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2.兵士養成学校

 かつてこの国は長きに渡りテロリスト集団[刻印されし者達(エングレイブ)]の脅威に侵されていた。そうなってしまった最大の理由は、彼らが人間兵器として用いた『具現者(エンボディ)』の存在にある。

 具現者とは幼少期に受けたショック、トラウマを要因として覚醒し、全国民の右手首に埋め込まれた『記憶射出機構(メモグラフ)』を通じてその記憶を具現化する、人智を超えた特殊能力の持ち主だ。[刻印されし者達]は具現者へ覚醒した子供たちの心の傷に付け込み、私欲のため数々の悪行に手を染めさせた。さらに旧政府と結託して記憶操作技術により国民の思想をコントロールし、彼らにとってあらゆる不都合な真実を隠蔽し影からこの国を侵食していたのだった。

 この危機的状況から国を救うために立ち上がったのが革命の指導者、神園条理(かみぞのじょうり)と七人の楽園(エデン)の使者である。神園は元[刻印されし者達]構成員であり、本来具現者を救うための組織だったはずの[刻印されし者達]の腐敗に失望し出奔した経緯を持っている。そして、七人の使者も[刻印されし者達]の子供たちと同じく心に大きなトラウマを抱える具現者だった。

 神園条理の崇高な信念の下に集った七人の楽園の使者が率いる[具現者解放戦線(E・L・F)]は、旧神奈川県、現在の『神ノ区』に位置する[刻印されし者達]の本部基地を急襲、壮絶な戦闘の末に関東地方からテロリストと旧政府の勢力を排除することに成功した。その後、旧政府に代わり神園条理を頂点として発足した新政府は、トラウマの記憶を介することなく具現化能力の使用を可能にする『装心具(スキルリング)』を開発し、その力を争いではなく人々の暮らしを豊かにするために使うことで平和の象徴たる楽園都市を築き上げた。これが現在に至るまでのこの国の歴史である。

 [刻印されし者達]と[具現者解放戦線]の戦いを記録した映像は全国に向け大々的に放映され、現在楽園都市に暮らしている住民で見たことがない者は恐らく一人もいないだろう。もちろん俺も友人たちと一緒に何度も見た。初めて目にしたときは本当に実在するなんてとても信じられなかった魔法のような具現化能力の応酬。友人たちが『灼熱』の炎や『凍結』の氷剣に夢中になるなか、俺はある一人の具現者に釘付けとなっていた。


 轟一馬。『憤怒(ラース)』の使者で、ダメージを受ければ受けるほど身体能力および耐久力が増強される『怒張』の具現化能力の持ち主。己の肉体のほかに一切の武器を持たず、銃弾の雨を浴びても決して倒れず突き進み拳を叩きつける不屈の戦士、その姿に俺はどうしようもなく憧れてしまったのだ。

 俺は両親に[具現者解放戦線]兵士の養成学校に通いたいと頼んだ。楽園都市を囲む高い壁の向こうに広がる『下界(ネザー)』には今も迫害、差別に苦しむ具現者が数多く存在すると言われ、彼らを救うために活動する[具現者解放戦線]の兵士は誰もが憧れる花形の職業だ。両親は心配しながらも喜んで応援すると言ってくれたが、意外にも強く反対したのは兄だった。

 俺の兄貴、鷺沢秀治(さぎさわしゅうじ)は大学に通う傍ら政府の公営放送局でアルバイトをしている。すでに本採用の話ももらっているようで、将来はそのまま放送局に就職すると言っていた。

「賢治。お前本当に兵士になるつもりなのか?」

「うん」

「兵士になって壁の外へ出たら人を殺すかもしれないし、逆に殺されるような目に遭うかもしれないんだぞ。分かってるのか?」

「うるさいな……分かってるよ」

 昔から勉強も運動も卒なくこなせる優等生で、[具現者解放戦線]と同じかそれ以上に人気の職業である政府放送局から誘われている兄貴は両親にとって自慢の息子だ。対してあらゆる面で平凡な弟の俺にとって兄貴はかつて憧れの存在だったが、今では嫉妬の対象と言わざるを得ない。

「なあ、もう少しじっくり考えたほうが……」

 ああ、どうせ兄貴は俺が兵士になるなんて到底無理だと思っているんだろう。

「俺がどうなろうと関係ないだろ! いちいち口出してくるんじゃねえよ!」

 そう怒鳴りつけたときの、兄貴の驚きと悲しみが入り混じった苦い表情を今も鮮明に覚えている。それ以来兄貴とはどこか疎遠になってしまって、結局家を出るまでほとんど会話を交わすことはなかった。

 あれだけ啖呵を切ってしまった以上、諦めておめおめと家に帰ることなどできない。養成学校に通えば誰でも兵士になれるわけではなく、[具現者解放戦線]の一員として壁外に出るためには厳しい入団試験を突破する必要がある。一応のところ、合格が叶わなくても壁内で治安維持活動を行う警備兵(ガード)になる道も残されてはいる。ただ俺にはどうしても卒業までの残り少ない期間で入団試験に合格しなければならない理由があった。


 翌日の早朝、まだ薄暗い空の下で俺は日課のランニングを行っていた。装心具には脚力や腕力など身体能力を強化するものも数多く存在するが、素の体力が備わっているに越したことはない。俺のように戦場を走り回るタイプなら尚更だ。

「おはよう」

 背中の方から声が聞こえ、振り返るより先に声の主が隣に並ぶ。

「……おはよう」

 速度は維持したまま、軽く挨拶を返す。俺と同じように自主的に走っているこの男は昨日の模擬戦闘の後に俺を励ましてくれたうちの一人で、名前を烏丸勇人(からすまゆうと)という。同期の中でも成績は常にトップ、[具現者解放戦線]兵士入団試験の合格は間違いないと周りからも言われている。お前みたいな奴に追いつくために自主練しているのに、お前が来たらより差が開くばかりじゃないかと言いたくもなるが、俺にこいつの行動を止める権利などない。

「もう少ししたら俺たちも卒業だな」

 俺のような焦りなど何ひとつ感じていないであろう呑気な声で烏丸が呟く。

「お前はきっと、[具現者解放戦線]の兵士になるんだろうな」

「鷺沢も入団試験受けるだろ?」

 どこか心配そうに俺の顔を覗き込む烏丸の表情が兄貴のそれに重なる。どうせこいつも、俺が試験に受かるわけないと思っているんだろう。抑え込んでいた負の感情が鋭い棘となって口から飛び出すのを止めることはできなかった。

「……馬鹿にしてるのか?」

「違う」

 言い終えるよりも先に返ってきたきっぱりとした否定に面食らい、俺は思わず烏丸の顔を見返した。

「鷺沢には感謝しているんだ。お前がいなかったら、俺は他の連中みたいに中途半端な覚悟のままダラダラ学生生活を送っていた。今の俺があるのは、ずっと努力を続けてきたお前の姿を見てきたおかげなんだよ」

 生徒の中には兵士への漠然とした憧れや肩書き、高給に惹かれて入学する者も多い。そういう奴は大抵厳しい訓練について来れず途中で学校を辞めるか、より楽で安全な警備兵への就職を希望する。

「俺はお前と一緒に[具現者解放戦線]に入団したい。だから、試験に向けて俺と一緒に特訓しないか?」

 真っ直ぐこちらを見据える烏丸の表情に、俺を蔑む色は一片たりとも含まれていなかった。見ている奴は見てくれている。ついさっきまで嫌いだったのに、ほんの数言交わしただけですっかり心変わりしそうになっている自分の単純さにほとほと呆れてしまう。

「結局、合格できないと思ってるんじゃねえかよ」

「……まあ、今のままじゃ正直な」

 照れ隠しでついた悪態に対して返ってきた辛辣な評価、しかし不思議なことにこれまで何度も抱いてきた負の感情はひとつも湧き上がってこなかった。

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