やりたい放題のツケ
どうせループするのだから好きな人を誘惑して抱かれて幸せな思い出を作ろう、と思ったのに、ループしませんでした。次の日になりました。
その日はいろいろと信じられなくて撃沈してしまい、アンネや結婚候補たちに心配された。何かの拍子に、「やっぱりループしました」ってなるかな、と思ったのに、その日にベッドで寝ると普通に翌日の朝になっていた。
あの謎のループ現象の起こる建国祭の夜は、越えてしまった。
つまり、もうループは起こらないのではないか。
それならば私に与えられたのは、「不良女王」と「純朴な青年を食って逃げた悪女」の称号のみである。
……最悪だぁぁぁぁぁ!
「女王陛下、無理はなさらないでくださいね」
「……分かっているわよ。でも、やらないといけないでしょう。明日からは生まれ変わるって、言ったものね……」
現在、私は城にこもって公務に埋もれていた。というのも、どうせループするんだからといって仕事をサボりにサボったツケが回ってきたからだ。
それも、仕方がないと分かっている。でも私は、レクスのことが気になってしょうがない。
ループが起きたらレクスとの関係も全てなかったことになるのだから、と彼を誘惑して抱いてもらったのに、まさかループの呪いを乗り越えてしまった。
彼の目覚めを待たずに逃げてしまったから、朝起きたレクスは私が忽然と姿を消したことになり、ショックを受けただろう。
一夜だけのお互い割り切った関係……とかじゃなくて、私はレクスが好き、レクスも私が好き、と両想いになり合意の上でアレコレしたのに恋人が書き置き一つ残さず消えるなんて、トラウマものだ。
……とはいえ、レクスに会えたとしてもどう説明すればいいのか分からない。
ループ現象のことなんて言ったって信じてもらえるはずもないし、これではどう転んでも、純粋な青年を色香で落とし弄んだ極悪女にしかならない。
最悪、最悪だ。
私は誰にとっても失礼で、多くの人の尊厳を踏みにじってしまった。
アンネにも結婚候補たちにもレクスにも、ひどいことをしてしまった。
そしてレクスにはすぐにでも会いに行かないといけなくても、公務に忙殺されて城を出ることも叶わない。
手紙を送ろうにも、私が出す手紙や書簡は全てアンネたちの検閲が入るから、秘密の恋人に宛てたラブレターなんて書けるはずもない。
おまけにこれまで散々逃亡していたからか、「陛下の公務が落ち着くまで、外出禁止です」と、三度目とは真逆のことを言われてしまった……。それも当然ではあるけれど……。
……ということで外出禁止令を出され、『青猫三角亭』に行くこともレクスに会うこともできないまま、あっという間に一ヶ月が経ってしまった。
その頃になると私の外出禁止令もほんのちょっとだけ緩和されて、「王城内であれば自由行動可能」とアンネからのお許しが下った。これまではどこに行くのもアンネがついて回ったから、一人で城内を歩けるだけでも爽快だった。
本日、私は会見の前に城の厨房に立ち寄った。ここは、最近の私の休憩場所の一つだった。
「お邪魔しまーす」
「これはこれは、女王陛下!」
「もしかして、お仕事前のおやつですか?」
「ええ。何かいただけるかしら?」
「もちろんですとも!」
厨房の料理人たちは私を見て笑顔になり、どうぞどうぞ、と席を勧めてくれた。
最近の私の楽しみが、ちょっと気難しい人との会見など精神力が削られそうになる仕事の前に、甘いものを食べることだ。
厨房の人たちは私がこそこそやってくるのを歓迎して、毎回違うおやつを出してくれる。「アンネマリー様には内緒です」なんて言ってくれるのだから、その背徳感がまた素晴らしい!
「今日のおやつはアイスクリームと……女王陛下ご提案のポテチを改良したものをご準備しました」
「まあっ、何味のポテチ?」
「ふふっ……それは是非、召し上がってから当ててください!」
「ええ、そうするわ!」
私が国作りの一環で食文化も発展させたからか、ポテチやハンバーガーなど、元々のこの国の文化水準ではまずお目にかかれなかっただろうものが当たり前のように存在している。
そして国民たちは私が与えたレシピをもとに、自分なりにアレンジしたりしてさらに新しい料理を生み出していく。とてもよいことだ。
そういえば、レクスがよく作ってくれたオムライスも実は私が考案したもので、彼も「このオムライスというのも、女王陛下がご提案なさったそうです」って言っていたっけ……。
……ああ、いけない。今はレクスのことを考えている時間ではない。
しばらくすると、料理人がアイスクリームとポテチの盛られた皿を持ってきてくれた。アイスクリームはともかく……このポテチ、やけに白っぽいな。
まずはすぐに溶けてしまうアイスクリームを食べて、それから白っぽいポテチを恐る恐るかじる。
「……これは、ホワイトチョコレート?」
「正解です! ポテチの塩辛さとホワイトチョコレートの甘さを合わせてみました!」
えっへん、と料理人は自慢げだ。なるほど確かに、チョコの甘さとポテチのしょっぱさが絶妙にかみ合っていて、おいしい。前世でも、これによく似たチョコポテチを食べたっけ。
「とてもおいしいわ。ありがとう、元気が出たわ」
料理人に礼を言ってから、私は厨房を眺めてみた。
今はおやつの時間で、ぼちぼち夕食の準備に入っている。今忙しいのは、早めに作って氷室で冷やしておくべきデザート担当と野菜の皮剥きなどをする下ごしらえ担当のようだ。
王宮料理人だけあり、城で食べられる料理はどれもおいしい。『青猫三角亭』もおいしいから、それぞれ別のおいしさがある。
……ああ、またレクスのことを考えてしまった。今頃彼も『青猫三角亭』で、ディナーの仕込みでもしているのだろうか――
と、厨房を眺めていた私は、やけにこちらをじっと見てくる人の存在に気づいた。その人は厨房の奥にある下ごしらえ用のスペースにいて、皮を剥いている途中らしい芋と包丁を手にしている。
白いエプロンと帽子を身につけ、こちらを凝視するその人は――
「……レ、クス?」
思わず、声が漏れてしまった。
白いコック帽から覗く、黒い髪と灰色の目。呆然としたような眼差しでこちらを見るその人の唇が動いて、確かに囁いた。
「ミナ」と。
――あの夜、どうか呼び捨てで呼んでとお願いした、私の名前を。
ガタン! と私が力強い音を立てて立ち上がったからか、近くにいた料理人がびっくりしたようにこちらを見てきた。
「女王陛下?」
「そ、そろそろ公務の時間だから、お暇するわ!」
「おお、そうですか。またいつでもお越しくださいね」
料理人たちに笑顔で見守られ――約一名からの熱い眼差しを受けつつ、私は厨房を出た。
会見まではまだ時間があるけれど、今はちょっと一人になって、考えたい!
……ああ、そうだ、思い出した! この前アンネが、庭師や料理人の臨時補助を雇うって言っていたんだ!
就職の間口が広がるのはいいことだよねーということでオッケーを出したのだけれど、レクスがその臨時枠で雇われていたってことか! さすがに、雇用された労働者一人一人の名前までは確認していなかった……。
まさか城内でレクスに会えるとは思っていなくて、つい名前を呼んでしまった……。その声は彼には届いていなかったかもしれないけれど、彼は確かにこちらを見て「ミナ」って呼んでいたし……。
……。
これって、まずくない?
レクスからすると、体の関係を持った相手の女性が自国の女王だったってことになる。いくら両想いで相手の方から迫ってきたとはいえ、救国の英雄であり女神の使者でもある女王に無体を働いたと言われても彼には否定できない。
……これは、真面目な彼からするととんでもない問題なのでは?
むしろ今は世間体がどうとか法律的にどうとかというより、彼の精神状態の方が心配だ。
ここはやっぱり厨房に戻ってなんとか言い訳をしてレクスを連れ出し、話をしないと――
「……あら、女王陛下。そちらにいらっしゃったのですか」
厨房の方にUターンしようとしたところで、声をかけられた。見ると、会議記録簿を抱えたアンネが。
「また厨房でおやつを召し上がっていたのですか?」
「えっ? あ、ああ……何のことかしらぁ?」
「とっくに気づいておりますよ。……まあそれはいいとして、そろそろ会見の準備をしましょう」
「えっ、あ、その……」
私は厨房に用事が……と言うに言えず、私はそのままアンネによって部屋に連行されてしまったのだった。




