戴冠式翌日(Second round)
朝になった。窓の外で小鳥がチュンチュンさえずっている。朝チュンである。
「……朝になっちゃったぁ」
ベッドの上でぼんやりとつぶやいて、天井を見上げる。
もしゲームのストーリーどおり誰か一人を選んでいたら、その人と一緒に熱い夜を過ごした翌朝なのかもしれないけれど、残念ながら私はひとりぼっちである。
……昨夜の振る舞いについて、皆に謝らないと。
それから、結婚についてももう一度アンネに相談して……。
「おはようございます、女王陛下」
アンネの声がする。来てしまったようだ。
謝らないと、と決めたのだけれどいざ本人が来ると尻込みしてしまい、シーツの上でごろごろ寝転がっているとベッドの周りのカーテンが引かれて、アンネが顔を覗かせた。
「おはようございます。……あら? どうかなさいましたか?」
「あ、アンネ……おはよう。その、昨日は……ごめんなさい」
観念して謝罪すると、アンネはきょとんと目を丸くした。
「昨日? ……もしかして、婿候補のことですか」
「そう、それ! あの、私、一ヶ月の猶予をもらったのにあんなことを言って皆を追い出して……」
「追い出したなんて、とんでもない。わたくしも皆様も、陛下のお気持ちを最優先させようということで一ヶ月待つことにしたのです。建国祭まで、ゆっくりと考えてくだされば十分ですよ」
アンネはそう言って微笑むけれど……あれ?
「建国祭まで……? 建国祭って、昨日だったんじゃ」
「昨日は戴冠式ですよ。……もしかして、お疲れが取れていないのでしょうか? リラックスできるお茶を淹れて参りますね」
アンネは心配そうな顔でそう言って、部屋を出ていってしまった。
……今の彼女の言葉、どういうこと?
「昨日が戴冠式で、建国祭はまだ……?」
そんな馬鹿な。だって昨夜が建国祭で、私はアンネたちを追い出して部屋に籠城して一人で寝たんじゃ……。
……待って。
よく見ると部屋の様子が少し違う。
壁際にある鏡台は、少し古くなったからということで建国祭の数日前に撤去して新しいものに変えたはず。
ベッドから降りて、窓のカーテンを開ける。そこから見える城下町の風景にあまり違いはないけれど、窓を開けたときに入ってきた風が少しだけ冷たい気がする。
そして眼下に広がる庭園には、先日咲いたばかりの花たちがまだ球根の状態で埋まっているのが分かる。
――ドクン、と心臓が不安を訴える。
まさか……アンネが冗談を言っているのではなくて、これは本当に、一ヶ月前?
私は建国祭の日から戴冠式の翌日まで、一ヶ月時を遡ってしまった……とか……?
思いがけない事実に最初は混乱したし、いやそんな馬鹿なと考えを振り払おうともした。
でも戻ってきたアンネに日付を聞いたらやっぱり戴冠式の翌日だったし、その他の人や城内の様子を見ても、私が女王になった翌日で一ヶ月後に控える建国祭の準備をしている段階だと分かった。
国を挙げてのドッキリだったらたいしたものだけど、初夏の建国祭よりも気温が低くて咲いている花なども春のものばかりだった。
人はごまかせても、自然はごまかせない。
私は本当に……一ヶ月前に、戻っていたのだった。
「どうして……? なんで時が戻っているの……?」
アンネが淹れてくれたお茶を飲み、「今日は急ぎの公務がないので、ゆっくりしてくださいね」という言葉に甘えて部屋でのんびりしつつ、状況整理を行う。
私は建国祭の日、選ぶべき婿を選ばず籠城して自室で眠り、目が覚めたら一ヶ月前に戻っていた。
原作ゲーム『女神の遣いと青の王国』は魔法が当たり前のようにある世界観だけど、時戻りの魔法があるというのは聞いたことがないし、そういう設定があったわけでもなかったはず。あったら絶対に、ストーリーに絡んでいるし。
ということはこれは魔法云々ではなくて、もっと超自然的な……女神とかそのレベルの問題ってこと?
私は女神の使者として生まれたので時々女神と交信することができたけれど、魔王を倒して人間の女性の体を得たときに女神と会話をする能力を失った。だから、この超自然現象について女神に質問することはできない。
そもそも女神は、私に人の子として生きろとだけ言って去っていった。だから、あの人が時を戻すとは思えない。
……となるとこれはまさか、あれか?
ゲームの強制力、みたいなやつか?
ゲームでは、「魔王を倒す」「皆に女王として認められる」「戴冠式の夜に結婚相手を選んで、熱い夜を過ごす」ことでハッピーエンドになった。そこからスタッフロールや戦歴情報、後日談につながる。
ということは、私が一ヶ月の猶予をもらいながらも誰も選ばなかったのが、まずかったということ? 建国祭の夜までに相手を選ばなかったらゲームオーバーみたいな扱いになって、一ヶ月前に戻されるという……?
えっ……冗談……よね?
ゲームにあったエンディングのシナリオどおりに動かなかったら、強制的に一ヶ月前にループさせられるということ? 本当に?
「一ヶ月の間に五人の中から一人選ばないと、私は永遠に建国祭の翌日を迎えられないの……?」
そこまでくると、恋のときめきやら何やらもぶっ飛んでしまう。
愛する人を選んでハッピーエンド、ではなくて、さあこの中から選べさもないとおまえは強制ループだぞ、と脅されているようなものだ。もはやこれは呪いじゃないか!
「でもまあ、さらに一ヶ月の余裕があるってことだし、なんとかなるかな……」
アンネのおいしい紅茶を飲みながら、私はこの期に及んでまだ余裕をかましてしまったのだった。