(6/8)田中さんと無関係に謀略は進む
木村浩子は先程から気が気でない。田中さんがあの剛田本部長に呼ばれたからだ。フロアの端にある本部長の席はパーテーションに囲まれよく見えない。
浩子は意を決して本部長席に近づき、パーティションに本部長から見えないように張り付く。
その時、肩を叩かれ飛び上がりそうになるが、口を押さえた富永裕子が同じようにパーティションに張り付いて来る。二人して耳を澄ませるとどうやら本部長は田中さんに例のプロジェクトの説明をさせているようだ。
「で、このプロジェクトは全く売り上げも利益もないがどういうつもりだ」
それに田中さんが静かに答える。
「お渡しした資料の4ページ目に書いているとおり、3年目以降徐々に案件を増やし5年目から黒字化を目指します」
「あ、そんなに待てるか」
「基礎研究はそのようなものだと認識しています」
「あぁ!?現時点で何もない机上の空論だろうが。それをまた偉そうに。経営というものが全くわかってない。このクソが」
田中さんは冷静に対応する。
「その技術は私たちの未来を変えるかもしれません」
「えらそうな事言わずに、もう少し会社の売り上げに貢献する案を持ってこい。でなきゃ、プロジェクトは中止だ。分かったな」
剛田本部長はデスクを手のひらをデスクに叩きつけたようだ。大きな音がしてフロアの皆がこちらをみる。パーティションに張り付いた浩子と裕子が注目を浴びる結果となった。
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田中さんが去ったあと剛田本部長は田中氏が提出した資料を見ていた。その途中で、ん?と一点に注目し考え込む。その後携帯をかける。
「俺だ、本部長の剛田だ。知財部の若山はいるか」
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会社の会議室で剛田本部長と知財部の若山課長が何やら議論している。
「若山、どうだ、そこのマーカー引いている箇所で特許が取れないか」
「確かに新規性はありますね。ただ大部分が基盤技術に依存しているのでそこで揉めるかもしれません」
「いや先願性優先で早く出したい。この部分を占有特許にして他社から利用料を取る」
「まぁ、やれと言われたら、やりますが。。。」
「大至急で手続きを進めろ」
「しかし、先程も言いましたように少し無理があるかもしれませんよ」
「つべこべ言わず、やれ。お前は俺が言うとおりにやってればいいんだ。わかったか」
「はい、はい」
と二人は会議室を出る。
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その2ヶ月後の事である。剛田本部長は田中さんに無断で特許を提出した。更にはその特許について大々的に発表した。我が社が占有権を行使するつもりである事も発表した。
本当に田中さんに一切の相談もなく。
木村浩子は怒っていた。田中さんとの打ち合わせで、理不尽だと思うものの田中さんに噛みついていた。
「酷いと思いませんか。私たちに一切の相談もなく話を進めてますよ。あれ絶対、手柄を横取りするタイプの人間ですよ」
「確かに困りましたね。手柄などどうでもいいのですが、あの通信基盤の人たちの反感を買う事は間違いないでしょう。それが問題です」
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田中さんの心配は1ヶ月後に現実となった。世界最大の通信会社AAGP社の日本法人からクレームと共に会合の申し入れがあったそうだ。会社の上層部はあれこれ対応を協議しているようだが話は田中さんの所まで降りて来ない。
木村浩子は剛田本部長が情報を遮断しているという噂も聞いた。ただ真実はわからない。明らかなのは我が社とAAGP社の会合の場に田中さんが呼ばれていないということだ。浩子がいくら田中さんに愚痴を言っても田中さんは涼しい顔だ。まぁ、なるようになるでしょう、とか言っている。
会合当日、我が社からは剛田本部長と関連する部長たち、そしてその本部を統括する役員として進藤常務が出席した。そしてなぜか木村浩子も書類の束を持って参加している。
田中さんも出ていないのに、と浩子は思ったが、秘書役の若い女の子が欲しいとか言った本部長の意向で浩子が呼ばれたのだ。
進行役は当然の顔をして剛田本部長が務めていたが、会合は最初から荒れた。
公共の通信基盤に占有権を持ち込もうとする剛田本部長にAAGP社のメンバーが反論する。そのやり取りを聞いていて浩子は漠然と違和感を抱いていた。この噛み合わなさは何なんだろう。世界中で起こる戦争ってこういう感じでおこるのかな、などと全く関係ない事を考えていた。
その時、浩子は気づいた。いや、なぜ今まで気づかなかったのだろう。
AAGP社のメンバーの中に先日シンポジウムでお会いした中森トオル氏がいるではないか。あっけに取られて浩子は中森トオル氏を見つめてしまった。
そして中森トオル氏と偶然目が合ってしまった。
中森さん、助けてください、そう心の中で叫んだ。
その思いが伝わったのか、ただの偶然か分からないが、中森トオル氏は浩子に微かに笑いかけ、右手を上げると発言した。
「そちらの会社に田中悟さんがいますよね。呼んで頂けませか」と中森トオル氏が言った。




