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告白と決意②

「……すみません。座っていただくところもなくて」

「い、いえ、大丈夫よ。それより、レ――」

「女王陛下」


 最初私に背を向けていたレクスは振り返ると、その場にしゃがみ――そのまま、土下座をした。


「知らなかったとはいえ、女王陛下の御身を穢したこと、心よりお詫び申し上げます」


 土下座しながらしゃべるせいでくぐもって聞こえるレクスの声に――ずん、と重石を呑み込んだかのように胃が痛くなる。


「僕には、家族がおりません。仕事も辞めてきましたし、職場の者たちは皆無関係です。ですので、罰はどうぞ僕一人に。斬首でも絞首でも、何でも構いません。市中引き回しの刑だろうと拝命いたします」

「ちょ、ちょっと、待って! 何を言っているの!?」


 カーペットすら取り払われて板むき出し状態の床にしゃがんでレクスの肩を揺さぶるけれど、彼は相変わらず私につむじだけを見せている。


 もしかして……彼が仕事を辞めたのも家の中に家具がないもの、最初からこのことを考えていたから? 女王を穢したとして死罪を言い渡されても、それを受け入れるつもりでいたから――?


「あなたも分かっているでしょう!? あなたを誘ったのは私で、告白をしたのも私から! 私たちは両想いで、そ、その、合意の上でのことだったのだから……」

「そうだとしても、女王陛下の尊き御身を暴いたことに変わりはありません。陛下のお体を傷付けることなど、あってはなりません」

「……傷付けられてなんか、いないわ」


 むしろ、傷付けたのは……私の方じゃないか。


「レクス、無責任なことをして……本当にごめんなさい。本当の身分を隠しただけでなく、あなたのところから逃げるような真似をして……いくらあのとき混乱していたとはいえ、やってはならぬことをしたと深く反省しております」

「陛下……」

「でも。さっきも言ったように、私はあなたに穢されたなんてちっとも思っていないわ」


 レクスが、おずおずと顔を上げる。そんな彼の頬に触れて上向かせ、不安と緊張で揺れる彼の灰色の目をのぞき込んで微笑みかけた。


「私があなたに対してしたことは、不誠実だった。……でも、私が心身共に捧げたいと思ったのはあなたであり、私が望んだことだった」

「……」

「私はね、陽だまりのようなあなたが好きなの」


 女神の使者として、女王として生きること自体は、嫌いではない。

 私がゲーム世界の主人公として生まれ変わってしまったのは仕方のないことだし、困窮する人々を見捨てることもできなかった。そして……女王となってよい国を作りたい、女神の使者から人間の女性になりたいというのも、私自身の願いだ。


 その結果、私は温かい場所で温かい笑顔を向けてくれるレクスのことが、好きになった。

 好きな人だから……たとえループする運命だと分かっていても、結ばれたかった。


 ……でも現実は、ループせずに建国祭の翌日を迎えてしまった。こうなったら私は自分の非を認め、その上でレクスのことがやっぱり好きなのだと伝えたかった。


「だから、あなたが責任を感じることはないし、処罰を受けることも望まないでほしい。……あなたには、迷惑をかけてしまった。あなたの仕事のことも生活のことも、ちゃんと責任は取ります。王都を出たいというのなら、その手伝いもします」

「陛下……いえ、ミナ……」


 レクスの瞳が揺れ、私の両手にそっと彼の大きな手が重なった。


「僕は、あなたに責任を取ってほしいなんて思っていません。あなたが女王陛下だとしても……僕の想いは、変わらないのですから」

「えっ、レクス――」

「……僕は、誇れるような家名もない、ただの平民です。家族もいないから、女王であるあなたを支えることはできない。それに……女王陛下はいずれ、婿を迎えるという噂を聞きました。その、五人ほどの結婚候補の貴公子がいるとか」


 おや、その話は一般市民の間でも噂になっていたか。確かに、近いうちにどうにか解決しなければならない問題ではある。


「ええ、そうよ。……実は建国祭のあの日までに、婿を決めろといわれていたの」

「えっ!? そ、それじゃあまさかあの夜、僕に迫ってきたのは……」


 レクスの頬に触れる手のひらからじわじわと熱が伝わってくるのが、限りなく愛おしい。

 私は笑顔でうなずいて身をかがめ、レクスの額に自分の額をくっつけた。そこも、微熱を放っている。


「現実逃避、したかったの。それから一ヶ月外出禁止命令が出たからあなたに会いに行くこともできなくて……結婚の話も、今はなあなあになっている感じよ」

「……」

「レクス。こんな嘘つきで無責任な私でも、まだ好きでいてくれるの?」

「もちろんです! 僕、実はあなたにひ、一目惚れしたのですが――あなたと関わるうちにもっともっと、好きになっていったのです。だから、これくらいのことであなたのことを嫌いになったりはしません」


 ……一目惚れなのは、知っていた。でも、彼がここまで私のことを思ってくれているとは思わなかった。私に嫌気が差して、離れていってもおかしくないのに。


 でも、レクスは言葉の勢いを落として迷ったように目線を落とした。


「ただ……僕は、あなたの伴侶になれるような身分ではありません」

「……でも私も、あなた以外の人と結婚するなんてもう想像もできないわ」

「そ、それではこの国の未来が――」

「……最悪、世継ぎの子どもさえ生まれたら大丈夫だと思うわ」


 さすがにゲームではそこまで詳細に描かれなかったけれど、エンディング後の後日談では「女王夫婦は子宝に恵まれた」みたいな文面があったはずだから、私の体には子どもを産む能力が備わっているはず。


 ……男性の王と違い、女王が子を産めばその子は百パーセント王家の子だ。王家の――私の血を残し次代に継がせるというのが目的であるなら、父親は誰でもいい。畢竟、父親不明でもいいのだから。

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