現実と結論①
城に戻った私はその日の夜、早速アンネたちを呼んだ。
「皆に伝えなければならないことがあります」
夜の執務室で、六人を前に私は深呼吸した。
鉄は早いうちに打て、だ。
レクスと約束をしたこの日のうちに、切り込んでおきたい。
「ですがまずは皆に、戴冠式の日から結婚についての返事を先送りにしてきたこと、謝らなければなりません。……そして建国祭の日まで女王としての責務を放棄してきたことも、謝罪します」
「……いいのですよ、女王陛下。あなたの重責は、我々もよく分かっております」
そう言うマッチョ結婚候補に続いて、インテリ結婚候補もうなずいた。
「ただでさえあなたは女神の遣いとしての役目を終え、人の子として歩み始めたばかり。そこに女王としての義務を命じたのは、我々です」
「確かに女王陛下がフラフラ出歩くようになったって聞いたときはびっくりしたけど、そうさせたのは僕たちでもあるからねー」
子犬系結婚候補が言うと、王子様系結婚候補とクール系結婚候補もうなずいた。
「魔物との戦い、国の復興、即位……これまで休む間もなく働かれてきたあなたにはむしろ、休息の時間を差し上げるべきだったのです」
「……確かに建国祭までは遊びに出ていたけれども、建国祭の日からは精力的に働いている。十分すぎるくらいだ」
五人の表情は穏やかで、私が仕事をサボったことを全く気にしていないのだと伝わってくる。
アンネもまた、苦笑して私を見てきた。
「……ということですので、ご安心ください。そして、女王陛下から伝えなければならないこととは?」
「……。……私、生涯を共にしたい人を見つけました」
ぎゅっと膝の上で拳を握って告げると、六人は意外そうに目を丸くし……そして、おやおやとばかりに互いに顔を見合わせた。
「……そのご様子だと、我々五人以外の誰かのようですね」
「もしかして、外に遊びに行かれている際によい殿方でも見つけたのですか?」
「……ええ。城下町で暮らす、一般市民の男性です」
アンネに問われたので意を決して言うと、皆困ったような顔になった。
「一般男性……ですか」
「その人って、仕事は何?」
「城下町の食堂で働く料理人です」
「料理人……うーん……」
マッチョは太い腕を組み、悩ましげな表情になった。
「ある程度の身分を持つことが採用の条件である宮廷料理人であればなんとかならなくもないですが、街の食堂勤務となると……」
「その男性に、後ろ盾になるような上流市民階級の縁者などはおりませんか?」
「地方出身で、天涯孤独だと聞いております」
インテリに聞かれたので答えると、子犬系が「それは難しそうだなぁ」と顔をしかめた。
「いや、僕たちは女王陛下が幸せならそれでオッケーなんだよ? でもさすがに後ろ盾のない一般人を婿にしたら、反発する連中もいるんじゃない?」
「それに、外交の面での懸念もあります。国主が女性である場合の王配の身分は、女王陛下をお守りする盾になるのです」
王子様系が落ち着いた様子で説明し、クール系もうなずく。
「どうしても侮られがちな女王を守るための、王配だからな。身分の低い王配は逆に、女王の足を引っ張る。ヴィルヘルミナ様の重荷になりかねない」
「……あの人が、私の重荷に?」
思わず低い声が出てしまったからか、クール系は渋い顔をした。
「……気を悪くしたなら、すまない。だが、これが現実なんだ」
「女王陛下は女神の使者としてお生まれになって二年、人として歩み始めてまだ数ヶ月ですし馴染みがないのかもしれませんが、他国と渡り合うために国王があらゆる面で力をつけておくのは重要なことなのです」
クール系に続いてアンネにも言われて、彼らを詰るような言い方をしていたことに気づいた。
「……いえ、分かっているわ。ごめんなさい、嫌な言い方をして」
「気にするな。……だが、ヴィルヘルミナ様は本当にその男がいいのか?」
クール系が問うので、しっかりうなずく。
「私は彼以外を伴侶に迎えるつもりはありません」
「ふぅん。……それ、相手の人も同じなの?」
「えっ?」
子犬系に問われたので彼の方を見ると、普段あざとかわいい笑顔を見せることの多い彼は真面目な表情で私を見ていた。
「その人も、王配になりたがっているの?」
「それ、は――」
……なりたいとは、言っていない。
むしろレクスは、自分では女王の配偶者は務まらないと言っていた。
彼が私に、私が彼に望むのは、そばにいてもらうこと。
……結婚して女王夫婦になることでは、ない。
こうしてだだをこねることも全て……私の自己満足なのではないか?
今さらになってレクスの気持ちをないがしろにしていたことに気づかされてしまい、言葉が出てこない。
そんな私を見ていたインテリが、やれやれと肩を落とした。
「……女王陛下は我々の想像以上に聡明な方ではありますが、わりと詰めが甘いですよね」
「旅のときにも、何度も無茶なことをされていましたな……」
「そのたびに僕たちが、陛下のフォローをしたんだよねぇ」
「あはは、そうですね。あの日々、懐かしいです」
「……女王になっても、突っ走りがちなところは変わらない、か」
結婚候補たちに口々に言われて、ぐぬぬと押し黙ることしかできない。
そんな私を見かねたのか、アンネはやれやれと肩を落とした。
「皆、女王陛下をいじめるのはおやめください。百戦錬磨の殿方たちが生まれて二年の幼児によってたかって攻撃しているようなものですよ」
「だ、大丈夫よ、アンネ。私、これでも人生について分かっている方だから……」
前世の記憶があるからさすがに二歳の幼児扱いは堪えるけれど、反論はできなかった。
「まあそれはいいとして。こういう問題は、当人を交えて話すべきでしょう。……通しなさい」
「えっ?」




