建国祭の夜(Second round)
結果、だめでした。
「いやだって、そんな気軽に選べないって! おまけに選ばなかったら強制ループだからさっさと選べ、って脅されていると思っちゃうもん!」
本日は、二度目の建国祭当日……の夕方。
建国祭自体は一度経験しているから、一度目よりもかなりスムーズに物事を進められた。手際がいいからアンネたちにも感心されて、「さすが女王陛下ですね」と褒められた。まあ、二度目ですから。
ただし、婿候補については何一つ進展しなかった。というかむしろ、一度目よりも選びにくくなっているような気さえした。
ゲームの強制力だと思われる呪いが悪いのであって、私の結婚相手である五人は悪くない。全く悪くないのだけれど……どうしても彼らの笑顔が怖く感じられて、一度目よりも彼らのことを避けてしまった。
「こうなったら……逃げるか!」
よし、そうしよう! と私は決意し、逃げ仕度を始めた。といっても、遠くに逃げるわけではない。
あのループ現象が起こるのは、ここが王城だからではないかというのが一ヶ月の間に私が出した仮説だ。ゲームの物語で拠点となるのがこの王城で、女神ユイリアの使者である私が召喚されたのも、この城の地下にある聖堂だった。
この城はきっと、ゲームの設定的にも大きな役割を果たしている。ストーリーでも、城にある自室で眠った直後に起きるイベントも少なくなかった。
ということは、今日の夜をこの城以外の場所で明かせばいいのかもしれない! さすがに王都から脱出することはできなくても、城下町にある高級宿あたりに一泊することは可能だ。
……とにかく、明日を迎えたい。
そのために、打てる手は打っておきたかった。
ということで私はアンネにばれないように簡単な荷造りをして、前回と同じように籠城作戦を取らせてもらうことにした。
とはいえ、前回はあまりにも皆に対してひどい振る舞いだったので、「疲れてしまったので……」と言わせてもらった。嘘と言えば嘘だけど、精神的に若干疲弊しているというのは事実だから見逃してほしい。
今回もアンネたちはすんなり引き下がってくれて、部屋の周辺は静かになった。
……よし、行動開始だ。
時刻は、夜の九時。今日は建国祭当日だから城下町の宿も普通なら満員御礼だけど、高級宿は突然高貴な人が訪れたときにも部屋を貸せるよう、一室は空けているものらしい。さすがに私が女王であることは言えないので偽名を使うことになるけれど、金を積めば一泊させてもらえる。
あとは、城を脱出する方法だけど……数日前に、庭園の城壁の一部が壊れていることに気づいた。
茂みの奥のひっそりと隠れた場所にあるので、誰も気づかなかったようだ。私も、被っていた帽子が飛んでいった先で偶然見つけなければ、永遠に知らなかっただろう。
見張りを撒く必要はあるけれど……恐る恐る部屋を出て裏口に向かう道中、ほとんど巡回兵の姿がなかった。警備がザルなのはよろしくないけれど、今夜ばかりはありがたい。
人通りの少ない道を使いながら庭まで下り、例の抜け道を通る。体中に葉っぱがくっつくし小枝が服に引っかかるけれど、何のこれしき!
城壁の穴を抜けた後は、細い水路をいくつか飛び越えるだけで城下町に入ることができた。いい感じだ!
「さて、今夜でも空いている宿はあるかしら……」
物陰で身なりを整えてから、夜だというのににぎやかな街を歩く。城下町の人々にとってはむしろ夜になってからが祭りの本番で、あちこちの店に明かりが灯っている。
大通り沿いの店を見ながら歩いていると、ひときわにぎやかな食堂を見つけた。どうやら中でダンスパーティーをしているようで、音楽に合わせて楽しそうに踊る人たちの姿が窓ガラス越しに見えた。
……いいなぁ。
私、絢爛豪華な式典とかパレードより、ああいう感じに騒ぎたかった。
前世はどちらかというと地味な方だったけれど、にぎやかな場所にいると自然とテンションが上がって、近くにいる知らない人と一緒に大騒ぎするくらいのコミュニケーション能力はあった。
それは今でも同じらしく、きれいな服を着てしゃなりしゃなりと歩くより、大口を開けて馬鹿騒ぎする方が好きだ。
……まあ、女神の使者、救国の女王であるからには、そんな未来は存在しないのだけどね。
結婚候補の五人も個性の差はあれど皆上品な紳士だから、踊って笑って歌ってみたいなことをするとは思えない。
……そんなことを考えていると、明るい食堂で歌い踊る人たちのことがすごくうらやましく思われてきたので、私は店から視線を引き剥がして歩きだした。
女神の使者だった頃から城下町はよく行き来していたし、なんといってもこの国を作ったのは私だから、どこに何があるのかはよく分かっている。
お店や施設を作る場所も指定できたので、せっかくだから温泉街とか商店街みたいな配置にしたのだけど、高級宿も場所を固めて作っている。
そこで順番に訪問して空き部屋がないか、金ならいくらでもあるから、ということを告げたところ、三軒目で空き部屋が見つかった。
宿の主人は私を、お忍びで来たいいところのお嬢様だと思ったらしく、「こういう方、多いんですよ」と笑顔で通してくれた。城下町を治安のいい場所として作っておいて、本当によかった……。
当日いきなり宿泊するということで通常より割り増しした宿代を支払ってから、部屋に上がる。
そこは四階建ての宿の最上階で、窓も北向きだったので王城がよく見えた。
……無事明日を迎えられたら、あそこに戻らないと。結婚について考えなければならないのは変わらないのだからね。
「……ループ、しませんように」
寝仕度を整えてから時計を見ると、夜の十一時になっていた。
……さあ、今回は王城の外で寝るのだから、きちんと明日を迎えられますように!
……ぐう。