第8話 『有り得ない夢』
おかしい、とてもおかしい、いや不思議に近い。例えば、いつも歩いている道がいきなり神秘的な神殿に変わるのと同じような不思議さだ。確かに不思議だ。その不思議の中でゼルが一番気になるのはウエディングドレスを着たセリアだ。なぜなら、彼女は結婚以前に恋人すら作ったことない。そんな恋愛に対して経験が少ないセリアがウエディングドレスを着る理由は、少なくとも現段階では有り得ない。
セリアは14歳の時にうちの店に来た。性格は今と変わらないが、この時の彼女は笑顔が少なかった。もともとかなり有名な貴族の一人娘で、優しさに評判のある人だった。ある日突然に大量発生した魔物が旅行をしてたセリアの家族を襲った。周りにいた騎士たちでは歯が立たなくて、魔物たちに両親が喰われてしまった。セリアは両親が喰われる前に逃げさせてくれた。ただ、この話はセリアからではなくラウズが教えてくれた。この出来事のせいで、セリアの性格は今のようにお嬢さまになっている。
「(そうだよな、あいつに好きな人がいるわけでもないのに。でもまぁ、きっとこれは夢だな。)」
ゼルの中では好きな人はいないと思っている。多分気づくのはだいぶ先だろう。結局ゼルは、これは夢なのだと自分に言い聞かせた。じゃなければ、信じられないからだ。
「(うん!?何であんな顔してんだ?せっかくのウエディングドレスが台無しになちゃうじゃないか。)」
ゼルは今映っているウエディングドレスを着たセリアの顔を見た。普通ならウエディングドレスを着た女性は大変喜ぶはずなのだが、セリアの顔は悲しい顔だった。慰めてやろうとしたが、身体が一切動かない。それだけではなく、声さえ出てこない。
「(はぁ?なんで体が動かないんだよ。身体だけではなく声まで出ないとか、この夢どうなってんだ?)」
思いっきり力を入れても身体は動かない。身体が動かなければ口も開かない。口も開かなければ声も出せない。全くもって、おかしな夢だとゼルは再度感じさせられた。
「(まぁ、動かないんだったこのままじっとしてるか。)」
どうやっても動かない。これ以上何やっても変化がない。ゼルはそのことを悟り、いままで全身に入れてた力を緩めた。その瞬間今の景色にはどうでもよくなった。
「(別のこと考えよう。うん?待てよ、そういえば今日依頼者が来るんだった~!)」
ゼルはこんな夢のことについて考えてる場合ではなかった。今は夢のことよりも大事な依頼があったのだと思い出した。
「(仕方ない。無理でも身体を起き上がらせてやる。)」
そう言って、身体を起き上がらせようと全身に力を入れ目を閉じた。起き上がろうとしたがなぜか今回だけは身体がスムーズに動いた。
ゼルは起き上がって目を開けた。そこにはさっきまで見てた夢ではなく、見たことある壁、天井、階段、そしてセリアとラウズの顔が映っていた。