8話
三話同時投稿の三話目です。
3/1 魔法の詠唱の事について文章を追加しました。
その後は魔物の襲撃もなく、順調にロイゼンへと向かっていた。拍子抜けと言うかなんというか、もう少し腕試しがしたかったのが本音だけど、恩人である二人を危険に晒す事がなくて良かったと思う事にする。
さて、順調な旅路に娯楽の少ない馬車の中でする事といえば、談笑しかない。
「いやー、しかし凄いね! 魔剣士、と言うのだったかな? 初めて見たがまさか剣と魔法を同時に使うとは! 人は見かけによらないとはよく言ったものだねぇ」
そう、ゴブリン騒動でわかった事だが、やはりこの国に魔剣士という存在はいないらしい。
もしくはこの世界に、かもしれないけど。
魔法の詠唱を省くというのも高位の魔法使い、それこそ賢者と呼ばれる人にしか出来ないようで、厄介ごとに巻き込まれないためにもあの小っ恥ずかしい呪文を口に出した方がいいようだ……マジか……
それと、あと一つわかった事が……
「失礼でしょお父さん!! そ、そりゃキーアがまさかあんなに強いとは思わなかったけど……あっ、ごめんねキーア、あの、深い意味はなくって、ただキーアが戦うとか、想像しにくかったっていうか……えっと」
自分の発言に慌てるアンナを横に苦笑が漏れる。
「いいよ、気にしてないから。まぁ、こんななりじゃあ、無理もないよ、ねぇ……」
そう、さっきのゴブリンを倒すと言った自分を心配そうにアンナが見ていた理由は、決してこの世界のゴブリンが強いとかそんなではなくて、ただ自分のこの容姿がとことん荒事に向いてなさそう……オブラートを引っぺがして言うと弱そうに見えただけだったのだ。
「……そんなに戦う様に見えないかなぁ」
呟きながら両手を眺める。
柔らかな曲線を描いた、まさに白魚の様な手だ。
指は細く白く、爪は将棋の駒型で、マニキュアを塗っていないにもかかわらず艶々としている。無論、掌にタコや傷など存在しない。
剣という闘いの象徴とは全くの無縁の様に見え、寧ろ絵筆やヴァイオリンの弓を握っていた方がしっくりくる、そんな手をしていた。
まぁ自分の理想通りに作ったから知ってて当たり前なんだけど……
大目に見て駆け出し冒険者。
普通の人なら貴族の若君くらいには見えるだろう。
今の自分の姿は草原より王都、ギルドよりお屋敷にいた方が違和感がない。
深窓の美少年……令嬢と勘違いする者もいるかもしれない。
この身体は元ゲームのプレイキャラ。
理想を込めて作ったとはいえゲーム内ではこのレベルの美少年や美少女で溢れ返っていた。剣など持った事のない様な細腕で、自分よりも大きい獲物を振り回す。わかる人にはわかるだろう、ロマンである。
だがこの世界ではそのロマンは通じない。洋ゲーと日本ゲーの違いと言ったらわかりやすいだろう。
筋肉と無縁のこの見た目は、悲しいくらいに荒事と結び付きにくかったのだ。
「……ちょっとぐらい筋肉つけた方が「だっ、駄目ぇっ!! あっいや駄目じゃないんだけどっ!! キーアはそのままで充分素敵だから!! キーアはそのまんまで!! 大丈夫!! だと!! 思うわ!!」
アンナが被せ気味に言ってきた。
その瞳からは必死さが見て取れ、さら見覚えのある輝きが宿っていた。
そう、……生前の自分だ。まるで推し美少年キャラを前にして興奮する、嘗ての自分の瞳の様に見えた。
まさかアンナが同類とは……いや、同類に目覚めさせてしまったのだろう。
「そ、そうかな。アンナが言うなら……いい、かな」
若干引き気味で返すとアンナはホッとした様に頷き、いつもの様に戻る。
他愛無い会話を続けながら、アンナが生前の自分の様に道を踏み外しませんようにと祈らずにはいられなかった。
「キーア君、こっちに来てごらん。そろそろロイゼンが見えてきたよ」
「おー、あれがロイゼン……!」
馬車に揺られて更に数十分。
道の先に城壁らしき物が見えてきた。
周りには自分達と同じ様にロイゼンへ向かうのだろう、商人と思われる馬車や徒歩の冒険者らしき人もいた。
……それにしても、ここからの遠さと壁の大きさから見るに、結構、いや、かなり大きな街みたいだ。
これで辺境の街と言うから驚きだ。王都はこの何倍なんだろう……
とかなんとか考えていると馬車が止まった。
グレッグさんの脇から前を見ると、どうやら街へ続いている馬車の行列の最後尾に並んだみたいだ。
徒歩の人達は馬車の右に別の行列を形成していたが、そちらの方が進みが速い。
「さて、ここからが長いぞ。一人一人身分証と積荷の確認をしてからやっと街へ入るのが許されるんだ」
そう言うとグレッグさんは積荷のリストと思われる紙束を取り出して指差し確認をし始めた。
「大変なんですね、身分証……身分証……あっ」
失念していた。街へ入るためにお金が必要かとは思っていたが身分証が必要だったとは。
言わば自分はこの世界に突然【発生】した存在だ。身分証など持っていない。
「あの、身分証がない場合はどうしたら……いいんですかね」
「ない場合?そういう場合は金を支払って街の中で発行してもらうしかないかな。キーア君、もしかして無くしたのかい?」
「無くしたっていうか、その、自分の生まれた村が身分証が必要ないとこだったので……」
苦し紛れの嘘をつく。
騙すのは心苦しいが仕方ない。別の世界で死んで今日この世界に来たばっかりですとは言えないし。
「お父さん……」
「わかってるよアンナ。大丈夫だよキーアくん、手持ちが少ないと言っていたし、ここは私が立て替えよう。そのかわりと言っちゃなんだが、今度開く雑貨店のお得意様になってくれないかな?」
「えっ、あ、ありがとうございますっ……!!」
天使だ……!!
嘗てここまで身元がはっきりしない人物に親切にしてくれた異世界人はいたでしょうか……!!
他の人とは話してないけどこんな親切な人と出会おうとしても普通は無理だろう。
森で目覚めて川を発見、ブラッドウルフに襲われつつも撃退して素材手に入れたし、もう少しで街に入れるし自分は改めて幸運だと思……
「あーーーっ!!」
「「!?」」
ブラッドウルフ!! ブラッドウルフの素材あるじゃん!!
ごそごそとポーチを探ると、あった。
大きな葉っぱに包まれた六匹分のブラッドウルフの耳が。
「キ、キーア君どうしたんだい?」
「あの、これ、グレッグさん達に会う前に入ったラヴァンの森? ……でブラッドウルフを倒して手に入れた耳なんですけど、これ買い取ってお金にしたりとか「なんだって!?」
ブラッドウルフという名前を聞いてグレッグさんが血相を変える。
あれ、またなんか間違えちゃったっぽい……?
「キーアくん、それは本当なんだね? その……ラヴァンの森でブラッドウルフに遭遇したというのは……」
「はい、間違いありません」
耳を見せるとグレッグさんはふむ、と顎に手を当てた。
「……本物みたいだね、いや、疑ったわけじゃないんだ。ただブラッドウルフはここら辺には生息しない魔物でね、ちょっとまずい事になっているのかな……」
マジかー、もしかして魔物の活性化とか、いるはずのない場所にブラッドウルフがいたりするのって自分がこの世界に来たのと関係あるのかな……
「キーアくん、とりあえずその耳は私が買い取ってもいいかな。門では私が立て替えるのではなく自分で支払うと良い。その方が君も気兼ねなくロイゼンに入れるだろう」
「え、いいんですか?」
グレッグさんの提案はこの世界の相場がわからない自分にとって非常に有難い。
出会ってからというもの、正直負んぶに抱っこ感は否めないが仕方がないだろう。
自分で稼げるようになってから雑貨店の物を買って周りに宣伝しまくる事にする。
ブラッドウルフをグレッグさんに渡し、代わりにお金を受け取る。金貨が三枚に銀貨が八枚、グレッグさんの事だからぼったくる事はないと信じたい。
「さぁ、これで取引成立だね、今後ともグレッグ雑貨店をよろしく頼むよ」
先程の真剣な表情は何処へやら、にっこりと笑うグレッグさんを前に自分もつられて笑うのだった。
やっとロイゼンに着きました・・