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建国祭の夜(Third round)

 ダンスパーティーは、大盛況だった。


 店員と常連客しか呼んでいないということもあり、皆はしゃいではいるものの羽目を外しすぎないようにキープしているから、ガラが悪いわけでもない。テーブルに並んだ料理は普段と違って立食形式でどれもおいしく、音楽が流れ出すと男性だろうと女性だろうと近くにいた人を捕まえて、一緒に踊る。


 ……楽しい。


 この世界に生まれて二年ほど経ったけれど、お腹がよじれるほど笑ったのは初めてだった。

 こんなに笑うのなんて、本当に前世ぶり。前世でさえ、大笑いなんて学生の頃までで大人になってからは笑うことすら少なくなっていた。


 女神の使者でいる間も女王になってからも、わりと自由に振る舞ったつもりでもそれでも、立場と身分があった。こうして大口を開けて笑うことも、できなかった。


 私は、今が、とても楽しい。

 城に……帰りたくない。


「ミナさん、楽しんでいますか?」


 曲が終わり、一緒に踊っていた見知らぬおじさんと笑顔で別れた後の私に声をかけたのはレクスだった。

 彼がトレイに載っていたシャンパングラスを渡してくれたのでありがたく受け取り、炭酸控えめのジュースを一気に飲んだ。


「ええ、とても楽しいわ。……レクスは? あなた、料理の配膳やドリンクサービスばかりしていない?」

「あはは……まあ、僕は店員だししかも下っ端なので、そういうものですよ。常連のお客さんたちをもてなすのが、僕の仕事です」


 頭を掻いて笑うレクスの顔を見ていると、ちょうど彼の横にある柱時計が目に入った。


 ……夜の、十一時五十分。


 ドクン、と心臓が鳴った。

 グラスを摘まむ指先から氷になっていくかのように、体が冷えていく。


「……レクス、次の一曲、私と踊りましょう」


 空になったグラスを近くのテーブルに置いてはっきりと言うと、レクスは灰色の目を見開いてからぽっと頬を赤らめた。


「え、ええっ……そ、それは嬉しいのですが、僕、ダンスなんて分からなくて……」

「分からなくてもいいの。私が、あなたと踊りたい」

「しかし……」

「……お願い、レクス」


 どうか、夜の十二時を越える緊張を解きほぐしてほしい。

 歌って踊って笑って、知らないうちに日付が変わっていた、なんてオチにしてほしい。


 私が必死に見つめているからか、レクスはいよいよ真っ赤になってから咳払いをした。そして持っていたトレイをテーブルに置き、私の手をそっと握った。


 大きくて、ごつごつしている手。働く男の人の手だった。


「……嬉しいです。ありがとうございます、ミナさん」

「レクス……」

「そ、そろそろ次の曲が始まります。あの、下手でも笑わないでくださいね」

「あなたのダンスの腕前のことでは笑わないけれど、楽しすぎて笑っちゃうかも。それは許してね?」

「……もちろんです」


 レクスは微笑み、私の手を引いて腰にもう片方の手を添えてくれた。

 まるで王城で開かれる舞踏会かのようなポーズだけど、それもズンチャズンチャとにぎやかな音楽が流れ始めるとあっという間に崩れてしまう。


 他の客たちとぶつかったりしながら、レクスと踊る。彼は確かに踊るのは苦手みたいで何度も足がもつれそうになったり倒れそうになったりしていたけれど、何でもありのにぎやかなダンスパーティーなのだから、そんなの気にならない。


 すぐに彼は笑顔になり、私も笑みをこぼしてしまう。


 ああ、どうか。

 この時間が、終わらないでほしい。

 このまま、明日になってしまえば――


「……ミナさん」


 曲の合間、レクスが囁いた。

 見上げると、彼の真っ赤な顔と真剣な灰色の目が。


 きれいな目だな、とついその輝きに見惚れていると――


「好きです、ミナさん」


 決心したかのような、レクスの声。

 それはにぎやかな店内でもちゃんと、私の耳に届いた。


「初めてあなたが店に来たあの日から……ずっと、好きです」


 レクスの言葉が、私の胸を打つ。

 誠実な愛の言葉と、私の返事を待っているかのような眼差し。


 ……ああ。


 私は今、とてもしあわ――













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