告白と決意①
一日でも早くレクスと会わなければならない。
そういうことで私はまず日々の公務をきちんとこなし、城外への外出禁止令が解かれる日を少しでも早められるようにした。
その努力の結果か、厨房におやつをもらいに行ったあの日から約一週間後、「そろそろよいでしょう」ということで、アンネが城下町の散策許可を下してくれた。
まず向かったのは、『青猫三角亭』。
ここの店員や常連客たちは、私がレクスに好き好きアピールしていたのをよく知っている。それなのにあの建国祭の日以降私が現れなくなったことから、薄々と何かに気づいている可能性がある。そうでなくても、レクスの方が彼らに何か言っているかもしれない。
……最悪、この店の看板息子を弄んだことを罵倒されても仕方がない。そんな気持ちで入店したのだけれど……。
「……辞めた?」
「ああ。一週間ほど前にな」
そう教えてくれたのは、店長。
彼の隣にいた、建国祭の夜のパーティーで私の招待状確認をしてくれた女性店員もうなずいた。
「確か、お城での臨時雇用から帰ってきてすぐでしたよね、レクスが真っ青な顔で辞職届を出しに来たのって」
「そうそう。幽霊でも見たかのような顔色だったから心配なんだが、今の俺たちはもう同僚でも何でもないから突っ込むこともできなくてな……」
「……そ、そうなのですか?」
「ええ。……それにしても、あなたが無事でよかったです!」
女性店員はそう言って、小さく笑った。
「あなたって、冒険者なのでしょう? 最近お店に来ないなぁって話をしていたらレクスが、あなたがまたふらっと旅に出たらしいって教えてくれたんですよ。また王都に寄ってくれたんですね」
「えっ?」
「というかあたし、あなたとレクスは絶対にデキてると思ってたんです! なんかあいつ今にも死にそうな顔をしていましたし、様子を見に行ってくれません? 恋人でしょう?」
「そ、それ、レクスが言っていましたか?」
急いで問うと、女性店員は「いや?」と肩をすくめ、店長は「見ていれば分かるとも」と笑った。
「どうやら、仕事を辞めることは君にも言っていなかったようだな。……何かあったのかもしれないから、俺の方からも頼むよ。君なら、レクスも事情を言うかもしれない」
店に居合わせた常連客たちも、そうだそうだとうなずきあっている。
……この様子からして、私が何も言わず姿を消したことをレクスは皆に言っていないようだ。それどころか、旅に出たとごまかしているくらいで……。
そしてレクスは一週間前に、仕事を辞めた。それはきっと、王城で臨時雇用中に私を見たからで――
「……ありがとうございます! 私、レクスの家に行ってきます!」
何も注文せずに退店することになり申し訳なかったけれど、店長も女性店員も「おう、そうしてくれ」「レクスによろしくお願いします!」と笑顔だったし、常連客も「家を知っているんなら、やっぱ付き合ってるんだな!」「仲直りしろよ!」と言ってきた。
建国祭の夜にレクスに案内されて歩いた道を走りながら……涙が出そうだった。
レクスは、私を守ってくれた。
自分を弄んだ悪女だと皆に文句を言うのではなくて、旅に出たと濁してくれた。皆に感情を悟られないように、いつもどおり振る舞ってくれた。
私は、彼を傷付けた。
どうせループするのだからと無責任なことを強いて、事情があったとはいえ一ヶ月も姿を見せず、いざ再会したと思ったら残酷な事実を突きつけて。
「レクス!」
住宅街にあるレクスの家のドアを、何度もノックする。
「私よ、ミナよ!」
昼間の住宅街だからか人通りはあまりないけれど、私の必死の形相とドアを叩く勢いに、通行人がこちらを見てくるのが分かった。
しばらくして、ドアが開いた。もし中で首を吊っていたら……と最悪の状況を想定していたのでまずほっとして、そして姿を見せたレクスがわりといつもどおりちゃんとした格好なのを見てますます安堵できた。
彼ははあはあと肩を上下させながら息をする私を見て、灰色の目を見開いた。
「ミナ……? そんな、嘘だ……」
「嘘じゃない、私よ! ……あなたと、話がしたいの」
必死に言うと、彼は躊躇いつつもうなずいてドアを大きく開け、私を招き入れてくれた。
そうして玄関からリビングに入って――ぞっとした。
家具が、ほとんどない。
元々彼の家は家具が少なめだったけれど、料理人だからかキッチン周りは充実しているようだった。
それなのに今はそのキッチンもがらんとしていて、ひとまず食いつなげる程度の食材が転がっているだけだ。扉が開いたままのクローゼットの中も空っぽで、前回はあったはずのテーブルと椅子もなくなっている。




