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『青猫三角亭』にて①

 前回通りがかったときは夜で、しかも抜け道を通って城下町に出たので、明るい時間に探すのはちょっと苦労した。

 でもしばらく街を歩いていると、見覚えのある三角屋根のお店を見つけた。『青猫三角亭』……そう、このお店だ。


 店の前には、カフェにぴったりな立て看板がある。これも第一号は私が作らせたもので、今ではアレンジを加えられつつほとんどの飲食店で使われている。


 それによると、ここは通常昼から夜にかけて営業するらしく、ランチメニューも豊富だ。通常は夜九時には閉店するそうだから、建国祭の夜は特別に深夜まで営業していたのかもしれない。


「はい、いらっしゃいませ!」


 カランコロン、とかわいらしいドアベルの音に迎えられて店に入ると、中はそこそこ混んでいた。

 そもそも席の数があまり多くないけれど清掃が行き届いているようで、森の奥のログハウスをイメージしたかのような内装で、植物も飾られている。大都会の中でも自然を感じられる、というのをコンセプトにしたのではないかと思われる。


 お一人様なので窓際の席に行くと、すぐに男性店員がメニューと水を持ってきてくれた。


「こちら、メニューです。見方は分かりますか?」

「ありがとう。説明してくれると嬉しいです」


 私がそう言って店員に笑みを向けると、彼の首筋が少し赤くなったのが分かった。


 彼は、緑がかった黒髪と灰色の目を持つ私と同じ年頃の青年だった。いかにも純朴な好青年といった感じの風貌で、超絶イケメンではないけれど穏やかで愛嬌のある顔立ちをしている。


 城で五人の結婚候補たちを始めとしたキラキラ美男子に見慣れてしまったからかどちらかというと地味な感じだけど、素朴で優しそうな雰囲気はむしろ私にとっては新鮮だった。


 そんな彼はきれいめ系美人な顔を持つ私に微笑まれたからか、分かりやすく照れている。

 女神が造りたもうた存在だから絶世の美人なのはおかしなことではないけれど、微笑み一つで初対面の人を照れさせるなんて、我ながら罪な存在だな……。


「は、はい! うちは南部にあるモルトックの森から採れる果実やキノコ、健康に育った動物の肉を使った自然派の料理を提供しております。ですので、肉をベースにサラダや焼きたてパン、スープなどを合わせるのをおすすめしております」

「どれもおいしそうですね。店員さんのおすすめは何ですか?」

「ぼ、僕は肉に果実ソースをかけたものと、かぼちゃの冷製スープがおすすめです。実は本日のスープは僕が担当しておりまして……今日のは特においしくできたのです」

「まあ、それならスープをいただきます。お肉は薄めで、オレンジソースがけでお願いします。ミニサラダもつけてくださいな」

「はいっ、ありがとうございます!」


 店員は嬉しそうにメモを取って、厨房に向かっていった。私よりも背が高くて体つきも引き締まっているようだけど、なんだかこう、かわいい。

 結婚候補の一人もわんこ系だけど彼はあざとかわいいのがウリなので、ちょっと違う。


 大型犬のような青年を見ているときの気分は……そう。初バイトの高校生を見守る常連客の気持ち。彼は初バイトでも私は常連客でもないけれど、そんなほっこりとした気分になれた。


「お待たせしました!」


 しばらくして店員が持ってきてくれたのは、オレンジのソースがかかった肉と、かぼちゃのスープ、カップに山盛りのサラダ。


 お城では、毎日もっと豪勢な料理が出てきた。王城お抱えシェフたちが作ったそれらはもちろん、文句なしにおいしい。


 それらに比べるとこの肉は硬くてサラダに使われている野菜も安いものだと分かるけれど、味がしっかり染みこんでいるしどこか懐かしいような気持ちにもなれて、とてもおいしかった。


 あの店員が作ったというスープも少しかぼちゃの身がごろごろしているけれどそれもいいアクセントになっているし、ミルクの加減もちょうどよくて美味だ。かぼちゃの皮、剥くの大変だけど美しい夕焼け色だから、皮が入らないように頑張ったんだろうな。


 お腹も膨れて満足したのでお会計に向かうと、すぐにあの店員が出てきてくれた。どこかそわそわとしているように思われるけれど……もしかして、感想を期待しているのだろうか?


「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」

「あっ、ありがとうございます!」

「かぼちゃスープも、おすすめしていただけてよかったです。冷たくて甘くておいしかったですよ」


 彼が担当したというスープの感想も告げて代金を払うと、彼の顔が赤くなった。かわいい。


「そう言っていただけると、早起きしてかぼちゃの皮剥きをした甲斐があったと思えます! あの、よかったらまた来てください!」

「ええ、もちろんまた来ます」


 おつりを受け取るとき、ほんのちょっと指先が触れただけで彼は大袈裟に身を震わせて「すみません!」と言った。

 かわいいので、許した。








 お腹いっぱいになった私はその日、城下町のあちこちに足を運んで買い物をしたり、街並みを見学したりした。

 女神の使者としての特殊能力こそ失ったけれど、今でも私はゲーム主人公として国作り能力はあるので、もっともっとこの国を栄えさせたい。


「……そのためにも、建国祭の翌日を迎えないといけないのよね」


 城下町が一望できる展望台のベンチに腰かけて、ため息を一つ。


 私が越えなければならないのは、あの建国祭翌日のループ現象だ。そうしないと、いくらいい国作りをしたって全てパアになってしまう。


 そのためには、結婚相手を選ぶ必要がある。


 でも……城下町でただの女として過ごす楽しさを実感してしまった今は、あの五人の中から婿を選ぶということに、魅力を感じられなくなっていることに気づいたのだった。

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