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11話 3歳 ヘルマン傲慢に呑まれかける、マルマテルノロフの大発見

 夏がそろそろ過ぎ行き、秋を迎え入れようと麦が首を垂れようとしている今日この頃、どうもヘルマンです。まだまだ残暑で汗ばむ陽気、僕はいつも通り採取をしております。普通の日常ですよ。波乱なんていらんのです。平和が一番ですよ。…しかしながら、今年も教会前広場に人が集まり始めた。全く学ばない連中だよな。毎年毎年この広場に集まってきて、キノコ齧りながら生き残ろうとしている。他の生き方もあるだろうに、他の生き方をしない偏屈共の集まりなのだ。


 そんな碌でもない奴らばかりが教会前広場に集まったらどうなるのか。そんなものは決まっている。喧嘩だ。お前らそんな無駄に体力が余っているなら、少しでも林に潜ってキノコの1本でも採取したらどうかね。何もしなくても腹は減るのだ。その腹を満たすための物を集めるために、恥を忍んでこの霊地に集まっているというのに、無駄な喧嘩をして余計に腹を減らすような愚行をやめろよ。みっともない。


 僕が教会にお祈りに来ている今この時にも、喧嘩の声は止むことがない。


「てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」


「何度でも言ってやるよくそ野郎が! 俺の採ってきた素材を盗みやがって! 返しやがれ!」


「だから何度でも言ってやる! ちゃんと『エクステンドスペース』に入れておく物をどうやって盗むってんだよ! ふざけるなよ!」


「ちげーよ! 俺が目を付けておいた採取場所に来て俺の素材を奪っていったくせによく言うぜ盗人!」


「はあ? 生えてんの採ったからってお前の物を盗ったわけじゃねえ! ふざけんなよお前!」


「ふざけてるのはてめえだろ! 俺の行く先々付いてきやがって! 俺の見つけたもんだ! 俺の素材だ!」


「何度でも言ってやらあ! 生えてんのまで面倒見てられねーよ! 言いがかりはやめやがれ!」


 素材の豊富な霊地で近くで採取をしていたんだろう。パーティでも無いのに。しかも互いに下しか見ていなかったんだろうな。採取場所が知らない内に被った。それをどっちが先に採ったって問題はないんだが、余裕のない奴らの集まりだ。偶然を必然にし、わざわざ自分の採取場所にやってきたと思い込む。どっちが先かなんて今となっては分からない。偶然の結果を、今こうして無益な争いに昇華している。


 正直どうでもいいが、今出ていくのは憚られる。家に帰るには教会前広場の真ん中を通らないといけないくらいにはテントが一杯だ。真ん中は井戸を共同で使うため空けておかなければならない不文律がある。…その真ん中で喧嘩をやられているので、通るに通れないのだ。いっその事、林に入って回り込むか。はあ、しょうがない。待ってられないしな。


 僕はもう一度林に入り、ぐるっと村を回り込むようにして家に帰った。ちょっと遅くなったことは怒らないでくれるといいなあ。


 朝、いつも通り顔を洗い、朝ご飯を食べて、自分の仕事をこなし、教会に向かって皆で歩いていく。収穫まで農家は暇だからな。リュドミラ姉やシャルロ兄も読み書き計算の勉強に来ている。快命草抜きなんかはやっているが、もうここまで育ったらそこまで気にする必要もないらしく、父さんと母さんだけでやっているようだ。僕としては何処に快命草が咲いているかなんて分からないくらい麦が植わっているから、どうやって見分けているのかさえ分からない。才能の力なんだろうか。


 因みにマリー姉だけは読み書き計算が終わっているが、欲しい才能があるらしく、毎朝お祈りに来ている。そのあと家に帰っているのだ。教会はいつも一杯に人がいるんだ。今は空前の勉強ブームなんだ。シャルロ兄がやっていたように、教会に行ってお祈りをし、文字の読み書き計算の勉強をしていれば、自分の欲しい才能が貰えるとの噂が村中に広まってしまっている。子供たちが何人いるのかは知らないが、教会も礼拝堂で勉強を見るくらいには繁盛している。説教部屋ではとうとう入りきらなくなったのだ。


 そんな訳で、お祈りをした後、文字の読み書き計算組を置いて林に入る。この時なるべく奥に入るようにしている。ここのところ、喧嘩が日常になりつつある。巻き込まれるのはごめんである。そんな訳で少し奥の方へと移動する。…この際、もう少し深いところに行ってみよう。指方魔石晶の首飾りもあるし、魔械時計もある。素材を集める時間もまだまだあるんだ。少しくらい冒険してみよう。


 林の深いところで採取をしている。結論をいうと、深い方が貴重な素材が多いことが分かった。…というかまだ採られずに残って育っている。といった方が正しいのかもしれない。結構な数の闇天紋茸を確保したと思うんだよね。同時に闇暗中苔も。流石に漆霊闇苔は1瓶だけだが、深い方が色々と手付かずなんだろうな。


 僕が今まで採っていた場所は、他の冒険者も来ようと思えば来れる場所だったからな。今の場所は、エルフやハーフエルフの人たちか、脱出手段を持った人間くらいしか来れないだろう。しばらく誰も来ていない場所は素材の宝庫となっていたわけだ。大体林に入って2時間くらい突っ切って来たもんな。こんな深くまで来る必要が無かったんだものな。


 …ん? 何だこれ。黄金色の板? 若干丸っぽい…なんだろ、鱗かな。確かマルマテルノロフがこんな色してたっけ。…にしては大きくないか?30㎝以上あるよこの鱗らしきもの。ジュディさんのところで飼っていたマルマテルノロフよりも大きいんじゃない? この鱗らしきもの。…大発見の予感なんだけど。ヤバい、鳥肌立ってきた。…明日にしよう。明日の朝、お祈りが済んでからこの鱗っぽいものの処分を考えよう。よし、とりあえずは採取だ。時間はまだあるから採取しよう。そうしよう。


 林の外に出てきた。今日は収穫が一杯あった。貴重素材も沢山あったし、不思議物体も見つけた。…上出来ではなかろうか。とりあえずお祈りを済ませて、帰ろうとした瞬間、事件は起こった。剣戟の音が聞こえてきたのだ。…正確には鉄と鉄がぶつかった様な音だな。剣戟だったのは結果だ。冒険者同士の喧嘩が、武器の使用にまで発展してしまった訳だ。


 どうやら片方は昨日の難癖をつけた冒険者だったらしい。会話内容からわかる。昨日のお前か! とかまたお前か! とか言われていれば分かりたくなくても分かるってもんだ。…どうやら先に剣を抜いたのも昨日の言い争いの片割れの様だ。


 下手糞な剣筋がもう片方の、多分昨日とはまた別の冒険者に襲い掛かる。あれなら僕でもわかる。才能のない剣筋だ。剣士や剣術の才能、はたまた戦闘の才能に1つも星が振られなかったんだろう。それに対して受けている方は、少なくとも剣を扱うことに慣れていそうだ。綺麗に受け流している。周りからもやめろ! よせ! といった言葉が飛び交っているが、聞いた素振りすらない。


「仕方ない! ここでの証言は任せるがいいか⁉」


 剣を受けている方がそう叫ぶ。周りからは任せろ。とかいいぜ。とか色々聞こえるが皆肯定しているようだった。…何を任せるんだよ? そう思っていると、受けていた方の剣士が下手糞の方の剣士の剣を弾き飛ばした。そして追撃の袈裟斬りを放った。


「ぎゃああああああああああああああ。」


 切られた男の絶叫が響き渡る。そしてその瞬間に他の冒険者からの追撃が入る。…撲殺だ。切られた傷は浅くなかったから絶命はしただろうが、その絶叫を治めんがごとく、皆で殴り蹴りかかった。…数分後には事切れた男の死体がそこに転がっていた。…なるほど、この顛末の証言を頼むと他の冒険者に言ったのか。


 そして、その光景を見ている自分にも寒気がした。人殺しが起こったのだ。動揺しないはずがない。ただ僕の心は平然としていた。人が死んだのに何の感傷もない。前世の記憶では人殺しはご法度だったはずだ。…だがこの世界。人の命は軽々しくも散る。今年の春も、何人かの冒険者が冬を越せずに亡くなってもいた。それと同じように事切れた死体を見ても、また死人が出たか。くらいで収めてしまっている自分がいる。本当にその感覚は正しいものなのか? 判らない。ただ、この場の誰もが、自分を含めて、あの男の死を望んだということは分かった。全てが全て自己責任の冒険者の世界。自分が狂乱した相手に殺されては堪らない。また不和を持ち込むような奴は許せない。自己責任の中にも、やって良いことと悪いことがある。あの男はやってはならないことをやったのだ。だから正当防衛だった。この件はこれで仕舞いだ、そう言いたげな冒険者たちを尻目に、僕は自分の家に帰ることにした。狂乱した男は魔物だったのだ。そう思うことにした。そう思った方が良い気がしたから。


 朝、昨日あんなことがあったにもかかわらず、朝は必ずやってくる。水瓶から桶に水をすくい、顔を洗う。いつも通りだ。ただ、水面に映る顔は能面をしたかのように感情の無い顔だった。もう一度顔を洗う。気味が悪い。そんな顔だった。…それから普通に朝ご飯を食べて、普通に仕事をこなし、皆で一緒に教会に行った。


 その時教会前広場を通った。…何事もなかったかのように冒険者たちが煮炊きをしている。ここで昨日人切りがあったなんて嘘のように。普通に教会の中に入り、お祈りをした。いつもと同じようにお祈りをしたはずだ。…終わったからジュディさんの所に行こう。何時もの様に扉を開ける。


「ごめんください。」


「ちょっと待っとくれ!」


 いつも通りの返事を受け取り、定位置に座って待つ。…なんかじっと待つのが辛い。早く来ないかなジュディさん。…結構な時間待ったように感じだが、実際は直ぐだったと思う。奥からジュディさんが顔を見せた。


「何だい坊や、今日はまだ―――忘れなさい。」


「…え?」


「人の死に様を見ましたって顔をしているわ。直ぐに忘れなさい。それができないなら吐き出しなさい、感情を。坊やは他の子供よりも賢いかもしれないわ。でも坊やは子供なの。感情を押し留めておくにはまだ器が完成していないわ。だから、その器が壊れてしまう前に吐き出してしまいなさいな。ここなら誰も咎めることはしないから。」


 体の中で渦巻いていた黒いものを、口から少しずつ吐き出すように、誰かに聞かせるわけでもなく、ただの呟きとして、昇華していく。


「なんで人が人を殺さないといけないのですか? 同じ人間じゃないですか。どうして武器を取って戦う必要があったんですか。ムカついたからですか? それはそこまで、武器を取ってまでする必要があったんですか? わからない。どうしてそこまで――――――」


 ひたすらに、体の奥から黒いものを出していく。今までため込んでいたもの。今まで抱え込んでいたものを全て。僕は転生者だから、一度は大人になったから、精神は大人のままだと思ったのか? そんなはずはない。たとえ二度目の人生だとしても、たとえ大人になった記憶があったとしても、この体のこの精神は、子供のそれなのだ。黒いものを貯めこむには、負のものを抱え込むには、まだまだ白く、淡い。


 一度吐き出したものは止まるところを知らない。黒が黒を呼ぶように、負が負を引くように、口から次々に溢れ出す。気付いた時には叫んでいた。何を、意味のあるものじゃない。ただ単にないていた。誰にも聞かせる訳でもなく、心の赴くままにただないていた。


 ふと目を覚ますとジュディノアの、お店の中だった。太陽が林に隠れ、暗くなる直前だった。…いつの間にか眠っていたようだ。…体が軽い。体の中にあった、足元にまとわりついていたドロドロしたものが無くなっている。凄く気分のいい寝起きだ。何時ぶりだろうか、こんなすっきりとした気分は。


「ああ、漸く起きたかい。全く、子供が感情を貯めこむもんじゃないよ。賢いのは良いことだ。でも、変に賢くなりすぎると、賢さを演じ始める。だから体が限界を訴えているのにも気づかず、隠しちまう。泣きたいときは泣けばいい、笑いたいときは笑えばいい、それが子供の特権だ。急いで大人になる必要はない。無理をして大人になる必要はないんだ。…傲慢に呑まれるな、そう言っただろう。」


 ジュディさんの言葉が身に染みる。そうか、転生者だからって、大人を知っているからって、大人になる必要はないのか。…僕はまだ、子供なんだ。こっちの世界では、まだ子供なんだ。体も、精神も。ただ記憶があるだけの子供なんだ。そうか、もう大人になった気でいたのか。変に金を持ってしまったがために、傲慢に呑まれかけていたのだろう。僕はもうこれだけの金を手に入れたのだと。十分に生活していけるのだと。独りで生きていけるのだと。そう思ってしまったのだろう。そういうプライドが、知らない内にできていたのだろう。…これが傲慢に呑まれるという感覚なのか。お金を得れば得るほど迫ってくる。これが傲慢か。…恐ろしいものだ。


「傲慢は気付いた時には、後ろに迫っているものさ。どうだった? 私が注意した時にはすでに傲慢は坊やを呑み込まんと大口を開いて待っていたんだよ。偶には後ろを振り返って、傲慢を振り払わないと呑まれるよ。足が浮いたらすぐだ。浮いた隙間から下顎が滑り込むよ。」


「怖いですね。知っていても呑まれそうになるんですね。助かりました。」


「閉じこもってばかりだと、同じことばかりをやっていると呑まれやすくなるんだ。…錬金学術院には沢山いるんだよ。傲慢に呑まれてしまった、全てに呑まれてしまった者たちが。近づくのもいい。学べるものがあれば学べばいい。ただし、呑まれてはだめだ。それほどに傲慢は害悪なんだ。今経験した様に、ね。」


「…わかりました。」


「今日はもう帰んな。何かしに来たようだけど、急いだって良いことなんてないよ。生き急ぐな、地に足つけて、ゆっくりでいい。しっかりと歩いていきな。」


「はい、ありがとうございました。また明日来ます。」


 真面目な面持ちで話すジュディさんに、お礼を言いつつ自宅に帰る。…冒険者たちのいる教会前広場を通る。彼らの顔には昨日の惨劇の面影はない。もうちゃんと自分で昇華して、もうなかったことにちゃんとできているのだろう。冒険者も碌でもない奴らも多いけど、傲慢ではないのだろう。…いや、傲慢にはなれないのかもしれない。金もない、食べ物もない、ないない尽くしで傲慢が寄り付かないのだ。今の自分はもしかしたら彼ら以下だったのかもしれない。いや、彼らより上だとの思いが傲慢なんだろうな。分かっても呑まれてしまいそうになる、怖い怖い。


 朝、起きていつも通り顔を洗う。水面を見る。苦笑いの顔が水面に映る。大丈夫、もう呑まれていない。顔を洗い終わって朝食を食べる。そしていつも通り自分の仕事をこなし、皆で教会に行く。いつも通りお祈りをする。錬金術師に星を振ってくださいお願いします。そして、昨日のお礼と、本当の用事を済ませに行く。ジュディノアについて扉を開ける。


「ごめんください。」


「ちょっと待っとくれ!」


 いつも通りの返事と共に定位置に座って待つ。これもいつも通り。ほどなくしてジュディさんが顔を出す。


「おはよう坊や、昨日は大変だったねえ。」


「はい、昨日はありがとうございました。」


「まあ、元に戻ったようで何よりだ。」


「はい、おかげさまで。…昨日帰るときに冒険者の人たちを見たんですけど、彼らは僕よりちゃんと現実を見ているようで「それはちがうわね。」――――――え?」


「彼らは現実を見ているんじゃないわ。もうすでに彼らは大罪に呑まれてしまっているのよ。怠惰に呑まれてしまっているの。そうね、坊やは七つの大罪って聞いたことないかしら。」


「⁉ それならあります。傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰、でしたよね。教会の言葉の授業で出てきました。」


「あら、ちゃんと知っているじゃない。そう、その大罪の怠惰にもう呑まれてしまっているのが、教会前広場にいる冒険者たちよ。…正確に言えば、殆ど呑まれかけている、といった方が良いかもしれないけれど。彼らの中にはまだ現状では満足していないけれど、努力はしたくないってのが殆どだからね。だから、まだ怠惰には呑まれていない。そう思えるうちは呑まれないわ。時間の問題だけれどね。そして、その彼らの一部が嫉妬や憤怒にも呑まれようとしているのよ。冒険者が教会前広場で暴れたのは知っているわ。あなたが散々言ったからね。恐らくは憤怒にでも呑まれたのでしょうね。」


「憤怒、ですか。」


「そう。殆どの冒険者の様にお金を持たない者たち、彼らには嫉妬、憤怒、怠惰がどんどん迫ってくるの。逆にお金を持つ者には、傲慢、強欲、色欲、暴食がどんどん迫ってくる。一番早いのは坊やも経験済みの傲慢よ。大抵、強欲、色欲、暴食に呑まれる前に、傲慢にも呑まれるわ。そして一番遅いのが怠惰。これに呑まれれば後は殆ど死ぬだけよ。そして、この大罪たちの多くは他の大罪を引き寄せる効果も持っている。強欲は嫉妬を呼び、嫉妬は色欲を呼ぶように、一つに呑まれれば次から次へと大罪を呼び込む。そして行きつく先は怠惰。全てを放り出す。それこそ、生きる事すらも。」


「…何とかならないものなのですか?」


「何ともならないから大罪なのよ。そうならない様に教会で教えて貰うの。文字を習いながらね。…坊やの場合は、文字を覚えることに特化しすぎたのね。賢いのも考えものだわ。大事な説法を説くように教えても、文字を覚える方に考えがいってしまうもの。普通は話の内容に興味を惹かれて文字の習得が遅くなったりするものよ。」


「…それは確かに、そうかもしれません。話としては覚えていても、内容は深く聞いていなかったように思います。そう言えば冒険者ギルドも教会で文字の読み書きを教えて貰わないと情報をくれないって言っていました。」


「あら、それは何処のギルドに行っても同じよ。冒険者ギルドでも錬金術ギルドでも、テイマーギルドだってそう。情報が欲しければ教会に行って文字を習って来いと言われるわ。それは情報が本や覚書なんかになっていて読めないと意味がないからってのもあるけど、口伝でもいいとは思わなかった? 本質は大罪について学ぶことよ。冒険者や錬金術師、魔術師やテイマーなんかもそうね。家を継がないあぶれ者たちが就く職業に関連するギルドでは、大罪を嫌う。まあ、どんな立場の者でも嫌うものだけどね。そして勤勉で勤労で真面目な者こそ欲するものなの。だから文字の読み書きも覚えないような、怠惰に呑まれかけている者には目もくれない。居ても居なくても、どうでも良い存在となってしまう。そうは成らない様に、口酸っぱく文字の読み書きを教会で習えと教えているんだけどね。」


 なかなか上手くいかないものなのよね。と彼女はからからと笑う。大金を手に入れたと思った矢先に、さらに大きなお金を手に入れて、傲慢に呑まれかけていた自分は笑うに笑えない話だ。これからだって大罪に呑まれない保証なんて何処にもない。金を持つ限り傲慢は必ずやってくる。それこそ他の大罪もつれて。


「まあ、坊やは一度経験したから、二度目は自分で分かるようになるさね。…誰しもが一度は呑まれかけるんだ。完全に呑み込まれなければ、耐性ができるってもんさね。…呑み込まれても近くに誰かが居れば引き上げてもらえるし、余計に耐性がつくんだけどね。」


「ジュディさんも呑まれかけた経験があるんですか?」


「ああ、あるよ。霊地での採取物が特価買い取りになった時があってね、その時に一儲けしたのさ。そん時に呑まれそうになったんだよ。…あの時は、先輩錬金術師に喝を入れられたもんさ。高々小魔銀貨で浮足立つなってね。坊やと同じだよ。広場の他の冒険者がゴミみたいに見えてね。なんでこんな奴らに私らの霊地が荒らされないといけないんだって思ったもんさ。誰のものでもないし、少し奥に行けば素材なんて捨てるほどあるってのに、目の前の冒険者たちにイラついてね。傲慢が憤怒を呼びそうになったんだよ。全く、あの頃は若かったねえ。冒険者を皆素材の敵なんて思ってたくらいさ。」


「ジュディさんにもそんな時期があったなんて驚きです。何でもできそうなのに。」


「何でもは無理なんだよ。それが錬金術の限界なんだ。…錬金学術院に行ったら多分驚くと思うがね、先に言っておいてあげようか。それぞれの派閥のトップクラスは何かしらの大罪に呑まれてるんだ。それこそ正気の沙汰じゃない事なんかの実験を繰り返したり、湯水のごとく素材に金をつぎ込んだり、薬一つ作るのに生涯を懸けたりと逝かれてる連中の集まりだ。永明派なんかが最たる例だよ。あそこの派閥は、不老不死の霊薬を作ることを至上としている。できるかどうかなんて解らないが、それに命を懸ける人間の多いこと。幽明派の上も大概狂ってるしね。自分を不死者にして永遠の命を手に入れられないかの研究をしていたはずだよ。…まあ、何処の派閥も最終的には寿命を取っ払うことを考えてたりするもんさ。私ら幻玄派も幻獣の生態を研究することで、人間を幻獣に昇華できないかという研究が最終目標といってもいいくらいだしね。まあ、流石に私は不老不死なんて高望みはしていないけれど。」


「あ、そう言えば、ここに来た理由の事をすっかり忘れてました。」


「そう言えば、呑まれそうになったから来た訳じゃなかったね。用事って何だったんだい?」


「林の中でこんなものを拾いまして。」


「これはまた大きな板っ⁉ まって! これマルマテルノロフの脱鱗した鱗じゃない⁉ こんなに大きい、大発見よ! …これで論文を書くわ。この鱗売って頂戴。大魔金貨5枚でどうかしら。」


「大魔金貨⁉ …元々売るつもりで来ましたから、売りますが、大魔金貨ですか。」


「ええ、そのくらい、この鱗には価値があるのよ。幻獣が、今飼っているマルマテルノロフがまだまだ子供という結論が出たんですもの。他の霊地で飼われている幻獣も、もしかしたらまだ幼体って可能性が出てきたのよ。こんな大発見に出す金額にしては少ないかもしれないけど、論文の作成者に名前を連ねるとかの必要はないわよね。未だ解らないことが多い幻獣界に新たな風が吹くことになるわ。…値段の交渉なら受けるわよ。大魔金貨5枚で足りないなら言ってちょうだい。」


「い、いえ、大魔金貨5枚で売ります。その、傲慢や強欲が怖いので。」


「そう。ありがとう。これで研究が捗るかもしれないわ。」


「それは良かったです。でも大魔金貨ですよ? その、赤字になりませんか?」


「いえ、この論文が認められれば、大魔金貨100枚は堅いわね。そのくらいの発見よ。後は暫くは、論文にかかりきりになりそうってことくらいかしらね。…あ、もちろん保存瓶の売買と雲母茸の買取はいつも通り行うから心配しないでもいいわよ。」


「大魔金貨100枚…、なんかお金の概念が吹っ飛びそうです。保存瓶と雲母茸の売買はできるんですね。良かった。」


「この論文を書くのに1年かそこらかけて、論文を送って数年後に発表って流れかしらね。多少早くても、坊やが6歳になるまではちゃんとここにいると思うわ。…確約はできないけれど。そこは幻玄派のお歴々がどう動くかに依って変わってきちゃうから何とも言えないわ。普通なら坊やが6歳になる前に招集がかかることなんてないはずよ。…その前に招集が来ちゃったらごめんなさいね。」


「はい。その時はその時で考えます。」


 まあ、お金の問題は無くなったし、傲慢に呑まれる前に何とかなったし。後は素材集めをしながらゆっくりと生活できたら良いかな。この後は時間もまだあることだし、採取に向かおう。今日も少し奥まで行ってみよう。量より質で採取しよう。どうせ量は勝手に集まるんだから。


 林から帰ってきて教会へ。今日も錬金術師になる為にお祈りだ。効果のほどは解らないが、エドヴィン兄の星振りの儀が来れば、自ずと分かることだ。早くても4か月は先だな。星振りの儀の時期、新年祭の日取りは教会が教えてくれる。何かで計っているのか、それとも神託かなんかがあるのか知らないが、必ず10日程前に告知があり、その日から毎日何日後ってのを聞かされる。だから、日取りを間違うことはない。それに皆出てきているんだから、その家だけ間違えるってこともないだろうが。


 教会から出て、冒険者を見る。…昨日は皆大人なんだなと思ったが、ここの殆どが今まさに怠惰に呑まれようとしている者たちなんだな。正気になってみていれば分かる。ここには生気が感じられない。必死さや足掻いている苦しみが無い。皆、顔に笑顔の能面が張り付いているように見える。半分諦めに見える笑顔だ。自分の未来に希望が映っていない笑顔なのだ。今はそれが悲しみに見えている。


 哀れとは思うまい。自分もこうなっていた可能性があったのだ。怠惰か傲慢かの違いだけだ。行きつく先は一緒だとジュディさんが言っていた。死という停滞。生きる事すら止めてしまう。僕は他人の力で一度振り切った。ここにいる人たちはどうなのだ? 振り払う対象さえ見えていない、足掻く糸口さえ見えていない。もうすぐ止まってしまう、止まりかけの空間。ここに僕が求めるものはない。だがここを僕は忘れない。自分が怠惰に呑まれぬように、後ろを振り返れるように、僕はここの中に何を求める。止まらぬように何を乞う。まだそれは解らない。答えはまだ見つけられていない。でも僕には求めるものがある。僕は錬金術師の才能を求める。今はそれが僕の道、僕の糸口。今はまだ見えぬ、決して人には見えぬ星。それを手繰り寄せるまで僕は足掻く。6歳になったその時に、星振りの儀と共に僕の道は現れる。だからその道が続いていることを願う。その糸口が潜れることを祈る。求めよ、さらば与えられん。願えよ、さらば届けられん。僕の道は未だ獣道すら与えられていない。

面白かった面白くなかったどちらでも構いません。

評価の方を入れていただけると幸いです。

出来れば感想なんかで指摘もいただけると、

素人読み専の私も文章に反映できると思います。

…多分。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大罪がどうとか、物語に深く関わってきてほしくないなあ
[良い点] 今話すごく良かった。 序盤の感想にあったようなことはどうでも良くなったなぁ。 これでまだ11話か…。まだまだ先が読めることに感謝。
[良い点] ジュディさんはもう半分くらい師匠みたいなもんですね。 錬金術や素材以外の、人生に大事な事を教えてくれています。 [気になる点] ジュディさんのセリフが結構長いですね。 主人公の1、2行のセ…
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