20話 8歳 冒険者よネズミを狩れ、やってきましたラーラの沼地
長い冬がようやっと過ぎ去り、種をまく春が扉を叩こうとする季節。どうも、ヘルマンです。この冬はなんというか、ネズミ捕りに精を出した冬だった。ネズミには冬眠という概念が無いのだろう。無限に湧いて出てくるかの如く捕れた。本当に沢山捕れた。1日に50匹ぐらいは処分したのに尽きないんだもの。無限に湧いて出てきているんじゃないかと思うほどに捕れたのだ。マンゴーシュを投げるだけでなく、レイピアで斬りつける事もやった。才能を正しく使えばネズミなんぞゴブリンとそう変わらない。的がちょっとばかし小さいのと、こっちに向かってこないことが違う事かな。
それでも2日に1回は錬金術ギルドに行ってラーラの沼地の本の復習をしていたし、他の霊地や魔境の本も読んだ。…それほどに暇だったのだ。冬にできることが殆どない町、本を読んで分かったことだが、ジェマの塩泉も夏場がピークで冬場は魔物もおとなしいとのことで、魔境を出ていく魔物も少ないのだ。当然の如く、魔境付近に行く乗合馬車も減る。そうすると乗合馬車で狩りをしていた冒険者が余る。
…そして冒険者ギルドに詰め掛ける訳だ。朝早くに行ってみた冒険者ギルドは戦争だった。殴り合いをしながら依頼表を受付に持っていき、読んでもらっては一喜一憂し、何が楽しいのか依頼票の奪い合いだ。お前さんら全員ネズミ捕りに精を出せばこの町のネズミもいなくなるんじゃないかってくらいには冒険者が余っている。…それなのにネズミ狩りは受付で返されるのかいつも余っているんだよなあ。一日がんばれば中銅貨2枚位にはなるんだぞ? 他の依頼はそんなに割が良いものなのか? 一度買い取り窓口で聞いたことがある。何で冒険者がネズミ狩りをしないのかと。そうすると返って来た言葉は、普通の冒険者はネズミに追いつけないから一日数匹しか捕ってこれないのだという。投げろよ、何の為の投擲武器だ。マンゴーシュでさえ体に当たれば痛さで悶絶している間に首を刎ねる事くらいはできるってのに。それほど冒険者は戦う系の才能が無いのかと思うくらいには驚いている。星1つくらいは流石にあるだろ? 何のための才能だよ。使えよ勿体ない。
そして、余ってるやつら、座って過ごすなら余ってる仕事でもやれ。汚いだなんだと言える状態じゃないだろ、お前らは。座ってるくらいなら少ししか捕れなくてもネズミを追いかけろ。どうせ腹は同じように減るんだから。というか座って何もしないなら勉強しろ文字の読み書きを覚えろ。教会は暇人の相手もしてくれるぞ。そう怒りたくもなる日々を過ごしていた。
同じ宿に泊まっている冒険者とも少しは話はしたが、僕がネズミ捕りの仕事をしていると言ったら驚いていた。ここに泊まれるくらい稼いでいるなら休めばいいのにと。休んでもいいんだけどさー、なんとなく動いてたいって欲求が強いのかな。今まで全力で採取してきたせいで全力癖ってのがついてしまっているのかもしれない。怠惰になる気はないけど、休めるときは休みなさいって言われてしまった。先輩冒険者の言うとおり来年からは休みを入れてみよう。本を読んだり調べものをしたりってのは休みの内に入らないそうだ。2日に1度は休んでると言ったらそれは違うと否定されてしまった。
まあ、でもそんな鬱屈した日々もこれまで。今日からまた採取への旅ですよ。今回の行先はラーラの沼地。準備は万端、馬車も確保。ブラス町までだが馬車も見つかった。近くには魔境は無いらしいから僕一人しか乗っていないが、暫くは馬車旅を満喫しよう。…馬車に飽きたんじゃなかったかって? そんなのネズミ退治よりはマシだよ。ネズミ退治より退屈じゃないしさ。初めて見る景色だし、飽きが来るまでには到着するさ。多分ね。
そんな訳でやってきましたラーラの沼地。馬車旅はどうしたって? 何事も無かったんだよ。唯一あったイベントって言ったら、御者さんがブラス町までの所をアングロ村まで伸ばしてくれたことくらいだよ。僕一人だったし、次の行先も決まってないって言ってたから伸ばせるなら伸ばして欲しいとお願いしてみたら通っちゃったんだよね。でも行き先変更はままあるらしく、特に決まった行先のない馬車なら融通が利くということが分かったのは収穫だったね。実は王都まで行くのに何回乗り継がないといけないのかハラハラしてたんだよね。これで少し悩んでいたことも解決したしで良かったよ。
さて、ラーラの沼地だが、ここにも冒険者が1人もいないのは何でだよ。ここには毒系統の素材は無かったはずだ。いやまあ分かるよ、沼なんだから冬場は寒いんだろう? だから人気が無いのはまあわかる。今は春、これから来るのは夏、これから冒険者がやってくるんだろう。…今年は独りぼっちなんてことはないよな? 霊地なんだから採取に来る冒険者はいるよな。…いて欲しいなあ。
よしっと、テントも張り終わったし、ちょっと下見にでも行くか。ちゃんとピッタリ長靴に履き替えて、夜通し眼鏡も掛けて準備よし。さて行ってみようか。外見は普通の林なんだよなあ。…でも足元が沼。前世の知識にはマングローブらしきものがあるらしいが、それの木の根が水の上に無いパターンのようだ。でも水の中に根があるので知らない内に蹴躓くなこれ、それにピッタリ長靴よりも深い。半ズボンだからいいものを、膝まであるよ沼の深さ。水は泥水だから、採取した物を入れる際は綺麗な水を井戸から汲んでおかないといけないが、冬の間に汲んであるから問題なし。泥水に保存する奴はその場で泥水を汲めるからいいし。足りなくなったら汲まないとね。でも…こんな土地にも魔力茸ってのは生えるんだな。しかも泥の上に。水っぽい泥じゃなくて土っぽい泥だから生えてもおかしくないのか? よく解らん。
保存瓶の在庫もたっぷりあるし、水入り保存瓶も寒い中頑張った。朝、顔を洗うついでに一日に何本かずつ準備していたからね。直ぐに足りなくなる…かもしれないけど、暫くは問題なし。今日の調査はこれくらいにしておこう。思ったよりも進みづらいから、奥に行ったら注意しないと。夜通し眼鏡のせいで昼か夜かの区別が直ぐには付かないんだよね。外しても昼か夜かは分かりづらいんだけど。しっかりと魔械時計で時間を確認しなきゃね。
ラーラの沼地から出てきて、井戸で足を洗う。ピッタリ長靴は本当に体にぴったりと張り付くから靴の中に泥が入らないのが良いな。ただ、この時期でも流石に寒い。後であったか布で足を温めないといけないね、風邪なんてひいてられないからね。買った布を切ったやつで足を拭く。これは拭き布は毎日干した方が良さそうね。テントの上に掛けておけば1日あれば十分乾くでしょ。
後はカンパノの森の時と同じように、トイレの予約だけは先に取っておこう。一々払うのが面倒だから受け入れてくれると有り難いな。扉をノック。
「ごめんください。」
「はいはい、今出ます。―――はい、ご用件は何でしょうか。」
「次の冬までここに泊まるので、トイレの代金を先払いさせてもらいたくて、大銅貨5枚でどうでしょうか?」
「ええ、いいですよ。先払いなんて珍しいですが、いいのですか? 損をするかもしれませんよ?」
「いえ、多少の損よりも手間の方が面倒なので。」
「そうなんですね。冒険者も色々なんですね。」
先払いの方が珍しいのは確かだろうな。カンパノの森と同じく、不人気であろう霊地。長期滞在の予定の冒険者の方が珍しいだろう。ましてや僕みたいに一年いる方が稀だろう。僕はお金じゃなくて素材が欲しいからこうしてるけれど、普通はある程度採ったら移動したり、売りに行ったりするだろうし。この村に錬金術師が居れば知らないけど、普通は保存瓶の補充が必要だからね。
さて、トイレの契約も終わったし、時間は少し早いけど晩御飯の準備だ。…干し肉の麦粥にもまた慣れてきたが、食事事情は仕方ないよなあ。基本的に保存食だけだし、キノコの類は無くなって久しいからな。宿屋のご飯が美味しかったから食事が寂しいのは悲しいことだ。僕の料理の腕はどんなもんなのかといえば、解らないというのが正しい。そもそも料理をまともにしたことが無いんだ。調味料なんかも塩しか使ったことないしな。基本突っ込んで煮る。粥の完成。終了、だからな。食事事情の改善は店を持ってからだな。…今から嫁さん候補の考察をしないといけないほどには、料理に無縁だったからな。前世の僕も、食べる専門だったらしく、碌な知識がない。本当に前世の知識は使えないよな。
それはさておき、肉のたっぷり入った粥。去年は肉が早々に無くなったからキノコを使い切ったんだ。今年は肉の在庫もばっちりだ。大量に仕入れているので、夏くらいまでは持つはずだ。秋ごろになったら多分麦粥だけだろうな。仕入れようと思えば仕入れられたが、麦粥だけでも何とかなるし、余らせるのもなんだかいけない気がして。いや余れば来年も食えばいいだけなんだが、丁度いい量ってものを計りたいじゃん? そんな無意味なこだわりにより、多分足りないであろう干し肉の在庫、麦は余るくらいには仕入れているから問題なし。まあ、生きる分の栄養はあるさ。
朝、ようやくまた慣れてきたテント暮らし、寝袋から這い出て顔を洗う。今日から本格始動だ。朝食も食べたし、ピッタリ長靴も履いた。夜通し眼鏡も掛けた。準備は万端だ。今日は深いところに行くのは止めて、近場で採取だ。いきなり深いところに行って万が一のことがあったら嫌だからね。まずは様子見、慎重さが大事。それに不人気採取地。浅い所でも貴重な素材に巡り合える確率は十分にある。さてさて、1日でどれくらい収穫できるだろうか。
沼地の少し奥、水の湧き出ている所なんだろうか。水が澄んでいる場所がある。…井戸の水位とは合わないんだが、どうなっているんだろうね。霊地だけ地下水位が別なんだろうか。まあ、それはともかく、この澄んだ水の中にも素材がある。…というかそういう場所でないと泥の中にある素材は判らない。キノコや何かを踏んづけた感覚はあるんだが、それが素材なのかどうかが判別がつかない。もちろん地表に出ている素材もあるが、こうした水の湧きポイントでしか見れない、採れない素材もありそうだ。本ではそこまでは教えてくれはしないからな。現地で情報収集しながらだ。
夕方、体は芯から冷えて凄く寒い。これは冬場の採取は地獄だな。それに食べられるかもわからない素材を相手にする冒険者も少ないはずだ。…これはまた独りぼっちコースだな。別にいいんだが。そうそう、そういえばラーラの沼地の本以外の素材も見つけたんだよね。カンパノの森にもあったから一応採取しているんだけど、安いとの事だしな。実際安かったんだけどさ。確かカンパノの森で買ってもらった時は中銅貨1枚か2枚にしかならなかったんだよね。確か本の名前は薬草学大全の1巻だったかな。ジュディさんところで読んだし、錬金術ギルドにもあったから読んである。全部で3巻あったかな。…でも基本は採取しなくてもいい素材っぽい。あるから少しは採ってるんだけど、基本要らないかな。ラーラの沼地の本に載っているものだけで良さそうなんだよね。
沼地から上がってからがまた大変なんだよね。足を綺麗に洗わないといけないし、それがまためんどくさい。何度も井戸から水を汲みだし、足の泥を洗っていく。これは流石不人気霊地ですわ。カンパノの森にも短期滞在者は何人もいたから、短期滞在者は来るとは思うんだよね。長期は無いな、確実に。足を洗うのだけでもめんどくさい。これから毎日何度も井戸汲みか、嫌だなあ。
面白かった面白くなかったどちらでも構いません。
評価の方を入れていただけると幸いです。
出来れば感想なんかで指摘もいただけると、
素人読み専の私も文章に反映できると思います。
…多分。