ぼっちの聖域の東屋にリア充カップルが入り込んだら爆破する俺だが、本当は爆破されたいと思っている
短編『ぼっちの聖域の東屋にリア充カップルが入り込んだら爆破』
(https://ncode.syosetu.com/n3341hh/)
の続編になります。
単独で読めますが、読後に読みたくなるかもしれない。
初恋の終わった日と、初爆破は同じ日だった。
紅葉に囲まれた空に向かって、東屋の木片が舞う様子は、なぜか切なかった。
秋空が青すぎて、目に染みた。
それまでは趣味で爆弾を作っていたが、その日を境に、リア充爆破は俺の生きがいになった。
中学高校と独学で爆弾を作り続けた。
そして、リア充を見つけるたびに、俺はぼっちのステルス機能を存分に発揮し、秘密裡に、丁寧に、一組ずつ爆破した。
「豆太くん…好き…」
「僕もだよ…」
ーーーちゅっ
「リア充…滅殺…!」
カップルの唇が触れ合った瞬間に爆弾を投げ込み、俺は爆破スイッチを押す。
それは公園だろうが、河原だろうが、とにかく見てしまったのだから、仕方がない。
リア充、死すべし。
俺の視界の中に入っただけで、万死に値する。慈悲などないのだ。
公衆の面前でキスなど!
ハレンチな!
突然の爆破に慌てふためくリア充カップル。
吹き飛ばされた先で、無様に落ちてケンカを始めるのを見ては、俺は溜飲を下げていた。
ただ、爆破を続けていると、あの秋空に舞う東屋の木片の記憶が、俺の胸をぎゅうっと締め付けることが何度もあった。
あの東屋は、ぼっちの俺を入学式の翌日の昼から、ずっと守ってくれていた。
いわば、俺の聖域だった。
その聖域を爆破しなければならないほど、あの時の俺は傷ついていた。
初めて好きになった女の子。
その子が、あんな…あんな…!
その傷も、青空を舞う東屋の記憶が癒していってくれた。
ーーーそうだ。爆破しても壊れない東屋を作ろう。
爆破は最早、俺の生きがい。
止める事は出来ない。
東屋だけ爆破しないという自信もなかった。
ならば、丈夫な東屋を建てよう。
俺は大学に進学し、頑丈な建材の研究をすることを決意した。
入学した学部は9:1で男が多い学部だった。
これなら、安心して勉学に励めるというもの。
決して、モテたいなどと思ってはいない。
いや、決して。断じて。
リア充にうつつを抜かしていては、爆破も東屋も成らずだ。
大学生なら、高校生よりも進んだ男女交際にコンパ、キャッキャウフフな事を期待していたわけではない。
決して。断じて。神に誓って。
こうして、俺はフリーダムでちょっとしょっぱい気持ちを抱きながら、男だらけの大学生活を楽しんだ。
高校までと違って、ぼっちな俺にかまってきてくれる在学何年目か分からない愉快な先輩のおかげで、男だらけのキャンパスライフに馴染むことが出来た。
そして、20歳の誕生日から、先輩や悪友との付き合いで、宝くじ売り場に行ったり、競馬場を訪れるようになった。
なんとなくで買い続けていたら、いつの間にか数億もの大金を手に入れていた。
親しい仲間でも、全ての金額を明かす事は出来ないが、多少は儲かっている事を周りには明かしておいた方がいい。
雑談でも「あの馬いいって、言ってたから買ったら当たったよ」などと話を振られてしまうことがある。
だから、時々は当てた事をバラして、男同士の飲み会を開くことにしている。
あれは、夏競馬を当てた時のことだった。
「先輩〜、この間の競馬、万馬券でしたー。飲みにいきましょー」
「お、すげえな、吾妻、お前のおごりな」
「え、吾妻先輩、ぼくも!」
「あ、ずりぃ!オレもオレも!」
「はっはっ、いいぞ〜かわいい後輩の1人や2人。あれ?いつもいる椎谷は?」
何気なく、俺が不在の後輩の名前を出すと、一瞬でその場の空気が凍った。
「あいつは…」
「椎谷は、バイト先で彼女が出来たからっ…今日は、デートです」
"彼女"
"デート"
俺は、大学構内で盛大に鳴く蝉の声を急に耳障りに感じた。
あの夏の日も一緒だった。
いつもの東屋で、夏休みの間に偶然会えないかと。
コンビニのアイスを食べる間だけ。
少し陽射しを避けて休む間だけ。
そう自分に言い聞かせながら、だらだらとひとり東屋にいた、あの夏休み。
一度も、あの子は来なかったけれど。
それなのに、あの秋の日に、リア充して東屋でイチャイチャしていたけれど。
ずきん、と塞がったはずの胸の傷が痛んだ。
俺は奥歯を強く噛み締めながら、言った。
「…それは、邪魔をしてはいけないな。はは…」
先輩も悪友も、後輩たちも、俺と同じような強張った顔で笑っていた。
「そ、そうだよな。かわいい後輩の幸せは、オレ達の幸せ、だよな」
「お、おう。今度会ったら、おめでとうって言わなきゃな」
「そ、そうですよね。遊べなくなるわけじゃないですし、ね」
「夏休み…だもんな。バイトもするよな」
みんなで、はははは、と笑いながら、目を合わせることが出来なかった。
アスファルトに蒸されたキャンパスの片隅で、俺たちはしばらくぎこちなく会話を続けた。
そのままのメンバーで、ドキ☆っとしない男だらけの飲み会をいつものチェーン店の居酒屋ではなく、ちょっと高めの居酒屋で開催した。
金はあるんだ。
こういう時こそ、いい酒と美味い料理を食べなくてどうする!
スポンサーである俺の判断で、ちょっと高めの居酒屋で、浴びるようにみんなで酒を飲んだ。
少し高めの店というだけあって、普段は飲めない大吟醸酒に、テレビでしか見たことのない高級国産ウィスキー、ショーケースの中で売られているようなプレミアのつく焼酎を飲んだりした。
こだわり産地の新鮮な野菜のサラダに天ぷら、串揚げに、年間限定頭数の限られた部位からしか取れない希少な肉のステーキ、水揚げされたばかりの魚介類の刺身も、とにかくすべてが美味かった。
楽しかった。
美味い酒と美味い料理。
そして、気心の知れた男たち。
わいわいと誰に気を遣うこともなく、騒いで飲んで。
こんなに楽しいなら、男だけでいいじゃないか。
そんな事を思いながらも、ふわふわと酔った足取りでトイレに向かい、手を洗って通路に出ると、見たことのある背中。
「…椎名?」
「あ、吾妻先輩?」
突然のリア充転身を知ったばかりの、例の後輩・椎谷だった。
俺は動揺を抑えて、先輩らしく振る舞おうとした。
「お、おお、お前も今日ここで飲んでたのか。あっちの部屋で、俺たち飲んでるんだ。よかったら一緒に」
飲もうぜ、と言いかけた言葉は宙に消える。
椎谷の後ろから、ひょっこりと顔を出したのは、落ち着いた茶色の髪をゆるくアップにしたぱっちり二重のかわいい女の子。
「あー、吾妻先輩。あの、か、彼女です」
ためらうことなく、椎谷が紹介してきた。
「あ、初めまして。椎谷くんとお付き合いしてます。桐谷まさみっていいます。」
こっちもためらうことなく、俺に自己紹介をしてきた。
リア充に自己紹介された。
人生で初めての経験に、俺はどう対応していいのか分からなくなった。
だが、ここは居酒屋。
酒の力が、存在する場所だ。
「へぇー、かわいい子じゃん。はじめましてー。椎谷の先輩の吾妻です。
あっちで飲んでるんだけど、一緒にどう?おごるよ」
誰だお前。
脳内で自分にツッコミながら、俺はひたすら先輩面を保った。
「えー、いいんですか?お邪魔じゃないですか?」
「そんな、こっちこそお邪魔だろうけど、みんな椎谷の彼女がこんなにかわいいなんて知らないから、びっくりすると思うんだよね」
俺がびっくりだ。
かわいい彼女にも、酒の力を借りた俺にも。
「じゃあ、椎谷くん、いいかな?」
「うん、吾妻先輩がいいって言ってるし」
「うん。吾妻さん、お邪魔しますね」
そう言って、椎谷の彼女は席からカバンを持ってくると、俺の横に立った。
ふわりと、いい匂いがした。
さっきまで俺たちが飲んでいた部屋は、酒と油と脂とタバコと男の匂いしかしなかった。
まさみちゃんからは、かわいい女の子のいい匂いがする。
急激に胸の鼓動が高まる。
落ち着け。
平常心だ。
これは、酒の酔いが回って、急に心臓の拍動が早くなっただけだ。
俺は心の中で、爆弾の材料を並べて落ち着こうとした。
しかし、だめだった。
男だらけの飲み会で油断していた酔っ払いたちは、俺以上に動揺し、俺以上に酒の力を発揮して、この非常事態に対応しようとしていた。
結果、誰も平常心ではいられなかった。
「まさみちゃ〜ん、かわいいね〜」
「椎谷にはもったいなあい!」
「付き合ってどれくらい?チューとかした?」
急に部屋に来た椎谷とその彼女に、男たちは緊張と嫉妬と虚栄が入り混じり、カオスと化した。
完全にセクハラ発言をした先輩を殴ることもなく、まさみちゃんは照れながら答えた。
「いや、そんな、してないです」
「FOOO!まさみちゃん、かーわいい!」
「ここで、キスして見せろー!」
「椎谷、お前爆発しろー!」
爆発という言葉に反応した俺は、思わず、ジーンズのポケットにある爆破スイッチを触ろうとした。
いや、ここはまずい。
俺はゆっくりとした動作で酒を飲みながら、落ち着こうとした。
平常心。
リア充爆破は、現行犯で。
それこそが、俺の矜持だ。
だが、そんな俺の努力も虚しく、椎谷に爆弾を落とされた。
「人前でそんなことしませんよ!」
……人前で?
じゃあ、お前、人前じゃない密室の部屋だったら、何をするんだよ!
俺は白目の部分がじわじわと黒くなっていくように感じた。
ーーーリア充は、滅殺せねば。
俺はその日から、椎谷の行動をすべて把握する事に決めた。
夏休みといっても、バイトと大学くらいしか用事がない椎谷の行動パターンはわかりやすかった。
バイトの帰りに、まさみちゃんと一緒に帰ることはあったが、時々手をつなぐだけで、それ以上の行動はなかった。
俺はプロのリア充滅殺者だ。
椎谷が後輩だろうが、なんだろうが、見つけてしまえば爆破するしかない。
だが、椎谷だけを厳しくジャッジすることもできない。
そう、それが俺のリア充滅殺者としての、誇りだ。
だから、今までのリア充カップルたちと同じように、お前たちがキッスをした瞬間に、俺は爆破スイッチを押す。
悪く思うなよ…椎谷。
時々、俺は血の涙を流しながらも、椎谷たちの後をつけ続けた。
だが。
何日経っても、椎谷とまさみちゃんは時々手を繋ぐ以外の進展はなかった。
これは、リア充滅殺をするラインにまで、到達していない、リア充…。
俺は爆破できないことを寂しく思いながらも、後輩の清い交際に拍手を送ることにした。
そして、9月も半ばを過ぎ、そろそろ大学が始まる頃。
俺は悪友の部屋で、夜を徹した後だった。
秋競馬本番前に、3歳馬のレース展開予想と、古馬のおすすめを熱く語りあっていたら、夜が明けてしまった。
そろそろ体を夜中心の生活パターンから戻さなければと思いながら、自宅アパートへ帰るために歩道を歩いていると。
瀟洒なマンションから出てきた椎谷の姿が見えた。
あいつ、ひと駅先のアパートに住んでいるはず…
椎谷が上に顔を向けて手を振っている。
見たことのないしまりのない笑顔。
俺は、ゆっくりと上に視線をあげる。
そこには朝日を浴びて、目を細めながらも幸せそうに微笑むまさみちゃん。
時刻は、午前6時すぎ。
俺はとっさに街路樹の影に隠れた。
この時間に、「忘れ物届けに来たよ☆」「きゃっ!あたしったら、ドジ☆」ってわけじゃないことくらい俺にも分かる。
つまり、あれは、なんだ、人前でできないリア充をしていたのかー?!
俺は爆破スイッチを探した。
しかし、昨夜、コンビニにひとり買い出しに行った時に、手持ちの爆弾は使ってしまっていた。
手元に、爆破できるものが、無い。
それに、コンビニ前で滅殺したリア充カップルは、自動ドアが開くタイミングでちゅっちゅっしながら、入店してきた。
まだ、店内には小さな子どもたちもいたにも関わらず…!
ここは日本だ。
ちゅっちゅするなら、人前でするな!
俺はためらうことなく、店を出たリア充カップルを爆破した。
爆破後のすすけた独特の匂いをひと嗅ぎしてから、俺は立ち去った。
そう。
人前ではない。
椎谷はきちんと周りに配慮した上でリア充カップルを満喫している。
飲み会の席でまさみちゃんが「してないです」と答えたのも、俺たちへの気配りだったのではないだろうか…。
リア充のくせに、あいつら、気を遣いすぎなんだよ…!!
朝日を浴びた街路樹の下、俺はこぼれる涙を拭うこともせずに、かつてない敗北感を抱きながらいつまでも立ち続けた。
その日から、俺は爆弾作りと、建材の研究をするための情報収集に明け暮れた。
爆弾は小型で、かつ安全性を重視し、その一方で、威力が増す方法を探した。
そして、その爆破の衝撃に耐えられる建材にとって、必要な条件と、現存する建材、製造元のメーカーを調べた。
年月は流れ、俺は大学卒業後は大学院に入り、修士課程、博士課程へと順調に進んだ。
プライベートでは、爆弾の研究。
大学院では、建材の研究。
俺はこの2つの研究のためだけに、生きた。
博士論文を仕上げた頃、俺は建材メーカーへの就職が決まっていた。
業務提携をしながらの研究だったので、当然だったとも言える。
その間も、俺はリア充を爆破し続けた。
もちろん、プロのリア充滅殺者として、公衆の面前でハレンチな行為をしたカップルに限定していた。
現行犯爆破。
それだけは、守った。
椎谷とまさみちゃんは、俺が博士課程に入った年の夏、結婚式を挙げた。
友人席は、あの時一緒に飲み会を開いた先輩、悪友、後輩たちでまとめられていた。
同じ席で固まった俺たちは、まさみちゃんと初めて会った居酒屋の話で盛り上がった。
「あいつ、覚えていたんだな…」
椎谷とまさみちゃんは、どこまでも気遣いの出来るリア充カップルだった。
「爆破、一度もできなかったな…」
引き出物をぶら提げて、二次会で貰ったアルパカのぬいぐるみを抱えながら見上げた月は、とても穏やかにまろみを帯びて輝いていた。
就職してから10年。
俺は研究に研究を重ね、ついに爆破に耐える建材を商品化することに成功した。
耐久性と価格の手頃さ。
加工のしやすさも、ウリになる。
ようやく、その商品が流通し始めた頃。
俺はかつて通っていた公園を管理する自治体へ電話をし、東屋の設置と寄付を申し出た。
あの秋の日に、爆破した東屋。
その跡地は、ただの空き地として、時々花壇になったりしながら、そのままのスペースが残っていた。
俺は就職してから給料の一部を東屋設置のために貯金していた。そこから東屋のデザイン・製作料を含めた設置費用のすべてを支払った。
かつての東屋と同じ形には出来なかったけれど、建材に合った新しいデザインの東屋は、子どもや学生たちが憩うに相応しい、優しい面影を宿していた。
「あの時は、爆破して、ごめん。
でも、それで救われたように、思う。
………ありがとう」
俺は新しい東屋にそっと手を触れながら、小さな声でお礼を言った。
こんな独り言に、どこまで意味があるのかわからないけれど。
それでも、届けばいいと思った。
目的を果たした俺は、会社を辞めた。
研究チームのメンバーは、涙を流しながら見送ってくれた。
「いつでも戻ってきてね〜」
「新しいアイデア出たら、教えて下さい!」
「また、ご飯食べに行きましょう!」
男ばかりの研究チームは、大学時代を思い出させてくれるほど、居心地が良かった。
野太い声に送られて、俺は研究チームを去った。
退職後、大学時代に宝くじと競馬で当てた金を使い、山に近い田舎の土地を10ヘクタールほど買った。
初めて爆破したあの日の空の青さが、どうしても俺の中から消えてくれなかった。
研究は楽しかったが、青空が見えなかった。
念願だった丈夫な東屋を設置したら、青い空の下で生きていこうとずっと前から決めていた。
幸い、2年連続で大きな宝くじを当てていて、5億の貯金もある。
自給自足、晴耕雨読の生活をするには充分だった。
俺はひとり、買ったばかりのその土地に、自分が研究して商品化した建材を使い、家を建てた。
もちろん、東屋も。
俺が寄付した東屋のデザインは、翌年に"いいね!デザイン賞"を受賞し、至るところで見かけるようになった。
念の為に巡回してみたが、お年寄りが話していたり、小さい子どもたちが遊んでいたり、学校帰りの友達同士でお菓子を食べながら座っていたりと、平和な光景だった。
俺の爆破スイッチは一度も使う機会はなかった。
それを少し寂しく思いながらも、たくさんの東屋で、たくさんの人が憩う姿を見て、俺の心の傷には、立派にかさぶたが出来ていった。
時々、東屋巡りをしながら、山に登り、畑を耕し、じゃがいもとそば、茄子にピーマン、ニンジン、小松菜、カブ、そして麦と大豆といったように米以外の作物栽培を始めた。
山の方だったので、田んぼは作れなかったが、それ以外の必要なものはだいたい作れた。
爆弾作りと建材の研究で、データや資料文献など、万全の体制で臨む習慣がついていたからだろう。
近所(といっても、遠過ぎて目視出来ない家)の人は、時々やってきては俺の農作物を見ては、褒めてくれる。
70過ぎのおばあちゃんだけど。
軽トラックに乗ってやってくるたびに、俺は庭先で採れたハーブで作ったお茶を出して、おばあちゃんと世間話をする。
その日も他愛のない世間話をしていた。
「今度、うちに孫が来るんだぁ。恥ずかしい話だけど、息子が離婚しちゃってねぇ。
今度10歳の誕生日があるから、何かしてやりたいんだけどねぇ」
「そうですか。それなら、遊具を差し上げますよ」
俺は新しい建材のアイデアが出た時に試作した、組み立て式のアスレチックジムをおばあちゃんにあげることにした。
今度は頑丈さの他に軽量化を重視し、建具として商品化出来ないかと、ひとり研究していた。
そう。
畑を耕しながらも、頭の中は爆弾と建材のことばかりだった。
長年培ってきた習慣は変えようがなかった。
そこで、空き地に爆弾と建材の研究をするための施設を建てた。
完全にプライベート仕様のため、不思議な空間が出来上がったが、使い勝手は良かった。
そして、雨の日に迷い込んできたおばあちゃんの孫、宇宙くんが俺の弟子になるのだが、詳細は俺と宇宙だけの秘密だ。
まあ、一緒にリア充を爆破しただけだったりするのだが。
こうして、俺は畑仕事と、爆弾と建材の研究、そして時々の東屋巡りと、近くの山に登山するだけの平穏な生活で、何年か過ごした。
たまに、俺の敷地内と知らずに入り込んでは、車の中でけしからん真似をしているリア充カップルがいる。そういう輩には、そっと車体に爆弾を仕掛けて、敷地内を出てから爆破するようにしている。
畑に部品が飛んできてしまっては困るからな。
そして、気づけば初めて会った時は10歳の子どもだった宇宙も、今では立派な高校生になっていた。
その日も、俺は宇宙と一緒に爆弾を作りながら、雑談をしていた。
「明日は山に登るから、留守だ」
「山?国立公園の方?」
「そう、国立公園の方の山」
「師匠、この後、蕎麦打ちするの?」
「あー、そうだな。下山してからの楽しみがなくなるところだった」
「山に登って、蕎麦を食べて。師匠のルーティーンは変わらないなぁ」
「何を生意気な…。あぁ、初めて一緒にリア充爆破した時は、可愛かったのになぁ」
「あんなの大昔だよ。あれからどれだけのカップルを爆破してるか、知ってるでしょ?」
そう。
弟子になった宇宙は、リア充滅殺者として順調に育っていた。
あの冬の日。
宇宙の失恋と爆破。
白く舞い散る雪の中に、放物線を描いて飛んだリア充カップル。
教えた覚えもないのに、宇宙は、はっきりと言っていた。
「……リア充……滅殺すべし!」
あの時の凍えた声は、今はもうない。
立派に育った弟子を微笑ましく見守りながら、俺は年を重ねていくのだろう。
そう、思っていた。
だが。
なんだ?
この状況は。
いつも通りにひとりで山に登り、山頂で昼食を食べていると、たまたまソロ登山の女性、広瀬深雪さんが作り過ぎたと言って、コーヒーを分けてくれた。
他の登山者たちは、みんなグループ登山だったので、ひとりだけでいる俺に声を掛けたのだろう。
そのまま雑談をして、「下山したら、自分で作った手打ち蕎麦を食べるんです」「いいですね。わたしも食べたいです」「ははは、いつでもどうぞ」と社交辞令の会話をして別れたはずだった。
それが下山して、駐車場に着くと、車が隣同士だった。
『国立公園』とペンキで書かれた看板の前、俺は深雪さんとの奇跡的な再会に胸を躍らせた。
だが、どうすればいい?
お互いに、山登りと疲れが混じって、駐車場で再会して、ハイテンションな状態だ。
さっきの社交辞令をここでしつこく持ち出して、「蕎麦を食べに家に来ませんか?」なんて言ったら、ドン引きされる。
初対面のおっさんに。
家に来て蕎麦とか。
言われたら、悲鳴あげて逃げる一択だろ。
それなら、楽しかった出会いの思い出だけを胸に帰宅した方がいい。
リア充滅殺を長年繰り返してきた俺だ。
この心温まる思い出だけ、持ち帰ることができれば、それでいい。
それで、充分だ。
俺はそう決心して、無難な別れの挨拶をしようとした。
しかし。
「せっかくだから、お蕎麦をご馳走になってもいいですか?」
ハイテンションな様子で深雪さんが、「お腹空いた〜」と大袈裟なジェスチャーをつけて、自ら言ってくれた。
それなら。
一緒に蕎麦を食べるだけなら。
いいよな?
俺は俺に許可を求めた。
『リア充滅殺』の襷鉢巻をした心の中の俺が、渋々頷いた。
きっと、こんなの、一生に一度だけの奇跡だ。
俺は抑えきれない喜びと笑みを浮かべながら、深雪さんに頷いた。
「帰りが遅くなりませんか?」
「大丈夫です。食べたらすぐに帰りますから」
そう、すぐ帰るって言ってた。
言ってたのに。
なんだこの状況。
初対面の男の家なんて気持ちが悪いだろうと、広大な庭の東屋で蕎麦をご馳走して。
食べ終わって、蕎麦茶を飲んで。
そして、何故、今、深雪さんの顔が目の前にあるのか。
「……一目惚れって、信じますか?」
しっとりとした大人の色気を含んだ目で、深雪さんが俺を見ている。
膝はすでに触れ合っている。
深雪さんは、40半ばも過ぎたおっさんの俺にはもったいない美人だと俺は思っている。
だが、聞いてみれば年はそれほど変わらず、「ぜんぜん美人でも可愛くもないので、独り身のままですよ〜」と軽い口調で話していた。
だが、俺には美人だし、可愛く見える。
これが、一目惚れ、なのか?
俺は何も考えることが出来ず、
「俺も、一目惚れ、だと思う…」
と言ってから、なんだか深雪さんに触れたくなってしまい、ゆっくりと深雪さんの肩に手を置いた。
すると、頬を染めた深雪さんが、うっとりとした表情をした後に、目を閉じた。
……俺は固まった。
目を閉じた。
その後、キスだ。
今まで、何百、何千回と爆破してきたリア充カップルを見ていたから俺は知っている。これは、キスだ。
だが、俺はリア充滅殺者。
キスなど、したことはない。
いや、正直に言おう。
枕とアルパカのぬいぐるみ相手に、練習した事はある。
角度、強さ、時間など、研究に研究を重ねて、眼鏡をするようになってからは、眼鏡を外すタイミングについて悩んだりもした。
その悩みを拭い去るために、コンタクトレンズにしたのが本当の理由だったと、今、正直に告白しよう。
ああ、落ち着け。
俺、落ち着け。
キスだ。
ベーゼだ。
せっぷんだ。
千載一遇のチャンスだ。
すべてのリア充カップルを爆破しながらも、俺が本当に望んでいたこと。
それは。
俺も爆破されるような事をしたい。
その本音を口にすることなく、そっと静かに心の中にしまってきた。
だが、今なら。
深雪さんなら。
俺はそっと唇を尖らせた。
目を閉じたら、失敗する。
薄く目を開けたまま、慎重に顔を近づける。
尖らせた唇が、ぷるぷる震える。
爆破してきたリア充たちを思い出し、そっと顔を傾ける。
息。
息はどうすればいい?!
俺は、息を止めた。
そして、
俺は、
深雪さんの柔らかい唇に、
キス、をした。
柔らかい…。
俺が感動のあまり、もう一度キスしたいと顔を寄せた、その時。
視界の片隅に、しゃがみ込んだ姿勢の宇宙が見えた。
まさか!
宇宙は、目に涙を浮かべながら、満面の笑みでサムズアップをし、そっとその親指を下ろした。
「リア充、滅殺…!」
宇宙の声が聞こえた。
俺は空中に体が吹き飛ぶ初めての感覚を味わいながら、深雪さんの手を取り叫んだ。
「爆破!最高おぉーーー!」
眼下にある東屋は、爆破に耐えて変わらずに建っていた。
俺は顔を上げて、空を見た。
飛び上がった先の空は、青い青いどこまでも高い空だった。
あの日の空よりも。
あれから、40年。
宇宙は、花火職人になった。
一緒に爆弾の研究を続けていくのかと思っていたので、不思議な気持ちで「どうして花火職人に?」と聞いたら、
「いやー、師匠見てたら、マジでやべえなと思って」
という答えが返ってきた。
やばい?何が?
え、お前、そう思ってたの?
師匠って言ってたよね?
……まぁ、それはともかく。
子どもは出来なかったが、俺と深雪さんは幸せな結婚生活を送った。
ともに、白髪になって、入れ歯になって。
最後の日に、感謝のキスをした。
深雪さんの最期を看取った翌年。
俺も病の床についた。
「病気というか、ほぼ老衰ですよ」
顔馴染みになった女医にさっくり言われた。
宇宙の奥さんだからといって、ずいぶんさっくり言ってくれる。
俺は見舞いに来た宇宙を枕元に呼んだ。
「…ひろしぃ、なぁ、頼みがあるんだ。俺たちに…子どもはいなかった…。墓を…持つつもりも…なかった…。
おれとぉ…深雪さんが会った…あの青い青い空の下に戻してくれ…。
だから…宇宙……俺が死んだら…俺と深雪さんの骨を爆破して……海に…散骨してくれ…。な、たのむ…」
50を過ぎて禿げ始めた宇宙は、太った体を丸めて、顔全部を涙でぐしゃぐしゃにしながら、俺のしわくちゃで骨張った手を包むように握って、何度も頷いてくれた。
ああ、宇宙、お前はそういう奴だったよな。
誰よりも情が厚くて、涙もろくて。
初めて爆破した冬の日も、泣きながら爆破スイッチ押してたよな。
それに、俺と深雪さんがリア充になったあの日も。
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
「…お前はなぁ……泣き虫だなぁ…」
その言葉を最後に、俺は目を閉じ、深く息を吐いて、二度と息を吸うことはなかった。
深雪さんと結婚してからも、爆弾と建材の研究は続け、いくつか特許を取得していた。
爆弾は、土砂崩れなどの災害時における岩石の破壊に。
建材は、応急仮設住宅の設置に。
災害など、なければそれに越したことはない。だが、どうしても悲しい出来事は起きてしまう。
その時に、俺のリア充爆破のキャリアと、俺のために爆破されてくれた東屋への想いが、誰かのために、役立つのはとても嬉しい。
ああ、骨になった気持ちは不思議な気持ちだ。
何もかもが近く、遠い。
俺は深雪さんと一緒に爆破されて、粉々になり、海へと舞い降りた。
深雪さん、このまま海に溶けて、その後は山に雪として降ってみるのはどうだろう?
雪解け水になって、木の根っこに辿りついたら、木になるんだ。
そして、木材になって、どこかのぼっちのために、東屋の一部として爆破されて空を飛ぶんだ。
それもいいかもしれないわねと、微笑む深雪さんと笑い合いながら、俺は一緒に海へと溶けて消えた。
【 完 】