06役に立ちたい【完】
エノカの元居た世界は食事が美味しい。
周りも認めている事実だ。
自分で作るにしても限界がある。
この世界の調味料など知らぬし、どんな素材があるのかさえ欠片も知らないのだから。
「寝ろ」
「ここ、ヴェナンさんの部屋?」
「ああ」
「寝てもいいの?」
「そのためにわざわざ置いた」
疲れていたこともあり、拒むことなく使わせてもらうことにした。
暖かい気持ちをそのままに、心地がよい眠りへと自然に任せる。
ふかふかとしているベッドへ横になると、ヴェナンの去る姿を見る前に瞼が重くなった。
ぱちっ。
殆ど、反射的に跳ね起きた。
周りをきょろりと見回しているととてつもない不安が押し寄せてきた。
ヴェナンが居ないだけで、まるで幼児のように不安が胸の中でとぐろを巻く。
しかし、耳を澄ませてみると微かに人の話し声らしきものが聞こえて安堵する。
建物に一人残されたように錯覚していた。
そうだ、ここはヴェナンの居る建物だと思い出す。
起きたからといっても自由に動き回るのは憚れる。
王城の時は誘拐犯のアジトから出ていくつもりな気概だったので歩き回れた。
ベッドの上でぼんやりと壁を無心に見ていると誰かの足音が聞こえ、ノックもなしに開かれる部屋の扉。
「飯でも食っとけ」
起きるタイミングと持ってくる時間の差に驚く。
何度かあった経験ではあるが、聞いたことはなかった。
「ありがとう」
強い人なのだろうと当たりをつけた。
お城であるが一人で入り込め、牢屋にも侵入できるような男なのだ。
「美味しい」
「ちゃんとしたやつが作ってるからな」
「私も結構頑張ってましたがね」
ヴェナンに頼まれて雑用したり料理したりしたが、なかなかにやれた方だと思う。
素人だったし、上手だったわけではないが。
ちょとした自信を付けていた。
「お前も頑張ってたな」
「はい!」
褒められてテンションが上がる。
単純だと思われても仕方ないからこのまま。
「ごちそうさま」
食器が空なのを見てからヴェナンへ彼らに会わなくても良いのかと聞く。
居候になってしまった身だ。
「あいつらもお前も立場は同じようなもんだ。この空間に慣れてからでも遅くはねェ」
そこまで気遣ってもらえて優しさが染み渡る。
唐突に異世界へきてしまった。
無一文で身分なんてものはなくなってしまったわけだが、ここへきてなにかを変えなくてはと思う。
「ん?」
何気なくポケットに手を入れたとき、変な感触のものがあり、手で摘まみ上げて取り出す。
「あ……ミント?」
「初めて見るな」
ミントなどそこらへんに生えているものだ。
繁殖力が凄いらしく、植えるときは他の花と植えてはいけない、というなんちゃって知識。
アニメとかで見た記憶がある。
いや、どこかのコラムだったかな。
でも、この草花を入れた覚えはなくどこかで紛れ混んだのだろうと適当に推理した。
だが、懐かしくなってすん、と鼻で嗅ぐ。
とても良い香りだ。
このままでずっと嗅いでいたい。
くんくんと何度もしているとヴェナンから取り上げられてしまう。
「もう寝ろ」
「待って、それ私の世界の植物」
無くしたくなくて先に言っておく。
ヴェナンはそれを手渡してきて、受けとる。
ソッと、なくならないようにきっちり手に納めた。
次の日、ついていって案内されたのは温室だった。
目を丸くしてから、ヴェナンを見ると彼は少し前に作ったんだと自慢げに言う。
彼も園芸が趣味と言うことだろうか。
「バカ。お前のだ」
「私の?」
驚いてそれ以上言葉か出ない。
ポロポロと涙が出た。
勝手に出てしまい止められなくて、つい目を擦る。
「喜んでるな」
「嬉しいですっ」
笑うと彼は優しい顔をして頭を撫でた。
この人はいつも優しい。
恩返しがしたいと、ふと心に湧く感情。
「この温室でヴェナンさんの役に立つものを作りたい」
「好きなもんを作ればいい」
それがヴェナンのためになるのなら、と彼の台詞を聞き飛ばした。
彼はそういうのだろうなと分かっていたし。
手を握られたまま、温室を眺めていると次のところへ行くぞと言われる。
他にもまだ行くところがあるとは思っていなかったので、きょとんとなりながらも全く嫌ではない。
彼になら、どこへ連れていかれても嬉しくなる。
優しい瞳に見返されて微かに音がなった体。
暖かな雰囲気に頬を緩ませて、エノカは深く喜びを抱いた。
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