奇縁
「時間も時間だし解りやすく説明して頂こうか」
愛嬌はそう言って時計を見ます。
来る前に買った、世界的に有名なアニメキャラクターのおもちゃの時計です。アニメキャラクターが印刷された針は、夜明けまで1時間無い事を示していました。
「似合わないね」
ニコラがそれを見て笑います。
「だろう」
探偵もつられて笑いました。
「一番安かったんだ。しょうがないだろう」
愛嬌はあきらめたように、首をかしげます。
「でだ。話の本題。あの教主は、君ら結社、(魔女)としておこうか。魔女の人間達には、魔術が正義となるときがきた。と宣言した。やり方はまだ秘密だが、と言う事があいつ等から聞いた全容だ」
「何時聞いたの?監視があるでしょう」
「なかなか気が合う兄ちゃん達でね」
二人は昼間一日かけて、観光名所周りの時の雑談からここまで聞き出しました。
魔女の中に日本語が話せる人間が居るかはわかりませんから、仮に居なかった場合無駄骨でしかありません。しかし居たら困ります。
ですから、彼等は回りくどい方法を使う事にしました。
「そう、いや私は解らないけど、多分事実なんでしょう」
「そうだ。そこでここの二人は、恐らく君の魔術を悪用して何かやろうとしてる人間が居て、その対策のために君自身に事情を聞く、場合によってはここから連れ出すと言う計画だった。でもだ。君自身は魔法を使えず、他人は使えるという奇っ怪な事情なら話はまた違ってくる」
「そう」
愛嬌の言葉に、ニコラはそう言って顔を伏せます。
言いたくない何かがあるのでしょう。
「解りやすいなぁ」
「ごめんなさい」
「あやまるなよ。解りやすい女ってのは、解りにくい女よかもてるぜ」
「そうなの?」
「そうさ。そして男は、解りにくい女ってのは解りやすい女よりすてきだ、って台詞も一緒に覚えておくともっともてる」
ニコラは探偵の言葉に笑いました。
「全く話が進まない男共だよ。それより本題へ。そもそも何故君は魔術を使えないんだ?」
「才能がないから。としか言いようがないわ」
ニコラは気を取り直して、愛嬌の言葉に応えます。
「魔術って言っても、色々あるとはこの間話したわよね」
あぁ、と愛嬌は答えます。この間とは、彼と彼女が出会った晩の話でしょう。
「その中には、一定の資格や条件が必要な物も確かにあるけれど、大体の物が手順さえわかれば誰でも出来る事なのよ。勿論あなた達も魔法の使い方を習えば、簡単、とまではいかないけれど多分出来る」
「どうだか?つまりあれか、魔法ってのは武術とかと一緒で技能だってことか?」
探偵は疑問を呈します。
「そうやって言う方が例えとしては正しいかもしれないわね。私は占いのような物って表現する事が多いけど。ほら、少しでも格闘技を練習さえしたらどんな下手くそでも物真似くらいは出来るでしょう」
「あぁ、じゃぁあれか、本人の練習次第で上手くも下手もなると。で条件って言うのは、体格差とか、格闘技に詳しくないから何とも言えないけど、そう言う相手より大きいとか小さいとかいうその場の条件、資格って言うのはなんか基本の技を習った応用編を習う、見たいな感じか」
「そう。凄く理解が早いのね」
ニコラは驚いたように探偵を見ます。
暗闇に浮かぶ探偵の顔は褒められて嬉しそうですが、何と表現したら良いのでしょう?彼女にも解りませんが表現しづらい風貌と顔です。ですが、愛嬌の時間がないという言葉を思い出して、無理やり彼を描写しようとする事をあきらめて話を進めます。
「貴方の、格闘技って例えを使わせても貰うのであれば、そもそも格闘技なんてどう頑張っても出来ないような人間、って言うのもある程度居る訳じゃない。腕がないとか、体の病気だとか、もうどうしようもない事情がある人。そうじゃないわね。これはもうどう例えれば解らないんだけど」
「薬の効能みたいな物か?体質によってきかないみたいな」
愛嬌は、彼女が困ってるところにのみ口を出します。要らない事を口に出したら話が長くなるのは見えてます。
「そうね。そう言うべきなのかしら?ただしいか解らないけど、魔法の使い方を習って、ちゃんとして練習して、ちゃんとした人の教育や指導を受けても何故かどうしようもなく、魔術を使えない人間。そう言う人間は一定数、と言ってもかなり少数なんだけどね、存在するの。その中のひとりが私」
なるほど、と愛嬌は相槌を打ちます。
「正直に言うと、気にするもんでもないんじゃないのか?使えないなら、真っ当に科学世界で生きていけば言い訳だし。親が子が、魔法使いの知り合いと別れたくないなんて言う事は無いんだろう?」
「そうね。と言うかそもそも判明する事が少ないの。大体の人間は魔術に興味があったりして、らしい行為が起こせてしまったから嫌われたり迫害されて、流れ流れてこの組織に来てしまう人々が多い。魔術自体が科学と反りが会わないのよ。だからどうしても外から来るのは、枠から外れたアウトローみたいのが多い。私たちは枠に入れない爪弾き者なのよ」
ニコラは、どことなく悲しそうにそう言いました。
「だから、教主が述べた私たちが正義として世間に出て認められるっていうのは悲願なの。胸を張って、隠し事せず生きていける。それだけで」
「どうにかなるわけないじゃないか。甘ったれてる」
愛嬌は、彼女の言葉を強く否定しました。
その言葉に彼女は彼を見ます。彼の顔は、何時もの用に怖い顔でしたが、そこには怒りが見えます。気に入らない事を言われたのでしょう。
「大体どんな人間でも隠し事して生きて居るんだ。それを公開したら生きていける訳じゃない。世間がそれを認める訳じゃない」
「話がそれてるぜ」
愛嬌の言葉を探偵が遮ります。
彼女は、彼が怒る理由がわかりません。ただ、何か気に入らない事を喋ってしまったと言う事だけ解りました。
愛嬌は、首をふり、何かあきらめたように言葉をつなぎます。
「すいませんね。つづけましょう」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないさ。此奴が勝手に怒っただけだ」
と言っても探偵は笑みを浮かべます。なんなんでしょうか、彼女は彼が何なのか全く解りません。笑顔が似合っているわけでもなく、似合ってないわけでもない。
解らないのです。愛嬌とは全く違った暗闇を覗くような、そんな気持ちです。
「…でも私たちの長い間の願いだったのは確かよ。世間の、大衆の中に自分たちが持った技能を生かして生きていくってことが。だから私が、私が持っているような魔術も生まれたの」
「大衆の意識を変え、魔法という正義を作り出すための魔術」
「そう。でもこの魔術は使われる事はなかった。」
「なぜ?」
探偵はそう聞きます。愛嬌は、安物の時計を眺めながら話の続きを促します。
「それは正義じゃないからよ。人の心をもてあそぶ巨大な力、そんな力は邪悪として誰からも認められない。認められることがないアウトローたちですらその技術を恐れる。爪弾き者にも認められなくなったら、落ちるところまで落ちるしかない」
「そもそも君はその魔術をどこから知ったんだい」
「私の父からよ。父は魔術を使えた。母も使えた。父は祖父から、その祖父は母から習ったと聞いてるわ」
「一家秘伝の魔術だったわけね」
探偵はそう言い、一回立ち上がって背伸びします。
「そうなのかもしれない。父と母は何処かのテロで家族を亡くしてここにたどり着いて、そして知り合って結婚して、私が生まれた」
「でも貴方は」
愛嬌はそこで言葉を停めます。言葉に困って居るんでしょう。それを見てニコラは笑顔を浮かべて、気にしてないわ、と言います。そして言葉を続けます。
「貴方が言うとおり、私はどう頑張っても魔術が使えなかった。西洋の以外に東洋の魔術も習ったりしたんだけどね。その時日本語を習ったの」
道理で日本語が話せる訳です。
「日本に逃げたのもそれが理由よ。そこで貴方と出会った訳ね」
「奇縁としか言いようがありませんな」
愛嬌は、そう言葉を受けます。
これは誰にとっても奇妙な話でしかありません。魔術を使えない魔法使いの修道女にとっても、空から降ってきた魔法使いを助けようとしてる神主にとっても、何が理由なのか解らない探偵にとっても。
ですがこれはそう言う話なのです。