35話 12歳 特急馬車出発、錬金学術院の話、聖女マリー姉
春はまだまだ遠いようで、酷寒の日々ですが、いかがお過ごしでしょうか。どうも、ヘルマンです。時節としては今が一番寒い季節だ。こんな寒い季節にいったい何の用なんだっていうのも、今日が王都への出発の時なのです。…早くね? って思った方。とっても正常です。僕だって開墾種まきの時期に出発って聞いていたからね。随分早い出発になったものだと思ったよ。何でも向こうさんは開墾種まきの時期には向こうに着いていると言ったつもりだったんだとか。そして御者にはちゃんとそのことは伝えられていたんだって。連絡の間に少し内容が変わってしまったみたいだと謝られた。まあ、王都に行く馬車を逃さなかったんだから別にいいんだけどね。
そして到着が早くね? って思った方、大変正常でございます。ここから王都まで50日位。今から行ったって開墾種まきの時期には間に合わないよ? そう思った。なんと特急馬車が出されるんだと、だから小金貨1枚の利用料だったんだって。特急馬車っていうのは錬金術ギルドが指名依頼で出している馬車で、ケンタウロス型のゴーレム2頭立てで行く馬車なんだが、1日に村3~4つ分進むらしい。町には強制ストップなので大体王都まで15日程度で到着らしい。なんだよ早い馬車あるんじゃん、そう思った。
ただ基本的にはこの馬車使えないんだって。今回みたいに教会や他のギルド、領主代行なんかに優先権があるらしく、平民には使わないらしい。…一応金さえ積めば出してくれるらしいが、時期にも因るが、小魔銀貨からが相場らしい。教会って寄付で成り立ってたよね? 意外と金持ってんなって思ったよ。多分領主から幾らか出ているんだろうね。でないと自分の領内だけ才能が振られないなんて事態になっちゃうんだから。この世界の教会の力は強い。
そんな特急馬車に冒険者が相乗りしてもいいのか。これは真剣にそう思った。一応教会側にも確認を取ったらしいが、聖者様も聖女様も了承してくださいました、と言われた。…この時点でマリー姉が王都に向かうのが濃厚だなーと思ったよ。丁度13歳の春からと考えれば前世の僕から言わせれば入学シーズン、今世では新年祭から開墾種まきの時期までが入学シーズン、十中八九聖女様はマリー姉だと思われる。もう一人の聖者は誰かは知らないけれど、多分マリー姉と同い年だと思われる。村にいたときも領都に強制移動だったから恐らく13歳で王都に強制移動なんだろう。そのための今回の特急馬車移動なんじゃないかなと思っている。それにしても聖者と聖女が都合よく同じ年に生まれたもんだよ。多分神の差配なんだろうな。
そんな訳で朝早くに宿で朝食を貰い、随分早い時期に宿を引き払った。まあ一番寒い時期なんかに宿を引き払うなんて普通だと狂気の沙汰だからな。まあ今回は間が悪かった、そう思うことにした。朝、現在日の出前、厳密には今は夜という分類だが、農民にとってはもう朝だ。一応早めに出発する可能性も考えて早めに馬車の所にいた方がいいだろう。今回の馬車は錬金術師が御者のゴーレム馬車だ。昨日の夕方辺りから置いてあるのは確認済みだ。2頭立ての馬車なんて特急馬車以外にないからね。どうせ村で泊まるんなら1頭馬力で十分だからね。今回は3つ程村を飛ばすみたいだから2頭立て。…速車便を見た僕からすればそれでもまだ遅い方と認識しているが。速車便は1日に村を10個程飛ばして進むからな。あれは異常な早さだった。…特急馬車も真ん中を通るんだろうか? 真ん中は速車便だけだろうな。2頭立ての馬車が1頭立ての馬車を抜くときだけ通る感じかな。でないと前から来た速車便が怖すぎる。…速車便同士がかち合った場合はどうなるんだろう? …運転手が両方ともぶっ飛ぶんだろうな。まあ、大怪我でも死ななきゃ至高のポーションで回復するんだろうけど…速車便がかち合うことなんてまずないだろうからな。それか曲芸の様に避けるのかもしれない。ゴーレムだしその辺融通が利くのかもしれない。…Gが凄そうだけど、戦車がドリフトするのかな。その辺の決まりもあるのかもしれない。
そんな妄想をしながら馬車の所に行った。…すでに御者さんはスタンバイしてた。早い、もう少し早く来た方が良かったか? しかし、教会勢よりも早くてよかった。教会の人達用の馬車だからな。遅ければ置いて行かれる可能性もあったんだから、これで正解だったはずだ。
「おはようございます。」
「おお、おはよう。早いな、朝になったばかりだぞ。」
「遅ければ置いて行かれる可能性があるのにゆっくりなんてしてられませんよ。」
「それで正解だよ。教会の人たちが出せと言ったら馬車を出してただろうからな。まあ聖者様に聖女様だ、そんな無体なことはしないと思うがな。」
「その聖女様に心当たりがあるんですよねえ。性格が変わってなければ置いていくことは無いとは思っていたんですが。」
「お? 聖女様と面識があるのか?」
「あるというか、姉が聖女の才能を貰ったんですよ。なので今回乗るのは姉なんじゃないかと思っているわけです。」
「なるほどな、姉弟だったわけか。…確か聖者様も聖女様も13歳って話だったが、どうだ?」
「あー、ほぼ確実に姉ですね。僕が12歳なので13歳ならば姉で確定だと思います。…聖女様が他に何人もいらっしゃるなら知りませんが。」
「聖者様も聖女様も何人も出るもんじゃないから、少年の考えで合っていると思っていいな。…乗合の冒険者が教会組と揉めなさそうで良かったよ。揉めたら降ろさなきゃいけなかったかもしれないからな。」
「揉めない様にしないといけない訳ですね。分かりました。…御者さんは元貴族と聞いています。戦えるそうですが、鉄迎派ですか?」
「いや、造命派だな。なんだ少年、錬金術師に明るいのか?」
「というより、錬金術師志望ですね。そのために王都に行くところです。」
「なんだ、後輩候補か。少年は鉄迎派に入る予定なのか?」
「いえ、何派にってのはまだ考えていないですね。とりあえずやりたいことを全部やってから考えようと思っていますので。」
「まあ、入る前からどの派閥に入るか決めてる奴なんて稀だからな。…だが基礎だけは、始めの3か月でやれるだけやっておくことだ。特にどの派閥と決めていてもいなくても全ての基礎の講義に出た方がいい。」
「それは何でですか?」
「それぞれ思い思いの授業内容だから今年がどうなるかわからんが、基礎だけは大体決まっているんだ。永明派は錬金釜作り、鉄迎派は戦闘訓練、造命派は魔杖の作成、黎明派は魔力操作、幻玄派は魔境や霊地の素材の扱い方、幽明派は魔布に錬金陣の刺繍、これは多分今でも変わってないはずだ。3か月はどの基礎授業も繰り返しだから複数回行って得するのは鉄迎派と黎明派と幻玄派だな。永明派と造命派と幽明派は1回授業に出れば後は自分でどうにかするしかないからな。永明派は授業で終わるだろうが、造命派は5日間魔杖になる木を育てさせられるし、幽明派に至っては2m×2mの魔布に自分の錬金陣の刺繍だからな。1回行けば同じものを作らされるだけだ。特に幽明派の錬金陣は面倒だが便利だから作って置いて損はない。…アンデッドを作るなら絶対に必要だけどな。」
「錬金釜と魔杖と錬金陣は作っておけって事ですね。分かりました。」
「まあ、魔杖は3年目にもう1回作った方がいいけどな。1年目はとりあえずの魔石で作るから、魔石の合成を覚えてからもう一度性能のいい魔杖を作った方がいいからな。…本当は錬金陣も簡易刺繍のものとしっかりとした刺繍のものの2つ作った方がいいんだけどな。3か月で本格的な刺繍は無理だから、初めは簡易刺繍の物になると思うけど、後の魔力操作のし易さはちゃんとした刺繍の物の方がやりやすいんだ。幽明派でいい所に行くか、暇だったらやった方が良いな。…俺は簡易刺繍の物しか持っていないけど。」
「魔杖の魔石って良いものの方がいいんですか?」
「そうだな。本当は全属性の魔石を使うのが一番いいんだよ。卒業してからでも魔杖は作れるからな。錬金術大辞典は見たか? あれの精霊樹の苗木が魔杖の材料だ。まあ作り方は載っているし、魔杖の作り方は授業で習うからな。余裕があれば全属性を作ればいい。俺のは風属性と水属性を混ぜた魔杖だ。―――こんな感じの物だ。これを王都の魔境と霊地に行って3年の時に作り直した。」
「あ、あの何に使うか解らなかった精霊樹の苗木ってそう使うんですね。勉強になります。」
「ってことは、一度は錬金術大辞典に目を通してるってことだな、優秀優秀。何に使うか解らんものも、多くは錬金学術院で使い方を教わるだろう。…本当に使わないものも沢山載っているがな。」
「分かりました。でも、授業の内容を先に知れたのは有り難いですね。…まあ結局全部受ける予定ではいましたが、刺繍ですか…。なるべくちゃんとした刺繍の物も作っておきたいですね。刺繍やったことないですけど。」
「ははは、刺繍なんて錬金学術院に行く前に練習する奴なんて、余程幽明派に行きたい奴だけだから。俺も刺繍なんてその時初めてしたからな。早い奴は早いんだろうが、俺は飽きっぽかったからな。3か月みっちり刺繍だけなんて嫌だったから、鉄迎派の戦闘訓練に行きながら放課後寮で刺繍を夜までやったものだよ。」
「錬金学術院は1人部屋でしたか?」
「1人部屋だよ。余りにも数が多かった場合、3万人を超えた場合だね。その場合は入学の遅かった平民から2人部屋にされていく。毎年何人か2人部屋になるそうだから入学は早めの方がいいみたいだよ。新年祭の次の日から入学を受け付けているし、そこから3か月が基礎準備期間だから早めに基礎を習っておいた方がいい。…一番最初は黎明派の魔力操作の基礎を習うと錬金釜の作成や魔布に錬金陣を映し出すのが楽になるよ。」
「なるほど、入学が早い方が有利になるんですね。分かりました。…平民って平民落ち予定の貴族にも当てはまりますか?」
「いや、まだ貴族として扱われるから本当の平民しか2人部屋にならない。…なる年もならない年もあるみたいだからその辺は運かなあ。」
「運ですか。まあ、初日に入学してしまえば多分1人部屋になりますよね?」
「まあねえ。初日なら余程の人数がいない限り1人部屋だろうね。」
「まだ時間があるようですし、基礎の内容だけでも、もう少し詳しく教えてください。」
「はは、いいよ。そうだな――――――」
先輩錬金術師から時間の限り情報収集だ。とりあえず、入学が早ければ早いほど有利になるのは判ったし、後はどんな授業内容か聞いていくだけだ。…一番最初に黎明派の魔力操作の基礎をやるのが一番効率がいいってのは判ったが、何でだ? …なるほど、錬金釜に自分の錬金陣を刻印するのに魔力操作が必要なのか。それに魔布に錬金陣を映し出すのにも魔力操作を使うのね。…じゃあ皆先に黎明派の魔力操作を受けた方がいいんじゃないか? …その辺は派閥で色々あるのね。めんどくせえ。
そんなこんなで1時間くらいおしゃべりしていると、教会組が見えました。…思ったよりも早い時間だな。冒険者がギルドを睨みつける時間位だ。中に入って依頼票を奪い合う時間にはまだ早い。そして、やっぱりマリー姉だったか。向こうも僕だって判ったみたいだな。…そりゃそうか。僕の髪の毛は目立つもんな。…前世の僕からの情報だが、髪の毛の付け根と先っちょの色が違うのは珍しいらしい。僕も毎日顔を洗うから髪の色は把握している。付け根が茶色で先に行くほど金色になっていくんだ。…父さんが茶髪で母さんが金髪だったからまあ解らんでもない。けど、マリー姉みたいに金髪って分かりやすい髪の方が良かったなあ。…ある意味僕の髪の色は分かりやすいんだろうけど、相手からしたら特定余裕よな。
「冒険者が1人同行すると聞いて居りましたが、まさかヘルマンとは…。人生判らないものですね。ね、ヘルマン。」
「元気そうでよかったよ、マリー姉。こっちも聖者様と聖女様が一緒って時点でこうなるだろうなって思ってたから。そちらが聖者様なのは判ったけど、後の人たちは?」
「彼と彼女は聖者と聖女に付けられた侍従です。今回の旅にもちゃんと同行してもらい、身の回りの世話を任せる予定です。」
「なるほどね。偉くなったね、マリー姉。」
「まあ、立場だけですが。王都でも舐められない様にと言われておりますし、その様に振舞う予定でもあります。聖女と聖者だけでもそれなりの立場という訳ですが、田舎者との誹りを受ける可能性はありますからね。」
「でも、前にあった時よりも言葉遣いが洗練されてるよ。大丈夫じゃないかな。」
「ヘルマンこそ、錬金術師になる為に王都に行くんでしょう? 小さい頃から頑張っていたのは知っていますが、途中で投げ出さない様に気を付けなさいね。…ヘルマンであれば大丈夫でしょうけど。」
「判ったよ。…後は確認、馬車の戦闘になった場合は僕が一番初めに出て討伐するよ。数が多かったり、強敵だった場合は応援をお願いするかもしれないけど、どの程度戦えるのか把握しておきたい。御者さんは平民落ちした貴族様だから戦えるのは把握している。聖者と聖女の才能もメイスで戦えることも知っているけど、後の侍従さんたちは戦える人?」
「あら、流石ヘルマンね。よく勉強してるわね。お察しの通り、そちらの聖者、ミカエルと私はメイスで戦います。一応魔境でゴブリン退治はやりましたのでその程度であれば戦えます。後は侍従たちですが、どちらも戦闘用の才能をいただいていますから、ゴブリン程度ならば大丈夫なはずです。」
「判った。ゴブリンが同時に5匹以上出た場合は手伝って貰うかもしれない。距離があれば1人で問題ないとは思うけど、念のために。コボルトも同じでいいかな、戦ったことは無いけど、ギルドで大体同じくらいの強さだって聞いているから。後はオークだけど、距離があっても3匹までが限界だと思う。…こっちも戦ったことは無いけど、強さ的にはゴブリン3匹分位って目安を聞いているからそれで大丈夫だと思う。」
「分かりました。ロマン、パトリシア聞きましたね? 適宜援軍に入ります。2方面から来られた場合はヘルマンが向かわなかった方を対処しましょう。よろしいですね。」
「「はっ。」」
マリー姉、結構立派に聖女様やってるじゃん。…そっちの聖者様は一言もしゃべらなかったから判らないけど、話の途中に入ってこなかったことも考えて、これで納得してくれたんだろう。…後で知らんかったは許されざるよ? そんな訳で、御者1人、聖職者4人、冒険者1人の特急馬車が走り出した。大体15日程の旅路、襲撃回数は少なければ少ない方がいいよなあ。冒険者ギルドへの報告も面倒だし、何より教会勢を戦闘に参加させて良いものなのか。一応確認はしたけど、本来はこっちで全処理が安牌だよな。はてさて、どうなることやら。
面白かった面白くなかったどちらでも構いません。
評価の方を入れていただけると幸いです。
出来れば感想なんかで指摘もいただけると、
素人読み専の私も文章に反映できると思います。
…多分。