(8/8)田中さんはプログラマー
大曲課長が自分のデスクの周りを落ち着かなそうにグルグル回っている。
「課長、何やってるんですか。課長が緊張する事じゃないですよね」
と富永裕子が面白がってひやかす。
「しかし、あの京都科学賞だよ。うちの会社から京都科学賞がでるかもしれないんだよ」
「だから課長は関係ないですって」
そう、これは田中さんの話だ。田中さんはあの中森トオル氏と論文を書き海外の学会で発表した。二人が考案した機構が次世代の通信規格に採用される事になり、その功績で今年の京都科学賞に二人がノミネートされているのだ。今日はその結果がここに電話がかかってくる。木村浩子も祈っていた。田中さんが認められますように。
でも、田中さん本人はどうでもいいんだろう。
きっと、こう言うに違いない
それが多くの人の役に立つのであれば、それが一番ですよ、と。
その時、大曲課長のデスクにある社用携帯がなった。課長がそれに飛びついて、はい、はい、と言っている。
静かに携帯を置いた課長が放心したように言う。
「受賞が決まったって」
いつの間にか課長の周りに集まっていた課員が皆、拍手する。浩子が涙をボロボロ流すので富永裕子が浩子を抱きしめる。
「あれ、木村さん。田中さんはどこに行ったのですか?」と課長が言う。
「課長、先週、社会事業部の応援をお願いたじゃないですか。田中さん、今、横浜ビルに行ってますよ」と浩子は泣きながら言った。
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エビローグ
田中さんの周辺は急に忙しくなった。社外打ち合わせが増えあちこち飛び回っている。
田中さんと浩子の二人だけだったチームも今や10名になった。多くの超上流設計の依頼が来て利益率が社内で有数の部署となった。
そうそう、田中さんに肩書が付いたのだ。進藤常務が社長に進言し管理職でない技術職の上級役職を作った。今や田中さんは部長相当になった。
しかし、田中さんは変わらない。今日も何やらプログラムを組んでいる。新しく増えたメンバーに説明し設計書を書く。田中さんは楽しそうだ。そう、田中さんはプログラマーなのだ。




