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死にたがりの悪あがき

作者: Alicia N.

1作目とは全く違うタイプの話になります。あらかじめ、ご了承ください…。



 今にも泣きそうな空を見上げていた。ひとりぼっちの週末の朝は、時々こんなふうに虚しさを運んでくる。可も不可もないいたって平凡な人生。父も母も働き者で、お金持ちではないけれどそこそこの生活をさせてもらっている。自分を不幸だとは思わないが、幸せかと言われれば即答できない。


 「あのさ、しばらく喜美子と一緒に帰れない。」


 たぶん、志保からそう言われたことが引っ掛かっているんだと思う。


 「あんなの否定じゃないし…なんでこんな気分になってんだろ。」


 もともと人づきあいは苦手だ。相手のことを考えると上手く言葉が出てこない。戸惑っているうちに会話が進んで、気が付くと曖昧に笑っている自分がいる。


 「喜美子って、いつも愛想笑いしててちょっと変だよね。」


 小学生の時、掃除当番でごみ捨てから帰ってきたら、仲の良かったグループの子たちが私のことをそんなふうに話していた。


 「いいじゃん。お願いって言えば、たいていのことはしてくれるし、なんか言い返したりほかの子に悪口言ったりしないんだからさ。」


 その時はじめて、自分がグループの便利屋なんだと気づいた。ゴミ箱を持って教室に入った瞬間に見た、グループの子たちの笑顔がひどく怖いものに思えたことだけは今でもハッキリ思い出せる。あれ以来、グループに属するのはやめた。規模が大きくなるとは言え、小学校の同級生がもちあがる中学も、なんだか息がしづらくて、気が付くと郊外の高校へ進学を決めた。


 「高校でも一人のほうが良かったのかな?」


 ふとそんなことを思った。入学式のとき、たまたま隣に座ったのが志保だった。


 「わたし、人が苦手なの。グループとか上手に付き合えなくてさ。知っている人があまりいないこの高校に入ったんだけど、やっぱり一人は嫌かも…なんておじけづいちゃって、入学式で少し遠慮がちに話す喜美子に親近感がわいたんだよね。」


 一緒にお弁当を食べるようになって二週間もたたないうちに、志保にそう告げられた。自分を見透かされているかのようで気まずかったが、本音を言えば一人になりたいわけじゃなかった私には好都合な話だった。


 「わたしも同じ。わざわざ郊外の高校を選んだの。」


 「やっぱり同類だった~。」


 私の言葉に志保が少し安堵したように笑った。でも、志保は私から見れば社交的で人と接するのが下手だとは思えない。口下手な私と違って話題も豊富だし、自分からクラスメートに挨拶している。正直、人が苦手には見えない。


 「志保…なんであんなこと言ったんだろ。」


 いつもなら一緒に帰れない理由を話してくれるのに、あの時は気まずそうにうつむいたまま顔を見ることなく告げられた。しばらくってどれくらいなんだろう…志保の曖昧な言葉に悶々としながら、直接確認が取れずにいた。勇気がないだけだ。志保には心を許しているし、信頼もしている。大事な友達だと思っているからこそ、否定されるのが怖い。一緒に帰れないと告げられたあの日から志保に避けられれいる気がしていた。そんな状態が嫌で思い切って理由を聞こうと思ったのに、志保は学校に来なくなった…そしてそのまま三日が過ぎていた。

 気が付くとポツポツと雨が降り始めている。一人で考えてもどこにも行けない思考がグルグルと回ってやりきれない。


 「なんだかな…」


 ふてくされてもう一度、枕に顔をうずめる。思考が定まらないときは、考えが悪循環しやすい。負の連鎖。止めようと思えば思うほど砂場に足を取られて沈んでいく…砂時計の流れ落ちる砂に埋もれていく感じ。考えることをいったん放棄しようと目をつむる。眠りが浅かったせいかもしれない。意識が少しずつ遠くなるのを感じた。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 「志保…大丈夫?」


 やたらと重いまぶたをゆっくり開けると、真っ白な天井と心配そうに見つめている女性…そしてあわただしく動く看護師さんの姿が数人見えた。


 ”ここどこ?”


 うまく意識が回復しない…どころか身体がうまく動かない。


 「志保?」


 どうしてこの女性は、私を志保と呼ぶのだろうと思って尋ねようと思ったけれど声が出ない。


 「宮本さん、わかりますか?」


 看護師さんが話しかけてくる。宮本…志保…看護師さんまでが志保の名前を呼んでいる。返事をしたいのにできない。それどころかひどく息苦しい。


 ”あっ…ダメっぽい。”


 そう思いながら意識を手放した。


 次に目覚めたときは少し薄暗くなっていた。やっぱり天井は白くて見覚えがない。ひどく身体が重いのも変わらないままだ。身体を動かすどころか腕も指も自由がない。少し頭を傾けてみる。想像はしていたけれど、どうやらここは病院のようだ。私には点滴がされていて、身体は何かの機械につながれている。


 それからしばらく、私の意識は暗闇と病室を行ったり来たりしていた。そんなことを数回繰り返すうちに、自分の意識が志保の身体の中にいることに気づいた。もちろん最初は否定した。そんな突拍子もないことが起こるはずがないって思った。自分がおかしくなったのかとさえ疑った。でも、看護師さんのかける声は相変わらず”宮本さん”だし、付き添ってくれている女性が志保の母親だってこともすぐに分かった。どうやら何らかの理由で志保は病院に入院していて、身体はほとんど動ける状態じゃない。そこまでは分かった。


 "状況は少し掴めたけど、どうしたらいい?"


こういう時、妙に冷静なのは自分の長所かもしれない。そんなことを考えて苦笑いしそうになった。その瞬間…


 ドクッ


 心臓が大きく脈打った感覚があって恐ろしいほどの痛みを感じた。


 "何…コレ。"


 今まで経験したことのない痛みに襲われる。遠くで看護師さんたちが慌ただしく動いているようにも思える。ドラマでよく見る病室の嫌な機械音が徐々に小さくなって闇に溶けていく感覚があった。そしてまた意識がとんだ。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 「喜美子。」


 聞き覚えのある声に促されて、意識が浮上する。何度か見た白い天井の代わりに青い空と大きな木の枝が見える。


 「あれ?」


 柔らかい芝の上にピクニックブランケットが敷かれ、私はその上に寝かされていた。


 「志保?」


 「良かった〜。目が覚めた。」


 志保が心から安堵した笑顔を見せる。


 「ピクニック?ここどこだっけ?えっと…あれ?」


 大混乱だ。無意識に胸もとを掴み心音を確認してホッとする。痛みも不快感もない。


 「喜美子、大丈夫?」


 志保が心配そうに顔を覗き込む。


 「身体は大丈夫っぽいけど混乱してる。わたし、いつからここに?」


 志保が曖昧に笑う。困ったときの顔だ。


 「ごめんね…わたし喜美子を巻き込んじゃったみたい。」


 「どういうこと?」


 「わたし、手術しないと助からないって言われて逃げたの。」


 「ちょっと待って。いきなり飛びすぎ。」


 話が見えない。志保が私を巻き込んだ…?何に…?手術…?しないとダメで…手術しないと助からない…?で、逃げた…?何から…?疑問符で埋め尽くされそうな思考に一旦ストップをかける。大きく深呼吸して


 「志保、答えられることだけでいいから、質問に答えて。」


 真顔で志保を見つめた。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 疑問点を一つずつ志保に聞いて導いた答えはこうだ。志保には先天性の心臓病があった。状態は安定していたはずなのに、主治医に精密検査に呼ばれた。それが、一緒に帰れなくなった日のこと。主治医の話だと手術しなければ高校卒業は難しいと言われたらしい。手術の成功確率は三十パーセント。突きつけられた"死の宣告"に怖くなり神様に祈った…助けてほしい…って。


 「何をどう祈ったら、わたしが巻き込まれることになるの?」


 志保は黙ってうつむいてしまった。


 「神に祈ったところで、奴らは人の生き死にには干渉しない。手を差し伸べたのはわたしだけだった。」


 突然現れた黒ずくめの男に驚く。


 「あなた、誰?どっから来たの?」


 「私はルシファー。」


 その言葉に志保が反応して顔を上げ、黒ずくめの男を睨む。


 「そんな怖い顔をするな。お前が話そうとしないから出てきてやったのだぞ。もう時間がないというのに悠長なことだな。」


 「のんびりなんてしてない!」


 珍しく志保が声を荒げる。


 「ルシファーって堕天使の名前…志保、この変な人友達なの?」


 「わたしはお前の知る堕天使、ルシファーだ。」


 「ごめんなさい。初対面の人に失礼だとは思うけど、あなた頭…大丈夫?」


 ルシファーと名乗る男性はいたって真顔だが、自己紹介で堕天使はおかしい。確かにかなりのイケメンだ。真っ黒なロングヘアに白い肌。すい込まれそうな瞳にバランスの取れた顔立ち。少し細見の身体にビシッと着こなしたテールコートにも全く違和感がないほどにスタイルも抜群。流暢な日本語を話しているが絶対に日本人ではないことも自信を持って言える。でも…堕天使はナイな…絶対ナイっ!


 「喜美子、ごめんね。わたし、このアクマと賭けをしたの。」


 ルシファーがその言葉にニヤリと笑う。なんともまぁ悪い顔だ。イヤそれより今、志保は堕天使ってことを否定しなかったよね…。それどころかアクマって言った…?言ったよね?ボケとツッコミを一人でこなしているわたしのことはお構いなしに話は先へ進んでいく。


 「お前を助けてくれる友人なんかいないだろって言うから、喜美子ならわたしを助けてくれるって…そう言ったの。」


 「賭け?」


 いまだ混乱する頭で、この会話のカギであろう言葉を復唱する。


 「いやなに、いたって簡単な賭けさ。内容は君が彼女の手術を説得できるかどうか。親友の窮地に君がどうするか、わたしは知りたかっただけなんだよ。」


 突然わって入った男に笑みが浮かぶ。含みのある笑いだ。気に入らない。


 「あなたが本当にアクマなら、それだけじゃ"旨味"がないよね。本当の条件は?」


 「ほぅ…なかなか聡いようだ。」


 どこか小馬鹿にした口調にさらに腹が立つ。


 「君の友人が迷っている間に、身体がかなり弱ってしまってね。魂の繋がりが薄れてしまったから、君を呼んだんだ。彼女の身体を維持するためにね。」


 「嘘よ。」


 志保が涙目になりながらルシファーに噛み付く。


 「喜美子を巻き込むのは嫌だって言ったらあなたが勝手に喜美子の魂を連れてきたんじゃない!」


 「そうでもしなければ、君だけが死んでわたしには君の魂しか手に入らないだろ?それでは手を貸す楽しみがない。それこそ君の聡い友人が言った"旨味"が全くない。そういう状況ならば、手を貸すことはやぶさかではないというわけさ。」


 「ちょっと待って!この話の流れだと、賭けにはわたしの魂が含まれてるってことよね?」


 「君は本当に理解が早くて助かる。そうですよ。君の友人が迷っている間に衰弱が進みすぎて手術の成功確率は十パーセントにまで落ちた。君が彼女を説得できなければ彼女の魂も君の魂もこのわたしのものになるというわけです。どうします?」


 現実的じゃないとか、夢じゃなきゃおかしいとかの次元は超えている。そうしますって、選択肢はほぼナシ。でもこいつ…ルシファーは本気だ。彼が本当にアクマなら、志保もわたしも死ぬんだろう。最悪のケースを考えたほうがいい。急かす様子が気に食わないが、一刻を争っているのは事実だろう。


 「その賭け、わたしには条件を変える権利はないの?」


 内心は震えてる。死を目前にして怖くないわけがない。それでも勝率を上げられるなら、交渉はすべきだ。このアクマが望む方向で…でも、私たちに決して不利にならないように…何ができる?


 「基本条件が変わらなければ可能ですが?」


 ルシファーは余裕たっぷりに笑う。


 「わたしが志保の代わりに手術を受ける。成功すればわたしたちの勝ち。あなたはどちらの魂も手に入れられない。」


 「失敗すれば?」


 「わたしの魂も持っていけばいい。」


 「喜美子!」


 志保の慌てた声が聞こえた。志保と目が合った。ほとんど思いつきだった。でも何もしないという選択はない。


 「死なねば諸共。志保が手術するっていうならそれがベストだけど、無理なんでしょ?」


 「今なお身体はどんどん衰弱している。成功率はもう十パーセントをきったかもしれないんですよ。」


 ルシファーが恐怖心を煽るように追い打ちをかける。さすがアクマだ。静かな落ち着きのある声なのに寒気が襲ってくる。


 「志保、どうしたい?」


 もう一度、志保を見つめて笑ってみせる。怖いからってこいつの思い通りにさせるのは嫌だ。志保の魂を簡単に持って行かせてなんかやらない。


 「わたしは死にたがり、それはもう知ってるでしょ?だったらわたしはこの命を志保の可能性に賭けるのは悪くない選択だと思ってる。無駄に人生を消費する必要もないし無意味な人生に意味ができた。」


 「喜美子…」


 「どうせ死ぬかもしれないならわたしは逃げずにあがきたい。志保のことだもん、一人で死ぬのが怖かったんじゃない?こうなったらわたしに賭けちゃうってどうよ?まさにオールインになっちゃうんだけどね。」


 茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。一瞬だけ戸惑いの表情を見せた志保が


 「喜美子、わたしが手術に行く。」


 覚悟を決めてそう答えた。その声にルシファーが少し驚いた顔をする。


 「ルシファー、喜美子の説得は成功したんだから、この賭けはわたしの勝ちでしょ?喜美子をちゃんと帰して!」


 ルシファーが少し考えた様子を見せ、凍った微笑みを返す。


 「新しい条件を出した時点で、最初の報酬は上書きされてしまった。つまり、お二方の魂が報酬であることは変えられませんね。だから最初の契約は無効ですよ。」


 「この卑怯者!アクマ!!」

 

 志保の声が大きくなる。


 「はい。わたしはアクマ。このアクマとの契約に公平さは必要ありませんから。」


 ルシファーはどこまでも冷静だ。こいつ、本当にいい性格している。志保の心を折るつもりなんだろう。


 「志保、大丈夫だよ。わたしが一緒なら、意地でも死ねないっしょ?それに志保は死なないよ。」


 思いっきり笑ってみせる。


 「どこの病院?」


 「えっ?」


 「わたし、志保のいる病室は天井しか見てないから、病院がどこだか知らないのよ。志保の顔、見に行くから教えて。」


 普通にお見舞いに行くような口調で病院の名前を尋ねる。


 「向坂総合病院。」


 「了解!だったら、ちゃっちゃとこの話を済ませちゃおう。ダラダラ話してたって時間の無駄。コイツの話から推測すると、迷うだけ成功率が下がるみたいだからね。パパっと契約して手術したほうが建設的だよ。どうする?やっぱりわたしが行こうか?それとも志保、行ける?」


 「喜美子の言い方だと、まるでどの順番でお化け屋敷に行くのかって話てるみたいな気軽さだなぁ…」


 志保が呆れて笑う。


 「そんなノリでいいじゃん。わたし、この契約に後悔はないよ。」


 私は死にたがりだ。自分で人生を終わらせる勇気はないけど、一生懸命生きるというのはよく分からない。平凡に生きてナニが面白いのかも、正直分からないのだ。でも、今一つだけハッキリした。


 「わたし、志保がいなくなるのは嫌。志保が死ぬのはもっと嫌。ワガママなんだよね。だからさ、実はコイツの提案って、わたしには最善策みたい。」


 「コイツ扱いですか…」


 ルシファーがぼそっと何かつぶやいた気がしたけれど、そんなことにかまってられない。


 「喜美子、わたしが行く。もう迷わないよ。」


 強がりじゃなく、志保が覚悟を決めたようだ。


 「元気になったら、ストレリチアのケーキバイキングおごってね。」


 食いしん坊だなぁと志保が笑う。


 「ルシファー、さっさとわたしたちをあるべきところに戻して。多分、あなたの望む結果にはならないけど。だって、賭けに勝って願いを叶えるのはあなたじゃない、わたしたちよ!」


 真正面からニヤリと笑ってやる。負の感情がアクマの好物なら、そんなものを与えてやる気は更々なかった。そんなことを考えたとき、ルシファーが一瞬だけ驚いて、そして笑ったように見えた。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 目覚めたらよく知る自分の部屋だった。慌てて出かける支度をして外へ飛び出す。向坂総合病院へは電車で一本だがその道のりがひどくもどかしい。街を駆けぬけて病院に直行した。受付で友人の手術が終わるのを待ちたいと告げると、待合室に案内してもらえた。


 あまり広くない待合室は、それでも十分な明るさを取り入れた暖かい空間だった。手術の終わりを待つ人ばかりなのだから、どうしても空気は重い。

 そんな中、待合室の片隅で祈るように手を握る女性を見つけた。病室で見た志保の母だ。


 「志保さんのお母さまですよね?」


 突然のことに驚いた顔でその女性が私を見る。


 「すみません、驚かせるつもりはなかったのですけど、突然すぎました。」


 ペコリと頭を下げる。


 「わたし、志保さんの友人の神崎喜美子です。」


 「あなたが喜美子さん…。」


 「志保は…志保さんは大丈夫です。元気になってケーキバイキングをおごってもらう約束ですから。」


 無意味にガッツポーズをしてみる。彼女の少し安堵したような微笑みはやっぱり志保によく似ている。


 「笑ってください。悪い奴は弱った心を好物にすり寄ってきたりするんです。だったらわたしは信じたい。志保さんの無事とケーキバイキングは叶うって!」


 もっと笑ってもらいたくて、ワザとバカっぽく話す。


 「志保の言ってた通り、食いしん坊さんね。」


 志保の言葉を思い出したのか、クスッと笑われた。作戦は成功だ。空気が少し軽くなって呼吸がラクになる。


 「宮本さん。」


 手術を終えた医師だろうか、三十代後半くらいの濃い緑色の手術着を着た男性が志保の母親に声をかけた。志保の母親の手が私の手に重なる。わたしも無意識にギュッとその手を握り返していた。


 「手術は成功です。一時とても危険な状態でしたが、志保さんがよく頑張ってくれました。」


 声にならないまま、志保の母親が泣き出す。


 「先生、ありがとうございました。」


 わたしは満面の笑みでお礼を言い一礼する。宣言どおり、私たちは賭けに勝った。私はルシファーの悔しそうな顔が見れないことだけがとても残念だと思った。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 術後の志保の経過は順調だったが、私たちが約束をはたしてケーキバイキングに向かったのは、退院から一年後のことだった。


 「志保、おめでとう〜!」


 私はすっかり上機嫌で皿いっぱいのミニケーキを眺める。


 「喜美子、おめでとうって言ってるのに目線はケーキ!しかも今、ケーキのことで頭いっぱいでしょ?ひどいなぁ〜」


 志保がボヤいている。でも本気で怒ってないのはわかる。あの後、私たちはお互いにルシファーのことを話さなかった。まぁ、ケーキバイキングのことを話している時点で、あの出来事は説明のつかない事実となったわけだが、それでも奴を話題にするのは気にくわなかったのだ。


 「おめでとうございます。当店のパティシエからのプレゼントです。」


 二人で美味しいケーキを頬張っていると、可愛らしい給仕服を着た女性が、小さいホールケーキを届けてくれた。志保と顔を見合わせる。


 「当店ではバイキングの時間に月に一度だけ、パティシエがランダムにお客さまを選んで特別なケーキを贈るイベントがあるんです。今回はお客さまが選ばれましたのでお届けに上がりました。こちらはお持ち帰りもできますので、お申し付けくださいね。」


 丁寧に説明を受けて納得する。


 「すごいね。わたしたち、やっぱ最強!」


 志保が笑う。ふと、ケーキ代の下に小さいメッセージカードを見つけた。


 "ようやく二つ目の願いが叶ったな。 − L"

2作目の連載作品を考えていたら、思ったよりも長くなりそうで手こずっています。その間の筆休め…(書いているから筆休めにはなっていないのですがw)勢いと気まぐれで書いた短編ですが、お付き合いいただきありがとうございました。

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