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第二章 芸術における偶然性といういかがわしさ

 しかし時代が違った。この太平の世には如何なる革命も起こりそうにない。そんな中で歴史に名を残すくらいの大人物になる為には結局勉学に勤しみ、出世して功をなす他なさそうである。しかしその点直人は絶望的であった。そんな直人が苦し紛れに逃げ込んだのが芸術の道であった。芸術家であれば人間そのものよりも作品で評価されると考えたのである。つまり自分にも可能性があると。まあいかにもありそうな話である。

 そういう理由から、直人は音楽が好きであった。とは言え周囲の若者が音楽を聴く様に娯楽として聴くのではなく、自己の芸術性を確かめ、かつ高める為に聴いていた。こういう音楽の聴き方をする者の態度というのは概ね二種類に大別できる。一つは音楽の作曲者、演奏者に自己投影をして、その音楽を完全に自分のものにしてしまうという聴き方である。この方法は大体において評価の定まった古典的な音楽や自分の感性に合う音楽に適用される。もう一つは音楽に対してこれ以上無い程の侮蔑と、不当に高い社会的評価に対する嫉妬を以て接する聴き方である。これは前者とは反対に新しい音楽、特に徒に流行に便乗した音楽、それに芸術性とは何の聯関もない要素、例えば肉体的美しさや人物そのもののキャラクターによって成功を遂げた者(アイドル歌手やその他の商業主義的音楽家がそうである)の音楽に適用される。

 こうした二つの聴き方を以て、その違いの何たるかを直人は検証しようとしていた。しかしそこには時代の違いこそあれ、純粋な音楽的要素の違いは何一つ見当たらなかった。例えば、直人はビートルズが好きであった。しかしビートルズの音楽とその辺のアイドル歌手の音楽に一体何の違いがあるであろう?少しでも音楽を齧った者なら、こう反駁するに違いない。

「ビートルズの音楽は芸術性において卓抜しており、その時代においては常に革新的であった。後世のミュージシャン達に与えた影響は計り知れない。のみならず彼らはファッションや思想の面においても社会に多大な影響を与えたのだ。それに引き換え巷に溢れている流行歌手など所詮商業主義に肖った毒にも薬にもならない使い捨て音楽を量産しているだけではないか」

ああ、こうした自称音楽通が唱える訳知り顔の論評の何と世俗的な事であろう!彼は知らぬのだ。芸術性、革新性、社会への影響などにおける評価がおおよそ商業的成功の上に成り立っているものである事を。考えてみるが良い。ビートルズが活躍していた時代、彼らは他ならぬアイドル歌手であった。今日の彼らへの評価は、彼らがアイドル歌手であった時代に築いた商業的成功の上に成り立っているものであり、またそうした評価の大半は「ビートルズ」という輝かしいブランドの元に形成された後付けの阿諛追従に過ぎぬのである。もしビートルズが無名のバンドであったら、世界中に散らばるビートルズマニアは同じ様にビートルズを愛する事が出来たであろうか?

 つまりである。これに気付いた時、直人は絶望した。芸術的価値など所詮は商業的成功によって測られるものであり、自分の避忌している経済的、即物的、物質的成功と何ら変わらない事に絶望したのである。それを得る為に必要な能力とは相も変わらず頭の良さであり、対人能力であり、世渡りの巧さであり、肉体の美しさであり…。つまりどれ一つとして直人の持ち得ない能力なのである。

 しかしこれほどの絶望的状況ですら直人の楽観主義による希望的観測を以てすれば一縷の望みを持ち得た。

(芸術家としての成功の可能性はなくなっていない)

直人は芸術家としての成功が世俗的な成功と変わらぬ事を認めつつ、そこに芸術特有の偶然性が働いている事に着目した。つまり直人の持ち得ぬ能力の他に何らかの偶然的要素が相俟って成功に導かれている点である。確かに芸術においては勉学やスポーツなどの様に数値によって成果を測る事ができず、従ってその評価が偶然的要素に委ねられる場合が多い。つまりこういう芸術における偶然性、つまりある種のいかがわしさが、直人に未だ可能性を感じさせて止まないのであった。


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