現実と結論③
「王配になれなくても、他の形であなたを支えたい。……言いましたよね? 僕、これからもあなたのためにオムライスを作って差し上げたいと」
「……ええ、言っていたわ」
だってその言葉は、「結婚したい」よりずっと、私を幸せにしてくれる言葉だったのだから。
涙ぐみそうになる私を見つめ、レクスは言葉を続ける。
「だからこれからも、あなたのそばにおります。配偶者になれなくてもいい。少しでもあなたの近くに行けるように努力して……女王として輝くあなたを支えられるようにします。生涯あなただけを愛し、あなたの心の支えとなります」
レクスの言葉は、夜の執務室によく響いた。
しばし、沈黙が流れて……そしてアンネが、ふうっとため息をついた。
「……これは、やられましたね。わたくしの負けです」
「……えっ、アンネ?」
「皆様はいかがですか?」
アンネに問われた五人は、それまでの表情を一転させて笑みを浮かべた。
「ははは! 私も負けを認めます!」
「……こうなる気はしていたんですがね」
「もっとナヨナヨしていたらいじめてあげたのに……つまんないなぁ!」
「まさか、オムライスを武器に出されるとは。……これでは我々が勝てないのも当然ですね」
「この国の人間は、食い物に弱いからな。……そういうことで、ヴィルヘルミナ様」
クール系は私を見て、ちょいちょいとレクスの方を手で示した。
「あの男は、我々の予想以上の度胸を見せてくれた。……これまでの問答の間、そばに行けなくて寂しかっただろう。行ってやれ」
「えっ……あの、皆……?」
「先ほども申しましたように、わたくしたちの負けですよ」
私の隣に立ったアンネがそう言って、そっと背中を押してくれた。
「さあ、あなただけの勇敢なナイトのもとにお行きくださいな」
「っ……レクス!」
アンネに背を押されるまま歩みだし、レクスのもとに駆ける。そうして彼に飛びつくと、レクスは私を難なく抱き留めてくれた。
「レクス……ごめんなさい。私、自分のことばっかり考えていて……」
「いいんですよ、ミナ。むしろ、あなたと結婚できなくて申し訳ございません。僕が力不足で……」
「違うっ! あなたは十分すぎるくらい頑張ってくれたわ!」
ぎゅっとレクスに抱きついて、思いっきり叫ぶ。
「ありがとう……。私も、ずっとあなただけ好き。あなただけ愛している……」
「ミナ……」
レクスは私を抱きしめてから髪を掻き分けてそっとこめかみにキスし、ゆっくりと私の体を離して私を抱き寄せるような格好で皆に向き合った。
「……皆様は、僕のことを罰したりはなさらないのですね」
「貴殿を罰しても、女王陛下のご気分を損ねるだけだろう。我々にとって損しかない」
「むしろ逆で、君はもっと自分の価値を理解した方がいいよ? だって君に意地悪をしたら、僕たちが女王陛下のあのなんか格好いい剣の餌食になるんだから」
子犬系はにやにや笑いながら言うけど……あのドラゴンソードは対魔物用だから、いくら怒ったとしてもあれで人を斬ったりしない。失礼な。
「……重ねて申し上げますが、お二人の婚姻が叶わないことはご了承いただきたいです」
慎重派のインテリはそう言ったものの、「ですが」と言葉を続けた。
「我々が懸念するのは、女王陛下の配偶者の身分が低いゆえに女王陛下やブラウ王国の未来に影が差すことです」
「そしてわたくしたちが女王陛下にご結婚を迫った理由は……女王陛下のお心の安らぎとなる人を得てほしいという願いがあったからというのと、お世継ぎのことを考えてほしかったからです」
アンネはそう言って、にっこりと笑った。
「つまり、女王陛下が自ら恋人をお選びになり、その方と心身共に結ばれることができるのであれば、何も問題はございません」
「えっ……」
アンネの言葉に……もしかして、と気づいた。
あの、建国祭の夜十二時を越えた瞬間に発生するループ現象。なぜ過去三回ループしたのに今回はループしなかったのかと思っていたけれど、これが原因だったのではないか。
ゲームの強制力――私が主人公として望まれているのは、「愛する人と心身共に結ばれること」だった。
私が過去三回ループしたのは誰とも結ばれることなく建国祭の夜十二時を迎えてしまったからで、今回はレクスと両想いになった状態で抱いてもらったから条件を達成したことになり、ループが起きなかったんじゃないか。
……つまり、相手があの五人でなくても条件を満たせたと?
むしろ、好きではないけれどループを越えるために結婚相手を選んだだけでは、またループしていた可能性が高かったと……?
……無理矢理でも好きな人に迫って抱かれるという悪女ルートが正解だったなんて、信じられない。
「……そういうことなので、あなた方二人の希望を叶えてかつ、我々の希望も叶える方法は一つです」
インテリが言う。
「女王陛下は、生涯を国に捧げたと公表して未婚を貫く。もちろんレクス殿も誰とも結婚をせず、お二人はこれからも恋人同士のままでいていただきます。女王陛下がお生みになった御子の父親は公表しませんが、レクス殿を父親として認知することを許可し、王家の記録にも残します」
「レクス君は王配にはならないから、公務に出ることもない。女王陛下の子どもの父親として公表されないから表立っては何も言えないけれど、子どもたちに対しては父親と名乗れるし一緒に過ごすこともできる。おまけに女王陛下とは一生恋人のままでいられるから、アツアツな関係を続けられる。最高だね!」
子犬系がからかうように言い、王子様系は咳払いをした。
「……まあ確かに、結婚する前の恋をしているときの方が情熱的だとも言われますからね。四六時中一緒にいることはできませんが、むしろそれくらいの物理的距離がある方が、お二人とも末永く相手のことを想っていられるかもしれません」
「……それでレクスが宮廷料理人の資格でも取れたら、堂々と陛下にオムライスを作ることができる。いいことずくめじゃないか」
クール系も薄く笑って言うと、マッチョが豪快に笑った。
「女王陛下が幸せであることが、何よりであるからな! それに、他のことは我々に任せてくれれば構いませぬ。本来ならば王配殿下一人に任せる公務を、女王陛下の臣下である我々が分担する。至って効率的ではありませんか!」
「……そういうことですので、このようにしていただければ何も問題ないかと」
アンネが締めくくり、私たちの方を見てきた。
「……いかがでしょうか、女王陛下、レクス殿」
「……私には、十分すぎるくらいです。ずっと独身でも、全く問題ありません。レクスと一緒にいられるのなら」
思わず声を震わせて言うと、レクスもゆっくりうなずいた。
「結婚が全てではありませんからね。……皆様、本当にありがとうございます」
「勘違いするなよー? 君のためじゃなくて、女王陛下の笑顔のためだからな!」
「こういう形に収まれば、我々にとっても都合がいいのですよ」
子犬系とインテリにチクチクと言われたからか、レクスが苦笑いを浮かべている。……五人の中で、この二人はなかなかに意地悪だ。
でも……。
「……皆、ありがとうございます。私、レクスと一緒に幸せになります」
レクスの手をぎゅっと握ってそう言うと、アンネたちは笑顔で「おめでとうございます」と言ってくれたのだった。




