建国祭の夜(Fourth round)
まずは前回と同じように入店し、招待状を見せる。
今回対応してくれたのはレクスではなくて別の女性店員だったけれど、彼女はもちろん私がレクスラブであることを知っているので訳知り顔になり、「レクスを呼びますね」と言った。
すぐにレクスがやってきて、私を見ると真っ赤になった。それだけで女性店員はだいたいのことを察したようでにやにやしながら去っていき、私は前回と同じく返してもらった招待状をバッグに入れて、レクスの腕にそっと触れた。
「こんばんは、レクス。お招きありがとう」
「こ、こんばんは、ミナさん。来てくださって嬉しいです」
舌も噛みそうになりながら言うレクスは、かわいいし格好いい。
私って結婚候補のキラキラ五人衆じゃなくてレクスみたいな人が好きだったんだなぁ、としみじみと思った。
「今晩は、店自体は夜明けまで営業しますが……僕は十一時には上がります」
「ええ」
「……そ、その後……僕の家に、来ませんか?」
ハイ喜んでぇ! とオーダーを受けた飲み屋の店員みたいな返事をしそうになったけれどぐっと堪えて、自分の美貌を存分に生かしたお色気たっぷりの眼差しで「素敵ね。お邪魔させてもらうわ」と答えた。
そしてまずは、前回とほぼ同じ感じで普通にダンスパーティーに参加する。レクスは今回も料理を出したりする必要があるから彼の姿が見えないこともあったけれど、私は私で存分に遊ばせてもらった。
「おお、君は見たことがあるぞ。いつもあの若い店員と一緒にいるきれいなお嬢さんだな!」
そう話しかけてきたのは、知らないおじさん。でも今日のパーティーは常連しか呼ばれていないしその言い方からして、普段から私のことをよく見かけていた人だろう。
「あら、分かっちゃいました? 私、彼のことが気になって気になって仕方なくて」
「はっはっは、そうだろうと思った! あの店員、真面目で人当たりもいい、なかなかの優良物件だと思う。狙いを定めたのなら、逃がさず捕獲するんだぞ!」
「うふふ、そうしまーす!」
どうやらこのおじさんは応援者らしいので、厚意をありがたく受け取っておいた。
その後、仕事に一区切りがついたらしいレクスがこちらにやってくるのが見えたので、すかさず彼の手を取った。
「レクス、お仕事お疲れ様! ねえ、一緒に踊りましょう?」
「え、ええっ……そ、それは嬉しいのですが、僕、ダンスなんて分からなくて……」
……ああ、このセリフ、この嬉しそうだけど少し困ったような眼差しも、前と同じ。
「分からなくてもいいのよ。私、レクスと踊れるならそれだけで十分だから」
「ミナさん……」
「さ、行きましょう!」
始まった音楽に合わせて、レクスと踊る。前回とは曲こそ違うけれど、また彼と踊ることができた。
……もう、彼と踊る機会は二度とない。
次にループしたら、私はもう『青猫三角亭』には行かないと決めている。
彼への恋は、今回で終了。次は彼に会うことなく、ちゃんと結婚相手を決める。
だから、これが最後だから、あと二時間もすればループするのだから。
最高に幸せな時間を、過ごしたかった。
店の時計が夜の十一時を刻んだところで、レクスが店の裏手に行くのが見えた。
私も身仕度を調えて、受付のところにいる女性店員にお暇することを告げ――彼女はいろいろ分かっているようで、にやにやしていた――店の前で待っていると、レクスが出てきた。
彼は私を見て緊張しつつも笑い、手を差し出してきた。
「では、その……僕の家、わりと近くにあるので。行きましょうか」
「ええ、案内してちょうだい」
彼の大きな手を取って、その温もりを忘れるまいとしっかり握って、彼の隣を歩く。
建国祭の夜だけあり、まだ城下町は騒がしい。そういえば高級宿に泊まればループ回避できるかもと思っていた二度目のときには、この時間くらいでやっと宿泊場所を見つけられたのだっけ。
レクスの家は、城下町の西の方に位置する住宅街にあった。地上二階建てから四階建てまでのアパートのような建物が密集する地域で、彼はそこの集合住宅地の一階の部屋で一人暮らしをしているようだ。
「すみません、男の一人暮らしなので狭いし汚いのですが……頑張って掃除はしました」
そう言って彼が鍵を開けた自宅は、本人が言うよりずっときれいで整頓されている。
多分1LDKなのだろうけれど、リビングはものが少なめでありながら木箱入りの食材などはたっぷりあって、さすが食堂で働くだけあると思われた。普段から、自炊をするタイプなのだろう。
「この時期ですが、夜は少し冷えますね。温かいものでも淹れますので……」
そう言った彼は私をリビングにある椅子に座らせてキッチンの方に向かおうとしたけれど……彼の横にある時計は、もう十一時二十分を指していた。
「行かないで」
心の向くまま足を動かしてレクスの背中に抱きつくと、見た目よりずっと筋肉でしっかりしている彼の大きな背中がびくっと震えた。
「聞いて、レクス。私ね……あなたのことが、好きなの」
「ミ、ミナさん……!?」
「好きで好きで仕方がなくて……これまでたくさん、あなたを誘惑してきたつもりなの。それは、気づいていた?」
「っ……そ、れは……あの、はい、分かっていました……」
よかった、私のお色気攻撃はちゃんと通じていたようだ。
こちらに背中を向けたままのレクスの脇腹にそろそろと手のひらを這わせながら、私は言葉を続ける。
「だからね、建国祭の夜にあなたの恋人になりたいって思っていたの。そしてあなたは私を、夜に家に上げてくれた。……そういうことを期待しちゃっても、いいのよね?」
「……。……ミナさん」
ぐるっとレクスの体が回転して、レクスの脇腹に触れていた私の手がそっと握られ、引き寄せられた。
「……もしあなたが少しでも嫌がるような素振りを見せるなら、そんなつもりではなかったというのなら、何も知らないふりをして引き下がるつもりでした。温かいものでも飲んでおしゃべりでもして、それで解散しようと」
「レク――」
「ミナさん。僕も……僕も、あなたのことが、好きです。初めてあなたが店に来たあの日から……ずっと、好きです」
震える、レクスの声。
私にとっては、二度目の告白。でもレクスにとっては、一世一代の告白。
「……ええ、知っているわ」
私は余裕たっぷりに笑って空いている方の手を伸ばし、彼の後頭部を掴んで引き寄せて唇を奪った。




