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02ギルド

牢屋の前に立ったのは居なくなった筈の男だった。


とっくにこの国から出ているとばかり思っていた。


唖然と上を見上げているとにやりも口角を上げた気配。


わざわざこんなところに来て、見にきたのだろうか。


「なんで居なくなったの」


「急いでたんでな」


「言って欲しかった」


「事情があった」


まだまだ言いたいことがあったのに上手く言えない。


「……寂しかった」


ヴェナンはそれに答えず、いきなり変なことを口ずさむ。


「お前をこれから拐う」


「えっ、はい?」


聞き間違えかなと耳をぐりぐり揉む。


しかし、ヴェナンは真剣そうな顔で訂正もせず、牢屋の柵に向かってなにかを唱えた。


すると、ぐにゃりと牢屋の棒が曲がり大きな穴が出来上がる。


「なっ!?」


そういえばここはファンタジーな世界だった。


すっかりそのことを忘れていたので、非現実だったそれを見たままかちりと固まる。


でも、ヴェナンはそんなエノカを待ってはくれない。


牢屋の中にまで来るとグイッと手を掴み立たせてくる。


たたらを踏む。


「痩せたな」


「食事が喉を通らなくて」


ヴェナンがいなくなってあまりに孤独だった。


美味しくなくなったご飯を食べることは苦痛。


牢屋のご飯も美味しくないので更に胃が縮んだことだろう。


彼は手首を握り、細さを確かめエノカを米担ぎに肩へ乗せた。


う、と詰まる。


「お腹、食い込んで痛い」


担がれると肩がお腹を圧迫して苦しい。


伝えるとめんどくさそうに抱え直される。


顔が近くなるが、ぎゅっと首に抱きつく。


寂しくて寂しくて堪らなかった。


「もうどこにも行かないで……」


「約束なんて出来るか」


牢屋までやってきて言うことではないような。


「馬鹿、馬鹿、馬鹿」


繰り返していると彼はため息をついてエノカの名前を呼ぶ。


そこに怒りは込められおらず馬鹿と罵ったことに文句を言うわけではなさそうだ。


顔を上げて見るとビクッと体が反応した。


その瞳はギラギラと強烈な感情を映し出し、目だけでヴェナンがなぜここに来たのかとなんとなく理解出来た。


「来てくれて嬉しい」


「拐いに来たと聞こえなかったのか」


ものわかりの悪いやつだと追加。


彼はなにか唱え、魔法を行使した。


次にいたのは下町らしく、向こうに王城が見えた。


あそこの地下に居たのにもうこんなところに居るなんて魔法凄い。


ぼんやりしているとなにか笛を吹いてからこちらをちらりと一瞥される。


「生き物に乗るから離れるな」


「うん。絶対離れない」


きゅっと力を込めるとヴェナンの眉間が寄る。


研究所の時よりも表情が固いような。


「拐われるやつの発言ではないな」


「ヴェナンさんと一緒ならなんでもいいよ」


不安な異世界で初めて手を差し伸べてくれた。


その人の言葉はなによりも特別だ。


「おれのものになるんだぞこれから」


「わかってるよ?」


何度確認するのだろうか。


それで構わないと思ったから頷きこうやって素直に身を委ねている。


なにを疑っているというのか。


「今までおれに色々されてきたのを忘れたのか?」


「え。それ今言うの?ヴェナンさんが?」


過剰に距離感が近かった人に言われると変な感覚に陥る。


自分でやっておいて言うのかと。


ちょっと笑ってしまった。


「笑うな」


「だって、なんか……可愛いなって」


「あ?」


「それは怖い」


あ?って台詞を指摘するとぶすっと口を閉じる。


どうやら可愛いと言ったのがダメだったようだ。


「これからどこへ行くんですか?」


「おれのギルドだ」


説明に引っ掛かりを覚えるが着くまで待とう。


頬に風が当たる。


地面に大きな鳥が降りていた。


飲み込まれるのではないかと嘴に怯えヴェナンに引っ付く。


「これはおれの鳥だ。ちゃんと躾してある」


ヴェナンは餌をやるかのようにエノカを鳥に差し出し、鳥はすんすんと何度も息を吸い込む。


「匂いを覚えさせとけばお前は襲われない」


「これに、乗るんですか」


確信を得て聞くと当たりだ、と懐かしい答えが来る。


研究所ではこんな感じの会話だった。


「よろしくね、鳥さん」


手を出したら噛みつかれるかもしれないので挨拶だけしておく。


「ピイ」


言葉に返された。


お利口である。


撫でるのはもっと親密になってからの方がいいと思っていると、彼は自分を抱えたままひょいっと鳥に乗る。


乗るとなんらかの合図を出す。


鳥は羽を広げ空へ飛び立つ。


風に吹かれて空しか見るものがないのでヴェナンを見ることにした。


「眼鏡……しないんですか」


いつも黒ぶちをつけていたのに。


「あれは変装用だ」


「似合ってたのに」


残念な気持ちで言うと、ヴェナンは額を寄せて目を覗き込む。


いつも吸い込まれそうになる。


「こっちの方がおれだ」


「いえ、あの白衣が良かったです」


本当にかっこよかった。


「ヴェナンさんの良さが引き出されたのは、あのアイテム故です」


力説すると目元が呆れた色を出す。


確かに男に美学を求めても、難しいかもしれない。


ひゅうひゅうと鳴る中、ずっと抱きついた姿勢で彼は疲れないのか気になる。


「ヴェナンさんは何者なんですか?」


ずっと考えていたことがするりと出た。


今、上空で聞くべきではないと気付き撤回しようとするが、先に質問で返される。


「何者だったらいいんだ?」


それはどうしたら、正解なのだろう。

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