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渡りと不思議な生き物  作者: ミミズク
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1. 年のうちに春は来にけり

好きなもの(和歌)と好きなもの(某友人帳や某蟲の話のような感傷的な物語)を組み合わせたら最強ではと思ってはじめました。

年のうちに春は来にけり一年をこぞとやはいはむ今年とやはいはむ


 遠い昔、人は素晴らしい技術をもって、所狭しと地に満ちていたらしい。見上げるほどの高い建物、ひとりでに進む馬車、月より明るい光夜を照らす。しかしおとぎ話曰く、栄華を極めた人は感謝の念を忘れ、神様を怒らせた、ということだ。実際に何が起きたのかを知るものはいないが、今では旧文明を自然が飲み込み、人はなすすべなく散り散りになっていることだけは事実だ。



 青年、藤がその村へ寄ったのは冬も深まった頃であった。

「ようこそおいでくださいました。さ、さ、寒かったでしょう。どうぞ火にあたってください。」

 出迎えてくれたのは長と思しき気のよさそうな年かさの男で、久しぶりの客人だとひどく嬉しそうにしていた。案内された板履き屋根の平屋建ては周囲のものより一回り大きく、玄関の隣にある木製の格子窓の隙間から湯気が立っているのが見えた。食欲をそそる良い香りで、食べ物を手に入れづらい冬場のために、食事量を制限していたことも手伝って、ぎゅっと胃がねじれるような飢餓感に襲われる。

「おや、お客人は寒さより腹の虫に堪えているようで。お前、早くに汁を出してやりなさい。」

腹に手を添えた所作からか、よほど飢えた顔をしていたのか、何を言わずとも食欲にかられていることは見て取れたようだった。

「あんた、ちょうどよかった。今味を調え終わったところさ。生姜をふんだんに使ったから体が温まること間違いなしだ。」

引き戸を開けてすぐの場所にいたのは、男と同じくらいの年齢の女だった。顔にできた笑い皺が雄弁に人柄を物語る。

「気を使ってもらって悪いな。」

軽く頭を下げると、二人は顔を見合わせた後、藤のほうを向いて、そっくりな顔で破顔した。

「腹がへってはい草はできぬといいます。」

「あんなにあちこち生えてるい草だって、栄養を取らなければ枯れちまうんだ。況や人間をやってことさ」

男に囲炉裏のそばへ押しやられ、あぐらをかいて床に座ると、女から具のたくさん入った汁物が渡される。一口すすればみその味と辛く感じるほどの生姜の味がした。肉や魚こそ入っていなかったが、菜の花、蕨、こごみにぜんまい、山の幸をふんだに使用したみそ汁は食べ応えがある。器をつかんでいる冷えた指先が温められ、じんわりと痒みをもった。藤と同様に舌鼓を打ちながら、一も二もなく食べ続けている姿を嬉しそうに眺めていた二人は口々に話し出す。

「よく食べますな」

「作ったかいがあるってもんだ。あんたも見習ってもっと食べな。」

「年をとるとあまり食欲がわかんでな。」

「そんなこと言っているとすぐ神様に掬われるよ。それはそれでよいことだけど、あたしが寂しいじゃないかい」

「お前の率直な物言いはどうも耳の裏がこそばゆくなる。」

神様に掬われる、それはよく耳にする宗教観念だった。人々を叱った神は慈悲深くも善行をなした人間を死後に掬い上げて、かつての世界へ、人間が自然に怯えることなく幸福に暮らしていたという旧文明の頃へと移し替えるのだという。藤としては、その世界は本当に幸福なものだろうかと、いささか懐疑的であるが、和気あいあいとしている二人に水を差すこともない。目をそらすように椀をぐっと傾けて残りの汁をすすった。

「うまかった。」

椀の上に箸をそろえて床に置くと、すと肩の力が抜けた。緊張したつもりも気負ったつもりもなかったが、ここ最近の貧困生活に知らず体がこわばっていたようだ。

「お粗末様でした。お気に召したようで何よりです。」

二人の椀にはまだ半分ほど満たされた状態であった。タイミングが合うようにもう少しゆっくり食べるべきだったかと思いつつ、二人が食べる様をじっと見つめる。

「それにしても、今日は何かの祝い日なのか?」

それは椀の中身を見た時からの疑問だった。そもそも食料確保は年を通じて問題になることだ。冬はなおさら食べ物を手に入れづらい。まして今は昼。たいていの村では食料をなるべく消費しないよう朝夜2回の食事ですませることが多い。冬の昼にこれだけふんだんに具を入れた食事がでる、久方ぶりの来客だったとしても何か特別な日でなくては腑に落ちなかった。

「ああ、やはりどなたも不思議に思われるのですね。この集落では普通のことですが、前に来られた渡りの方も同じ問いを口にされてました。」

しみじみとした声音だった。渡りとは各地の村を転々として過ごす旅人のようなものだ。藤も渡りと呼ばれる人間だった。

「これは春が来ているからなんです。」

どういう意図かはかりかねた。今が冬の最中で春が来るまで時間がかかることは、隙間風の冷たさが物語っている。しかし言われてみれば、先ほどの汁物に入っていた山菜はいずれも春に採取できるものだった。男は孫娘を自慢するかのような、どこか得意げで語らずにはいられないかのような様子で、目をきらきらと輝かせた。

「ここでは冬の間、食料に困ることがないのです。お客人はここへ来る途中にてっぺんあたりが白い山を見ませんでしたか?」

それは藤が来た方向と村を挟んで奥に見えた山だ。

「頂上にだけ綺麗に雪が降るものだなと思ったが、、、」

「それはですね、雪ではなく花なんですよ。桜なんです。理由は分からないのですが、あのあたりだけ先に春になるようで、、、。そこからここまで、目印みたいに点々と山菜の生えた岩がぽつぽつ落ちているんだといいます。私たちが取りに行けるのは、ふもとに落ちているものだけですが、それだけでも十分な食料になります。」

ほとんどの人間は居住地の外へ出ることがほとんどない。命を失う危険が高いからだ。この世界は毒に満ちており、人間は毒を浄化する水晶の傍を離れえると、皮膚がただれ、呼吸ができなくなり、やがて意識を失って死に至る。一説によると、水晶は旧文明の遺産であり、目に見えない薄い膜を張っていて、有害な空気や空から降り注ぐ危険な陽光を遮っているのだとか。水晶を人の手のものではなく神様の人間に対する一欠けらの慈悲だというものもいるが。まれに藤のような水晶を離れても問題なく生活できる体質のものが生まれるが、数は多くない。それゆえ、各地の人と人をつなぐ渡りはどこに行っても歓迎される。

「誰か実際に見に行ったのか?」

「はい、私の祖父のまたその祖父が比較的長く外に出られる体質で、直接見に行ったのだと伝えられています。戻ってきたときには全身にやけどをおったようなひどい様子で、3日もたたずに亡くなりました。しかし、今でも最後の言葉が語り継がれているのです。あそこに春が咲いていたと。」

「あたしたちは誰も実際に見たことがない。あれを桜と言っているけど、春が咲くって言葉から桜だと考えただけで本当は違うかもしれない。山の幸が本当にあそこから来ているかどうかも分からない。ただ、何よりも有り難く尊いものであることは知っている。いつだって感謝しているさ。」


 それから三日。老夫婦の世話になりながら、前に訪れた集落でもらった種を渡して育て方を教え、逆に山菜の乾燥保存方法を教わったりして過ごした。気のいいものばかりで、もう少し滞在していたい気持ちはあったが、その桜を見に行きたくなり、早々に村を立つことに決めた。山の入り口まで見送りに来てくれた二人は、いくらか息がつらそうな様子だったが、ここまでは山菜をとりによく来るから慣れていると、最後まで朗らかな笑顔だった。

 山道はそれなりの急こう配であったが、道が舗装されていたため登るに容易かった。これも旧文明の遺産で、細かな石で固められた道はよく見かける。珍しいのは、その道の上に転がっている緑色の塊だ。山の入り口付近でもごろごろしていたが、一抱えはありそうな大きさで表面からにょきにょきと植物が生えている。その中には先端が渦を巻いた形状が特徴的なぜんまいなど、ご馳走になった山菜もふんだんに盛り込まれていた。うねりながら上へと続く道、それを囲む枯れた木々の中で、その塊は何よりも色鮮やかな緑に見えた。山菜の生えた岩という話だったが、観察してみると、植物の根本には土が見え、さらに土を削ってみるとつるりとした質感の石が表出した。

「不思議だ。」

ぽつと呟いた言葉の通りだった。坂を転がり落ちてきたのなら、生えている植物がつぶれてもいいものだがその痕跡はない。いったいこれは何で、どうやってここにあるのか。それが分かったのはさらに先へ進み、休憩をしていたときのことだ。まだ体力に余裕はあったが、座りやすそうな倒木を見つけたため、それに腰かけて一呼吸をついていた。ちょうど来た道を振り返るような状態で、道中採取した水を飲み集落で持たせてもらった山菜の保存食をかじる。あたりは変わらず枯れ木だらけで見るものがないため、先ほど通り過ぎた緑塊をぼんやり見つめていると、それがすすすと動いたように見えた。見間違えかと思い瞬いてみたが、ひどくゆっくりだが確実に動いている。思わず駆け寄って近くまでいくと、塊の下から金色の髪の毛のような細い糸が広がっており、それが波打つようにして坂の下へと移動させているようだった。しゃがみこんで触れてみると、それはまるで熱湯にでも触れたかのようにびゃっと塊の中へと引っ込んでいき、これまで通り過ぎてきた塊と同様に無機物然とした状態に戻った。そのまましばらくじっとしていると、そろそろと糸が再び隙間から出てきて、何事もなかったかのように、すすすと移動していく。その様子にひらめくものがあった。試しに、進行方向へ回り込むと想像の通り、ひゅっと糸がひっこみ、いつまでも再び進みだすことはなく、後ろへと移動すると、やがて糸が飛び出し進んでいく。

「おまえ、生き物だったのか、、、」

一抱えの大きさだけあって塊は重い。上に生えている山菜だけ取れればよいので、わざわざひっくり返そうとする者は少ないだろう。それにどういうわけか、前方にいる生き物を感知し、隠れる性質があるようだった。後ろにいるときは気づかないようなので、目のようなものが前面についているのかもしれない。見られているとも知らず、細い糸を無数に地面に這わせて移動している姿は、奇妙の一言に過ぎた。謎が一つ解けてすっきりした気持ちの半面、なぜそろいもそろって山を下りているのかという新たな疑問が生じ、複雑な気持ちになる。

 塊を通り過ぎる度に思わず振り返り、動いているところを横目に見ること何度目か、塊について新たに気づいたことがある。今思えば、山のふもとのほうの塊はどれもこれもが全く動くことがなかった。何代にもわたって山菜をとってきた村人が生き物だと気づかないほどだ、本当に動くことがなくなっていたのだろう。山の中腹あたりでは、動き出すものとそうでないものが半々くらいで、上に進むにつれ動き出すものが多くなる。そして心なしか上のほうの塊のほうが進みが早くふもとに行くほど遅い。また下のほうでは一つの塊がぽつぽつ落ちていたのに対し、上に行くほど二つの塊が近い位置に並ぶようにして存在していた。

 変化があったのは塊だけではない。ふと気づくと汗ばんでおり、あれだけ寒さを感じていたのにむしろ暑さを感じるようになっていた。枯れ木ばかりだった木々にも、枝先に新芽がつくようになり、まるで歩くのに合わせて季節が冬から春へと移り変わっているようで、稀有な体験に胸が高まった。


 そしてついに頂上にたどり着く。


 それは道をまたぐように根を伸ばす一本の巨木だった。空を覆いつくすように伸ばされた枝に葉はなく、代わりに雪のように白い球が無数についており、風が吹くたび、いや風が吹かなくともはらはらと散っていた。それは桜とは異なる花だったが、飛ばされてきた球を宙でつかもうとすると手のひらからすり抜けていく様も含めて、全く桜のような花だった。根本によりかかって上を見上げる。真っ白な球だと思ったが、中に白い綿毛が入っていて、それが透けて見えているようだった。膝の上に落ちてきた球に触れてみると、それはぱちんと弾けて、中の綿毛が風にさらわれていく。驚いたのは綿毛に触れた手がほんのりと温かくなったことだ。ためしに膝の上の球を押しつぶすように手のひらで抑えてみると、泡のように簡単に弾けて、指の間を陽気がすり抜けていった。春が咲いていてる、その事前情報通りの現象だった。そして白い綿毛が降り注ぐ中で、目の前にはあの塊が今まさに山を下りようとしていた。一つではなく二つ、金の糸を絡ませて、寄り添いあって、滑るように道を進んでいく。

 それを眺めながら考察してみる。この花は冬の最中に花を咲かせて、あたりを温かくする。そうすると、今を春と勘違いした冬眠中の動物や虫が起きだして活動するようになる。花から離れるほど寒くなるので、生き物たちは花の周囲に集まって生活し、花はその利益を独り占めする。塊もそんな生き物の一つで、擬態のために植物を身にまとう生態をしていて、春の陽気のこの場所でとれるぜんまいや菜の花を背中におう。山を下っていくのは、、、子供を産んだためというのはどうだろう。子供を産んだ塊は、わが子が生まれたときにその子の食べものを奪ってしまうことがないように、夫婦仲良くその場を離れる。しかし、花から離れれば気温は下がる。塊は蝶などと同じように、温かな環境で生きる生き物なのだろう。道中で見かけた動かない塊は寒さに力尽きた個体だったのではないだろうか。つまり、夫婦で旅だったにもかかわらず、下に行くほど一個でいる塊は、、、。仲睦まじそうな村の老夫婦を思い出す。頂上からふもとまで命をすり減らしながら進む塊と塊にもたらされた食料で豊かに過ごす老夫婦。春から冬へ、未来から過去へと遡り死にゆく塊と、死後に神様に掬われて過去へ戻りたい老夫婦。手をつないだのだと思ったほど、穏やかに糸を絡めた塊たちが、山を下りる途中で片割れを失い、最後は自身の命を失う様子を考えると、掬われた世界で老夫婦が幸せになれるようには、、、。

「それは違うか。」

手の平を上へ向けていたため、ふわと飛び込んできた球を指で突いて割る。老夫婦は塊によって山菜がもたらされることを未来からの贈り物ではなく、春が来る、と形容した。それは時間が逆転したのではなく、春夏秋冬、冬の次に春が来る順当な季節の流れの通りに時が進んでいることを意味している。

 自分によくしてくれた老夫婦が、望んだとおり死後も仲睦まじく幸福でありますように。そう願って藤は目を閉じた。疲れた体はすとんと眠りに落ちて、あとはただ真っ暗だった。



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