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隔世遺伝

作者: 山谷麻也
掲載日:2026/03/22

挿絵(By みてみん)



 その1 言葉の壁もなんのその


 Uターンして一年後、長女と孫娘が後を追ってきた。孫娘は四歳だった。

 新居の裏にある保育所に通い始めた。一二人のクラスメイトがいた。それまでの保育所と比べ、ずいぶんアットホームに感じたはずだ。


 田舎の生活に馴染むか、祖父として内心、心配していた。最も気がかりだったのは言葉だった。関東弁と徳島弁が混ざり、アクセントが彼女一流だった。それでも臆することなく、友達の輪に入って行った。


 田舎ならではの経験をさせようと、いろいろなところへ出かけた。

 義姉(あね)の家に連れて行った時は、掌に雑穀を乗せて待つこと数分、野鳥が孫娘のまわりに飛来し、エサをついばみ始めた。

 廃校になった母校跡に治療院の分室を開設し、週末に通っていたことから、よく同伴した。移住者が喫茶店を経営していて、同じ年頃の男の子がいた。昼間は二人で遊んでいた。

 筆者は仕事を終え、最終バスを待つまでの間、釣り糸を垂れるのを楽しみにしていた。孫娘にも竿(さお)を持たせた。かなりなのをゲットした。その喜びようと言ったらなかった。


 その2 果たした約束


 新居の近くの山に、ドングリ拾いに行った。楽しみにしていたらしく、保育所の担任に、おみやげに持ち帰る約束までしたようだった。


 車道でなく、狭くて急な山道を登った。白杖(はくじょう)を突く筆者には難行だった。ガイドしてくれるので有難かった。

 そのうち、孫娘のスピードが鈍り、小休止する回数が増えた。


「はあ、ジイジ。もう帰ろうよ」

 ついに音を上げた。

「なに言ってるの。先生におみやげ持って帰るんでしょ」

「先生には『ドングリはなかった』って言えばいいじゃん」

 知恵の働く孫娘だった。


 なんとか、坂道を登りきった。民家があり、見慣れぬ二人連れなので声をかけられた。親切にも一緒にドングリを拾ってくださった。孫娘は大きなレジ袋いっぱいのドングリを持ち帰ったのだった。


 翌朝、いつものように玄関を出ようとした。

「先生にドングリは」

 声をかけると、小さな手に数個のドングリをつかんだ。

「たった、それだけ。ケチな子だねえ」

 ちゃっかりしていた。


 その3 ならではの体験


 小学校の新入生は二人だった。ランドセルが歩いているようだった。

 世界が広がり、積極性も身についた。

 地元の伝統の祭りでは、ちょうさにも乗った。口紅を塗り、神妙な面持ちで舞っていた。昔は男子、それも長男しか乗れなかったと聞いた。今は鉦太鼓(かねたいこ)で乗り手を探す。いずれ参加する子供はいなくなるだろう。


 孫娘が三年生の時、盲導犬がきた。散歩やトイレなど、よく世話をしてくれた。

 大阪の盲導犬訓練所で宿泊訓練をしている時、担任から携帯に電話が入った。緊急連絡先に登録していたものと思われる。

「鮎の稚魚を吉野川に放流しているところがテレビに映りますので」

 担任は興奮状態だった。家人には連絡しておいた。


 新聞にも載ったことがある。

 孫娘の通う小学校でサギソウの球根を育てて、近くの湿原に移植する自然保護活動を行っている。もう四半世紀の歴史を持つ。

 これも毎年マスコミで取り上げられる。 いずれも田舎ならではの体験だ。

 小学校は吉野川の東岸にあり、すぐそばに土讃線の鉄橋が架かる。まるで絵葉書を見ているような風景である。「日本一美しい小学校」と書かれたものを読んだ記憶がある。あながち大げさな表現ではない。


 その4 開花する才能


 中学校はバスで通学した。

 筆者の卒業した中学校は二度めの統合で孫娘の通う中学校と一緒になった。二人は同窓生になったわけだ。


 中学に進み、孫娘は隠れた才能を発揮しはじめた。

 歌がうまい。楽器を演奏させてもすぐ上達した。吹奏楽部に入り、市のイベントでサクソフォンを吹いたこともあった。家に楽器を持ち帰り、時間を忘れて練習していた。筆者のお気に入り『マイ・フェイバリット・シングス』(My Favorite Things)をよく聴かせてくれた。


 冒険もした。

 六キロあまりも上流にある橋を渡り、対岸の国道を歩いて帰宅したことがあった。国道脇の食堂の奥さんから聞いた話だ。


 女子中学生が二人、うどんを食べに来店した。一人に見覚えがあったので、事情を()き、大遠征が分かった。

「最近の女の子は‥‥」

 奥さんはあきれ返っていた。


 その5 女子中生ひとり旅


 孫娘は中学二年の秋、関東に戻った。

 新しい学校に溶け込めるか気がかりだった。これは取り越し苦労に終わり、LINEでは元気な笑顔を見せてくれた。部活は続けるも、楽器がなくて同じ市内の中学校から借りたということだった。


 修学旅行は京都・奈良を訪れた。宿泊先のホテルでカラオケを歌ったところ、居合わせたお笑い芸人に()められたらしい。


 里心がついたのか、正月にひとり帰省した。バスタ新宿から高速バスに乗り、四国の中央部まで九時間の旅だった。

 実はUターン後四年間、仕事の整理がつかず週の初めは埼玉に出張した。うち三年間は高速バスを使った。サービスエリアのバス停まで家族が送ってくれた。孫娘は座席にきちんと案内し、優しく送り出してくれたものだった。

 孫娘にとって夜間の高速バスの旅は、大したハードルではなくなっていたのだろう。


 その6 孫娘よ お前もか


 高校はユニークな通信制に進学が決まった。

 卒業式も無事終わったと、妻に報告があったらしい。当日の出来事を聞き、仰天した。孫娘はクラスでMrs. GREEN APPLEの「僕のこと」(作詞:森元貴 作曲:大森元貴)を熱唱したというのだ。


 思い返せば、五五年前の三月のある日、高校の卒業式を終え、クラス最後のホームルームがあった。担任は若い熱血教師だった。みんなで何か合唱しようと提案があった。

「いい曲、知らないか」

 筆者に振ってきた。学園祭ののど自慢で由紀さおりの『枯れ葉の街』(作詞:山上路夫 作曲:いずみたく)を歌ったことが印象に残っていたのだろう。とっさの判断でフォークソング『若者たち』(作詞:藤田敏雄 作曲:佐藤勝)を選曲し、先導した。


 曲が違うのは当然ながら、何という符合だったことか。隔世遺伝と言わずして何と言おうか。ただ、筆者は楽器は苦手だった。何か楽器をやっていれば、音程もパーフェクトだったはずだ。が、それはないものねだり。創造主のお計らいは、とても粋だ。

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