突然死〜plötzlicher Tod〜
「あーあ、今日も疲れちまった、なんだこの量の多さは」
今日は寒さに耐えながら、身の辛さを隠しながら、先の見えない地獄を経験した。
その最後がこの真っ暗な夜空と、誰も姿を見せない道を長い間歩くなんて、誰が予想できるのか。
勿論、こんな終わり方を歓迎する奴はいないだろう。この俺も電車に乗る機会を失い、3人で彷徨い続けるエンドなんて…絶望に等しいのだから。
{いやー、今日は大変でしたね先輩、僕はあの店を見るだけに来ているような物ですし}
その振れるカードに明朝体で記された字名、高橋尚樹。それは、俺しか持たない俺である証であり、誰も触れることはできない領域だ。
あと来月で節目を一歩抜け出して31歳。そろそろこの苦痛を全て消し去りたい、との思いが響いて来る頃だ。
俺が身を以て蟻のように働き続ける小さな会社は、名を広げたい願望をお持ちなのか、"出張"が核とも云える。数週間に二回は俺たちを異界へと導くように出張を叩きつける。
未踏の舞台に足を運べるのは此方は嬉しいが、一方で見知らぬ会社の見知らぬ旅人として対面を経る恐怖が心臓を抉ることもある。
そんな俺が宿す性格。何処にでもいる只のサラリーマンと大差ない。
母の様に優しさと厳しさを両立し、父の様に好きになれた事に対しては最大限の集中力を発揮できる。
強いて云えば、コミュニケーション能力が凄まじいだけだ。
見知らぬ人でも数十分で打ち解けられるし、自分より明らかに上の地位にいる人との会話であっても、奴を操るような俺の話術で笑顔にさせてしまう。
恋愛面は最悪だ。容姿が雀斑眼鏡にぼさぼさの髪はモテないに決まっている。
金銭もあまりに下手な管理の儘で、好きになったことに対しては思考を止め、貴重な金を只のコインだと感じさせて注ぎ込むタイプ。
最近は競馬で逆転を狙って10万も使って全部を紙屑にして失ったことが大きい。
挙げ句の果てには、両親にタヒぬ程叱責されたからギャンブルは呆気なく手放した。
そんな俺はさっきも説明した通り、誰も人の気配がせず閑古鳥状態の夜10時、夜の街を何も考えずに歩き続けている。
背後に蜘蛛のように互いに纏わり付いては仲の良さそうに個々の想いを打ち明けている会社の仲間はこの2人だ。
まず背後にいる1人目。俺の頼れる後輩にして人形をよく集めている21歳のイケメン、山下直。
隣にいる2人目は俺の先輩でかなりの心配性、怒れない苦労人である39歳、新橋谷尾。
この3人でとある交流会に身を投じ、冬なのに汗を流してしまう程にこの会社を煽てていた。
___
{あっ___ありましたよ先輩、これが僕が紹介したい店です!}
それで、近くの駅まで終電まで歩いていたが、
山下はどうやら俺らに見せたい店があるらしい。
俺は明日も会社に行かなければならない定めの故、早く家に帰って早く寝たい感情が全てなのだが、更に寄り道を重ねれば、其の感情以前に疲労と酔いが更に伸し掛かる。
そして、終電に間に合わなければ…俺たちは道なき道を歩み続けるように徒歩を重ね、自分たちの記憶と記録を探り頼み家に戻るしか選択肢は無くなる。
誘われた店であまりに急に刺されるのも嫌いだ。
「そんで?早く帰りたいからさっさと紹介して終わらせてくれよ」
…口が五月蝿くなった。先輩の身であるのを背に厳しい一言を発したが、山下はあまりに腑に落ちない様子で俺の事を視線に捉えていた。
「いやいやいや、これを見逃したら人生最大のロスですよ先輩!さあさあついて来てくださいよ!」
止まるどころか、山下は更に火が灯ったかのように口に発し続ける。
怒らせれば雷が刺さるかの如く怖い俺が先に釘を刺したことによって過信していた俺の波だが、それらをまとめて無に帰すように弱らない山下の勢いに潰された気分だ。
『もう良いんじゃないの?此処は黙ってあの子に付き合ってやりなよ』
些細なことから始まってしまった山下と俺による一進一退の口論を暫く中立役として見守っていた新橋先輩が、此で思い切って俺に囁いた。
最初はあれだけ行きたくないと身体と口で抗いを見せていた俺だが、もうこの頃になると早過ぎる眠気が生じて、まるで負けを認めたように首を頷く。
其の背後では、山下が"ようやっと人形が見れるぞ"、と上機嫌になっていた。俺もその歓喜の言葉は聞いた。
あいつには失礼だが、俺はあまり人形に対して良いイメージを持っていない。
昔になるが、俺の見てた特撮番組で、妙に現実味を帯びた人形が急に動き出して、ヒーローたちを洗脳していた…の一例のシーンを見てしまったからだ。何の嫌がらせか、今でも年に何回かは夢に出てくる程だ。
思い出してしまうだけでも、苛立ちは収まらない…
あの大量の人形たちに見られることを恐れながらその店があると言われる方角に向かって歩いていたが、それから秒針を10分巡らせれば、其の店らしき建物が目に写った。
「ん? …なんだあの薄橙色の建物、まさか__あれがお前が言う"人形工房"なのか?」
俺は震えが少し起こりながらも、人形たちが動く絡繰の摩天楼ではないことを祈ってそう問いを送った。
もう、山下の口から出るであろう言葉は一つだろう。
{はい、…これが…僕が…人生の全てを賭けて行きたかった…人形工房です!}
まるで重い発表を今からする様な口調で
山下はここが人形工房であると俺と高橋に伝えた。
背筋が凍り付いた。
昔の怖さを醸し出す人形の影が未だ根付いている俺にとっては、人形工房はまさに肝試しに行くような店だ。
絶叫なんかまだしも、下手したらタヒぬかもしれない。
「ふーん、…これが俺の人生最期に行く店か」
俺はそんな"冗談"を震えが少しだけ見える口調で呟きながら、
「だから助けて下さいよ先輩…ッッッッ」
隣で何故か微笑んでいた新橋先輩の身体に飛び走っては昔のガキ時代を生きていた俺の両親に対しての「必殺技・抱き殺し」を発動させた…
___
それから、思い切って店に足を踏み入れる前に、其の人形工房の建物をじっくりと見つめた。
人形工房と言っても、辺りの現代的建物や店とはあまりに雰囲気が違うのは分かった。
俺のような素人でも分かってしまうのだから、写真で表せることができたら尚更だろう。
木でできたであろう引き戸の頭上には、ドイツ語らしき文が描かれていた。
俺と新橋先輩が如何にか読み取ったが、それは"Nachtatmer"(ナハトファルター)と記されている。
ドイツ語なんかドの一文字すら知らない俺は、考え無しに自分のスマホの翻訳機能にこれを記した。
出た意味が"夜の息抜き"。まあ、簡単に云えば訳分からないネーミング性能を持っていると言うこと。
だけども、名前の通りに夜に映える店であるのは俺でも考えた。
しかし、中は人形だらけの不気味な家だ。誰もが恐怖に慄き出ていってしまうことを想定して名付けたんだろうな、と…俺の思いが曝け出た。
{先輩!早く行きましょうよ、全然怖くないですって!}
あいつは奇妙に俺たちが入るのを待っていたようだ。
"お前が行きたかったからついて行ってやってるんだ、1人で見れば良いじゃないか"、と心の内側が漏れ出そうになったが、山下のことも考えて寸前で止めた。
つまり、これから俺と新橋先輩に待ち構えるのは、この人形工房の怖さを凌ぎきれ!…と言う重き扉なのだ。
嗚呼、これからのことを考えると吐き気がしてしまう。
でも、新橋先輩は"じゃあ先に言ってるね〜"と、俺より先に行ってしまうし、
外で粘り続けても今日の気温は10度から5度。長袖長ズボンに手袋と、中途半端な装備で向かった俺なら確実に何処かがやられる。
此処で漸く心が決心した。
「いいよ、お前さんの為に行ってやるよ」
俺は人形たちを恐れながら、人形工房の引き戸を静かに握りしめ、そして引いた。
「…ん、これは思っていたのと明らかに…違うじゃないか…」
開けると、思っていたのとはあまりに違う、深い黄色の電球が照らす豪華な装いが俺を待っていた。
気合いの入りようがあるのか、装飾品も多くの種類が活用されていて、しかも全てがカラフルに光を発する。
未だ人形に酔いしれていなかった俺は、そんなに手をこめる品物か、と影で呟くように"常時クリスマス気分、って訳か"、なんて口が漏れ出ていた。
肝心な人形たちが飾られているのは、俺から見て奥の大きなツリーが植えられている場所。
2回ほど視線を向けたのだが、既に山下は釘付けの状態。これは簡単に推測できることだ。
しかし、その山下に案内されていた新橋先輩も…なんと人形に惚れてしまっていたのだ。
流石に其処迄は予想が出来なかった。
今まで視線を向けていないものには討たれることすら無かった新橋先輩が、ここまで狂わされたかのように人形たちに釘付けになるなんて。
身が震えそうだ。あれだけ恐怖を植え付けた人形たちが、まるで人格を丸ごと変えたかのように人を惹きつけているのだから。
俺はもう気が狂った。
人形に対しての思いが明らかに変わっていた。
突然身を前に向かって歩かせ、その瞳をまた自分に触れさせた。
幼い頃に見た絵面は未だ頭の片隅に根を張り宿っている。しかし、漸く目に移したあの人形は、かつての人形とのイメージとは大きく離れていた。
{Puppe}と其の上の看板に記されていた文字。ドイツ語で"人形"を表す其の言葉は、俺がこれまで認識していた日本の怖さを表に醸し出した人形とはあまりに違う、美しさと可憐さと勇ましさに包まれていた。
「山下ッッッッ___また俺を騙しやがって……」
時間など関係無く、其のプッぺの異質さに狂わされた俺は、つい心の内に溜めていた言葉が溜息とともに出る位だ。
然し、其れを許す訳がない時間は、人形に呆気なく彩られた俺を他所に、終電を過ぎさせた。
___
其れから、全てのプッぺを瞳に写した俺は、辺りにいた筈の、山下も新橋先輩の姿も陽炎のように消えたことに漸く気付いた。
先程まで針は10を向いていた。だが、この頃になれば…既に次の日になっていた。
眠気や疲れが全て水の泡となり、衝動の儘に異国の人形と互いを見つめ合っていたこの二時間。
もう、タクシーや電車のことなんか、如何でもなっても良いぐらいだ。
もっと居続けたい気持ちが俺を包み込んで縛っている。人形たちは俺のほんの少し前までゆっくりと築かれてきた本質をまた一から作り直してくれた。
だけど、なんで未だ開いているのだろう。此処で人を惹きつけてから、全てをひっくり返すような展開を形成させてくることもある。
そんなことがあるか。…と楽観的に解釈しつつも、そろそろ出なければならないと感じ始めるようにもなった。
そして足を逆方向に回し、宵闇の道に繋がる扉にそっと手を差し伸べた。
其の時、偶然と外で呆然と立ち尽くしていた、全身を黒に染めていた男性らしき人物と、目がはっきりと合った。
少しであるが明らかな恥ずかしさが表に出てしまった俺は、震えと未だ冷めない興奮さが少しだけ混じった声で其の人に挨拶を告げた。
「 こんばんは…そんな時にそんなとこで何を…
ぐッッッッッッッッ__________!!」
まるで夢心地に陥っていた俺を引き戻すように体全体に染みる痛み。
痛覚が刺激された瞬間、俺は痛みに動かされるように瞳が動き、其の人物の姿を再び注視した。
続いて腹元に視線を向ける。ジャケットのボタンが外れ、白いシャツが露出する。その白の景色を穢すように刺さっていたのは、"包丁"であった。
既に白から溢れ出す血腥い液も、俺の身体を少しづつ蝕まみ破壊している。
あの時、人形工房で冗談ながらに呟いていたあの一言は、この瞬間、"現実"として俺に突き刺さることとなった。
激痛と言えども、他の刺激によってかき消され、身体も少しづつ、静かで見えない崩壊を進める。
スマホをポケットから取り出し、消防隊に希望を見失った様な助けを求める。
これが俺の今できる策であり、腹を突き刺されて致命傷、更に出血の速さも普通とは呼べない程だった。
「ピーポー…__ピーポー…__」
救いを差し伸べに来る音色が俺の溶けて行く身体を揺さぶる。
でも、俺はもう虫の息になりつつある。
目が口が萎れるように閉まる。意識も夢にまた使った様に白く輝く。
未だ悔いが残るタヒに方。派手でも無く、静かでもない曖昧な刺殺。
未だ生きたいと喚くように心臓が鼓動をし続ける。
誰かが必死に俺を此方に引き戻そうとしている。
山下にも、新橋先輩にも、社長にも最期を伝えられないなんて。
しかも、誰にも看取られることすらない。
最期まで愛されることはなかったのか。
其れ迄は仲間たちに愛されていたのに。
呪いたい。否定したい。殺したい。
此の言葉を最後に、俺は永久の夢に閉ざされた。
「午前0時15分、ご臨終です」
超絶素人のままで出してしまいました。
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