19話 7歳 領都セロニアにおかえり、次の霊地の準備、お宿のご飯がおいしい
麦の収穫も終わり、そろそろ寒くなる季節ですね。どうもヘルマンです。撤収の予定時期が大幅に過ぎてしまったのですが、セロニア行きの乗合馬車が無かったのが原因だね。仕方ないね。そんな訳で、ようやっと来た乗合馬車に乗り込んで、セロニア行きですよ。まあ、ラレテイ町経由しか無かったので11日の馬車旅ですが、何処から来たのかは知らない。ラレテイ町はジェマの塩泉に隣接している町でございます。霊地には周りに村があるんだけど、魔境には町が隣接している。町規模でないと対処できないというよりも、町規模に成長してしまったので町なんだってさ。魔境の殆どはお肉が取れるからね。何の肉かはその魔境によるんだろうけど。因みに魔境に必ずと言っていいほど出るゴブリン、あいつは食えない。即行でスライムの餌行きだ。スライム君たちの好物は生ごみ、ゴブリンも生ごみの内に入るらしく沢山食べて燃料を落としてくれる。その分スライムが大量にいるかビッグスライムが待機していたりと魔境のゴミ事情も色々あるのだ。
そんな訳で乗合馬車内、他にも冒険者が7人も乗っている。僕が乗り込んだ時にはすでに配分の協定が終わっていたのでそれに倣うことになる。取り分は出来高早い者勝ち。こうなると後から乗った冒険者は奥に押し込まれる。…ということは殆ど狩れないということになる。まあ、途中乗りの方が安く済むから取り分が減るのもしょうがないよね。僕にとっては好都合だけどさ。別に小銭稼ぎがしたいわけじゃない。ゴブリン狩りを積極的にやってくれるっていうんだから任せるに限る。働かなくても文句は出ないしね。
そんな訳で、何回もの襲撃を越えてラレテイ町にやってきました。初めての魔境、魔境についての本は読んでないので、何がいるのかや、何が取れるのかは知らない。属性が火と風だということは解ってるんだけど、それ以上の情報はない。ジェマの塩泉には入る予定は無いのでどうでもいいんだけどね。ここで降りる冒険者も乗る冒険者もいる。そうなると馬車での居心地がなあ。8人でも程々に狭いんだよ。
僕は奥でのんびりとしていたいんだ。殺気立ちながら身構えている冒険者が増えるのはあまりうれしくない。そしてここまで乗っていた7人はそんなに強くないんだよなあ。ランチ村に一緒に乗っていった女冒険者3人組の方が余程強かったな。だからゆっくりと降りても戦闘に間に合いそうな時が何度かあった。もちろんお任せしたが。いやー7人が死ぬほど多かったら考えるんだけどさ。7匹以下しか出てきていないんだよね。それでも横取りできそうなくらいには弱い冒険者たち。初めて乗った乗合馬車の御者さんが僕が強いと言っていたのが判るくらいにはゴブリン相手に苦戦している。多分魔境で戦える才能が無かった、でもモンスターの討伐の方が儲かる、だから乗合馬車に乗って安全にモンスターを倒す。と言った感じだろうか。
いろんな冒険者がいるもんだ。1回襲撃に遭えばプラスかトントン。2回襲撃に遭えば確実にプラスだ。そんな殺伐とした襲撃の旅よりは、霊地でのんびり採取した方が儲かるのにな。文字の読み書き計算ができない冒険者はかわいそうだな、情報が絞られて。いや、自分で絞ってるんだから世話無いんだが。ちゃんと告知はしているんだもんね、冒険者ギルドは。
そんな訳で、馬車に乗るお客が僕を含めて12人になりました。2人パーティが2つ増えた。全く、馬車の中が狭くて仕方がない。そして一番奥に乗り込んでいる僕の周りは少しは余裕があるんだけどね。皆入り口に近づこうと詰めているせいで。そんなに詰めたって2,3秒変わるかどうかだぞ。無意味無意味。それにしても出来高早い者勝ちが普通なのだろうね。仲良く割り振って皆で黒字とはいかないんだろうな。まあそんなことしなくたって、皆で割り振ることになるんだが。そこまでの腕がある冒険者がいないのだ。こんなもんなのかな冒険者って。
馬車に揺られること5日、凄い数の襲撃を乗り越えてセロニアに帰ってきました。時期としてはそろそろ雪が積もってもおかしくない季節、僕はのんびりと宿屋を探そうと思います。理想は朝夕の食事がついていて個室。最低でも個室は確保したいね。冒険者広場なんて寒くてばかばかしいので却下ですよ却下。さて、宿の情報は錬金術ギルドの方がいいかな。冒険者ギルドだと、暖を取っている冒険者とかいそうだもんな。その点錬金術ギルドには人が少ないのは良い。それに錬金術ギルドを利用する人は文字の読み書き計算は最低限出来るだろうし、宿の事を聞いても嫉妬に駆られる同業者がいないだろうってのは確実だろう。
ということで、錬金術ギルドにやってきました。宿の確保は早い内にやっておきたいからね。てなわけで、早速受付さんに聞いてみよう。
「すみません、1泊個室で朝夕のご飯付きの宿を教えて欲しいんですが。」
「宿ですか。すみません、1軒1軒把握はしていないですね。宿屋自体は西通りのメイン通りに何軒かと、北寄り2番通りに何軒かあったはずです。ただ、大部屋ではなくて個室となると、メイン通りの宿の方がいいと思います。後は、食事に関しては分かりません。ただ、宿屋はベッドの看板が出ているはずです。」
「分かりました。西通りのメイン通りですね、行ってみます。」
宿屋の情報が無かったのは予想外。需要が無いんだろうね。しょうがないね。さてさて、ではでは探しましょうか。西通りのメイン通り、つまりは一等地…何だろうか。地価なんかは解らないけど、メイン通り沿いって事は高かったりしそうだよね。おっまずは1軒目発見。さてさて、どんな宿屋でしょうか。
「ごめんくださーい。」
「はいはーい。―――いらっしゃい、家の宿は大部屋だけど大丈夫かい?」
「あ、すみません、個室がいいので別の所にします。…個室の宿屋を知りませんか?」
「そうだねえ、ここから西に行ってこっち側の二軒目の宿屋が個室だったはずだよ。一軒目はここと同じ大部屋さ。」
「ありがとうございます。行ってみます。」
こっち側ってなると南側か。行ってみようか。ここは、あの宿から1軒目だから大部屋宿ね。―――2軒目っていうとここか。そんなに離れてないね。良かった良かった。これから暫く毎日錬金術ギルドに通う予定だからね。近い方が都合がいい。さてさて、どんな宿屋かなー。
「ごめんくださーい。」
「はいよ。ここは個室宿だよ。1泊小銀貨5枚だよ。」
「すみません、ここは食事つきですか? そうなら冬中ずっと借りたいのですが。」
「朝夕は出してるよ。ここの食堂に来てくれれば食べられるさね。お金は宿代に入っていないが、冬ごもり用ってなら話は別だよ。春の種まきの季節まで貸し切り、食事付きで大銀貨5枚だよ。どうする? 日割りがいいってならそうするけど。」
「大銀貨5枚でお願いします。」
「ありがとね。―――これが部屋のカギ、303号室だよ。3階の3番目の部屋だ。ああ、あとお湯が欲しい場合は言っておくれ。桶に1杯中銅貨1枚だよ。井戸は共同のを使っておくれ。トイレも共同だよ。」
「ありがとうございます。部屋と共同トイレと井戸の場所を確認してもいいですか。」
「ああ、いいよ。トイレと井戸は案内するよ。部屋は後で確認してくんな。」
そういうと、トイレと井戸を案内してくれた。恰幅の良いおかんって感じのおばさんだね。トイレと井戸を回ったら部屋の確認をした。部屋は3畳部屋って感じだ。麦藁に布を被せたベッド、土と石で作られた椅子と机、奥に窓。うん、本当に生活に必要な最低限の部屋だね。…布団の干し洗濯は自分でやらないといけない感じかな。窓は開くし、天気のいい日は干そう。丁度南側だし、半分は天日干しできるでしょ。
うーん、今日中にやらないといけないことはやった感じかなあ。ラーラの沼地とレールの林の下見というか勉強は明日からみっちりとやるとして、後は、錬金アイテムのピッタリ長靴と夜通し眼鏡の素材と材料を探さないといけないな。特に眼鏡。これは特注品になりそうな気配がするよ。鍛冶屋を紹介してもらわないといけないか、自分で探さないといけないか。これもとりあえず、錬金術ギルドで聞いてみるか。そうなってくると、殆ど錬金術ギルドに行ってみない事には始まらないな。…現在午後を回って多少したところ。冬時だからもうすぐ夕方、今日できることはもうないな。夕食までは食堂で錬金術大辞典でも読みながらぼちぼち過ごしましょうかね。
そんな訳で食堂にやってきて錬金術大辞典を読んで待つこと…どれくらいの時間が経ったんだろう。よく解らないが、良い匂いがしてきた。今日の夕飯みたいだが、何だろうね。
「あら、もういたのかい。もう食べられるよ。パンとスープだよ。持っていきなさいな。」
今日はパンとスープか。まあ、そんなもんだよね。麦粥よりはいいけど。んー、スープも良い匂い。美味しそうだな。いただきます。こっちの人はいただきますなんて言わないが、前世では普通だったらしく、食べる前にそう言うんだってさ。何でだろうね? まずはパン、だが見事に硬い。これは千切ってスープに浸す系だな、でないと噛み切れるのか? ってくらい硬い。では、実食。んー語彙力が無くて全然伝わらないだろうけど、美味しいよ。塩味が強い肉のスープなんだけど、パンを浸して食べると丁度いい。パンには特に味はなし、でもスープに浸すとちょっともちっとして腹持ちが良さそう。パンで綺麗にスープを拭き取って、ごちそうさま。これもこっちの世界の人は言わない言葉。意味はよく解らないけれど、ご飯を食べたときのあいさつがこれ。前世も色々あるんだよね。ふとした時に出てきて余計な知識を与えてくれる。大半は役に立たないんだなこれが。
さて、食器を返して部屋に戻る。部屋の中は真っ暗だ。ランプなんて高級なものは無いからね。食堂にあったのもスライム燃料を燃やしてできた火の光だけだった。結構明るいんだよ、スライム燃料。何でか知らないけど、光属性なのか何なのか結構遠くまで明るいんだよね。本当にスライムって不思議生物なんだよ。さてさて、今日はもう寝ますかね。夜の時間は何もできない。明かりが無いからね。てなわけで、おやすみなさい。
朝、ベッドの上で起きる。寝袋以外で寝るのは久しぶりだったからよく眠ったように思う。さてさて、共同井戸に行って顔を洗いますかね。顔を洗う習慣も前世のものなんだけど、やるとすっきりするんだよね。だから今世でもやってる。他の人には変に見られることが多いけど。共同井戸も宿屋のすぐ裏にあるから便利よね。まあ、顔を洗うもの好きは僕ぐらいなものだけどね。
顔を洗ってきて食堂に入るとすでに良い匂いがしている。この匂いは分かるぞ。麦粥の匂いだ。後は、またスープかな。それっぽいな、すでに2人食事をしているし。
「すみません、食事を下さい。」
「おう。ちょっと待ってな。―――ほい、おまちどさん。」
おう、ここの旦那さんかな。またこっちも恰幅のいい旦那さんだ。子供がいるのかどうかは知らないが、夫婦でやってるんだな。麦粥とスープ。麦粥には干し肉も入っているし麦の量が多い、スープも肉が入ってる後なんかの葉っぱが入ってる。冬に葉物は珍しいね。『エクステンドスペース』は時間経過があるから傷むんだよね、食材も。保存瓶に入れて置いとけば持つんだけど、宿屋でそんなことするのか? 貴族様はしてるだろう、当然の如く。まあ、腹に入れば一緒よな。
食事を終えると真っ先に錬金術ギルドへ。とりあえず、情報収集からだよね。来年はラーラの沼地に行くから。少なくともピッタリ長靴はいるだろうし、夜通し眼鏡も邪魔にならないならもうかけたっていいしな。説明通りだと、夜が昼みたいに見えるだけで、昼が眩しいとは書いてなかったからね。ならかけておいた方が何かと便利そうだ。毎度の如く受付さんに聞いてみる。
「すみません、ラーラの沼地に行く予定なんですが、ピッタリ長靴って必須ですか? 後他に有ればいいものを教えてください。」
「そうですね。ピッタリ長靴があった方が楽だと思います。それ以外というと、特には思い…ああ、夜通し眼鏡はあると便利ですよ。沼地と言っても木が生えてますからね、暗いんですよ。それにレールの林もそのうち行かれるんでしょう? であれば先に作っておいて損は無いと思います。後はあったか布も有ればいいかなと思いますね。沼なので、水に浸かりっ放しになりますから、体温が下がります。夜に冷えない様にあったか布を持っていくといいですよ。後は、そうですね、これ以上は思い当たりません。こんなものでどうでしょう。」
「ありがとうございます。ピッタリ長靴の素材と夜通し眼鏡の素材を売ってください。魔力茸と闇属性の魔力茸はあるので、それ以外を。」
「それであれば、光属性の魔力茸を2つと火吹きガエルの胃袋を2つお売りしましょう。眼鏡はこちらでは取り扱っていませんので、鍛冶屋さんにでも作って貰ってください。代金は大銀貨2枚です。」
「分かりました。ではこれで、―――素材の方も保存瓶にお願いします。」
「用意しますので少々お待ちください。」
そう言って奥に行く受付嬢、やっぱり内臓系統か。火吹きガエル、恐らくジェマの塩泉の魔物だろうな。塩泉なのに火と風属性なんだよな。水は無いんだよね。何でか知らないけど。暫くすると受付嬢さんが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが光属性の魔力茸2つ、火吹きガエルの胃袋を2つです。」
「ありがとうございます。あと少し質問なんですけど、いいですか?」
「はい、どうぞ。」
「錬金術ギルドって錬金術師が何処に滞在しているのかを把握していますか?」
「はい、把握しておりますよ。各支部の管轄内を大まかにですけれど。本部の方が、錬金学術院の方が詳しく把握していますよ。そういう錬金アイテムを持たされますので。それがあれば、各支部で手紙のやり取りをしなくて済むんですけれど、特秘アイテムらしいです。持つ方はあるんですが、それがどう作用しているのかが解らないので。―――これですよ。」
「? ただの箱に見えますね。というか受付さんも錬金術師さんだったんですね。」
「ええ、色んなところに派遣されることもあるんですよ。殆どの錬金術師が何かしらの職業に就きますからね。錬金術ギルドもその1つです。主に黎明派にいた人たちがギルドで働きますね。後は、鉄迎派は冒険者ギルドに、造命派は行商人に、永明派や幻玄派、幽明派はお店を持つことが多いです。もちろん一概には言えませんが、研究職に残り続けることも可能ですよ。…ただ、余り研究職はお勧めできませんね。平民ですとお金がかかりすぎるので。」
「僕はお店を持とうと思っているのですが、何派に入ればいいんでしょう?」
「何派でも問題無いですよ。というよりかは、何派と区分付けるものが難しい者も居ますので。そんな人たちをまとめて庶性派とも言いますからね。私も庶性派の黎明派ですから。お店をやりたいと思っているなら何派に入っても入らなくてもいいんですよ。そういうものですから。やりたいようにやればいいんです。」
「分かりました。やりたいようにやってみます。後鍛冶屋さんにおすすめはありますか?」
「特にありませんね。自由市で鍛冶場コーナーに居るものを捕まえて聞いてください。」
「分かりました。行ってきます。」
そう言って自由市へと足を伸ばす。ピッタリ長靴も眼鏡が手に入ってから一緒に頼みに行けばいいんだから先に眼鏡を頼んでおかないと。時間がかかるようなら後々面倒だからね。さてさて、前に来た時はこの辺りが鍛冶屋のコーナーだったと思うんだが、そうだな、ここだな。適当に物を見ながら誰に頼もうか決めよう。魔鉄じゃなくて鉄で作って貰いたいから鉄製の細々としたものを置いているところがいい。…ここにしてみよう。
「すみません、眼鏡はありますか? 度は入ってなくてもいいんですけど。」
「眼鏡か? 一応作れるが、度は無しでいいんだな?」
「そうです。無しでいいです。あ、鉄製でお願いします。」
「ああ、分かった。度無しなら2,3日で終わらぁ。中金貨6枚だ。採寸だけすっぞ。」
そう言われすぐさま採寸に、顔に合わない眼鏡をかけたってしょうがないもんね。定規を当て、メモを取り、さささっと作業をしていくのを見るとさすがプロだなって思う。よく解んないけどね!
「んじゃ2,3日したらここに来てくれ、大体はここにいるからよ。」
「分かりました。―――中金貨6枚です。」
「おう、確かに。んじゃ俺は店じまいだな。じゃあまたな。」
そう言って『エクステンドスペース』にほいほいと片付けて帰ってしまった。2,3日経ったらまたここに来てみよう。多少は移動しているかもしれないが。顔は大体覚えたし、何とかなるだろう。…というか眼鏡高価え。レイピア、鉄の剣よりも高いのかよ。ガラスがヤバいのか? 度有りだったらもっと高価えのか? 錬金アイテムになったら壊れない様にならんかな。
さてさて、錬金術ギルドに帰ってきました。そしたらやることは一つ。読書の時間ですよ。時刻はまだまだ午前様、じっくりと読めますねえ。さてと、書庫の中に入り、ラーラの沼地の本を取り出す。さて中身はどうかな。…やっぱり10ページ、なんか霊地で決まり事でもあるんか? 10種類ずつしか書いてくれていないが。まあ、安い素材を一杯書かれてても覚えられないからいいんだけど。
じっくりと舐めまわす様に細かいことまで暗記していく。次の行先、ラーラの沼地では、高いのは実らしい。いや、最後の方のページにあるからってだけなんだけど。それにしても実か。今まで実って無かったんだよな。草か苔がキノコだったからな。後、保存瓶の扱いが難しいぞ。そのままはいいとして、綺麗な水に入れないといけない奴もあれば、泥水に入れないといけない奴もある。…乾燥させるやつ、てめーはダメだ。面倒だからな。それにこの泥濘蔓苔はヨルクの林でも採ったからな。…家族に捨てていいかと言われたのを強制的に却下して集めた素材なんだから。そして保存瓶当たり大銅貨2枚と高くない。苦労の割に合わない素材なんだよなあ。
気付けばいい感じの時間、明日だって明後日だって来ていいんだから別に根を詰めなくたっていい。明日やろう。そうしよう。という訳で、宿屋に帰ると美味しそうな匂いがしている。今日のメニューは何だろな。硬パンにシチューかな。牛の乳の匂いが若干する。今世では牛の乳の匂いなんぞ嗅いだこともないが。多分そうだと前世の僕が言っている。だがしかし、一応聞いてみたいじゃん? 初めて食べる料理だし。
「あの、今日のこれは何ですか?」
「ああ、今日のは牛の乳を使ったスープだ。パンに浸けると旨いからな。」
「へえー、ありがとうございます。」
前世のシチューでいいみたいだが、スープらしい。とろみが無いからか? パンをスープに浸ける。おおー何ともクリーミーな味わい。前世の記憶とは違うさらりとしたスープ状のものだからパンによく浸みる。…この美味さを伝えられない語彙力が憎い。あっという間に食べてしまったので、食器を返して自分の部屋へ。窓は開けっぱなしていったから空気の入れ替えはできているだろう。長いこと閉め切っていると空気が淀むからな。それに雪が降ってきたらそんな真似はできまい。今の内だけだ。窓を閉めて、普通に就寝。もうやることもないし、おやすみなさい。
朝、やっぱりベッドはいい。寝袋と違って疲れが取れる。さてさて、顔を洗って朝食だ。朝のメニューは何だろな。昨日の乳のスープを使った麦粥か。それは美味しそうだ。では一口。んー、昨日のパンとは違い、麦の一粒一粒に牛の乳の旨味が濃縮されたような味わい。大変美味しゅうございます。良いね良いね、毎日違うメニューっていうのも。自分で作ると、麦粥にキノコが入るか肉が入るかだからなあ。さてと腹も膨れたし、今日も錬金術ギルドに行くとしましょうか。
錬金術ギルドでしっかりと調べもの。今日は昨日読んだラーラの沼地の本の復習をしてからあの大きな地図を出す。手前の町と村の名前くらいは覚えとかないと徒歩になってしまうからね。何々、外周の一番近くの村の名前はアングロ村か。アングラみたいにアウトローな村じゃないといいな。んで、近くの町は、ブラス町か。ブラス町まで5日、アングロ村まで3日ってとこだろう、村の数的に。なんでまた村を徒歩で1日、馬車等で半日の所に置いたんだろうな。まあ、下手に野営するよりは、村の教会前広場を使った方が安全だし、いいんだけどさ。昔の人は何を考えて村を配置したんだろう。
さてさて、次の次に行くレールの林の村と町も把握しておきましょうね。どれどれ、ネラ町までが7日そこから1日の所にルイス村があるっと。こっちはネラ町まででいいな。1日なら走って行っても問題ない。何日も走るのは辛いが、1日ならまあ、問題あるまい。まあ、馬車が出てたら乗るが。うむむ、やることが無くなってしまったぞ。…レールの林の本も読んでしまうか。まあ、来年も読む羽目になるだろうが、暇よりはいい。来年覚えなくともいいくらいには読み込んでしまおう。
本って熱中すると時間を忘れるよね。てなわけでいい時間ですよ。とっとと宿に帰りましょうね。今日のメニューは何だろなっと。ん? これは夏野菜のあれでは? トマトのスープだ。…ここのご主人、トマトを乾燥させて、いや保存瓶に入れて保管しているな。
「ご主人、このトマトもしかして。」
「おう、保存瓶に入れて保管してるやつだ。冬の間は野菜が減っちまうからな。野菜に使ったって問題あるまい。」
「ですね、ありがとうございます。」
では、美味しくいただこう。いただきます。んートマトの酸味が硬パンに浸みこんで幾らでも入りそうだな。保存瓶は本当に万能だな。野菜も美味しく、冬場に食べられるんだから。保存瓶を売ってもらえるということは、ここの宿の2人は読み書き計算ができるってことだ。町の人間は皆文字を習うのか? それだと村出身の冒険者だけが割を食っているだけになるな。…流石にそんなことはないよな。金勘定ができれば大丈夫って人間も多いはず。でも、鍛冶屋のおっちゃんもメモ取ってたしな。…邪推であって欲しいなあ。村出身者だけが割を食っているなんてことは。まあ、僕にはどうしようもできないからしょうがないか。黙って食って寝よ。おやすみ。
朝、今日も清々しい目覚めだ。いつも通り顔を洗って朝食へ。今日のメニューは何でしょう。昨日のトマトスープで麦粥を作ったのか。それと肉と野菜のスープ。んー今日も美味しそうですね。いただきます。トマトの甘みと酸味が麦の甘さにマッチしています。スープも鶏ガラかな、濃厚で美味しいですね。…ごちそうさまでした。今日もとってもおいしかったです。
さて、今日はどうしようかな。昨日で錬金術ギルドでやることが終わってしまったんだよな。他の霊地や魔境の本を読んでもいいんだが、行かないところのだしな。よっし、冒険者ギルドを冷やかしに行こうかな。何かいい依頼があれば受ければいいし。無ければ…どうしようかな。まあ、その時考えればいいか。
さてやってきました冒険者ギルド、殺気だった冒険者の群れはもうない。今は受けた依頼をこなしに方々に散っている。今はいい依頼を受け損ねた冒険者たちが屯しているだけだ。…毎日見てたけど悲惨だよなあ、この有様。まあ、そんなのは放置して冒険者ギルドの中に入ってみる。中には意外にも冒険者の姿は無かった。外の有様を見るに追い出されたんだろうな。一応クエストボードを見る。…うわぁ、やりたくねぇ。汚物処理場の掃除に自由市のネズミ捕り、ゴミ捨て場のスライムの燃料の回収か。スライム燃料の回収位なら別に受けてもいいんじゃね? 張り出されているし、金額は…10個回収で鉄貨2枚。安すぎる。マジかよ。普通に持って行った方がまだお得感あるよ。…スライム燃料余ってんなら沢山回収していってもいいってことだよな。ちょっと受付で聞いてみよう。
「すみません、スライム燃料の事で気になることがあるんですけど。」
「はい、どのような事ですか?」
「依頼じゃなくて普通に持っていく分には制限は無いんですか?」
「はい、特に制限は設けられていませんね。直ぐに沢山できるので。」
「そうなんですね。ありがとうございます。」
そうと決まれば早速行動。どうせ余っているんなら持って行ってみようじゃないの。錬金術で使うかもしれないし、確保しておいてもいいんだよね。多分爆弾とかを作るときに必要なんじゃないかなって睨んでるんだけど、当たっているだろうか。さてさて、ここのゴミ捨て場には数百のスライム燃料がある。それを片端からっていうのは流石にマナー違反だろう。10分の1だけ残して次のゴミ捨て場に。どうせ『エクステンドスペース』で拾うんだし、冒険者もやればいいのに。屯しているよりかは金になるんだしねえ。
ゴミ捨て場を8か所回って大量のスライム燃料を確保。…全部で中銅貨4枚分位集まったぞ。安いって見切りを付けずにやればいいのに。まあこれで僕も当分回収しなくてもいいだろう。爆弾の材料になるならまた取るかもしれないが。もしかして冒険者って『エクステンドスペース』の使い方すらも農民に負けているのでは? 農民は麦を回収するために『エクステンドスペース』を使いこなすレベルにまで引き上げている。でないと幾ら才能が高かろうと、手作業で回収するには限度があるからだ。だからこそ農民は皆が使える『エクステンドスペース』を離れた場所にあるものまで吸い込めるように訓練するし、使いこなそうとする。それに対して冒険者は『エクステンドスペース』を訓練しない。吸引力を発揮するまでの練度がない。…因ってスライム燃料の回収なぞ誰もやりたがらない。これなら筋が通るんだよなあ。まさかの農民未満とは。まあ、生活レベルも殆どが農民未満なんだが。
時刻はまだ正午だ。…自由市のネズミ捕りもやってみるか。どうせ出来高。1匹当たり鉄貨5枚となっていた。露店を冷やかしながら、マンゴーシュを片手にネズミ探し。食べ物も置いて売っているわけでもないし、ネズミなんかいるのかね? …いたなあ。直ぐ走って逃げたけど。マンゴーシュを投げるまでもなくすぐさま逃亡、でも逃げ足はそこそこだから投げれば討伐出来そうよね。自由市を冷やかしながらネズミ探しといきますか。しかし、大きかったなネズミ。20㎝位なかったか?
時刻は夕方。ネズミはあれから26匹捕れた。生死関係なしだから楽でいいよね。生け捕りなんて面倒くさいし。値段にして中銅貨1枚と小銅貨3枚。半日にしては頑張ったんじゃないか? まあ、マンゴーシュの投げる練習にもなったから良しとしましょう。剣士の才能って投げにも利くんだなあ。投擲はまた別の才能らしいんだけど、投げナイフは剣士の才能の一部、この認識でオッケーだ。
そんな訳で冒険者ギルドに帰ってきましたよ。依頼表を取って個室へ行く。依頼の完了や買取はこっち。ちゃんと覚えてるよ。…使用中になっている部屋もあるなあ。冒険者は文字を読めないのにわざわざ表示する必要はあるんだろうか。一応開けようとしてみたけど、鍵がかかっているのか、何かのアイテムのおかげなのか開かない。…なるほど、そうやって識別してんのね。未使用の部屋に入ってベルを鳴らす。このベルも錬金術大辞典に載ってなかったんだよなあ。どうやって作るんだろうな。奥から職員が入ってくる。まあ簡単な依頼だし、出来高だし、サクサクっと終了。で、少し疑問に思ったことを口にしてみた。
「このネズミってどう処分するんですか?」
「? 食べるんだよ? 食用部分以外は後は生ごみとして出すが。冒険者ギルドに売っている保存食はネズミの事も多い。君はネズミを食べたことがないのかね? そんなに美味いもんじゃないが、食べられない訳でもないよ。」
「あ、そうなんですね。分かりました。」
ネズミは食用だったのか。あんまりいいイメージないなあ、ネズミ。一般常識みたいだったが、農村では食べなかったからな。…猟師は食べてたのかもしれないが、貰った肉は多分鶏肉だったと思うんだよね。味的に。もしかすると知らない内にネズミも食っていたのかもしれないが。まあ、肉は肉として考えよう。養殖の鶏も兎もいるんだ。ネズミだって食えるんだろう。多分知らない内に食ってるんだろうなあ。
そんな訳で一仕事終えて宿屋へ、今日の夕飯は何だろなっと。おっちゃん亭主に聞いてみる。
「今日のご飯は何ですか?」
「今日はパンと兎肉のスープだよ。しっかり食べなよ。」
「はい、ありがとうございます。」
兎肉がゴロゴロと入ったスープだ。美味しそうだな。いただきます。兎肉ってあれよね。鶏肉よりもさっぱりした感じ。多分香草とかを塗り込んであって、先に焼いてあるんだろうな。香ばしくて美味い。…まあ、この世界の兎が前世基準の兎とはもう思っていないよ。どうせ役に立たない前世の知識。兎も巨大化してたり、羽が生えてたり、角があったりするんだぜ、きっと。…ごちそうさまでした。大変美味でした。
そんなこんなで自分の部屋に帰って来た。窓の方に干してあった布を取り込みベッドに掛ける。一応干してみたんだけど、日が暮れてからも置いてあったのが駄目だったか。冷たい布団になっている。服の洗濯とかもしたいし、明日は早めに宿に帰ってこよう。服の洗濯は井戸水に浸けて揉み洗い、洗剤はなしだ。まあ、多少は綺麗になる。霊地にいるときも偶にやってたんだが、服の洗濯って文化は農村にもちゃんとある、でも洗剤はない。
洗剤が作れたら一財産できるんでは無いかと思ったりもした。だが、洗剤の作り方も凡そでしか知らないし、なんといっても油が必要だった気がするんだよな。油なんて高級品、お貴族様位か裕福な家庭でしか使っていないだろう。そうなると、裕福な家庭にはすでに石鹸くらいはありそうなんだよな。そんな訳で、石鹸普及大作戦は頓挫した。魔境に行けば多分オーク石鹸位はできると思うんだよ。雑にいうと、油と灰を混ぜるだけなんだからさ。まあ、知識チートなんて早々させてくれない訳ですな。誰かしらが洗剤作って貴族相手に高い値段で売ってるんだぜ、錬金術師や薬師や魔法使い辺りが。
まあ、金にならない話はここまでだ。前世の知識には前世の知識を使ってチートする物語があったりするんだ。だが、この世界は才能がものをいう世界。適当な知識なんて目じゃないくらいには便利なんだよ、才能ってやつは。楽して生きるのは無理っぽい。…いや、もう十分楽して生きていけるくらいには稼げてしまっているんだが。でも錬金術師には成りたいわけで、なんだかんだと努力が必要なんですよ。才能は武器だが切っ掛け、才能を愛し愛されてようやっと一人前。便利なようで不便な世の中なんですよ。まあ、それは前世も一緒っぽいが。さてさて、少々思考に落ちかけましたが、寝るとしましょうか、おやすみなさい。
朝、窓を開けると雪がチラついていました。寒いけど、顔を洗うのは止めない。これも習慣だからね。まあ、お湯でもいい気はするんだけど。中銅貨1枚なあ。からだを拭くにはお湯でもいいんだ。勿体ないなんて思わない。でも顔を洗うのにお湯ってわけには、なんだか負けた気がするんだよ。こう、冷たいのを我慢してきゅっと肌が締まる感覚、あれがいいんだよね。だから共同井戸まで行って顔を洗う。今日も一日頑張りましょう。あ、今日は洗濯するよ。雪がチラついてても太陽は出てる。多分昼には止んでる。窓に掛けておいたらちゃんと乾くさ、…乾くよな?
そんな訳で、今日のメニューは何だろなっと。
「今日は鶏の卵粥に昨日のスープの残りだよ。」
「はい、ありがとうございます。」
毎日聞いてたからかな。何も言ってないのにメニューを言われた。まあ、この冬この宿に泊まりっぱなしだし、仲良くなるのは良いことだよね。他のお客さんとはしゃべったことないけど、ここに泊まれているところを考えるにまともな冒険者なのは確定だ。まともじゃ無い奴らは大部屋か冒険者広場だ。恵まれているとは思わないが、この宿みたいに個室でも暮らしていけるほどには、いい冒険者もいるってことだよね。…なかなか会わないけどさ。いただきます。んー卵がフワフワしてる。前世の僕もこの卵は美味しい卵だと言っているような気がする。まあ、今世の卵が美味しくて良かったね。…ごちそうさまでした。
お腹が膨らんだから早速洗濯だ。って言っても井戸に置いてある共用の桶で洗濯ものを揉み洗いするだけなんだけどさ。しかし、この桶、木製なんだよね。この世界、錬金術師の影響が強いせいか、必要最低限の物は土と石でできているから、木製の物って比較的珍しい部類に入る。…あ、井戸の釣瓶も土と石か。でも村だとそれくらいなんだよね。木製の物って。桶以外だと何があるだろう。刈り取り用の大鎌だってあれはフルで魔鉄製なんだよね。重くないのかなと思って聞いてみたけど、なんと身体強化しながら持つのだそうだ。身体強化も子供の頃から井戸汲みで覚えさせるんだってさ。…だから長男と長女の仕事は井戸の水汲みだったのか。因みに次男次女の仕事はゴミ捨てと燃料の回収。僕の扱いだけ酷くね? と思ってしまったのも仕方ないと思うんだ。まあ、臭い以外は楽だったけどさ、臭い以外は。…そういやあの糞尿処理の大八車、あれも土と石でできてたんだよね。錬金術師は何処にでも何にでも関わっている。
洗濯もこれを絞ったらおしまい。そんなに服も何枚もないし、毎日洗う訳じゃない。…子供のころからだからもう慣れたよ。でも、偶にはね、洗わないとね。気持ち悪くなるからさ、気分的に。時間もそんなにかからないし、ちょっと冬場はきついけど、水が冷たくて。さて、今日は予定がありましたよね。そうです。眼鏡を取りに行く日です。2,3日だからもうできているはず。剣よりも高かったんだから、大切にしないとね。そんな訳で、自由市に行く。鍛冶屋のコーナーに行き、この前と同じくらいの所に…いた、あの人だったな。
「すみません、眼鏡を取りに来ました。」
「おお、坊主か。出来とるよ。一度掛けてみてくれ。なんか具合が悪いなら言ってくれ。直すからな。」
「はい。―――問題ないと思います。ありがとうございます。」
「いいってことよ。こっちも仕事だしな。代金はこの間先に貰ったからな。じゃあまたな。」
そう言われたがおっちゃんはこのまま店番だ。僕はこれから錬金術師の店に突貫だ。北通りの西側、確かマリアージュって言ってたようなどうだったような。そんな名前だったような気がする。店の場所も覚えているし、問題もなく到着。
「ごめんください。」
「あらあらいらっしゃい。マリアージュへようこそいらっしゃいました。ご用はなんですか?」
「えっと、ピッタリ長靴と夜通し眼鏡、指方魔石晶の首飾りの作製をお願いします。素材と材料は用意してきています。」
「あらあら、それじゃあ素材を出してくれるかしら。眼鏡はそちらよね、預かるわ。」
「―――素材はこれで良かったですよね?」
「…ええ、問題ないわ。早速作ってくるけど、お店で待つかしら? それともお仕事の後で取りに来る? そんなに待たせるわけでは無いけれども。」
「ここで待ちます。」
「あらあら、じゃあ急いで作ってくるわね。」
そう言って奥へと行ってしまった。待つって言っちゃったし、座って待って居よう。…ここのお店って簡素だけど整っているような印象を受ける。この辺の装飾はセンスなんだよね。才能は関係なし。…いや、そんな才能もあるかもしれないけどさ。待つこと15分位。錬金術師さんがカウンターの所に出てきた。
「終わったわよー。はいこれ。代金は中銀貨1枚と小銀貨4枚よ。―――はい、確かにいただきました。またいらっしゃいね。」
そう言われてお店を出た。時刻はまだまだ午前中。今日も冒険者ギルドに冷やかしに行きましょうか。そしてネズミ捕りでもして小銭稼ぎと行きましょうか。なんだかんだとマンゴーシュを投げる訓練になるんだよね。他にレイピアを振り回していても怒られないし、訓練には最適なんだよね、ネズミ捕り。さてさて、今日は何匹のネズミが犠牲になることやら。
面白かった面白くなかったどちらでも構いません。
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素人読み専の私も文章に反映できると思います。
…多分。