悪夢
火曜日、朝
一人の男が、居ました。
魔術結社の教主、名前はおいておきましょう。敢えて語る必要もありません。
彼は、そもそも世界征服を夢見る普通の青年でした。世界征服を夢見るのが普通か、という議論はさておいて、男にも女にもプライド、言ってしまえば名誉欲があります。有名になりたい、尊敬されたい、権力を持ちたい、命令をくだしたい。人によっては浅ましいと言われる物で、人によっては当然だろうといわれる、そんな物です。
彼の場合、世界征服というのに崇高な理念も、聞けば涙が出るような理由もありません。世界征服という文句は、そう言う欲を言い表すだけの言葉でしかありません。
彼が他の人々と違う点、それは魔術が使える、その一点です。
これだって、多くの人々が使おうとしないと言うだけで、なにも珍しい技術ではないですが、存在しない力ではあったわけです。つまり、大衆にとっては、変わった力、ではあったわけです。
そして彼が世界征服を夢見る理由は
「自分は他と違う」
その一点でした
「なるほどねぇ」
教会の一室に、三人の男が居ました。
一人は教主本人、一人は探偵、一人は学生。
学生が持っている技術を駆使して、教主は今、夢を見ている状態で座っていました。
「それでは、あなたはなぜこのようなことをしようとしたのですか」
「それは」
応接も出来るようにでしょうか。二つのソファーが机を挟んで平行に並んでいて、その片方に教主、その片方に愛嬌と探偵が座っています。
教主は何故このような事を、このような男に語っているのか、そんなことはもう理解できません。
彼は、すでに夢を見るスピーカーとなっていました。
「私に、力を与えられた。そうおもいました。この力を使わなければなりません」
「はぁ」
探偵は、その言葉を聞きながら適当に相づちを打つだけにしています、
彼も手を出せる領域ではないのです。
「わかりました。やはり、今日の計画はそのためですか」
「はい」
教主は今日の計画を語り出します、もうだいたい予想した通りでしたので、探偵は彼の告白を頭の中でまとめ始めました。
彼が子供の頃、本人は神からの加護、実際は偶然でしょう、とやらで魔術に目覚めてから、周りの人間の態度が強いて変わってきたと言う話です。どうも虐められたか、差別の対象になったか、そして社会からはずれていきました。
子供が言う社会なんて言うのはどうせ学校か、家か、その二つしかないでしょう。ですが彼の両親もまた社会から外れていきました。もともと、世間とのかねあいが悪かったのでしょうが、彼が特殊な力を持った事が切欠で、とある新宗教に嵌るようになりました。
両親は彼の力を呪いとおもったようです。その呪いをとくために、怪しい宗教に嵌り、財産を全て失い、一家は離散しました。言うのであれば、ただの悲劇。彼はそれを認めたくなかったのでしょう。
これは探偵の想像に過ぎませんが、彼が世界征服だなんて夢物語を真面目に考えたのはただ目の前の現実から逃げて、そして自分の力を使って目の前の現実を書き換える唯一の方法だったから、そう考えます。
けれど、魔術が使えようが世界征服など子供の夢でしかありません。
けれど、それを実現する方法が彼の目の前に現れました。
「なるほど、では、まず挨拶をするのですか」
愛嬌の聞き取りは、終盤になり、今日の予定にかかります。
「はい。開始の挨拶の時、私がこの宗派に伝わる聖句を唱えるとして、魔術を稼働させます」
周りにはもうその段取りは伝えてあるのだそうだ。
「それだけで終わりです。世界征服がかないます」
「なるほど、では」
愛嬌はその言葉を聞き、何か口の中で唱えました。
「いいですか。控え室にニコラを連れてきてください。そして、これから貴方の服に魔法をかけます」
彼はそう言って、昨日作っていた薬剤を振りかけます。大量に振りかけますが、真っ白な服でそもそもが重厚な作り、そして薬剤自体が同系統の色なので目立ちません。
「そして、あなたは舞台に上がって貴方の計画どおりうごけばいい。そうしたらその計画の成功はまちがいありません」
「ありがとうございます」
その言葉を聞いた愛嬌はまた一言なにか呪文を唱え、その言葉を聞いた教主は眠りに落ちました。
「覚めてみるのは悪夢か。それとも」
「どちらも大差ない。結局夢だ」
「そう言ってやるなよ。あの人にとっては、現実的な理想だったんだ」
「理想も夢の内さ。悪い想像も、良い理想も、この世に形として現れなければ結局夢だ」
「結局人間は、夢のために夢を見ながら生きているだけ、と言う事か」
「悲しきかな。哀れかな。なんて言う暇はない。下らない夢の後始末をするのが、今回の仕事だ。働こう。自分たちのために」