無駄話A
「英国国教会にはそんな怪しい組織はなかった。まぁ当たり前だがな」
男は、客間でコーヒー片手に愛嬌に向かって言います。
「早いな。時差とかもあるだろうに」
二人に付き合って、寄り道もして、そして家に帰り晩飯を作って居たときのことです。
彼はこの都市の多くの住人は学生と教師、もしくは学校関係者などの外からやってくる人間ですから一人暮らしまたは寮での暮らしが中心です。彼の一戸建ては、様々な事情があっての事ですのでこの都市では珍しいのです。
そうして、愛嬌が晩飯にこの間安かったステーキ肉を使った野菜炒めを作っていた所に、ふらりと男は現れました。今度はコーヒーを請求した男のために、わざわざインスタントでないコーヒーを作り食卓にカップを二つ並べ、腰を落ち着けたところで男の言葉です。
「インターネットと現地協力者だから簡単さ。そも、問題ある教会や組織は無い訳じゃないが」
「児童性愛とかの事か」
神父などの聖職者の立場の人間が男女問わず児童に対して性行為に及ぶ、などの問題はカトリック含めキリスト教系の宗派だけではなく、様々な宗派で良く聞かれる話です。
実際の数は別として、禁欲を守るべき宗教者の犯罪というのはとても目立ちますし、マスメディアとしても話の種にちょうど良く、新聞には良く乗るのです。
「そ、あと教会の名前で事業をして脱税とか、まぁ良くある話よ。でも魔術を率いている云々なんてのは無かった」
「まぁ、魔術は隠匿されて初めて魔術という体裁が取れるからな」
「はぁ?専門家のお話かい」
男は皮肉げに笑いながら、コーヒーをまたつぎます。
「そんな難しい話じゃない。マジシャンは種も仕掛けもない事が売りだろ」
「そりゃぁ当たり前だ」
「ある種の特殊な技術を隠匿し、正統な技術とは別の理論を用いて説明するのが魔術、魔法だ。すべて表になって普遍的理解と技術の公開を可能としてしまえばそれは魔術とは言えない。科学で解析される分野の、技術となる」
「十分難しいぜ」
「種も仕掛けも全部宣伝して、誰でも出来ますよと喧伝した手品は流行るか?」
愛嬌もコーヒーを入れ直し、野菜炒めを食べながらこの長い台詞を話します。器用なのでしょう。
「つまらんな。そんな物はちょっと練習したら誰でも出来るじゃないか」
「それと同じだ。魔術と名乗って価値があるのは、特定の人間だけが出来る、つまりは「特殊な技術」だ。大衆が出来ちゃ意味がないのさ。大衆が魔術という物を使えるのであれば、それは神秘的でもないんでもない、出来たところで自慢もできないだろう。そんな物は差別も何もする必要はない、純粋な技術となるわけだ。そんなのに神がかりとか名乗っても、精々時代遅れかインチキと罵られる程度さ」
「なるほどねぇ」
彼はそう言い、愛嬌の箸を奪い、野菜炒めの肉のみを奪います。
「そりぇ」
「食べてから話せ」
愛嬌自身は、食べながらでも上手い具合に話していますが、男は出来ません。
「それでだ。僕はこう思ったわけだ。お前さんにそこまで言っておいて出身国だのそんな下らない嘘をつく必要はない、ならまずイギリス系の組織だろう」
「なるほど、事実はどうであれ考え方としては筋が立ってるが、彼らの話が本当なら敵対工作の可能性もあるだろう」
「それならそもそもお前をストーリーに混ぜる必要はない。町中に爆弾でもおいて、組織の名で予告状なりをおいておけばいい」
テロ行為の対象が民間人である理由は、民間人を狙いに攻撃するのではなく、民間人を狙うテロ組織を壊滅、ないしは取り締まりが出来ない政府に対して民間人の信用が落ちることを目的としています。だからこそ、テロリスト達は自らの名前を名乗るのです。
彼らは、自らが秘密結社であるとは名乗っても、名前など彼等と識別できる情報は一切名乗っていません。そんな情報は、愛嬌が仮に信じたとしても、他人が信じなければ意味はないのです。
「なるほど」
「でも、事実そう言ったオカルト要素がある組織はなかった。じゃぁ、そいつら自身も騙されてるんじゃないかと言うのが僕の推理だ」
「騙されている?」
また肉を奪い取ろうとした男の箸をたたき落とし、その箸で愛嬌は食べ始めます。落ちた箸を洗いもせずに食べるのは、汚いと思うのですが、気にならないのでしょう
「ヤクザに手を貸せ、と言うのは難しいだろう。なら、何らかの理由を述べて反社会的でない正義の集団だ。と自分たちを偽る事によって協力者、ないしは信者を募る訳だ」
「そんな物は当たり前だろう。テロリストだろうが、インチキ宗教だろうが、婦女暴行犯だろうが何だかんだと理由をつけて行為を正当化するぞ」
「だけどな、そんなのは世間に出したら当たり前の突っ込みが入るような正義だろう」
「あぁ」
魔術は隠匿されて初めて魔術という体裁が取れる。
「魔法なんて物を扱う以上、どんなインチキな正義だろうが、世間には出ない。つまり外からの突っ込みがはいらないわけか。隠匿されるべき技術を扱う集団だから、インチキに気づいてもそうそう離れるわけにはいかない」
「お前の話が全て本当だとしたら、それで辻褄が合わないか?」