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3話 2歳 本を読んで初めての素材採取をしました

誤字報告ありがとうございます。

 あれから1か月が経った。昨日シスターさんから読み書きについては合格を言い渡された。ついでに計算の方もしっかりと教わった。前世と同じ10進数だったから、数字さえ覚えてしまえば簡単だったけどね。そんな訳で、今日は錬金術師さんの所に行く。読み書きができれば来いって話だったからね。『エクステンドスペース』については、なんとなくだけど掴みかけているといった感覚だ。…感覚だから何時くらいに使えそうとかわかんないんだけど、そう遠くない気がする。そんな訳で、錬金術師さんの店にやってきた。


「ごめんください。」


「ちょっと待っとくれ!」


 前回も店の奥にいたような気がするが、何か錬金術でもしているのだろうか。しばらく待つと1月前と変わりない女性がカウンターまで来た。


「あら、ついこないだの坊やじゃない。どうかしたの?」


「文字を覚えましたので、約束通りにやってきました。」


「…意外と早かったわね。わかったわ、ちょっとそこの椅子に座ってて頂戴。」


 そういって、また店の奥に戻っていった。多分何かを、恐らく本を取りに行ってくれたのだろう。文字の読み書きをってことは本を読ませる位しか思い浮かばない。…しばらく待っていると、本を持った錬金術師さんがカウンターの方に来て、本を置いた。


「これは植物図鑑よ。錬金術師として勉強をするなら何冊も買うことになると思うから、今から金を貯めておきなさい。本は比較的安くなったもののまだまだ高級品よ。しばらくは此処に通いながら何冊か読み込んでもらうわ。…読み込んだ後にまた課題を出すからしっかりと頭に入れておきなさい。また読むことはできるけど、なるべく1回で済ませるように。」


 そういって1冊の本を手渡される。…植物図鑑の様だ。まずは適当にぺらぺらと捲っていく。どうやら錬金術の素材になる植物の図鑑の様だ。収穫の仕方から保存処理の方法まで詳しく書いてある。…干したりするものもあるみたいだ。場所を適当に見繕って置かないと、ゴミと間違えられて捨てられてしまう。これは母さんに相談だな。


「それを覚えたら採取をしてもらうわ。偶に行商として錬金術師が来るでしょう? 彼に売りなさいな。他の連中だと安値で買い叩かれるわよ。錬金術師の素材のことなんて知らないはずだから。」


 なるほど、これを読み込んだ後はこの林で採取ですか。図鑑には処理方法と、おおよその素材価格も書いてある。…保存瓶1つで大銀貨なんて素材もあるのか。そんな素材がこの林にあればいいのだが。…無いなら読ませないだろうな。多分あるのだろう。珍しいから見つからないなんてことになりそうだが。


「この林ね、ヨルクの林って名前なんだけど、結構いい素材がとれるのよ。特に苔ね。珍しい苔や便利な苔がたくさんあるわ。それを採取して行商人に売るのがあなたの仕事。保存瓶は私が売ってあげるから、何時でも言いなさい。…最初のうちは行商人に売った後に払ってもらえればいいわ。幾つか保存瓶を融通してあげる。…ただし、採取は『エクステンドスペース』を使えるようになってからね。でないと採取物を仕分けできないでしょ?」


 『エクステンドスペース』は荷物持ちのためか。それ用の魔法なんだろう。…それに保存瓶なんかもこの体だと1つしか持てなさそうだ。『エクステンドスペース』の習得は急務だろう。それと同時に、この本の内容も覚えないといけない。図鑑を持ちながら採取というのは無理がある。しっかりと読み込んで覚えておかなければ。


 本の内容はものすごく難しいということはない。絵図もあり、細かな注釈もありで正しく図鑑となっている。季節ごとの特徴や、花の色、採取方法、保存方法、栽培方法なんかも載っている。絵図があるのは有り難いな。色は無いが、それは仕方ないだろう。細かな注釈なんかもしっかりと記憶していく。


「ちょっと林に出てくるわ。ここで読んでいていいから、お客さんが来たら出て行ったということを伝えて頂戴。…喉が渇いたら裏に井戸があるからその水を呑みなさいな。じゃあ、行ってくるわね。」


「わかりました。」


 …わかったと返事をしたのはいいが、本当にここに1人置いておいてもいいのかって思うが、まあいいならいいんだが。しかし、錬金術師さんも採取に行ったのだろうか。貴重なものもあるらしいし、採取で生活しているのなら、生活費を稼ぐために採取に行っていても不思議じゃないし。それにここの錬金術師さんはいないことも多いと聞いているから、今日の様によく出かけているのだろう。


 しかし、図鑑の1ページ目に載っている快命草っていう植物。親父が麦の生育に悪いということでよく抜いている草が回復ポーションの材料だったなんて…。すさまじい生命力で何処にでも生えるとあるが、本当に何処でも生えるんだなと思う。…これは金になりそうも無いけど、しっかりと覚えておこう。保存方法も簡単だし、本当に売れなさそうだけど。


 一日中、図鑑を見ていたと思う。そんなに分厚いものでもなかったため、今日だけで2周してしまった。完璧かどうかと言われたら、うろ覚えの部分もあるが、おおよそ覚えてしまった。…しかし、錬金術師さんは帰ってこない。もう夕方になりかけているが、まだ帰ってきていなかった。僕ももうそろそろ帰らないといけない時間が来る。…流石に夜となる時間に出歩くのは許可が下りていない。太陽が出ているうちに帰らないといけない。若干焦っていると、漸く錬金術師さんが帰って来た。


「…ただいま。もう遅いからそろそろ帰りなさい。今後は時間になったら本をおいて帰っていいからね。言うのを忘れていたわ。」


「わかりました。ありがとうございます。今日はもう帰ります。」


「ええ、また明日ね。…ああ、そうそう。ここから家までは休まず走り続けなさい。体力がないと錬金術師には向かないわ。それじゃあね。」


 そういう訳で、子供の足で走って片道15分の道を走って帰ることにした。…別に言われずとも走ってはいたのだが、体力がいるということで、今後はそれも考慮に入れて走ることにしよう。何事も今は準備だ。今は全てが全て準備の時間だ。…母さんから少しお説教も貰えたが、後悔はしていない。


 次の日もご飯を食べて、糞尿の処理をしてから錬金術師さんの店に向かう。林の前の店に続く土の道をしっかりと走って向かう。昨日の今日で課題を忘れたりはしない。しっかりと走って向かう。


「ごめんください。」


「ちょっと待っとくれ!」


 昨日と同じように待つ。ただ今日は昨日使っていた椅子の上に座って待つことにした。どちらにしても、ここで本を読むのは変わらない。偶に『エクステンドスペース』の練習もしているが、基本的には本を、図鑑を読み込む時間なのだ。ただ、昨日とは違う図鑑がいいな。昨日の本の内容は粗方覚えたので違う方がいい。それに忘れない様にするならば、違う本を読んでからまた読みなおしをした方が覚えられるような気がする。だから違う本がいいなーと思っていると錬金術師さんが机の上に本を置いた。


「今日はこの本を読んでもらうよ。昨日の本は全部読んでたみたいだし、今日はこっち。頑張って覚えな。」


「はい! ありがとうございます。」


 新しい本を貰って早速開く。今回の本も絵図が入った図鑑調の本だ。昨日の本は『薬草学大全』という題名だったが、今回のは『ヨルクの林網羅集』となっている。ヨルクの林とはこの林のことだと昨日聞いた。過去にこの林で図鑑を描いた人がいたということだ。恐らく他の錬金術師の方が書いたと思われる。


 …これは、本格的に金になる本だ。この林にしかないものというのは無いかもしれないが、この林にある貴重なものならたくさん載っていることだろう。目を皿のようにして、全てを受け入れ、植物が水を吸収するかの如く読み込む。これさえ覚えてしまえば、ここでの採取に非常に有利になる。村の人たちが知らない知識。この錬金術師さんくらいしか知らない知識を頭の中に叩き込む。


 知識は力だ。知識は金だ。錬金術師を目指すのならば、こんなところでなんか躓いていられない。こんな優しい錬金術師さんに会えたのは幸運だった。普通ならば追い返されても仕方なかっただろう。ただ、ここの錬金術師さんは受け入れてくれた。星振りの儀も終わっていない子供を。ならばこそ努力は惜しまない。自分の才能を、星振りの儀を信じてやり抜くしかないのだ。


 夕方、集中して読んでいた所為で背中が痛い。だがその成果は大きいものだった。このヨルクの森には貴重な採取物がたくさんあることがわかった。なんでも闇属性が一番強く表れていて、次いで土属性と風属性の3種類の採取物があるということがわかった。中でもやはり闇属性素材が沢山採れるそうなので、今から『エクステンドスペース』が使えるようになるのが待ち遠しい。あともう少しだと思うんだけどな。こう、なんといいますか、手までは来てるような気はするんだよ。そこから奥に空間が出来ないんだよなあ。イメージが悪いのか何なのか。…もう一度やってもらおう。


「すみません。その、もう一度『エクステンドスペース』を使って欲しいんですけど。」


「ん? ああ、いいよ。何か掴めてきた感じかな。ほら、両手を出してごらん。」


 そういわれたので、両手を出す。…っ、この感覚なんだよな。目の前に『エクステンドスペース』が発動している。…閉じた。…なんというか、ファスナーを上げたり下ろしたりする感覚に近いと思うんだけどな。感覚を忘れないうちに何度か試してみる。…だめだ、まだできない。


「焦ると上手くいかないよ。1日ずつ丁寧にやってごらんなさいな。」


「はい…。わかりました。」


 掴みかけている感覚に、がっくしと肩をおとして今日は帰るとする。ちゃんと走って帰りますよ。体力づくりも課題のうちだから。15分間しっかりと走って帰宅。そしてそのまま、晩の糞尿処理に出かける。4輪の台車をトイレの下から引き抜き、代わりの台車を引き入れる。そして台車を錬金術師が用意したといわれている、ねばねばの所に捨てに行く。ねばねばは畑に近いところに用意されていて、台車をねばねばの近くまで持っていく。するとねばねばから触手のようなものが伸びてきて糞尿を喰らう。ねばねばが離れたら綺麗になった台車だけが残り、その台車をまた家まで持っていく。朝と晩の2回、これが僕の仕事だ。


 このねばねばもいったい何なのかよくわかっていない。ただ、糞尿を喰らい、肥料を吐き出す錬金生物だということは分かっている。昔、この村を作るときに、錬金術師が作ったとされるものだ。あれも、糞尿を一定期間与えないと死ぬのだそうだ。だから一応生物なんだろう。不思議ではあるが。


 そして、仕事のついでに、村のゴミ捨て場に行く。村のゴミ捨て場には沢山のスライムがいる。…ねばねばとは違うんだよ。あれは糞尿以外のものを食べないから。そして魔物としてのスライムがいるんだ。これは、テイマーの才能に星を振られた者の義務としてスライムを飼う必要がある。そしてゴミ捨て場にあるゴミをスライムに食べさせるのだ。そしてゴミを食べたスライムからはスライム状の燃料が産まれる。これもよく解らないんだけど、とりあえず、スライムはゴミを食べて燃料になる物を出す生き物なのだ。で、ゴミは多種多様色々あるが、中でもスライムが好むのは生ゴミだ。


 …それ以外もゴミは出るからゴミ捨て場に捨てる。村ではよくあることだが、テイマーの操るスライムの消化能力を超えるゴミの量が出るのだ。テイマーが多いとゴミが無くなっていくんだけど、この村では今の処理能力とゴミの出る速度は、若干ゴミの出る量の方が多いらしく、ゴミ捨て場にいっぱいのゴミがある。そのうち、ゴミが溢れ出したら村長がテイマーギルドに依頼を出しに行くだろう。なんでもギルドにはビッグスライムをテイムした人がいるらしく、お金を払ってゴミを一掃してくれるのだという。…でもそんなのはまだまだ先の話。今はゴミ捨て場から有用なものを掘り出しに行かないと。


 僕は麦藁編みの笊が幾つか欲しい。素材の採取に行くことになったら、必要になると思っていたのだ。素材の中には、天日干ししてから保存瓶に入れることとなっている素材が幾つかある。だから天日干し用に麦藁編みの笊が欲しいのだ。ゴミに群がっているスライムの間から、まだ使えそうな笊を5つほど取り出した。少し欠けているが、まだまだ使える。『エクステンドスペース』がまだ使えないから家の外に置かせてもらうが、捨てない様に両親に言っておかないと。


 仕事を終えて、家に帰ると今日の晩御飯だ。まあ、メニューは何時も殆ど変わらない。麦粥と焼き野菜だ。うちは両親ともに農業スキル持ちだから、麦畑の世話と野菜畑の世話が主な仕事だ。まあ、麦畑も結構な広さがあり、日々の快命草の引き抜きだけでも結構な手間なのだ。冬の農閑期は麦わらで帽子やら靴やらを編んで小銭を稼いでいる。


 1つ当たり鉄貨2枚程度のほんの小さな金だが、現金なんて殆ど村では使わんからな。大体が物々交換だし。うちが出せるのは冬の間に編んだ帽子と靴、それから野菜くらいか。それを猟師の所の肉や皮に換えると言った感じだ。基本的に村は村で完結している。だから偶に来る行商人もこの村の物を買い取って、塩を売るのが仕事みたいなもんだ。塩が無いと生活できないからな。


 そして、この行商人には錬金術師が混じっている。前に見たケンタウロスのようなゴーレムを使う行商人だ。錬金術師さんに聞いたところによると、錬金術師さんはその錬金術師の行商人に素材を売って生活しているということが分かった。ついでに言うと、錬金術師さんの名前はジュディさんというらしい。


 そして、素材は中抜きありだが、まあまあの値段で買ってくれるらしい。…僕のこれからの仕事の1つがこの素材採取だ。両親の農業での稼ぎは錬金術師になろうと思ったら雀の涙ほどの金しか無いらしい。…両親の収入はよくわからないが、いって年に大銀貨数枚程度だろうと言われた。錬金術師になりたいならその100倍、中金貨数枚は入学金で飛んでいくだろうとのことだ。詳しくは王都に行って確かめろと言われてしまった。


 まずは、星振りの儀までに欲を言えば中金貨数枚は貯めたい。毎日林に入って何かしらの物を、中銀貨数枚レベルで貯めていけば何とかなるはず。…因みにジュディさんからは保存瓶は小銅貨2枚で売ってくれるとのこと。魔力で作り出すだけだから安くていいとのことだった。まず最初に探すのは雲母茸。なんでも飼っている幻獣マルマテルノロフの好物らしい。保存方法は水いっぱいの保存瓶の中に入れることと書いてあったが、半日なら笊の上でもいいらしい。


 だから明日からは半日勉強、半日ヨルクの林の中に入ろうと思う。そして、雲母茸を探して保存瓶の代金を稼ぐのだ。何処までこの企みが成功するかは解らない。だが、成功さえすればお金が稼げる。何とかして錬金術学校に入って錬金術師になるのだ。因みに寝るまでに『エクステンドスペース』は成功しなかった。


 次の日の朝、いつも通りの朝飯を食べて糞尿処理のお仕事。そしてそのままの勢いでジュディノア(ジュディさんのお店の名前)に突撃する。


「おはようございます。」


「ちょっと待っとくれ!」


 何時もの返事を聞き、定位置に行く。まだ数えるほどしか来ていないが、この椅子は僕の定位置だ。だって普段は錬金術師のお店になんて用はないから、誰も来ない。このジュディノアに用があるのは僕位なものだ。…錬金術師のお店として成り立っているのかどうか怪しいところだが、どうなんだろうか。


「はい、昨日と同じ本だ。ここの林で稼ぐんならこの本が一番だからね。」


「あの、今日は昼から採取に行ってもいいですか? 保存瓶のお金が少しでも欲しいので。雲母茸でしたよね。それ探してきます。」


「ん? 『エクステンドスペース』はまだだろう? もう少し後でもいいんじゃないかい?」


「いえ、先に少しでもお金になる物が欲しいんです。瓶の代金が払えないのは嫌なので。『エクステンドスペース』ももう少しのような気がするので、だから大丈夫だと思います。…それに、先に林の中も見ておきたくって。」


「ん? ん~、まあいいだろうさ。一回林の中を見るのも悪くないと思うからね。あそこはマルマテルノロフ以外は魔物はスライムくらいしか出ないから逃げるのも簡単だろうしね。」


 マルマテルノロフは昨日見せてもらった。この店で飼っているのだ。それでその餌を採りに何日かに1度林に入っているのだそうだ。マルマテルノロフはアルマジロみたいな幻獣で、大変温厚な性格をしているのだとか。この店はマルマテルノロフのために建てたようなものだと言っていたし。


「ありがとうございます。早速今日の午後に行ってきます。」


「少しでも危ないと思ったら直ぐに帰ってくるんだよ。…まあ、大丈夫だとは思うけどね。」


 そういって林行を許可してくれた。さて、そうと決まれば、『エクステンドスペース』の練習をしながら本を読み進める。昨日1日1周は見たが、忘れが無いか見直ししながら読んでいく。今日の狙いは雲母茸。傘が白い雲のようにふわふわなキノコだ。マルマテルノロフの餌になるキノコで、風属性を持っているようだ。そして属性が濃いキノコの傘は水色になるのだそうだ。これは図鑑から得た情報である。で、保存方法は昨日も言った通り、保存瓶に綺麗な水をいっぱいにしてその中で保存するのだ。が、半日くらいならそのままでもいいとのことなので今回の様に、瓶なしで採取に向かうという訳だ。


 本を舐めるように読んで午前が終わった。そして午後からは初めての採取だ。林の中で白いキノコを探すのだからそんなに難しくはない。高いキノコは黒色なので探しにくいそうなのだ。だが、高いキノコを狙わねば学校の入学金すら危ういのだ。白いキノコくらいは直ぐに見つけてやるさ。


 林の中を北に北に進んでいく。帰りは南に帰ればいい様に、迷わない様に進んでいく。林の中は時間が分かりにくいとは聞いていたが、確かに分かりにくい。太陽が見えないのがこんなに不安になるとは思わなかった。辺りを見まわしながら速足で林の中へ進んでいく。見えるのは木木木木木ばかりだ。地面を見ながら速足で歩いているが、白いキノコなんて全然見当たらない。


 まだまだ30分も経ってないが、若干不安になってきた。同じところをぐるぐると回っているような錯覚を覚える。後ろを見ると、もう林の切れ目も見えないところまで入ってきている。辛うじて見える太陽が、南をどっちか教えてくれる。まだ大丈夫。そう言い聞かせて林を進んでいく。


 もう林に入って1時間くらい歩いただろうか。なかなか目的のキノコが見つけられない。30分程前から歩速を落として下を重点的に見ながら進んでいるが、目的のキノコは見つからずだ。…少し東にずれてみよう。南東に向かってゆっくりと歩いていく。…10分ほど歩いただろうか。遂に目的のキノコを見つけた。


「よかった。あった。」


 直ぐに駆け寄り、キノコを収穫する。数は…7個もあった。真白だから属性はないけれど、7個もあれば今日の目標としては十分だ。朝、家から持ってきた麦藁編みの笊にキノコを入れて辺りを見渡した。


「あれ? どっちから来たっけ?」


 自分は北に向かった。そして1時間くらいしてから南東に向かった。キノコが見つかった。…どっちの方向に走った? 解らない。キノコに見とれていて覚えていない。


「っ!! そうだ、太陽!」


 太陽は必ず東から上って西に沈む。つまり太陽の方向に行けば大丈夫のはず。…太陽の方向がおおよそでしか解らない。…行くしかない。太陽を頼りに。


 見慣れたような、見慣れない道を半べそを掻きながら30分ほど歩いた。…本当に道はあっているのか? 自分は本当に間違っていないか? 解らない。回答がない。それでも歩いて行かねば結果は出ない。間違っていようとも合っていようとも、止まっている限りは進展しない。絶望してはいけない。諦めてはいけない。きっとあっている。そう信じて進むしかない。道なんてない。ずっとけもの道だ。太陽の方向を見る。…あっているはずだ。そう信じて信じて1時間後、やっと林の切れ目が見えてきた。あっていたんだ。よかった。遅かった歩みが急ぎ足になる。そして林を抜けた。


「どこだろうここ。」


 街道はあった。馬車が通った跡がある。村からジュディノアまでは西に歩いた。この道はどうだ?ヨルクの林沿いに街道が通っている。…西に来すぎたか? ならば東に向かおう、ここまで合っていたんだ。ここからもそう遠くないはずだ。30分ほど歩いて、漸くジュディノアまで戻ってきた。


「お帰り。…ああ、そうか。迷ったのね。そうね、人間だもの。よく帰って来たわね。…少し大人びてると思ってたけれど、その顔を見る限りまだまだ子供ね。」


 酷い顔をしているのだろう。半べそ掻きながら帰って来たんだもの。初めての林探索。怖いもの知らずといった感じで出発していって結果迷子。流れる涙を拭き取り、精一杯歩いた、子供1人の大冒険。無事帰って来たのは良いものの、下手をすれば1晩明かす覚悟で臨んだ金策。それよりも不穏な言葉が混じっていたような…。


「あの、いま人間って…。」


「ん? ああ、私はハーフエルフなのよ。エルフに連なる者はみな森人の加護を才能とは別に持っているからこの林の中でも迷わないわ。人間って不便よね。…まあ迷ったら太陽を目印に歩きなさいな。そうすれば必ず帰ってこられるから。」


 なんと、チート持ちでしたか。エルフは前世の記憶に少しだけある。寿命が人間よりも長く、森と共に生きているような種族だったはずだ。…前世の記憶がどこまで当てになるかわからないけれど、今のところ外れていない様に思う。森に迷わないコツなんかを聞きたかったのだが、当てが外れてしまった。


「まあ、森に迷わない方法は無くもないわね。…お金がかかるけれども、錬金術でアイテムを作ってあげられるわ。ただし、素材は持ち込みでないといけないわね。私もストックしていないし。そうねえ、小銀貨3枚で受けてあげるわ。…どうする?」


「あの、先にこれを精算してほしいです。…お金についてはそれから考えます。」


 そう言って、採取してきた雲母茸を出す。7本すべてだ。今の僕にはストックしている余裕なんてないし、ストックできる『エクステンドスペース』がまだできない。全てお金に換えるしか選択肢がないのだ。


「あら、沢山採れたじゃない。そうねえ、小銀貨3枚と大銅貨5枚で買い取るわ。ちょっと待ってなさい。…はい、これお金ね。マルマテルノロフの餌になるから数があればあるだけ欲しいのよ。まだまだ買い取るから、とってきたらまた買い取るわ。」


「ありがとうございます。…森で迷わないためのアイテムが欲しい時は、何の素材が必要ですか?」


「そうねえ、この林の材料で作るとなると、土竜の爪草が2本と網目蔓茸か黄鐘茸が合計で3本必要ね。キノコの種類はどの組み合わせでもいいわ。森で迷わないというより、帰る場所がわかるようになるアイテムね。」


 お金も欲しいけど、安全に帰ってくる手段は絶対に必要だ。何とかして素材を見つけなければ。…それ以前に『エクステンドスペース』も使えるようにならないといけない。もどかしいけど、今最低限必要なのは『エクステンドスペース』だ。これが使えない事には素材を見つけても保存すらできない。


「…もう一度『エクステンドスペース』の感覚を教えて欲しいです。」


「そうね、その選択がもっとも正しいわ。ほら、両手を出しなさい。」


 そうして、両手を握って『エクステンドスペース』を使ってくれる。何度か開閉してくれて、なんとなくだけどいける気がする。手の前にファスナーがあるそう思ってそれを下す。そうすると亜空間が目の前に現れるはず。…まだ、まだ駄目なのか。肩を落とし落胆しているとカラカラと笑いながらジュディさんが声をかけてくれる。


「その様子を見ると、今日中か明日には使えそうよ。…随分早いような気がするけれど、本当は1年かけてゆっくりと学ぶものなのよ。あなたは人間という以上に生き急いでいる気がするわ。もう少しゆっくりすることを覚えなさい、早死にするわよ。」


「ありがとうございます。でも、目標には向かっていきたい質なので。」


「そう。まあ、頑張りなさいな。」


 そう言われて、『エクステンドスペース』の練習に戻る。まだ夕方には少し早い。今日明日中という言葉を信じて、繰り返し練習する。何度も何度もイメージはファスナーを下ろすように空間を裂くイメージ。手に魔力を纏わせてファスナーの形に魔力を前に固定する。この魔力の固定がなかなかうまくいかない。自分の中の魔力の制御は自分なりには上手くいっていると思う。体の外の魔力の固定が難しいのだ。何もない空間に固定するのが難しい…ならば壁を媒体にしたら出来るのではないか。そう思い、机の上に手を置き、ファスナーを下ろすように空間を裂いていく。


「っ! やった、出来た!」


 机の上には30㎝程の空間の裂け目が、白く裂けている。漸く出来た。この1か月集中してやってきたことの集大成だ。これで保存瓶を持ち運んで採取に行ける。…空間にはまだできないが、林の木なんかを媒体にすれば林の中でも使える。


「おっ、やっと気付いたようだね。そうだよ、空間に『エクステンドスペース』を出すのは高等技術。本来は壁なんかを媒体にして事象を起こすのが普通さ。それに気づけたら後は何のことはないのさ。難しい方を練習してたんなら、簡単な方は直ぐに出来るようになるってもんだよ。」


 昔の自分もそうだったとでもいいそうな顔で、ジュディさんはこちらを見ていた。…少し恥ずかしい。年甲斐もなく、いや、年相応にはしゃいでいる姿を見せるのは、ちょっとごめん被りたい。これでも中身はいい大人だったのだ。生暖かい目を向けられている現状が凄くぞわぞわする。


 しかしながら、これで採取の準備は整った。いや、まだ帰ってくるためのアイテムがないから完ぺきとは言わないが、保存瓶を持ち運ぶ手段は出来たのだ。…感覚的には8畳1間程の荷物を入れられる感じがする。保存瓶換算で少なくとも30000本は入るんじゃなかろうか。限界は解らないけど。


「あの、ジュディさん。保存瓶を売って欲しいんです。とりあえず50個、大銅貨1枚分」


「50個ね。…今すぐには無理だから、明日の朝取りに来なさい。保存瓶を作っておいてあげるわ。」


「ありがとうございます! あの、今日はこれで失礼しますね。あ、先に大銅貨1枚払っておきます。」


「はいはい。また明日ね。」


 ジュディさんに見送られながら、自宅まで走って帰った。明日からは独立資金を貯めるために林に朝から入る。漸く錬金術師への次の1歩が踏み出せる。自宅に帰ってご機嫌に仕事を終わらせ、夕飯を食べて寝た。明日からも頑張るぞ。

面白かった面白くなかったどちらでも構いません。

評価の方を入れていただけると幸いです。

出来れば感想なんかで指摘もいただけると、

素人読み専の私も文章に反映できると思います。

…多分。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そこはせっかくの日記調一人称なんですから 「後から知ったことだけど、ヨルクの林は霊地と呼ばれる比較的安全な採取地らしい」 とか回想っぽく挟んだら良いんでは 前世がノンアクティブモンスタ…
[気になる点] 今更と言えば今更なんだけど 霊地……危険なモンスターが出てこない(だから2歳児ヘルマンが採取に行ける) 魔境……モンスターだらけ って勝手に思ってたけどその辺の説明が無いね? ここでジ…
[良い点] ちゃんと完結してるところ、 タイトルがなろうなろうしてないところ、 今のところ文章ちゃんとしてる、 字数 [気になる点] 異世界転生ものではいつも感じるんだけど、2歳児が理知的に喋って行動…
2022/09/19 04:00 アックマン
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