魔術とは
「決まったのかい」
愛嬌は部屋に戻ってきた二人に対して言います。
「えぇ、我々が話せる限りの事情をお話しましょう。と言うことで決定です」
「なるほど、君らの権限が及ぶ限りの、って事か」
「そうなる」
二人は先ほど座った場所に座り直し、いつの間にか入れ直されているお茶に手をつけました。
「だが、君が理解するかは別だ。僕らは嘘をつくつもりはないが、理解できるように噛み砕いて話すつもりもない」
「結構。理解できなければ僕が悪いという訳だ」
「なら、話せるだけ話しましょう」
佐織は、そう言って話を始めました。
その言葉は、夢物語と現実とが入り交じった、何処か遠くを見ているようで、自分の足下ばかりを見ている、そんなお話の始まりの言葉でした。
「先ほど述べたように我らは所謂お遊びの結社とは違い、正当な目的を持って集まり、行動しております」
「正当ねぇ。火炎瓶を投げる右翼左翼も、毒薬ばらまくテロリストも正当な目的って言うが」
「それはそれで議論すべき所かもしれないが、話が長くなる」
どうもこの三人というか、愛嬌一人が話し合いの場にいると話が前に進みません。 彼の性格でしょうか?
「ならば我々が信ずる意味で、と言い直しましょう」
「なるほど、犯罪や遊興を目的としたりと、そう言った反社会的趣向を凝らすための飾りではなく真っ当に信仰している、科学万能な時代に魔術等という単語で表す事が出来る物を奉る結社が真面目かと言う議論をおいておけばの話だが、結社であると言いたいわけだな」
「そうです」
佐織は続けます。
「貴方はどうやらこう言った物に詳しいようですから、「メイスンの最も初期」の時代と言えば、我々が結社として形をなしている理由がわかるでしょう」
「諸説有るな。だが多分君らが言いたいのは石工組合として創立された、と言う説だろう」
非公開団体フリーメイソン、ないしはメイスンとは会員同士の友好を深めるための団体です。
愛嬌が言うとおり諸説有りますが、中世石工組合の集団により権利の損失や技術・知識の流失を防ぐために作られた職業ギルドが大元にあると言った説が有力です。そして後に薔薇十字団の人間が合流し、実利から哲学的意味を目的とする結社に形は変わりました。ユダヤ人陰謀説とも絡められたりして、政治的陰謀にも名前が出ることがありますが
「まぁ、妙な目的がある団体はわざわざ表に届けすら出さないだろうと思うがね」
「君らみたいにか」
「まぁ、そう言われると返す言葉もないが、そこまで上等な陰謀が出来るなら、名前すら表に出ない、って感じになると思うが。ほら腕の良い掏摸だと相手は盗まれた事自体解らないっていうじゃないか。ショーで有るような奴さ」
「確かにフリーメイスンの一員が政治的思惑を持って行動を起こしたことはあるようだが、結社として行動したって話は聞かないな。精々、仲間集めの方法の一つとかに使われた程度だろうな」
「少しは話の本筋からそれないように進もうだとか、進めやすいように口を挟まないでおこうとか、そう言う考えはないの?」
話からずれている愛嬌とルターに対して、追われている身であるはずのニコラですら注意をしました。
「無い」
愛嬌ははっきりと否定します。
「進めますよ」
それを否定して、佐織は話を進めようとします。
その佐織の言葉を止めるように愛嬌は話します。
「まぁ用はこういう事だろ。魔女狩りだとか、そう言う逸脱者に対しての攻撃や差別に対して身を守るために集団が形成されたと。多分だが魔女狩り時代以前から存在したんじゃないか」
「そ、その通りですが、何故?」
「人間が集まる理由なんて、大抵そんなもんだ。キリスト教圏なら中世の魔女狩り時代以前からそう言う差別的行動はあった。大半は、異教やキリスト教の教以前の祭り、あとは適当な言いがかりだったが、実際魔術、君ららしく言うなら「マジック」が正しいか、そんな物が使える人々は差別対象になり得るだろうしそれに対抗するため、集まりもするだろう。実際使えるかは別としてな」
「その通りです。我々は、そもそもは、あの」
佐織はここに来て初めて疑問に思ったことを彼に聞きます。
正直理解力と知識がここまであるとは彼女も思っていませんでしたので、どのような言葉で話すべきか今更迷い出しました。
先ほど理解できないならそれで終わりだ、なんて言葉を放ちましたが、放ったはずですが。
「ここでは魔術と言うか、マジックか魔法と言うべきなのでしょうか?」
「魔道って言葉も有るぞ」
「マドウ?いやそう言う意味合いでは無くてですね」
「解ってる」
愛嬌はなだめるように右手を挙げます。
「そもそも、英語で言うマジックの訳語として魔法や魔道というのは考えられた、仏の教えである仏法と、神道、念のために言っておくが君らが言う唯一神を拝み奉るわけでは無いぞ、に対して魔の道や法と言うわけだ。だが、マジックには手品と言う意味も含まれる。そもそも、マジックの意味は、この世の有らざる物が現象として見える事であって、それがトリック付きだろうが神懸かりな奇跡でも関係はない。ってこれは君らの分野か、キリストが釘を打たれた場所から血が出る、神の声を聞く、そう言った物だが」
「そこら辺の意味は解ります」
「なら話が早い。こういった経緯があって魔道師や魔法使いと言ってしまうとそれはどうも宗教的だ。だから西洋風の手品師の興業を行う場合はそれでは困る訳だな。宗教色があるなんて思われると色々と面倒だ。かといって手品や手品師ではどうしても今までの和風の手品を思い浮かべてしまう。と言うことで作られたのが奇妙な術、奇術と言う単語だ」
「でだ。魔術、と言う単語なんだがぶっちゃけよくわからない。奇術師が、神秘的な演出を入れるようになって魔術師と呼ばれる用になったとかならなかったとか、大仕掛けのトリックの場合は魔術と呼ぶと言う話はある。じっさいマジシャンやマジックの訳語として魔術とか魔術師として使われてるのは確かなんだが、有名なマジック用具を作ってるテンヨーの前身は日本奇術研究所だからなぁ。やっぱりそう言う使い方は結構後の物なんじゃないかな。それとは別に俗に言う魔法使いや地方の祈祷師に対して魔術と言う言葉も使うけれど、学術系のちゃんとした場面では神懸かりだったら神秘だとかそう言う言葉を使うし、ウィザードと言う言葉の訳語として使われる。とも聞いた事あるけど、それもなぁ、そういうのは魔法使い、と訳すのが一般的だと思うんだが」
「なるほど、どうも曖昧な言葉であるというのは分かりました。それでは神懸かり的な技術をさす以外の使い方をしないここでは、魔術より魔法とでも称す方が正しいんでしょうか?」
「あまり聞かない質問だな。まぁ、結局は言葉使いの問題だから相手に通じれば良い。それだけのことだ。俺は何となく言いたいことだけは解ってる」
じゃぁ、魔術と言う言葉で良いですね、と彼女は解った用に、頷きながら言います。
一連の会話と、佐織の行動を見て、先ほどまで恐ろしく気を張りつめていたニコラですら、この追跡者である佐織が凄く真面目に一介の学生であるはずの愛嬌に物を教わってるこの状況に、馬鹿らしさを覚えてきました。
そして出た言葉がこれです。
「何か気が抜けてきたわ」
「嫌いじゃないけどね」
ルターはそう呟きました。