まずは話し合い
今更な説明ですが、彼らがいるのは平屋の一軒家です
和洋混合、昭和の頃に出来た文化住宅(何が文化なのかと聞かれてもこまります。当時は新しい物に対して文化と形容詞が付いていた時代ですので)と呼ばれる物を改造と改修して作られた家。
だから台所では椅子があり、居間は畳で卓袱台。
そんな部屋の居間で、今度は四人の人間が卓袱台を挟んで話し合う格好になった。
一人は家主である男、一人はシスター、一人はジーパンにシャツの女、一人は、メタルな格好な赤髪の男。
正直誰も純和風な部屋に合っていない。家主以外は出された茶にも手をつける事がない程緊張しているようです。
「率直に申し上げます」
ジーパンにシャツの女がそう言いかけたとき、家主が遮ります。
「まず自己紹介から始めたらどうだ?見ず知らずの人間の家に訪ねてきている立場だ。君らはね」
そう言うとメタルな服装の男が立ちかけましたが、男は睨み付けそれを遮ります。
恐ろしく怖い、友人からは死神とも、怨霊とも、言われる人相です。
女は両者を一別し
「私はヨハン、ヨハン・アングリクスです」
「偽名を語るのは自由だが、僕は偽名を語る人間に信用を置く気はないね」
その一言に男は口を挟みます
「何を根拠に」
「何も糞も、君と違って日本人、ないしは日系人だろ。そこの自称女教皇様は」
その一言で家主以外の人間は黙りました。
彼女が名乗った名前は、女教皇ヨハンナと呼ばれる中世の伝説上の女教皇の本名としてあげられる名前の一つです。タロットカードの絵柄の一つとして日本でもそれなりに有名で、本にも取り上げられる事もあります。
「……佐織です。外国生まれですが両親は日本人ですから日系人と自己紹介すべきか微妙なところです」
「私はマルティンだ。偽名じゃないぞ」
「ルターにあやかったのか」
マルティン・ルター、カトリックを批判した結果、プロテスタント諸宗派を作った元となった人物です。
「偶然だ。珍しくもない名字だからな」
「あれは名前じゃないのか?」
「両方有る。キリスト教で有名なルターは名前だし、私は姓だ」
「へぇ」
西洋人名辞典でも引いてみることにするよ、と男は言います。
「で、そちらのシスター、とりあえず名前を聞いておこうか」
「ニコラ」
シスター、ニコラはこの家に来て初めて名を名乗りました。
「なるほど、僕は愛嬌だ。ご愛敬や愛嬌がある、の愛嬌と書く」
「君こそそんなふざけた偽名は辞めたまえ」
「よく言われるが実名でな。表の郵便受けを見てないのかい?」
佐織とルターは顔を見合わせます。
両方とも見ていないのでしょう。
「君らは、ストーカーとしての才能もないな」
「ストーカーになろうと思ったことはないのでそんな才能は結構です」
「シスターニコラを追いかけてるのに?」
二人は黙ります。
そんな二人と、追いかけられている女、ニコラは皆暗い顔です。
そこで、愛嬌は口を開きました。
「用件を聞こうか」
「簡単に言えば、二、シスターニコラを此方に引き渡して頂きたい」
佐織が言います。
「此方としては特別断る理由は無い」
その言葉を聞き、ニコラは顔を伏せます。ですが愛嬌は言葉を続け
「だが、君らが何故彼女を追っているのか。何故引き渡さなければならないのか理由を聞こうか。彼女はわざわざ君たちから逃げていたと言うのだから、何かしらの理由があるのだろう。そんな人間を無責任に追跡者に渡すほど僕は酷くはない」
場合によっては司法の手に彼女自身を委ねることにする。と愛嬌は言いました。
家出であったとしても、何らかの理由での逃亡劇であったとしても、そう言った物の第三者の介入ならば警察などの権威に任せるのが立法国家の民として常識であり義務です。警察に行く事にが問題有る、ないしは警察で話せない理由が有ると言う話は基本的に胡散臭いか危ない話と言うのが相場です。
「君らが彼女を追う理由を話せ。それが不可能なら司法の手に任せる。僕が信用できないと言うなら君らも一緒に警察に付いてきなさい。そこで事情と姓名を証明して彼女を引き取る分には私としては文句を言うところではない」
そう言って、二人を睨み付けました。タダでさえ怖いと言われる顔、それが凶相ともなれば一般人の何倍も怖い物です。
二人は沈黙を守ります。話せない。そう言うことでしょうそして二人は顔を見合わせ、佐織が口を開きました。
「話せない事情があります。また警察にも関わりたくありません。ですが、彼女のための行動だと言うことを解ってください」
そう言って二人は立ち上がろうとしました。しかしその行動より早く、愛嬌は先ほどから出ていた湯飲みをつかみ、眼の前の二人に中身をぶちまけました。
そして
「愚か者が」
と怒鳴りつけました。