9話
3/3 後半に登場するアマンダさんの髪の色について文章を追加しました。
税金を払い、ロイゼンの街へ入る頃には、高かった日もすっかり傾いて空は茜色に染まっていた。
「あー、けっこう時間かかったわね……お母さん、きっと待ちくたびれちゃってるわよ」
アンナが伸びをする。
ここまで時間がかかったのは、ロイゼンの検問所みたいな所でグレッグさんが質問責めにあったからだ。
ブラッドウルフの事について聞かれていたので半分は自分のせいでもあるのだが……多分、耳を買い取ったのは地名すらわからない自分をさっきの質問責めから避けるためで……半分どころじゃない、全部自分のせいだった、ごめんアンナ。
「はは、なら早く行かないとな。じゃあキーア君……」
「はい、どうもありがとうございました!」
馬車から降りてお辞儀をする。
ロイゼンまで馬車に乗っけてもらってブラッドウルフの素材も買い取ってくれた。流石にこれ以上お世話になるわけにはいかないだろう。宿くらいは自分で探そう。
「あ……気をつけてね、キーア……困ったらいつでも頼りにして良いから、ね」
アンナが名残惜しそうに言う。広いロイゼンで一人になるのは心細いが、今生の別れじゃないんだし、それに雑貨店へ行けば会えるだろう。
「ありがとうアンナ、グレッグさん! 本当にお世話になりました! お店頑張って下さいね、また行かせてもらいます!」
「キーア君、アンナの言う通り困った事があればいつでも頼ってくれて良いんだよ。店は大通りに面している、看板があるからすぐに見つけられるよ」
「……っ、はいっ」
ああ、本当に良い人達に出会えてよかった。
涙目になりながらもう一度頷いて、住宅地へ向かう馬車を見送った。アンナは最後まで手を振ってくれていた。
「うわー良い匂い……!!」
ジュウジュウと香ばしい音を立てて焼かれている串焼き、あったかそうな湯気の立つ具沢山のスープ、焼きたてのパンに沢山の具材が挟まれているサンドイッチ。アイスクリームみたいな物まである……!!
「どれにしようかなぁ、どれも美味しそうだなぁ」
自分は今、色んな食べ物の屋台が所狭しと並んでいる通りにいた。
馬車を見送った後、宿屋を探そうと歩いたは良いものの、美味しそうな匂いにつられてフラフラと迷い込んだのだ。
そこはお祭りの出店みたいな屋台がたくさん並んでいて、人通りも多くとても賑やかだった。
さしずめ食べ歩き通り、と言ったところか。
それぞれの屋台の上からぶら下がっているランプはトルコみたいな細工がとても綺麗で、もう少し暗くなると色とりどりの光を灯すのだろう。まるで光を透かしたステンドグラスみたいなそれを想像して一層ワクワクした。
「そこのお兄ちゃん! 綺麗な顔してるね! 一本おまけするから買ってかないかい!」
ランプに見惚れる自分の横から声がかかる。
まさか自分じゃないだろうと思って周りを見渡したが、今の自分は綺麗な顔をしてたんでした……キョロキョロしたのが恥ずかしい。
声をかけたのは串焼き屋のおばさんだった。
腕っ節の強そうな、まさに肝っ玉母ちゃんとか、かかあ天下とかいう言葉が似合いそうな、燃えるような赤毛と笑顔が素敵なふくよかなおばさんだ。
笑顔と匂いにつられて屋台に近づく。
「今ちょうど焼きたてだよ! ほら、食べてみな!」
そう言っておばさんはまだジュウジュウと音を立てている串焼きを自分に握らせた。
「えっ、あのっ」
「何も押し売りじゃないよ、一本おまけだって言ったろう? それ食べて、気に入ったならもう一本買っとくれよ!」
なるほど、上手い商売だ。
もう一本買うしかないなと思いつつ、さっそく一口齧ってみる。
「……! 美味しいっ!」
貰った串焼きは塩と胡椒みたいな味付けがされていて、癖がなく食べやすかった。
見た目は鶏肉に似ているものの、食感は昔食べた猪の様で脂身もサッパリしていて、何本でも食べられそうだ……これ何の肉なんだろ。
「どうだい? 美味いだろう、なんたってこの私が焼いてんだからね」
黙々と食べる自分を見て、おばさんは胸を張って笑う。
ペロリと一本平らげ、串だけになったそれをおばさんが向けてくれたゴミ箱にありがたく入れさせて頂くと、おしぼりも出してくれた。
おばさんの気遣いが完璧だ。将来はこんな人になりたい……今は男だけど。
「本当美味しかったです、この串焼き幾らですか? あと一本どころかもう三本くらい欲しいかも」
「嬉しい事言ってくれるね! じゃあ包むからちょいと待っておくれよ! あ、お代は三本で銅貨三枚だからね!」
そう言うとおばさんは焼きたての串焼きを紙に包んでいく。
三本で銅貨三枚か…という事は一本一枚だな。日本ではコンビニの焼き鳥が一本百円かそこらだったから、銅貨1枚が百円くらいって事かな……というか、そう思いたい。
「お金お金っと……」
財布が無いのでグレッグさんから受け取った硬貨はそのままポーチに入れていたが、案の定底の方で散らばっていた。その中から銀貨を一枚掴む。
銅貨は持ってなかったが支払いは銀貨で出来るだろう。
「これでいけますか?」
「はいよ、じゃあお釣りの銅貨七枚ね。あとこれが串焼き、熱いから気を付けなよ!」
銀貨を受け取ったおばさんはお釣りに銅貨七枚と串焼きが三本入った紙の包みを渡してくれた。
なるほど、銀貨一枚で銅貨十枚の扱いになるのか、覚えとこう。日本の金銭感覚でやっていけそうだ。
「ありがとうございます。あ、あとすみませんが、この近くに泊まる所ってありますか? 今日ロイゼンに来たばかりで宿をとってなくて……」
受け取るついでに聞いてみる。とりあえず食料は確保出来たから、次に必要なのは寝る所だ。
「宿かい? それならいい所があるよ! 銀貨と黒猫亭って言って、此処から真っ直ぐ行って十字路を右に進んだ所に目立つ看板があるからね。あたしの、アマンダの紹介だって言ったら良いさ」
そう言っておばさん、アマンダさんは安心しなと言わんばかりに背中をバシバシと叩いて送り出してくれた。ちょっと痛かったが温かかった。
「おい坊主、こっちの煮込みも買ってけよ!」
「兄さん、串焼き食べると喉が乾くだろ? 今冷えてるよ!」
「坊や、食後に甘い物はいかが?」
銀貨と黒猫亭を目指して通りを進んで行くと、さっきのアマンダさんと自分のやり取りを見ていたであろう周りの屋台の人達が、笑いながら料理を勧めてくれる。
それに一つずつ応えてたらおまけに次ぐおまけで両手が塞がり、銀貨を串焼きの分と合わせて五枚も使ってしまった。
「早くどうにかして稼がないと……」
ポーチの底に散らばる増えた銅貨のチャリンチャリンという音を聞きながら、両手一杯の料理を落とさないよう気を付けてアマンダさんに教えてもらった宿へと足を速めるのだった。