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5話

「うう……どうしたもんか……」


 どうも、自分は今ブラッドウルフの新鮮な死体とにらめっこしています。


 あ、さっき手に入れた魔剣は今までの剣と交換して早速装備しました。

 いやーラッキーだったね、コモン武器じゃ魔力の伝導率が悪くてMP消費がでかかったから。

 このレア魔剣アルニラムなら少ないMPで今まで以上の付与が期待出来るはず。


 ……話題がずれた。

 自分が今悩んでいるのは、ブラッドウルフの『剥ぎ取り』の事である。

 現在自分は一文無しです。すっからかんです。金どころかまず財布がないです。

 このままだと森を抜けて運良く街にたどり着いても、食べ物買うどころか下手したら街に入れないかもしれない。

 ゲームでは金を得る手段として、クエスト報酬を受け取ったりドロップアイテムを売却する他に、倒した魔物の毛皮や目玉といった部位を各街のギルドなり素材屋なりに売る、という方法がある。


 という事で、街を目指す間にその部位を集めようと思い、手始めに倒したブラッドウルフからゲーム内でクエスト達成の証に設定されていた耳と他の素材を剥ぎ取ろうと思ったのだが……

 今までは魔物の死体にカーソルを合わせ決定ボタンで、グロテスクな場面を見る必要もなく自動的にインベントリ内に剥ぎ取った部位を入手出来たのだが、いかんせんここにはコントローラも決定ボタンもない。


 なかったら、そう、自分でするしかないのだ。

 さっきまで使っていた剣を握り締める。


「ひぃ……異世界グルメが待っている……異世界グルメ……グルメ……」



 時間にして恐らく三十分程。

 なんとか、灰になったり上半身が吹っ飛んだせいで駄目になった二匹を除いた計六匹分の耳を手に入れたが、耳と引き換えに食欲を失ったのだった。……目玉は流石に許してほしい。

 腰のポーチに切り取った耳を仕舞い残った死体を一箇所に集めた後、魔法付与の炎で纏めて灰にする。

 そうして出来た灰の山を前に手を合わす。

 ……さて、行くか。








 しばらく歩くと森を抜けた。結構浅いとこまで来ていたみたいだ。

 更に歩いてみると広大な草原に出た。整備こそされていないが道もある。そこを旅人か馬車でも通るのだろう。

 道こそ見つけたが、粗方見渡してみるも街どころか村のような場所も見つからない。


「しゃーない、歩くか」


 とりあえず道に沿って歩いてみる事にする。

 未だ一人とはいえ、このまま進めば村か何処かに辿り着けるだろうと考えると、森にいる時より希望が見える。

 森の中に転生はしたが、一日目で川を見つけ、更に森を抜け、道を見つけたとなるとかなり幸運の部類に入るだろう。


「……空が青いな、今何時かな……」


 なんとなしに空を仰ぐ。

 広い草原にどこまでも続く青空。

 こんな光景は見た事が……いや、学生の頃に修学旅行で行った北海道以来か。


「ここ、地球じゃないんだよな……」


 今更ながら実感が湧いてくる。

 そう、ここは自分が今まで生きていた世界ではない。

 度々別の世界に行けたらと妄想する事はあったが、それが現実になってしまったのだ。

 倉本明奈は……死んだ。あの時、意識が途切れた時に恐らく死んだ、のだろう。


 そして今の自分になった。

 どういうわけか自分が理想としていた姿で、散々憧れた剣と魔法の世界に立っている。

 神とやらには会ってないので、どういった理由でこの世界に来たのかはわからないが、少しだけわかる事もある。


 新しくなった身一つでこの世界を生き抜かなくてならない事。

 そして恐らく、ぼんやりとだが、元の世界には帰れない事。


「あー……送って貰った野菜、美味しかったよって電話しとけば良かった……」


 目を閉じれば残してきた家族の顔ばかりが浮かぶ。

 特段悲しませるような事はしなかったつもりだが、ここに来て親より先に死ぬという最大の親不孝者になってしまった。


 お母さん、彼氏が出来ない自分にパート仲間の息子さん紹介してもらうって話してたけど、無駄になっちゃったよ。

 お父さん、また飲み過ぎて床で寝てお母さんに叱られてないかな。

 お姉ちゃんはこの間結婚したばっかだったな……お母さんお父さんが寂しくないように、年に数回は帰ってあげてほしいな。

 あと自分の分まで孫産んでほしい。あーお年玉あげるおばちゃんになりたかったな……


 次々と頭の中を廻る思い出やこれから起こるはずだった出来事に、すんと鼻を鳴らす。


「ダメだダメだ、弱気になっちゃ……!! 幸い生き抜けそうな力はあるんだし、こっちで頑張って生きていかないと!!」


 気合いを入れてパン、 と頬を叩く。


「しっかし誰も通らないなー、くっそーマップ欲しいなー……」


 暇なので再び歌う事にする。

 前はともかく今の声帯なら、音域の関係で泣く泣くカラオケで歌えなかったあの曲この曲も思いのままだ。

 食い扶持はどうしようかと思ってたが、吟遊詩人とかも割といいかもしれない。

 美少年吟遊詩人……これは金になるぞ!!


 持ち前の妄想力で将来の設計図を展開しながらひたすらに歩く。








 一人カラオケが六曲目に差し掛かる頃、前方から何かがこちらに向かってくるのが見えた。

 あれは……馬!! 馬だ!! それに馬車も!! 人が乗ってる!!

 それが馬車だとわかると一目散に駆け出した。

 気づいてもらえるように両手を大きく振る。ジャンプだジャンプ。


「ヘイタクシーーーっ!!!」


 あ、そういえば人いても日本語通じるのかな。ていうか自分が喋ってるの日本語なの?


 そう考えてる間にも馬車はあっという間に目の前に来て、止まった。

 これ幌馬車っていうやつか、初めて見た。

 幌馬車の御者台には金髪に緑の目をした、ふくよかで優しそうなおじさんが乗っていた。第一異世界人発見です!!


「やぁ、こんな所でどうしたんだい?」


 日本語だーーーっ!!!

 もしかしたら不思議パワーかなにかで翻訳されてるのかもしれないが、細かい事はどうでもいい。意思疎通出来るという事が重要なのだ。


「あの、わ……、僕、旅をしてるんですけど道に迷ってしまって……ここから近い所に街か村はありませんか?」


 慌てて一人称を修正する。あぶねぇ私って言いかけた。

 別におかしくはないと思うが今の見た目は少年、そしてこのキャラは頭の中で一人称僕の設定だった。

 どうせならなりきってやろうじゃないの。


 自分の問い掛けに優しそうなおじさんが答える。


「若いのに大変だねぇ、ここからだと……そうだな、君が歩いて来た方に進むとロイゼンという街があるよ、もしかしてそっちから来たのかい?」


 見事に反対方向だった。

 おじさんに会えて本当良かった。


「あ、えっと……森に迷い込んじゃって、そのロイゼンという街には行った事ないです」

「ああ、ラヴァンの森か。魔物に会わなかったかい? 近頃活発化しているようだからね。まぁ君は見たところ自分の身は守れそうだな」


 そう言うとおじさんは幌馬車を指差し言った。


「ここで会ったのも何かの縁だ、君さえ良ければ乗って行くかい?」

「いいんですか!?」


 あわよくば乗せてもらえたらなーって思ってたけど、おじさんから誘ってもらえるとは。

 断る必要なんてないので有難く……


「あ……でも、僕今手持ちが……」


 そうだった。自分は今文無しだったのだ。

 お礼をしたくても何も返せない。


「あっはっは、いいよいいよ、ちょうど私達もロイゼンへ行くところだったんだ。君が気にするんなら代金は……そうだな、娘の話し相手になってくれないかい?」


 おじさんは天使だった。

 こんな文無しを乗っけてくれるなんて……ん、娘?


 気付くとおじさんの脇から女の子がこちらを見つめていた。なる程、体型は違うが金髪に緑目でおじさんと配色がそっくりだ。年の頃は……十四、五歳ほど。ふむ、今の自分と同じくらいか。そう思うと若返ったな。

 見つめている女の子と、ふと目が合った。

 女の子はハッとした顔になると、見る見るうちに頬を林檎のように赤くして車内に引っ込んでしまった。


 ほほう、これはこれは……


「悪いね、近くに同じ年頃の子がいなかったもんで照れているんだよ」


 おじさんが苦笑する。

 要するに今まで見た事ない美少年見て嬉し恥ずかし目の保養って事ですねわかります。

 うんうんと一人納得しながら幌馬車に乗り込む。


 幌馬車の中には結構な荷物が積んであった。

 壊さないように慎重に移動しながら女の子の隣に座る。というか座る所がそこしかない。


「乗せてくれてありがとう、少しの間よろしくね」


 ふんわりと笑う。今の顔なら破壊力がすごいだろう。


「あっ、全然っ!! 全然大丈夫だからっ!!」


 女の子はそれはもう真っ赤になって手をブンブンと振っている。初々しいなぁ、若いっていいね。今は自分も同じくらい若いんだけど。


「あっ、あたしはアンナ。こっちのお父さんはグレッグ。貴方名前はなんていうの?」


 名前……そうだ、倉本明奈は今の身体の名前ではない。

 新しい世界で生きていくんだから、新しい名前をつけないと。でも全然馴染みのない名前もなんかな……


 ――数秒考えて、口を開く。


「……僕は、キーア。キーアって呼んで」



やっと名前が出ました。

アキナを反対から読んでもじっただけです。

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