6話 2歳 冒険者ってこんな人たち
朝、母さんにあったか布をプレゼントしてから10日程経った。流石にご機嫌ブーストもそこまで長くは続かない。いつも通りの朝ご飯を食べて、今日も元気に糞尿処理のお仕事をし、教会に祈りに行く。1日雨が降ったが、それ以外の日は毎日朝夕とお祈りを欠かさない。錬金術師になりたいからね。僕は貪欲に行くって決めたんだから。
それはそうと、お金がちゃんと入ってくることを確認したせいか、周りを見る余裕ってやつが出てきたわけですよ。そうなると色んなところが気になってくる。例えば、教会前にあるテント群。この村って家を持っていない人は流石に居ないと思うんだけど、皆が教会前広場って呼んでいる広場に結構な数のテントがあるんですよ。
村長の家もその教会前広場に面しているから、村長のお客さんか何かかなって思ったんだけど、お客をテントの生活にさせるはずもないし。行商人なら商品を並べると思うんだけどそれもない。一体何の集団なんだろうって思ったわけだ。僕が朝早くから行動しているから、昼間の行動は分からないけれど、…排除されないって事は悪い人たちでは無いと思う。夕方終わりにも教会に寄ってくるけどそこでも見た覚えがない。…いや、テントの前で煮炊きをしている人は見た気がする。でもそれって普通に夕飯だよね。ってなわけで何かわからない集団がいるのが気になったから、保存瓶の補充がてら雑談でジュディさんに聞いてみた。
「教会前のテントの連中? ああ、それは冒険者さ。」
「冒険者? 何ですかそれ?」
「冒険者は冒険者さ。あー、なんて言ったらいいのか。そうだねえ、何でも屋って所かな。冒険者ギルドっていうのが町にはあるところが多いんだけどね。この近くだと南の方に1日くらい行くとカウツって町があるんだけどさ、そこには確か冒険者ギルドがあったはずだよ。多分そこのギルドに出された依頼を受けてこの村に来たんだろうね。」
「依頼ですか。て言うと、魔力茸が欲しいので採ってきてください。報酬はいくらです。って感じに冒険者さんに依頼をするって感じですか?」
「そうそう、そんな感じ。多分錬金術師か魔術師か薬師か、そのあたりが出した依頼のはずだよ。もっと別の依頼かもしれないけれど、この村に来る依頼といえばヨルクの林関係の依頼だろうし。あー、もしかしたら常設の依頼の可能性もあるか。でもまあ、手紙の配達とかでもない限り、ヨルクの林目当ての冒険者だろうね。」
「あの、今僕がやっているのって、どちらかといえば冒険者の仕事ですか?」
「うん? まあ、確かに冒険者がやることでもあるよ。でも錬金術師がやることでもある。…採取が苦手っというか体を動かすことが苦手な錬金術師もいるから、そこはまあ、派閥次第かなあ。幻玄派だったら間違いなく自分で取りに行くだろうし。フィールドワークが主な仕事の派閥だからね。それに冒険者もピンキリなのよね。」
「? どういうことですか?」
「ちゃんと依頼をしてくれる人ばっかりじゃないってことよ。良くも悪くも何でも屋なのよ。それ専門じゃないから、なってない事とかも多いの。私の感覚だけど、8割方悪い方ね。良くて2割、もしかしたら1割良いのがいるかどうかって所かしら。殆どが村のあぶれ者が、とりあえず貰った才能で何かしようとするのが冒険者なのよ。坊やみたいに目的を持ってやってる方が稀よ。大半の冒険者が何の才能も持たずにやっていると思うわよ。もちろんスキルも磨かずに。」
「それって、あんまり冒険者って良くないってことですか?」
「そうは言わないけど、そうねえ。魔境なんかで戦闘に特化した冒険者なんかはいい冒険者ね。素材に気を付けられる冒険者ならなおよしって所かしら。後はちゃんと採取に特化した冒険者もいるわよ。魔境や霊地には少なくとも1組はいると思うわ。ここも霊地の1つだから多分テント組の中にもいるんじゃないかしら…多分。」
「なんかあんまり良さそうに聞こえませんね。」
「そりゃあ、まあ、ねえ。口が悪い人が言うところだと、村のあぶれ者集団、だからね。まあマシな人も偶には居るものよ。後は身分証を発行してもらえるから、町に入るときは便利になるわよ。私も登録だけはしてあるわよ。身分証のために。―――ほら。」
そう言って首にかかっている乳白色のプレートを見せてくれる。名前だけだけど綺麗に印字されているところを見ると錬金アイテムかそれに準ずるもので作られているのだろう。思っていたよりもしっかりした作りだった。
「あなたも身分証は作っておいた方がいろんな面で楽だから、星振りの儀が終わったら作っておきなさいな。特に乗合馬車なんかを使うときには、身分証がないと色々面倒な契約を結ばされるわね。その分身分証があればその面倒な手続きなんかを省略できるのよ。…その分冒険者としての義務を付けられるけれど、義務って言ったって乗合馬車の防衛を手伝うとか、町で悪事を働かないとか。当たり前のことだからあってないような義務だけどね。その義務を果たさない冒険者の身分証は少しずつプレートが黒くなっていくの、そういうアイテムだからね。」
「ということは、身分証が黒い冒険者は悪い冒険者なんですね。」
「そういうこと。ただ、身分証が綺麗な乳白色でも良い冒険者とは限らないのよねえ。依頼の失敗では黒くはならないから、失敗続きの冒険者でもプレートは綺麗なままっていうのも多くいるのよ。まあ、私は依頼しないから関係ないけどね。」
けらけらと笑いながら雑談を続ける。…なるほど、冒険者か。錬金術師になれなかった場合は多分冒険者にならざるを得ないだろう。それが分かっているから父さんにも母さんにも好きにさせて貰えてるんだろうな。どの道、農家の3男ではヨルクの林に入るような冒険者になるんだから。
「ああ、でもサーガになるような冒険者もいるんだよ。坊やはこの村に寄る乗合馬車なんかで吟遊詩人を見たことはないかい? ああいうのに謡われるのは大抵は大業を成した冒険者が多いんだよ。もちろん騎士なんかの詩もあるだろうが、大抵は冒険者の詩さね。…まあ、放り出される人たちの希望の星といったところかね。大抵は戦闘に才能を振られた奴らが謡われてるから。」
「冒険者に適した才能なんかがあるんですか?」
「そりゃあるさ。剣術槍術魔法使いに何でもござれだ。要は戦いに有利な才能を貰えば、ある程度は冒険者として戦っていけるんだよ。そりゃあ、サーガなんかになる奴らは星が5つも6つも才能に振られた奴らだがね。星1つでは努力しても限度ってもんがある。寿命という限度がね。星の多さは才能の伸びに直結しているのさ。だから、星の数が多い奴の方が詩になることが多いのさ。…ただし、星に胡坐をかいてはいけない。さぼった星5よりも、突き詰めた星1の方が強いこともある。錬金術だってそうだ。星を多く振られた方が早く上手くなるが、星1つでも限界はない。試行回数が全てだ。突き詰めたいなら学術院に残ることにすればいい。そういう場所だから、あそこは。」
何処か遠い目をしたジュディさんを尻目に僕はせこせこと保存瓶を『エクステンドスペース』に詰める。…早く手を使わずに収納できるようになりたいな。
「まあ、坊やの場合は、先に星振りの儀を無事に乗り越える事さ。」
若干しんみりとした空気になって来たかなと思ったら、その空気を笑い飛ばすかのように僕の星振りの儀の話をして、今までの空気を吹き飛ばした。けらけらと笑うジュディさんにさっきまでの重い空気は無かった。多分何か錬金学術院で思うことがあったのだろう。そのことに触れないでおく位には僕は大人びていますので。
保存瓶を1000個、回収し終えて今日も元気に採取に行きます。本当にこの林は魔力茸が多いよな。幾ら採っても無くなるどころか昨日生えてなかった場所にまで沢山生える事さえある。お金稼ぎをしたい僕には大変に有り難いことだけど、値崩れすらしないんだからすごいよね。なんのための素材なのかをジュディさんに聞いたことがあるが、主に中級ポーションと中級魔力ポーションの材料なんだって。錬金術師や薬師が作るのはそのあたりが一番多いと聞いた。その他魔力を沢山使う錬金術や調合にも使える汎用素材なんだって。ただ、属性を帯びていない魔力茸は、属性を扱うには適していない。だから属性を帯びた魔力茸は高く売れるんだそうだ。さらに汎用性が上がるから。
それに保存瓶に入れておけば、ある程度は劣化しないし、保存瓶も割れにくいしでいいことずくめなんだよね。しかし、保存瓶も元はといえば魔力で出来ているんだそうだ。…よくわからないけど、魔道具に保存瓶作成用の魔道具があるらしく、その魔道具に魔力を流せば保存瓶が出来上がるそうだ。なんかジュディさんの所には2つ魔道具があって、両方を使って1000個もの保存瓶を作ってくれているそうだ。有り難いよね。
で、出来る速さは魔道具の質に寄るらしく、ジュディさんのは高品質を2台持っているらしい。2,3秒で1個の保存瓶が出来上がるそうだ。早いけど、1000個も作るなら30分くらいかかるそうだ。暇なときに自分用も作っているからいいとのことだが、『エクステンドスペース』の中が保存瓶だらけになっているのではないかと心配してしまう。
『エクステンドスペース』で思い出したが、実は僕の『エクステンドスペース』も少しずつ容量が増えていっている。『エクステンドスペース』は魔力操作に因るところが大きいみたいで、子供のうちはどんどん大きくなっていくらしい。大人になってからでも容量は増えるみたいだけど、子供の時が一番魔力操作の伸びが良いらしい。まあ、魔力操作も1つの才能みたいなものらしいから、容量が多ければ多いほど便利ってだけ覚えておけば良いとの事だった。
で、採取の話に戻ると、魔力茸なんかでも保存瓶に保存するかどうかで品質が段違いになるらしい。『エクステンドスペース』の中でも時間は進むように、魔力茸なんかの素材も保存瓶に入れておかないと魔力がどんどんと抜けていくそうだ。保存瓶に入れておけば50年程大丈夫だというので保存瓶の開発はすさまじいものなのだろう。それで、保存瓶に入れておかなければ、1日ほどで魔力茸の魔力が半分以下に霧散するのだそうだ。だから保存瓶がない昔は、魔力茸なんかも質のいいものを手に入れようとするなら魔境や霊地のそばに住まないといけない、という時代もあったのだとか。
ところで、ジュディさんのところで冒険者の話を聞いてきたわけだけど、林をよく見まわしてみると、確かに人影がうろうろとしているのが分かる。…こんなに儲かる場所だもの。競合相手はいるわいな。魔力茸を売るだけでも、農家の年収を超える収穫物が手に入るんだから、そりゃあ皆魔境や霊地に入るよね。
あ、魔境と霊地の違いは、魔境が魔物の出る魔力スポットで、霊地が幻獣の住む魔力スポットらしい。基本的には霊地には魔物がスライムくらいしか出ないんだとか。…動物はいるよ。猟師なんかも霊地に入るしね。うちの食卓に上る肉も、この霊地に入って肉を採ってきてくれる猟師さんのおかげなんだから。因みに、猟師にも猟師の才能や弓術の才能が必要になってくるらしい。
この世界は何をするにも才能が、振られた星が物をいう世界なのだ。麦の脱穀なんてのも農業の才能があればあら不思議。麦を藁ごと地面に数回かるく叩き付けるだけで脱穀が終わるんだもの。千歯扱機なんていらんかったんやって去年思ったもの。僕の農業改革計画はそこで終わった。
逆に言えば才能さえあればなんとでもなってしまう世界なのかもしれない。だから娯楽もあまり発達していないし、道具なんかも最低限でどうにでもなってしまう。牧場を経営するゲームで畑を何枚も耕せる鍬なんてあるわけないだろと思った人もいるだろうが、こちとら才能一つで木の鍬で範囲開墾出来るのだから、もうどうにでもなあれって感じだ。
まあ、そのおかげでひもじい思いもせずに農家の倅をやって居られますので、どうかそのあたりはご愛敬というもので一つ。貧乏は敵だが、ひもじいのはもっと敵だ。結構な量の麦を作っている我が家も、どのくらい儲かっているのかは知らないが、現代日本の専業農家とそう変わらないくらいには儲かっている、…いやもっとあるかもしれないな。範囲開墾なんてトラクター要らずのすご業だぞ。機械経費なんてかかってないんだからもっと儲かっているだろう。畑の広さはというと、どれくらいだろうね。東京ドーム数個で利くのだろうか。東京ドームの広さが分かんないけど。
脱線ついでに1つ。実は両親も『エクステンドスペース』が使えることが発覚した。…というよりも子供以外は皆使えるのだとか。そりゃそうか。便利だし、子供の僕でも1か月真剣に練習して出来るようになったんだもの。皆練習して使うよね。じゃあなんで母さんはあったか布を押入れに仕舞ったのか。それは仕事との区別らしい。そのあたりは拘りなんだとさ。
僕が『エクステンドスペース』を使っているのを見て、もう使えるようになったのね。って言っていたから気になって聞いてみたんだよ。そうしたら星振りの儀を終えた後に家族で教えるらしい。僕の場合はジュディさんに使えるようになれって言われてこの歳で使えるようになっただけで、本来はもう少し理性が利くような年頃に教えるんだってさ。今は一番上の姉さんが頑張って覚えている最中だそうだ。
で、話を戻して採取の話。というか冒険者の話かな。皆揃って林の切れ目が見えるところ位で採取をしていた。…どうりで僕とは会わないはずだ。僕が採取を始めるよりも遅く採取を始め、僕が帰る前には撤収しているから林で見ない。多分そう言うことだったようだ。それに一か所にいる時間が非常に長い。これはおそらくジュディさんが小銭と揶揄していた素材すらも根こそぎ採っていっているのだろう。非常に効率が悪い。
もしかしたらその小銭にしかならないような材料を欲している人がいるなら別だが、霊地に依頼を出すのだからそんな小物よりも魔力茸なんかを欲しているような気がするんだけどな。まあ、何でも屋って言っていたし、知らない可能性もあるんだよなあ。でも、魔力茸なんて見分けは本当に簡単なのにな。黄鐘茸も網目蔓茸も見分けるだけならば簡単だし、雲母茸も簡単、他に似たのが無いからね。
まあ、他の誰の儲けが薄かろうが関係ないっちゃ関係ないが。まずは手前の儲けのことが重要なわけで。でもこんなんで冒険者ギルドの方も何とかせんといかんのじゃなかろうかと思う僕もいるんですよ。変に余裕が出てきてしまったせいですな。今のところ星振りの儀までに大金貨1枚という目標は余裕で突破できそうだからね。
かといって、冒険者にアドバイスをなんてそんなことをする気はない。結局は気に掛けるだけ。対処はギルドの仕事。僕の仕事はヨルクの林でお金を稼ぐこと、後は実家の糞尿処理。それでいいじゃありませんの。星振りの儀まではなりふり構わず金儲けをすればいいのだ。
という訳で、夕方までみっちりと採取しましたよっと。僕の場合は指方魔石晶の首飾りを持っているから奥まで入ったって帰ってこられるからな。わざわざ競争の激しい浅いところで採取する義理もなし、採取物がたくさん残っている場所で悠々と採取している。他の冒険者も指方魔石晶の首飾り位作ってもらえばいいのに。この林の浅いところでも採れる素材で出来るのだから、安いものだと思うのだが。そんな事すらも知らないのか、専門的にやってる人たちは知っていて言わないのかもしれないな。
教会に寄って今日も無事採取が終わりました。錬金術師に才能を振ってください。とお祈りをし、教会の外に出る。テント群の何か所かで煮炊きをやっているのを見かけた。…『エクステンドスペース』くらいはちゃんと使えるんだよな。でないと荷物がとんでもないことになるし。そんなとこまでは、農民以下って事は無いらしい。なんならこの林で採れたキノコでも食っているのかもしれないな。この林には毒のあるキノコの類は生えないとのことだし。…闇属性が濃いのに毒がないってのにはなんか納得がいかないが。
冒険者たちのテント群を後に家に帰る。そしていつも通りの仕事をこなすのだが、そう言えば冒険者の糞尿処理ってどうしてんのかな。その辺でやってるわけじゃないよな。流石にそんなこと村長が許さないだろうし。…教会か村長の家のを借りてるってのが妥当か。多少の金を払ってしているってのが普通の考えか。普通の考えだよな? 蛮族チックな考えでは無いことを祈ろう。
その後は普通に家に帰り、いつも通りの夕飯を食べて、寝床で『エクステンドスペース』を空中に出せるように練習をし、そのまま夢の中へ…。
面白かった面白くなかったどちらでも構いません。
評価の方を入れていただけると幸いです。
出来れば感想なんかで指摘もいただけると、
素人読み専の私も文章に反映できると思います。
…多分。