうな。
それで、選んだ男は、俺を会社から追いおとすような人間か。それすら、彩夏が望んだのだろうか。
「……こういう時は、山行くしかねえな」
彩夏と喧嘩した時や、自分の行く先に迷った時。
必ずある山に登ることにしている。
別に登山が趣味なわけではない。精々600m程度の山で、小学校の遠足で登るような山だ。夜景が綺麗という以外、特徴はない。
だけど、そこは俺と彩夏の思い出の場所だった。
俺にとって彩夏が特別になった場所。そして、きっと彩夏もそうだった場所。
一歩一歩、ゆっくり踏みしめながら進む。
普段出歩くような格好のせいか、少し浮いている気もする。舗装されていない崖のあるルートを通っているせいか、足元も少し緩んでいる気がする。これは、昨日の雨の影響もあるのだろう。
雨に濡れた土の匂いが気持ち良い。あの日もこんなだった。
彩夏は運動が苦手だった。だから登山の時も最後尾にいた。
そのせいで、彩夏が転んでも、だれも気付かなかった。
幼馴染の俺を除いて。
泥だらけで泣きそうな彩夏を、俺は背負って登った。
理由は覚えていない。なぜかそうしなきゃいけない気がしたから。彼女に手を差し伸べるのが、当たり前に感じられたから。
そんな理由でおぶって、頂上まで行った。
当然冷やかされたが、その時の俺は全く気にならなかった。
いつも元気な彩夏の、囁くようなありがとうとごめんねを背中越しに聞いた時。暖かい温もりを背中に背負った時。
自分はこの熱を背負って生きて行くんだと、何故か確信していた。
「……勘違いだったけどな」
今はいい。何も考えるな。
無心で登って、登って、登って。その先を見て、何かを掴めればーー
あっ。
ずるり、と足を滑らせてしまった。
思わず木の手すりに手をかけるが、
ーーぐしゃ!!
うっそだろ! 手すり腐ってやがる!
そのまま俺はバランスを崩しーー崖へと放り出された。
ーーああ、俺。ここで死ぬのか。
最愛の女性を寝取られて。
その男に会社を追い出されて。
さらに、多くの友人達を失って。
絶望感より先にきたこれはーー怒り。
ああ、そうだ。俺はまだ。
ーーこんなとこでくたばりたくない!
そして、柳彼方は。
この世界から姿を消した。