社交辞令的なあれ
始業式の次の日から早速昼過ぎまで授業があり、それも終わって土曜日が訪れた。
なんだかここから抜け出したくて、私は電車に乗って一度行きたかった場所に行くことにした。
電車に乗って約一時間。特に観光地でも無いこの場所を選んだのは、単純にそういう場所が好きだからだ。
駅近くのコンビニでジュースと昼ご飯を買い、坂道を登っていく。
大体登った辺りで左に曲がり住宅街へ。
普通の人なら絶対に行かないような場所。
昼間でも人が少ない住宅街は、私のような人間にはちょうどいい。
誰とも会わず、のどかな道を音楽を聴きながら歩くのはとても気持ちのいいものだ。
太陽が道を照らし、心地の良い風が吹く。
「確かここら辺に……あった」
小さな公園をみつけ、そこのブランコに腰をかける。
荷物を置いて、昼ご飯を食べるのだ。
「……うま」
ただのおにぎりとチキンと言われるかもしれないが、これがいい。
高いだけが全てじゃないし、観光地だけが全てではない。
これが私の楽しみ方なのだ。
不審者や変人扱いされるのは承知の上だが、その土地の住宅街から醸し出される雰囲気──その土地独特の景色、と言った方がいいか。
それが好きなのだ。
1人でのんびりとできるこの時間の全てが。
公園を出てまた歩き始める。
気になった道を選んでただひたすらに歩く。
自由に行きたい方へ歩いていく。
夜からはアニメでも見ながらゲームのイベントをやり込むつもりだ。
それまではどこまでも自由に、私の好きなように歩く。
気づいたら一駅や二駅歩いていたなんて事もある。
それもまた一興なり。
───それから自由に歩いていると、急に声をかけられた。
「あ、やっぱり飾磨さんだ。
家この近くなの?」
「え、えーっと……」
赤髪のボブヘア、大きめのシャツにショートパンツを履いた同い年くらいの女性。
……だ、誰だっけ?正直顔を見てもピンと来ない。
確かなのは去年まで同じクラスだった人では無いこと。
ということは───
「もしかして同じクラスだったり……します?」
「そうそう同じクラスの……って、誰だか分かってないでしょ」
「そ、それは………」
言えねぇぇぇ。
けどこれ絶対表情でバレてるよね。
「はぁ……伊保 陽葵だよ。
ちゃんと覚えてよね?」
「う、うん……覚えられたらね」
正直人の顔と名前を照らし合わせるの苦手というか、そもそも関わる気無かったからどうしていいか分からない。
……いや、これっきり会って話して終わりだろう。
所詮人間関係なんてそんなもの。
「そこは覚えるでしょ。
んでさっきの質問に戻るけど」
「ここの近くかってこと?
……近いと言えば近いのかな?
一駅程離れた所に」
「あ、思ったより……ていうかまぁまぁ離れてるね。
ここにはお出かけに来た感じ?」
「まぁ、そんな感じ」
「そっか。あ、ごめんもう行かなくちゃ。
おつかい頼まれてて。
じゃあまた明後日ね!」
「う、うん……また」
その『また』は二度と来ない事を私は知っている。
ああいう明るい子には友達が沢山いて、私はその中の……大勢の中の1人に過ぎないのだ。
大勢にも信頼度的なパラメータがあって、私はそこに乗るか乗らないかの隅の隅。良ければそういえば話しかけたねってポジション。大体の場合忘れられてる。
こんなのは実際経験しなくとも分かりきったことで、つまりは社交辞令的なあれである。
「帰ろ」