11話
「あー……頭痛い……」
のそりと起き上がる。
昨日は散々飲まされたし食わされた。もう最後の方はどんちゃん騒ぎで、自分はいつの間にか気を失っていたみたいだ。こうしてベッドで目が覚めたって事は誰かが運んでくれたんだろう。
脱がされていた上着が枕元に畳んであったので羽織る。これベルトめっちゃ付いてるんだけどよく外せたな……。
苦労してベルトをとめた後、アルニラムも上着の下に置いてあったので身に付ける。
「ここって、自分の部屋でいいのかな?」
ベッド横の窓から外を見る。今日もいい天気だ。
壁に掛けてある時計は十時を指している。そういえば時計も同じ見方なんだな。
「これで二日酔いさえなければ完璧なんだけど……ん?」
ふと、窓辺の棚に小さな紙と金貨一枚が置いてあるのを見つける。どれどれ……。
「昨日は悪かった、ガルシュ……あぁ」
飲み会に自分を連れ込んだリーダー、ガルシュさんからの書き置きだった。運んでくれたのは彼なんだろうか。飲ませすぎたことに対しての書き置きかな、だとすればこの金貨はガルシュさんからか。
悪いとは思うが、今の金銭状況からすると非常にありがたいので遠慮せず貰っておこう。
ポーチに金貨を仕舞い込み伸びをする。
顔を洗う水でも貰いに行こうかなと思っていると、扉をノックする音が響いた。
「はーい」
駆け寄り扉を開くと、そこには桶とタオルを持ったアマリエさんがいた。
「あら、起きてたのね。はい、これ洗顔用ね」
「わぁ、ありがとうございます!」
アマリエさんナイスタイミング!
ありがたく桶とタオルを受け取る。
「昨日は大変だったわね。うちのお客さん達はいつもああだから、次は上手にかわすのよ」
「ははは、はぁ…頑張ります」
正直、次も同じ結果になりそうな気しかしないけどな。お金を稼ぐのも大切だけど、お酒との上手い付き合い方も勉強する必要がありそうだ。
「洗い終わったら下のカウンターまで持ってきてね。あとお腹も減ったでしょう?朝食も作ってあるから食べて行って」
「わかりました、準備が出来たら降ります」
アマリエさんは二日酔いに効く薬もあるからね、と付け加えると仕事に戻って行った。
年は若いけど、なんだかお母さんみたいだ……こんな事言ったら怒られるかな。
軽く顔を洗った後、備え付けてあった鏡で寝癖がないかチェックした……ムカつくくらいサラサラだった。
よし、ご飯食べに降りよう。
もう一度装備を確認してから一階ホールに降り、まずカウンターに寄り桶とタオルを返した。そのまま朝食の乗ったお盆を受け取り近くの席へ座る。
「いただきまーす」
サンドイッチを前に手を合わせる。
今日の朝ご飯は分厚いカツサンドだ。朝からカツはなかなかヘビーな気もするが、ここが冒険者御用達の宿屋なのも理由なんだろう。むしろ少ない方かもしれない。
サンドイッチは挟んである野菜とドレッシングのおかげで、意外とさっぱりしてて食べやすい。何のお肉使ってるか知らないけど。
「……それにしても、人が少ないのは時間帯のせいかな」
サンドイッチを食べながら辺りを見渡す。
朝と言うには遅いし、昼と言うには早い。泊まってる冒険者さん達はみんな仕事に行っている時間だろうし。
「もっとも、もう少し時間が経てばここも混んでくるんだろうな」
ぼんやり考えながらカツサンドを食べていると、足元からふわりとした感触と「にゃあ」と鳴き声がした。
びっくりしてテーブルの下を覗き込むと、そこには真っ黒な毛の塊、ふわふわとした毛並みに、金色の目をした黒猫がいた。
「あ、お前もしかして昨日の毛玉かぁ」
黒猫は手を伸ばしても怖がる事なく、簡単に抱き上げる事が出来た。ひええふわふわ……!めっちゃ可愛い……!
首には革製の首輪が着けてある。ここの飼い猫かな?黒猫亭だし。
「あら、やっと帰ってきたのね」
「アマリエさん」
黒猫を愛でていると後ろからアマリエさんの声が聞こえた。途端に黒猫の毛がブワッと逆立ち、自分の手から抜け出してテーブルの下に隠れてしまった。
「あれれ」
「その子、マールって言うんだけど、昨日食器を倒しちゃってね。私が相当怒ったもんだから怖がってるのよ」
「ああ、どうりで……」
昨日の割れる音と怒鳴り声はこの子が原因か。怒られて飛び出したまま外で一夜明かしたんだろう。
「ほら、もう怒ってないから、こっち来てご飯食べなさい」
「にゃあん」
アマリエさんはしゃがんで、テーブルの下のマールに言った。すると、言葉がわかるのか、マールはテーブルの下からトコトコと出て来て、そのままアマリエさんに飛び付き腕の中に収まる。
「まったく、調子がいいんだから……あら」
マールを見たアマリエさんは、何かに気付いた様に自分とマールを交互に見た後楽しそうに笑った。
「こう見ると……そっくりね、貴方達」
「は、……ああ!」
なるほど、マールも自分も黒い毛並みに黒い髪の毛、そして金色の目をしている。今の自分の目つきは猫っぽいから尚更だろう。
「看板猫に、看板冒険者。良いじゃない! 期待してるわよ、キーアくん」
「ははは、頑張りますね」
アマリエさんからの期待に応えられるよう、まずは冒険者になるところから始めないと。
カツサンドを食べ終わったら早速ギルドに行って冒険者登録しに行こう。
「うわ……すっごい人」
はろーどうも、キーアです。自分は今ギルドに来ています。
人生初ギルド、人が多いだろうなって思ってたけど予想以上。もう見渡す限りの人、人、人。
地球で言う同人誌即売会みたいな感じと言ったらわかるかな。行った事ないしテレビでしか見た事ないけど、とりあえずそんな感じ。
ギルドの外観は赤い煉瓦造りで、横にも縦にも大きかった。中も広いんだろうなぁって思ったらその通り。中央に大きい柱がドンと立っていて、その周りに受付カウンターがぐるりと一周回っている。
柱の上は吹き抜けになっていて、上の階もその上の階も、ここと同じような造りになっているんだろうと想像出来た。
……なんかドーナツみたいだな。
初めて見る光景に興奮して周りを見渡していると、ふと視線を感じた。目線を向けると、冒険者らしき若い男性達……の他にも、少し離れている所に座っている女性冒険者達、カウンター奥の受付職員さんまで。
お上りさん状態が目に付いたのか、はたまたこの顔が目立ちやすいのか。どちらにしても恥ずかしいのは変わりないのでさっさと登録してしまおう……。
比較的人の並びが少ないカウンターの列に並ぶ。すると、別の列に並んでいた冒険者さん達が結構な人数こちらの列に並び直してきた。おい、今から並び直したら時間の無駄じゃないのか。
いやー美少年は困るなぁ! ……と、冗談はさておき。考え過ぎかもしれないが、これから夜道と人通りの少ない道には気をつける事にしよう。異世界に来て早々大切なものは失いたくないからな、考え過ぎならそれで良い。
「次お待ちの方、こちらへどうぞ」
並んで数分。順番が目の前の人に回ってきたところで、自分の並んでいるカウンターの、隣のカウンターにいる職員さんから声がかかった。
今の掛け声によく通っていた近所のコンビニを思い出す。溜まったポイントを使わないまま死んだのが心残りだな。
まぁそれは置いといて、声がかかったカウンターの方へ行く。
さっきまで並んでた方の受付のお姉さんが舌打ちした気がするけど、きっと気のせい。……後ろの行列は隣までついてきた。
並び直した隣のカウンターの職員さんは眼鏡のお兄さんで、なんと濃い緑色の髪をしていた。
犬耳のお兄さんもいたくらいだし、緑色の髪の毛くらい異世界では普通なんだろう。
緑眼鏡のお兄さんはにこにこと営業スマイルを浮かべている。
「こんにちは、冒険者登録をご希望でしょうか」
「はい、そうです」
まぁカウンターの上のアーチに『冒険者登録受付』って書いた看板あるもんね。というか受け付け作るくらい希望者多いんだ。
お兄さんは、わかりましたと言ってカウンターの下から用紙と筆記用具を取り出した。
「それではこちらが登録用紙となります。記入欄に名前、性別、年齢、主な使用武器や使用出来る魔法を。下の余白には登録にあたって、事前にギルドへ伝えておきたい事などがあったら記入下さい」
ふむふむ、ここら辺は日本と同じ感じなんだな。てっきり水晶とかに手をかざして登録するのかと思いきや、ばっちりアナログ方式とは。
少し拍子抜けしながらも記入欄を埋めていく。
名前はキーア、性別の項目には男と女の隣にその他というのもあった。ある意味自分もそこかも思いつつ、男の方に丸をつける。年齢はキリがいいので十五歳、使用武器は片手剣、魔法は……全属性書くのもなんか問題になりそうなので、戦闘する上で多用しそうな炎と闇を書いておく。炎と闇の組み合わせって良いよね。なんだか片腕と片目とか疼いちゃう。
そんなこんなで、書き終わった用紙をお兄さんに渡す。
「……はい、確認致しました。それでは今からギルドカードを作成しますので、少々お時間を頂きます」
そう言うとお兄さんは、カウンターに書かれている魔法陣の上に用紙を置いた。
すると、魔法陣が輝いたかと思うとなんと用紙が一瞬にして消えた! すげー! 転送する魔法かなんかかな! すごい便利そうだ!
「それでは、ギルドカードを作成する間に冒険者ギルドについて少々説明をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」
「あ、はい、お願いします」
説明大事。あとでこんなこと聞いたっけ、って思う事がないよう、わからないところは質問しよう。
お兄さんはそれでは、と説明を始めた。
説明によると、ギルドに登録した冒険者にはランクが割り当てられていて、一番上はSから下はGまで。登録したての冒険者は全員Gランクから始まるとの事。
ただこれには例外もあって、Gランクの枠に収まらない実力の持ち主が現れた場合に、ギルドマスターの判断によっては上位ランクからスタートする場合もあるらしい。
らしいと言うのはここ数百年そういった人はいないから。まぁそんな凄い人はそうそういないし、いたとしても既に別の街のギルドで登録済みだろう。
ランクを上げるには、まぁ想像通り依頼をこなしていくわけなんだけど、これが依頼をこなした数ではなくてポイント制。依頼の難易度によってポイントが決められていて、ランクアップに必要なポイントをためていくのだ。依頼によってはすぐにポイントがたまるけど、ポイントが高い依頼は大体が命の危険があったりして難易度も当然高い。
コツコツためるか一気に稼ぐか、そこは冒険者次第と……。
ポイントが規定値を満たせば、晴れてランクアップ試験を受ける資格が手に入り、その試験に合格するとようやくランクが一つ上がる。
せっかく登録したんだし、行けるとこまで行ってやろうと思う。夢はでっかくSランク!
あと、こうやって登録用紙を記入するのは初めて冒険者登録をする時だけで、一度何処かの街でギルドカードを作ったら、初めて行った街でもカードをその街のギルドに登録すると依頼が受けられる。
ちなみにギルドカードさえあれば街に入る際の税金は免除されるとの事。すごい便利だけど、その代わり紛失すると再発行に一週間と手数料に金貨が十枚必要……絶対に落とさないようにしよう……。
依頼の受け方は、ギルド内の掲示板に貼られている依頼用紙を受付まで持って行く事。以上。シンプルで実にわかりやすい。
次は依頼の完了報告について。
採取依頼は、依頼された物を直接ギルド内の報告受付まで持ってくる事。
魔物の討伐依頼を受けた場合、討伐数は自動的にギルドカードに記録される。どういう仕組みだと思ったが、とりあえずそうなってるらしい。便利だからいいか。
一応設定されている討伐部位はあるが、わざわざ持って行く必要はない。ただ、ギルド側で買い取ってもらえるので、報酬はその分多くなる。冒険者の殆どは討伐部位を持参するらしい。そりゃそうだ。
ちなみに、討伐依頼を受けてない状態で討伐部位のある魔物を倒した場合、討伐数こそ記録されないものの、部位をギルド内受付に持って行って買い取ってもらう事が出来るらしい。
そして、違約金について。
依頼が期日までに達成出来なかった場合、違約金として設定されていた報酬の三割をギルドに支払わなくてはならない。
連続して依頼が達成出来ないと、しばらく依頼が受けられなくなったり、最悪の場合は冒険者登録が抹消されるらしい。自分の実力にあった依頼を受けろって事だね。
「以上です、何か質問はありますか?」
説明を終えたお兄さんが聞いてくる。
あ、説明の中になかったから一応聞いておこう。
「あの、説明になかったんですけど、ランクの低さによって受けられない依頼とかあるんですか? 例えば、GランクはAランク相当の依頼が受けられない、とか」
「ありません」
ないのかよ! そういうのって普通ギルド側から止められるもんじゃないの?
そう思っていると、お兄さんが詳しく話してくれた。
「ありません。が、……流石に実力とかけ離れていると思われる依頼を受けられる際は、こちらの書類を書いて頂きます」
そう言うとお兄さんは、カウンター下からさっきの登録用紙とは違う、また別の用紙を取り出した。
なになに……この依頼を受けるのは冒険者自身の意思であり、命を落としたり負傷をしたり如何なる場合も自己責任である。当ギルドは一切の責任を負わない……下に何か書けそうな記入欄……これは……
「もしかして、遺書」
「もしかしなくとも、遺書ですね」
「……遺書ですか」
マジかよ。いや、前世でも危険な事をする際はこういう誓約書とか書くけども。
……自分は身の丈にあった依頼をコツコツしっかりと受ける事にしよう。
そう心に決めたところで、カウンターの魔法陣が輝く。すると、さっきの登録用紙の代わりに一枚のカードが送られてきた。
「……出来たようですね、ではこちらがキーアさんのギルドカードになります。先程説明した通り、再発行するにはお時間と手数料を頂きますので、くれぐれも紛失などしないようにお願いします」
そう言うとお兄さんは、出来立てホヤホヤのギルドカードを渡してきた。
うおーキラキラしてる! 黒くてラメが入ってるみたいで綺麗! こういうカード物って前世から弱いんだよなー、なんかコレクション魂に火が付きそう。
大切なカードなので、とりあえず無くさないようにポーチの奥底にしまう。パスケースとか買わなきゃなー。
「あ、あと一つ。ご存知かもしれませんが、ギルド所属の冒険者は所属している間に限り、そのギルドカードで所持金を預け入れる事が出来ます」
ご存知じゃありませんでした!
要するにこのカード一枚で免許証とキャッシュカード両方の機能が使えるって事だよね。何それすごい便利。ギルド様様だね!
「それではキーアさん。ロイゼンの冒険者としての活躍、期待しております」
「はっ、はい! 頑張ります!」
お兄さんの言葉に背筋を伸ばす。
冒険者……そう、冒険者だ。生前、散々夢想してた職業、冒険者に、ついになってしまった。
とは言ってもまだ一仕事もしてないけど。
とりあえずこれで依頼を受けられそう、自分の冒険者生活はまだ始まったばかりだ!
まだ続くんじゃ