22話 8歳 霊地に漂う大水蓮、幻獣タルタランドラン
暑さが突き抜ける晩夏、いかがお過ごしでしょうか。どうも、ヘルマンです。えー、今ラーラの沼地の結構奥まで来ております。そしたら水が木ほど高く立ち上っているじゃありませんか。本当、ここの地下水源どうなってんの? 水圧かかりすぎじゃね? それとも魔力? 霊力? かなんかが働いてるのか知らんけど、不思議光景過ぎんでしょ。まあ、それは置いておこう。いやそれも大概不思議なんだがね。それよりも不思議があるの、目の前に。なんかどでかい蓮の花みたいな花が咲いてるんだけど。なにこれ、こんなの図鑑に無かったよ? 素材になるのかなこれ。というか乗れそう。
こんなの見つけました案件なんだけど、これどうしよ。この村錬金術師さんいるかな? これは予備の指方魔石晶の首飾りの使いどころさんではなかろうか。念のために首飾りの予備を作っておいたんだけど、これここに置いておいて、明日錬金術師さん居たら連れてこよう。そうしよう、今日はここに首飾りを置いて撤退撤退。2時間くらい入って来たから結構深いところだよね。全体から見たら浅そうだけど。こんなの僕には対処無理でーす。
帰ってくるのに3時間半掛かりました。そんなに奥まで行ってたか。行きはよいよいと行ってたんだけど、こんなに時間経ってたか。まずは泥を落としてから村長の所に行こう。靴は…最近はピッタリ長靴履きっぱなしなんだよね、寝るとき以外は。寝るときは流石に麦藁靴に履き替えるけど、村歩くときとかはもうピッタリ長靴でいいかって思って、歩きやすいし。そんな訳で村長宅。ノックは忘れない。これ冒険者の心得。
「ごめんくださーい。」
「はいはい、今行きますよ。―――あらどうも、トイレかしら?」
「いえ、この村に錬金術師さんはいるのかなって思いまして。」
「錬金術師様なら村をあちらの方向に歩いて行ってもらえばお店がありますよ。1軒だけ離れていますから簡単に判るはずです。」
「ありがとうございます。いってみます。」
村長婦人から錬金術師さんの家を聞き出し、そちらの方へ歩いていく。この村も僕の出身村、ダーリング村みたいに農家が殆どなんだろうか。猟師もいないよな。沼地だもん、動物も狩れないだろうし。他の職業の人を知らないから分からないけど。…村を歩いて少し、錬金術師のお店らしき建物を発見した。…らしきというのは、確かに1軒だけ離れているんだけど、看板が無いから一応らしきだ。まあ、十中八九そうだろうから構わずノック。
「ごめんくださーい。」
「はいはーい、ちょっと待ってね。―――いらっしゃい、ポーションかしら?」
「いえ、ちょっと聞きたいことがあって来たんです。」
「? 何かしら?」
「このラーラの沼地の大きな花について教えて欲しいんです。本にも載ってなかったので。」
「もしかしなくとも”漂う大水蓮”の事ね。見つけたの?」
「はい。でもどの部分が素材か分からなかったので帰って来たんですが、どの部分をどう採取すればいいんですか?」
「素材にはならないと思うわ。誰も採取したことが無いから判らないけれど、強力な水属性だって事くらいしか解ってないわ。それにもう一度同じ場所に行っても無駄よ。伊達に”漂う大水蓮”なんて呼ばれてないわ。移動するもの、あれ。」
「? …⁉ …もしかして、この沼地の木って移動するんですか?」
「そうよ。一日に2~10m位動くわ。霊地の魔力が噴き出している地点、水が溢れているのを見たことない?」
「あります。不思議に思ってたんです。井戸の水位よりも高い水位の地下水がないと溢れないですよね?」
「物知りね。そうよ。普通じゃあり得ない。この霊地特有の現象ね。その水のあふれ出る場所が時間によって変わるのよ。だから木と木の間を移動してしまって、その場所にはもうその花はないわ。木も移動するしでその隙間を縫うようにして移動するから”漂う大水蓮”なんて呼ばれているのよ。」
「その見つけた”漂う大水蓮”には行けると思うんです。昨日と同じ時間かどうかまでは解りませんけど。」
「どうしてよ? さっき説明したでしょう? 移動するのよ。誰も何処に行くか解らないから”漂う大水蓮”なのよ。もしその”漂う大水蓮”の場所が解れば苦労はしていないわ。」
「その花の花弁に指方魔石晶の首飾りを掛けてきたんです。なので移動距離は解りませんが、”漂う大水蓮”の場所には行けるはずです。」
「⁉ そうか! そんな手があったのか! 少年、明日朝早くにその場所に向かって歩くわよ。日が昇る前に私の所へ来なさい。日の出前に直ぐ出発するわよ。」
「⁉ 解りました。明日早めにここに来ます。」
「ええ、待っているわ。…漸く私にも運気が巡ってきたようね。」
なんだかよく解らないが、何かが動き出した予感がするぞ。こういう時はあれだよ、流れに身を任せるのが一番いいっていう事くらい僕にだって解る。これはあれだな。日の出前についても遅いと言われる奴だろう。錬金術師のお店を出る。今日は早めに寝よう。そして朝ご飯も作って寝るぞ。そのくらいしないと駄目なパターンって奴だろう。ゆっくりと飯を食う時間すらも惜しむやつぞ。さっさと明日の準備をして寝る。これに限るな。
朝、というかまだまだ夜中といってもいい時間。早起きをして早速昨日作っておいた飯を食べて錬金術師のお店へ。大分早い気がするが、昨日のあのヤル気、尋常じゃなかったからな。これくらいで丁度いいだろう。そう思っていた時期が僕にもありました。お店に行くと、扉の前にすでに僕を待つ人影、うんヤル気十分だね。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう少年。今日は道案内を頼むぞ。」
「はい。では行きましょう。」
そうして、まだ日も登らぬ時間に沼地の中へ、僕も錬金術師さんも夜通し眼鏡を掛けているから暗いのは何も問題ない。ただひたすらに指方魔石晶の首飾りの指す方向へ歩く。若干の早足なんだが、それでも遅いとせっつかれそうな殺気、ふー! ヤバい香りしかしないぜ。とっとと道案内させていただきますよ。
ラーラの沼地に入って4時間半、遂に目的の物を見つけた。昨日掛けた首飾りの反応を頼りにきた結果、昨日よりも中に入ってきているが、見つかったのでよしだ。これで見つからなかったら無駄足だったからな。良かった良かった。
「少年の言う通り、指方魔石晶の首飾りの先にあったな。」
「昨日言った通りですよ。ちょっと昨日よりも中に入ってきてしまったようですけど。」
「ああ、”漂う大水蓮”の行先を知れるというだけで儲けものだ。礼を言うぞ少年。ああ、報酬は別途払う。安心してくれ給えよ。」
「ああ、ありがとうございます。」
「さて、ここには4つの”漂う大水蓮”があるわけだが、念のためにこれらすべてに指方魔石晶の首飾りを掛けてしまおう。少年のは外しておきたまえ。他のことにも使い勝手がいいものだからな。わたしのを全てに掛けさせてもらおう。」
「そうなんですね。安心しました。じゃあ、回収しますね。…それと本当に素材にならないんですか? これ。」
「ああ、なるとは思うが保存瓶に入っても花弁の欠片だけだろう。それだけなら竜宮之使の実だけでも十分だからな。」
「そうなんですね。解りました。…んで、なんでこの”漂う大水蓮”を追いかけていたんです?」
「ああ、こいつの蜜を幻獣タルタランドランが吸いに来るのさ。タルタランドランの研究がわたしのテーマだからね。ほら、あそこにいるだろう。あれがタルタランドランだ。」
そういう前方には水色と虹色のアゲハ蝶が何匹もいる。多分50㎝くらいありそうだ。マルマテルノロフは黄金色に白の縞模様だったが、こっちのは目が痛くなるような配色だ。幻獣って本当に不思議。まあ、この霊地の幻獣が見れただけでも良しとしましょうか。
「そして、”漂う大水蓮”にこれを付けて引っ張るという訳だ。」
『エクステンドスペース』から取り出したのはかなりの量巻き込まれた糸だ。何に使うんだそんなもん、と思っていたら、4つの”漂う大水蓮”を連結し始めた。そして長い方の片方を持ってさあ準備できたぞという顔をした。…まさか。
「まさか”漂う大水蓮”を持っていく気ですか?」
「ああ、外縁部まで持っていくつもりだ。今日明日には無理にでも、この糸があればずっと引っ張ってられるからね。1日に2~10mくらい木が動くって言ったろう? 長い時間をかけて外縁部にひっぱってこようって寸法さ。この糸も昨日作った特注品だしね。土属性と水属性の糸で硬度と耐久性を持たせた糸だからね。ちょっと素材を使い込んじまったが、”漂う大水蓮”を持っていくことに比べれば安いもんさ。さあ、帰ろうじゃないか。」
マジかよ、この花持ってくるとかやべーこと言い始めましたよ。それにあの後作業してたのか、この高いテンション、寝てないなんてことないだろうな。そのあと糸を張りながら錬金術師さんのお店まで帰った。今日はもう素材の採取なんて気分じゃないな。…疲れたよ、本当に。錬金術師さんの所の井戸で足を洗ってお店の中へ。糸は井戸の支柱に括りつけられてました。そんな場所で大丈夫か?
「いやあ、今日は少年のおかげでいい収穫だったよ。これで何年かすれば論文が書けそうだよ。―――これ今回の報酬ね。」
「ありがとうございます…⁉ いいんですか大魔金貨5枚ですよ⁉」
「ああ、私にとってはその位価値のあるもんなのさ。タルタランドランの論文なんて長命種でもやらないほどには難しい研究なんだ。まずは”漂う大水蓮”を見つけるところからが勝負だからね。今回みたく4つも外縁部まで運ぶっていう手段に出る奴なんてそうそう居ないはずさ。私だって昨日の少年の話を聞いて糸を用意したくらいだしね。しかも比較的外側にあるのを4つも確保できたんだ。これで私も論文作成の下準備が整ったという訳さ。」
「でも、枯れたりとかはしないんですか? あの花。」
「枯れたら枯れたでいいのよ。その様に論文を書けばいいんだから。論文の作成なんて、切っ掛けさえあれば何だって許されるんだから。それにタルタランドランの生態に一歩近づくだけでも大きな進展よ。少年は霊地が沢山あるのは知っているわよね?」
「はい、この子爵領でも5か所の霊地がありますよね。」
「その霊地にそれぞれ幻獣が住んでいるんだけど、違う霊地に同じ幻獣が住んでいることもあるの。餌が同じだったり、環境が似ていたりとそれぞれ特徴があるんだけど、タルタランドランは水属性の霊地で沼地であることが条件なの。沼地は土属性の霊地にしか無いから必然と水属性と土属性の霊地って事になるんだけど、その条件の霊地でもタルタランドランがいない違う幻獣がいる場合の霊地もある。ことタルタランドランともなると餌を用意できないから捕まえることはできないし、まずは”漂う大水蓮”を見つけないといけない。研究もなかなか進んでないのよ。だから”漂う大水蓮”の位置を特定する方法を持ってきてくれた、そして”漂う大水蓮”を持ってくるように着想を与えてくれた少年には感謝しかない訳よ。これである程度の結果が出れば、他のタルタランドランの研究者にも伝えることができるし、何よりも一歩以上他の研究者よりも先にいけるもの。私にも漸く運気が回って来たのよ。落ち着いてなんかいられないわ!」
「わ、分かりました!」
分かってないこともあるけど、とりあえず分かったことにして切り上げたい。錬金術師の話だからとりあえず聞いとこうかなと思ったけど、だんだんとヒートアップしてきたぞ。良くない方向に行く前にとっとと退散したい。お金も貰っちゃったし、若干罪悪感あるけど、この人多分普段から寝不足なんだよ。深夜のテンションに似ているって前世の僕が警鐘を鳴らしている。そこに徹夜なんかしちゃったらほら、出来上がった人の完成だよ畜生め。
「そう? でも少年には感謝するわ。これで私の研究も漸く進む! あの時短命種がタルタランドランの研究なんてって言っていた奴らの鼻を明かしてやるわ。見てなさい! こうして「ありがとうございましたー!」」
話がもう一度ヒートアップし始めたので、強制ストップを入れて店を出てきました。うん、あれには付き合ってはいけない奴。…ジュディさん曰く、錬金学術院には極まった人たちが沢山いる、傲慢やその他諸々に呑まれた人たちが沢山いるって話だったし、この人も一部極まっているタイプなんだろう。大罪には呑まれてなさそうだったけど、もっと別の何かに呑まれていそうだったけど大丈夫だろうか。まあ、僕には関係ないし、いっか。今日はそのままテントに戻って、…ちょっとどころか大分早いけど、夕飯にして寝よう。そして夕飯は沢山食べよう。まだお肉も残っているし、ちょっと豪勢に食べちゃおっかな。まだ明るい道を少しだけ遅い足取りで帰るのだった。
面白かった面白くなかったどちらでも構いません。
評価の方を入れていただけると幸いです。
出来れば感想なんかで指摘もいただけると、
素人読み専の私も文章に反映できると思います。
…多分。