告白と決意③
「……臣下からは、反発の声が上がるかもしれない。いえ、きっと上がるでしょう。でも、私はあなた以外の人とは結婚したくない、あなたとずっと一緒にいたい、ということは貫き通すわ」
「ミナ……」
「ええと……ごめんなさい、私の都合ばかり言ってしまったけれど、レクスの方はどう? さすがにそこまでになると、重すぎる?」
今さらではあるけれどレクスの気持ちを問うと、彼はしばし考え込んだのちに緩く首を横に振った。
「……僕もつまるところ、願うのはあなたとほぼ同じです。僕ごときが女王陛下の配偶者になれるとは思えない。でも……あなたのそばにずっといたい。あなたが好きと言ってくれたオムライスを、これからも作って差し上げたい」
そろり、と灰色の目が私を見つめる。
「……それだけでは、不十分でしょうか」
「十分すぎるくらいよ! ありがとう、レクス!」
レクスの気持ちが嬉しくて、そのまま彼の頭をぎゅっと胸に抱きしめようとしたけれど、慌てた声を上げて離れられた。
ちえっ、ぎゅっとしたかったのに……と思っていたら、土下座状態から膝立ち状態になったレクスが、そっと私の肩に触れた。
「……建国祭の夜も、あなたにリードされてしまいました。それが嫌というわけではないのですが……今回は、僕からさせてください」
「レクス……」
「好きです、ミナ。……どうか僕の前では女王陛下ではなく、僕の恋人のミナの顔を見せてください」
優しくて、それでいて激しい熱のこもった告白に続いて、唇が寄せられる。
建国祭の夜、時間がないこともあって私の方から奪ってしまった彼の唇が、私のそれにそっと重ねられた。
『これからは一人の人間の女性として、あなたの望むように生きなさい』
女神の使者としての力を失って人間として生きることになった、あのとき。女神ユイリアは確かにそう言っていた。
……そう。私は、私の望むように生きたい。生きると決めたんだ。
外出が許されているのは夕方の鐘が鳴るまでなので、しばらくレクスの家で過ごしてからすぐに城に戻らなければならなくなった。
「それにしても……家具、捨ててしまったのね」
帰り際に玄関からリビングを振り返り見て言うと、レクスが気まずそうに頭を掻いた。
「それは……。よいタイミングを見計らって城を訪問してあなたに謝罪することができたら、いつ処刑になってもいいようにと思って。まともに残っているのはベッドくらいです」
「……もしかして身なりがきちんとしているのも、そのため?」
「はい。いくら死を待つ身といえど汚い格好だったら、あなたに会いに行くこともできないと思ったので」
なんというか……用意周到だ。
彼は元々きっちりとした性格で、『青猫三角亭』の在庫管理係も任されているのだと教えてくれたのは、三度目の人生のときだったかな。
「とはいえ、僕はもう死ぬ気はありません。だから、家具も買い直さないといけないし……今は無職なので、再就職しなければ」
「……なんというかその、本当にごめんなさい。全部私のせいだわ」
「あなたの謝罪はもう十分受けましたし事情もよく分かったので、これ以上謝らないでください。僕が早とちりしてしまったのも事実なので」
ここで必要以上に私をかばったりしないところが彼らしくて、そんなレクスだからこそ私も安心して彼に頼ることができるのだと思う。
何にしても、レクスのことをアンネたちにも認めてもらわないと彼の生活も不安定なままだ。レクスはフォローしてくれたけれど、やはり原因は私にあるのだから責任を取らないといけない。
レクスには、大通りの手前まで送ってもらった。
「ここまでで大丈夫よ」
「本当ですか? 女王陛下のおかげで治安はいいとはいえ、城までまだ距離があります」
「心配性ね。でも、大丈夫よ。私、女神の力はほとんど失っているけれど、すっごく強いから」
ほら、と何もない空間から取り出して両手に持ったのは、私の愛剣である必殺・ドラゴンソードである。普段は城の武器庫に収められているのだけれど、私の力を使えばいつでも持ち出し可能だ。いつ見ても、剣に巻き付くドラゴンの造形には我ながら惚れ惚れしてしまうね。
ふふん、と胸を張ってドラゴンソードを振り回すと、ぽかんとしていたレクスが小さく噴き出した。
「……そうでした。女王陛下はかつて、魔王すら斬り伏せるほどの力をお持ちの英雄だったのでした」
「あの頃ほどの大暴れはできないけれど、少なくとも人間相手なら負けないわ」
「そうなのですか。……僕、あの夜にもしたがが外れてしまっていたら、ミナに成敗されていたかもしれないのですね」
「そんなことはしないから大丈夫よ!」
確かに本気になれば戦闘員でもない男性を放り投げるくらいたやすいけれど、恋人にそんなことをするはずもない。それに……ほら、いくら戦闘力がゴリラだとしても、好きな人の前では可憐なゴリラでいたいじゃん?
ドラゴンソードは武器庫にお戻りいただいてから、レクスの手をぎゅっと握る。
「……近いうちにまた、会いに行くわ。そのときに、いい知らせを持って行けるように頑張る」
「……僕も、いつまでも根無し草でいるわけにもいきませんからね。ひとまず『青猫三角亭』に再就職できないか店長に相談してみます」
「ふふ、分かった。またお店であなたのオムライスを食べたいわ」
二人で微笑みあってから、周りに誰もいないのを確認してちょんっと触れるだけのキスを交わす。
……建国祭の夜と違い、私はもう逃げたりしない。
ちゃんと、皆と向き合ってみせる。




