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1.模擬戦

「『(ブレード)』」

 声と同時に右手、特に人差し指に力を込める。すると刃渡り1メートルほどの刀身を持つ鋭利な剣が手の中に収まり、俺はその先端を目の前の相手に向け、今度は右手の親指に力を込め思い切り地面を蹴り出した。

「『射出(シュート)』」

 剥き出しの刃を振りかざしながら迫る俺に向かって、相手が握りしめていた右手を開く。すると手の中から放たれた無数の小石ほどの大きさの物体が、まるで銃弾のような速度で俺の身に降り注いだ。

「『(シールド)』」

 しかしその攻撃を初めから予想していた俺はすぐさま薬指に力を込め、剣を握っているのと反対の左腕に全身が隠れるほどの大きさの円形の盾を展開した。弾丸が盾に当たる衝撃を腕に感じながら、俺は勢いを緩めることなく相手との距離を詰めていく。そして全ての弾丸を防いだところで、俺は盾を消失させ両手で剣を握り、高く飛び上がった。

「はあああっ!!」

 もらった。だがそう思った瞬間、目の前が真っ白な光に包まれ何も見えなくなる。

「『閃光(フラッシュ)』!」

 突然のことに驚き視界を失いながらもそのまま両手を振り下ろす。しかし完璧に標的を捉えていたはずの剣の刃先は虚しく空を切り、その直後に横腹へ受けた強い衝撃で俺の身体は弾き飛ばされ、背中から地面に激しく叩きつけられた。

「そこまで!」

 模擬戦闘の終了を告げる指導教官の声が、いったい自分の身に何が起きたのか分かっていなかった脳に容赦なく敗北の事実を突きつける。徐々に視界を取り戻していった俺の目の前に、今の心情とはまったく正反対の雲ひとつない晴天の空が広がっていた。


「気にするな、今日はたまたま調子が悪かっただけさ」

「いつでも自主練に付き合うから、気軽に声かけてくれよ」

「ああ……ありがとう」

 指導教官からそれなりに辛辣な模擬戦闘の講評を受けた俺のことを励ましてくれたクラスメイトの背中を見送りながら小さくため息を吐く。「相手の手の内も分からないうちに無策で突っ込む馬鹿が勝てるわけがない」という教官の指摘は至極真っ当であるし、他の奴らに比べて成績が劣っていることも自覚している。別にそれが理由でここまで落ち込んでいるんじゃない。問題はそんな落ちこぼれ寸前の俺を蔑むでもなく対等に接してくれるクラスメイトたちの存在だった。

 彼らの言動、表情が心から同じ学校に通う仲間を思いやるものであることに疑いの余地はない。だからこそ思ってしまうのだ。この楽園でただひとり、俺だけが今もなお七つの大罪ーーその中でも特に酷く心に『嫉妬(エンヴィー)』を抱えた醜い人間なのではないかと。

 俺たちが暮らしている関東一帯を囲う高さ数百メートルにのぼる壁の内側に存在する『楽園都市(エデン)』は行政区、軍事区、教育区、居住区、商業区、工業区、農業区に分かれ、各区画の統括者は『楽園の使者』と呼ばれている。使者にはそれぞれ七つの大罪の名が冠されていて、地上から人の心を狂わせる悪魔の誘惑を消し去った功績と、人々がそれを決して忘れてしまわないための戒めとして名付けられたのだと学校で習った。

 つまり、楽園都市にはそのような邪な考えを持つ者は存在しない。ならば、俺の中に巣食うこの薄暗い感情はいったい何なのだろう。もしかして自分は楽園都市に相応しい人間ではないのでは、という恐怖はいつも俺の心を苛んでいる。

 このことを考えるたび同時にぼんやりと思い浮かぶ古い記憶。その正体が分かれば解消されるのかもしれないが、どれだけ深く掘り起こしても一向に思い出せる気配はなく、心の内を見透かされるのを恐れた俺は誰とも目を合わせないようにしながら寮の自室へと急いで帰った。


「イテテテ……」

 横腹の痛みに顔を顰めながらシャワーで訓練の汗を流す。目眩しのせいで見えなかったが、あの攻撃はいったい何だったのだろう。ぶつかったのは拳や蹴りではなくもっと大きな岩、もしくは地面から盛り上がった土の塊だろうか。学校の訓練で使用されるものは安全のため正規兵のそれより大きく性能が抑えられており、俺が具現化した『刃』も殺傷能力は極めて低い。だがそれでも当たれば痛いし、油断すれば大怪我もする。

 だから俺のように積極的に近接していく戦闘スタイルを取る生徒は極めて稀で、多くは今日の対戦相手のような遠距離攻撃や搦手の使用を好む。当然だ、他にいくらでも手段があるのにわざわざ危険を冒して相手に近づく物好きは俺くらいのものだろう。教官やクラスメイトからも装備を考え直せと何度も言われたが、なぜかどうしても変える気にはならなかった。

 シャワーを終え、濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻る。ベッド、クローゼット、勉強用のデスク、それから映像鑑賞用の投影機しか置かれていない簡素な部屋だが、学生寮の一室ならこんなものだろう。クローゼットの中から取り出した部屋着に着替え、ソファ代わりのベッドに腰掛ける。夕食までまだ時間はあるし、今日の模擬戦の映像を見て反省会でもしようか、などと考えながらふとデスクの方に視線を向けた俺は、立ち上がってデスクの前まで行き、無造作に置かれた五つの指輪を見下ろした。

 『装心具(スキルリング)』。右手の各指に嵌め力を込めることでさまざまな特殊能力を具現化することができる魔法のような道具。俺は親指から順に『脚力強化』、『刃』、『視力強化』、『盾』とここまではほぼ固定、小指のみ日替わりで今日はロープのように投げて相手を拘束することのできる『蔓』の装身具を付けていた。結局その前に負けてしまったのだが。

 力を込めやすい親指側に常時発動、もしくは機会の多いものを、逆に少ないものを小指側に装着するのがセオリーで、同時に複数の能力を発動することも可能だ。今日の対戦相手は石を生成する能力と風を発生させる能力を使って小石を銃弾のように飛ばしていた。

 このように能力の組み合わせは無限であり、装心具を用いた戦闘には相手の意表をつく発想力と、逆に様々な攻撃への対応力が非常に求められる。剣と盾を構えて真っ直ぐ突っ込んでくる俺が皆の良いカモなのは明白だ。

 だがそれでもやめない理由は俺自身の妙なこだわりの他にもうひとつ、両親と兄がいる『茨ノ区』の実家を離れ俺が暮らしている『木ノ区』の統括者であり、[具現者解放戦線(E・L・F)]兵士養成学校の指導教官も務める『憤怒』の使者、轟一馬(とどろきかずま)の存在にあった。

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