03指輪
果てのない質問だ。
「なんだっていいです。ヴェナンさんであることは間違いないのですし」
「……それは男が言う台詞だろ」
照れているのか、呆れているのか、そう言われた。
そんな返しも可愛いなと思う。
が、次には真面目な顔をして、目がいぬく。
「本当に後悔しねェな。もう戻れないぞ」
それは、これからヴェナンと向かうことに関してだろうか。
拐うと言っていたのに確認してくるその気持ちを思えば、答えなど全く変わらない。
羽ばたく音が緩やかになると眠っていたエノカでも気付く。
「着いたから起きろ」
「起きました」
「よく寝れたな」
普通は寝れないだろと言われ、苦笑する。
確かに空を飛んでいての睡眠は、人としての危機能力が弾け飛んでいるだろうな。
「ヴェナンさんが、ずうっと暖めてくれたから」
「お前、前よりも言うようになったな」
「だって、寂しくて悲しかったから」
もっと伝えておけば良かったって思ったら、言いたくてたくさんの言葉が出てくる。
我慢せず言えばこうやって、ヴェナンとたくさん話せるのだ。
「ヴェナンさん」
ぎゅっと暖かさを堪能していると、遂に鳥の足が地面に付く。
周りを見渡すと荒野に見えた地形の中に、一つの町のような場所があった。
降りた場所は建物がある隣。
「ここ」
「ギルドが作った町だ」
「町……ギルド」
ギルドやら町などの説明に関しては、ヴェナンから学んでいる。
普通は、常識を聞いてくる女だと怪訝に思われるが、彼はめんどくさがりながらも丁寧な説明をしてくれた。
おかげでかなり分かった。
「人、いっぱい」
バザールっぽくて、人がわいわいと賑やかだ。
人々の活気ある声が建物が隔てているのに、聞こえてくる。
ヴェナンは鳥に乗ったときのように、降りるのも一気に飛んだ。
「明日、案内してやるから今は我慢しろ」
そう言われて従わぬわけにはいかない。
「私、誘拐されたのにいいの?」
「ああ、そのことか」
ちょっと忘れてたような言い方をされた。
建物に入る前にとヴェナンは、エノカを横に抱えた状態で見下ろしてくる。
「これ、付けとけ」
ぐいぐいとポケットを漁り取り出したのは、指輪だった。
それを受け取れずに戸惑っていると、苛ついた様子で乱暴に腕を掴まれぐりんぐりんと指にねじ入れられる。
ちょっと痛かったが初めてもらえたプレゼントに、気分が高揚。
頬を真っ赤にしながら見つめると建物へ入っていく。
気付くとざわざわとしているが、煩くない声が届く。
多数の人間達がそこで笑ったり話していたりした。
そんな中で現れた、女を抱き抱えた男の登場はその人たちを静かにさせた。
シーンと雑音までもなくなる状況に、肩身が狭くなる。
「ヴェナンさん!?」
途端に爆発したような声を上げる誰か。
「帰ってきたんですか?」
「どこ言ってたんですか」
次々に声をかけられるヴェナンは抱えたものを持ったまま宣言。
「残していたものを取りに行っていただけだ」
それがなにかなど手の中を見れば一目瞭然。
ヴェナンに関して質問するもその手の中の存在については触れにくかろう。
「こいつはエノカだ。任務中に拾った」
簡潔に言うとヴェナンは男達の質問に答えないまま部屋を抜ける。
部屋の横にある扉を行くとどんどんざわめきが薄くなる。
「いいの?皆ヴェナンさんの言葉待ってたみたい」
慕われていると分かる空気だったので口に出る。
「あとで説明しに行く。それよりも」
ヴェナンはエノカをじろじろ眺めて風呂に入れと告げる。
「あ……臭い?」
「風呂に入らせやしなかったんだから仕方ねェだろ」
あの腐敗したやつらは、とヴェナンは悪口をすらっと言う。
すたすたと抱き抱えられたまま進むのは部屋が連なっている場所。
そこの一番奥へ連れられるとキィと扉が開く。
向こうには人影もなかったので魔法で開けたようだ。
魔法万能。
研究所でもよくやっていたので見慣れていた。
そのはデスクがあって広い部屋だった。
その部屋のまた違う部屋に行き、また違う扉を開きもうひとつ斜めの扉を開けると浴室の部屋が現れた。
お風呂に入らせてもらえるらしい。
そして、そこで初めて彼はエノカを床に下ろした。
久々の感覚に足に力をいれて転ばないように踏ん張る。
上を見上げると同じく見ていた瞳と合う。
「ヴェナンさんはどこに行くの?」
「そこの仕事部屋で座ってる」
「扉越しで待ってて……欲しい」
離れるのが怖くて懇願したが、いくらなんでも男の人に頼むのは酷だと顔を横に振る。
「ごめんなさい。今のはなしで」
ここまでしてもらって図々しい。
きゅっと指先を手のひらに当てて感情を押し込めた。
「そうしてやる。早く入ってこい」
顔を上げたときには扉を出る背中が見えた。
今の言葉がじわじわと効いてきて、嬉しくなって待たせるわけにはいかなくて慌てて脱ぐ。
着るものは置いておくと言われたので安心して入れる。
風呂を開けるとむわりとした湯気が顔に当たる。
誰かが用意していたのか、魔法でやったのか。
再び魔法凄いを口ずさむ。
「夢みたい」
さっきまで牢屋生活だったのにこんな風に今違うところに居るなんて信じられない。
それに、ヴェナンのものへとなれたことが歓喜へとなり初めていた。
「やっと私は」
今までとなにもかもが違う世界に来て、自分を知るものが誰もいなかった。
ヴェナンだけが己が居たという証。
彼のものになってやっと生まれ変わったようだと言っても過言ではない。
「良かった、良かった……良かった」
自分というものが消えてなくなりそうになっていた。
誰なのか自身でさえ見失いつつあった。
膝を抱えて体を腕でぎゅっと抱き締めた。