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朝起きて、顔を洗い、ご飯を食べて、歯を磨き、制服を着て、そして、きぐるみを着る

作者: 森里ほたる

"手紙"と聞いて、新聞の文字を切り抜いて作ったものが一番最初に思い浮かんだ。。。

 私、杉宮すぎみや 胡桃くるみは桜ヶ丘高校の二年生。


 進路、将来、テスト、友達、夢、やりたいこと、料理、目標、ダイエット、制服、おしゃれ、SNS、恋愛、彼氏、失敗、嫉妬、構って欲しい、お金、心、体、色々なものに溢れた私の世界は眩しくて、うるさくて、目まぐるしい。


 そんな世界で目を回して倒れてしまわないように、あまり多くを持たないようにしている。

三人の親友と家族と家と高校とアイスが安いスーパーと長く話し込めるファミレスでだけで十分。


 その広くて狭い世界の大部分を占めるのは、結局、家と高校。

家から高校は徒歩十五分で行けてしまう、代り映えのしない一本道でちょっと味気ない。でもバスや電車登校の友達からはいつも羨ましがられる。


 私からすると徒歩以外の方が羨ましい。

決まった道を一人で歩くだけの新しい出会い皆無の徒歩より、バスや電車で毎日新しい出会いのある環境に憧れる。ただ、私は登校が徒歩限定なので、永遠に手が届かないただの憧れ。


 こう思うのも、彼氏持ちの友達からいつも彼氏とのケンカの愚痴という体のノロケを聞かされているせいかもしれない。私もそういう風にノロケを言ってみたい。新しい出会いが欲しい。


 こんな感じでないものねだりだったり、隣の芝生は青く見える感じだったり、ちょっと文句を言ってみたりするけれど、概ね私の生活は満足している。


 おそらく同じ日々の繰り返しは退屈という人もいるだろうと思う。私は同じ日々を繰り返せる間は意外に短いと思う。だから精一杯その限られた日々を楽しむことにしている。

ただ、文句を言ってすっきりもしたいから、単純にワガママなだけかも。



 そんな繰り返されるいつもの朝、私はいつも通り携帯の目覚ましに起こされる。スヌーズは使わない。眠たい目を擦りながら、洗面所に向かい顔を洗う。その後、簡単にみんなの分の朝食を作って食べる。今日は大好きな焼き鮭にした。


 歯磨きと寝間着の着替えに移る。身だしなみは基本中の基本である。しっかりしわが無いことを確認して、服の袖を通し、鏡で全身を見渡した。うん、今日も完璧である。

そうして玄関まで来て、家を出る最後の準備をする。






ドアノブに手をかけて、家族にいってきますと挨拶して学校に向う。



きぐるみを着て。





***




 小学校の頃からだったと思う。

お父さんが飲み会の出し物で着た地方マスコットキャラクターのきぐるみを家に持って帰ってきた。

そのきぐるみは人型で目がぎょろっと大きく、そのうえ自分の体の何倍にもなる大きさにビックリした私はとても怖くて泣いてしまった。


 私にはそんな怖い印象のきぐるみだけど、弟は違ったようだ。被って抱きしめて遊んでいる弟の姿を見て、恐る恐ると直接触ると段々恐怖心が無くなり、最終的にはお気に入りのおもちゃになったそのきぐるみ。


 最初はおままごとの相手役として遊んでいた。

それから一歩踏み込んだのは、ある寒い日。寒かったから一度着てみると温かさと安心感を感じ、その包容力にハマった。それからすぐに、暇さえあればずっときぐるみに入って遊ぶようになっていた。


 一度熱中すると止まらない。誕生日とクリスマスには新しいきぐるみのプレゼントがせがんだ。

お人形やおままごとセットはいらない。私は頑なにきぐるみだけを欲しがっていた。


 買ってもらった色々なきぐるみ。地方マスコットキャラクター、アニメのキャラクター、動物、それに良く分からない生物のきぐるみまで、すべてに私は目を輝かせ熱心に欲しがった。


 私の欲しがるこのきぐるみ達には共通点があった。それは顔の部分まですっぽりと被れるもの。顔の部分が露出しているものは泣いて嫌がり、せっかくの両親サプライズが即返品となったしたこともあった。




 そうしてきぐるみ大好きな私は小学校高学年になる頃に運命と出会ってしまった。




 それは日曜日にお父さんと初めて貸し衣装屋に行った時のこと。

その貸し衣装屋には民族衣装からドレスや仮装道具やきぐるみがあり、実際に店内で試着ができて写真を撮れる。今まで行ったことが無かった私はわくわくが抑えきれなかった。


 お店に入り、端から綺麗な衣装や派手な装飾の服を見てまわった。

一つ一つゆっくり眺めていた私の視界の隅にちらちらと白いものが映った。それは店の端にシロクマのきぐるみだった。


『こんにちは、クルミちゃん!』


 そんな声が聞こえた気がした。もちろん、本当に喋っているわけではないはずなのに私には聞こえた。その瞬間から、シロクマのきぐるみから目が離せず、体も動かず、私は貸し衣装屋さんから離れられなくなった。


 どれくらい長くお店にいただろうか。さすがにあまりにも長い時間そのお店にいたお父さんは、しびれを切らして私を強引に抱っこしてお店から出ようとする。

しかし私は泣いてわめいた。お父さんの手から逃げてその店に何度も戻りシロクマのきぐるみから離れなかった。


 本当に何度も何度もシロクマのきぐるみの前に戻った。


 そのやり取りを見ていた店主さんが私たちに声を掛けてくれた。偶然にもそのシロクマのきぐるみはもう使わない予定だったので、欲しいのであれば譲るという話であった。

……もしかしたら、私の泣き叫ぶ姿に耐えられなかっただけかもしれない。


 こうして私の元にやってきたシロクマのきぐるみ。お父さんが店主さんへ感謝と謝罪を告げていたが、そんなことに私は目もくれず、きぐるみを大切に抱きしめていた。


 その後、家に帰ったお父さんは夕食でシロクマのきぐるみエピソードをお母さんと弟へいかに私が強情だったかを笑いながら話していた。


 そんなお父さんをさらに困らせることになったのは次の日のことであった。




 翌朝、会社へ出社するはずのお父さんは玄関で大きな声を上げていた。


「胡桃、いくらきぐるみが好きでも、きぐるみを着たまま学校になんか行っちゃだめだ!」


 普段優しいお父さんがこんなに大きな声を出すのは今まで聞いたことが無かった。


 これは私がきぐるみを着て学校に行くと言ったのが事の始まり。

最初、お父さんは笑いながら止めていた。

しかし、私が本気できぐるみで学校に行こうと思っていると分かるとさっきの言葉が出てきた。


 お父さんの大声が聞こえて、お母さんも弟も玄関に集まってきた。

お母さんがお父さんから事情を聴いて、私に尋ねた。


「ねぇ、胡桃。 あなた本当にきぐるみを着たまま学校に行こうとしたの? 冗談だったのよね?」


 それに私は本当にきぐるみを着たまま学校に行きたいとはっきり告げた。

一瞬、言葉を失ったお母さん。だけど、すぐに、


「それはダメよ。 いい? そういうきぐるみはおうちの中だけで着なさいね。 これは外に着ていく服じゃないからダメなの。 そういうワガママは言わないでね。 わかった?」


 いつものワガママであれば、私はここでごめんなさいと言って反省するだろう。だけど、このきぐるみの事だけはなぜかごめんなさいが言えないし、自分が間違っているとは思えなかった。


 それからしばらくの間、私はお父さんとお母さんと言い争っていた。何度も私に言い聞かせる二人と全く納得しない私。


 私の強情さを知っている二人は強引にきぐるみを脱がせても解決しないと分かっているので、腰を据えて私と話し合ってくれた。後から分かったことだけど、その日二人は有給休暇を取ってくれてまで私と真剣に話をしてくれていた。


 何が私をここまで駆り立てているのかは分からない。しかしこの気持ちだけはなぜか譲れなかった。

私が覚えている限りでは一番最初の明確な反抗期だったと思う。その日は学校を休んで、本当に一日中お父さんとお母さんと話をした。


 私は精一杯話をしているが、なぜそこまでしたいのかが上手く伝えられない。それでも、今まできぐるみに本気で強い情熱を持って接していた事は確かだった。

だから私は今まで買ってもらったきぐるみを全部両親の前に持っていき、その一つ一つすべてがいかに大切かを話した。


 きぐるみの顔の可愛さ、抱きしめた時の感触、カラフルさ、被った時の安心感、くりくりな目の綺麗さ、元気をくれる面白さ、買ってくれた時のお父さんの表情、飲み物をこぼしてしまった時のお母さんの表情、弟と一緒にきぐるみを着て楽しかったこと、奪いになってケンカしたけど最後は二人で仲良く遊んだこと、ぜんぶぜんぶすべてを話した。


涙が知らぬ前に出てきていた。それでも話したいことがいっぱいあった。力の限り、声が出る限り私は話し続けた。




 話続けてどれくらいの時間が経ったかわからないけど、急にお父さんとお母さんが私を抱きしめた。


「あー、もう胡桃は本当にきぐるみが大好きなんだな。 分かったよ、お父さんの負けだ」


 お父さんが私を抱きしめながらそう言って、お母さんも続けて、


「うんうん、分かったわ。 本当に私たちはあなたがきぐるみを大好きだって分かったわ」


そう言って、私を強く強く抱きしめた。


 今からして思うと、この頃の私は常軌を逸していた風に見えただろう。恐らく多くの一般的な親であれば、話を聞かず『ダメだ』の一言で切り捨てられる場面だったに違いない。もしくは、病院に連れていかれカウンセリングを受けていたかもしれない。


 そんな不安定な私をお父さんとお母さんは話を聞いてくれて、抱きしめて、受け止めてくれた。

本当に嬉しかった。その日は家族でゆっくりと話し合い楽しく笑い合い、気持ち良く眠ることができた。




 次の日、お父さんとお母さんは私を連れて学校に行った。学校側にあるお願いをするために。


 来客用の部屋に集まった私の担任や学年主任と他の先生にお父さんとお母さんは、


「先生方に娘のことでお願いがあります。 これはとても一般的ではなく、周りの方にもご迷惑をおかけしてしまうこともあるかと思われます。 しかし、娘の胡桃は本当に一途にきぐるみが大好きで、一時的な興味ではなく長年かけて変わらずきぐるみを大切にしています。 なので、どうか、娘が学校にきぐるみで登校することを認めて頂けませんでしょうか。 どうかこの通りお願いします」


お願いと共に先生達に深々と頭を下げていた。


 それに対して先生達は驚きと怪訝な表情を浮かべ、冷たい視線をお父さんとお母さんに送っていた。

当然、保護者からの突拍子もないお願いに混乱と否定を表していた。

その嫌な雰囲気の中、コホンッと咳ばらいをした学年主任が、


「あー、お父様とお母様、その、大変申し上げにくいのですが、我が校ではきぐるみで登校をすることは認めておりません。 校則に書いてはおりませんが、周りの子供たちにも、悪影響を及ぼすようなことはぜひ避けて頂きたいと思います。 

大変失礼ですが、常識的に考えて、そのような個人的なワガママをおっしゃられると私どもも大変迷惑となります」


 私はこの時の学年主任の嫌な声を一生忘れないと思った。

この一言で周りは納得顔となり、話は終わったという雰囲気を出していた。


 この話をする前から私の中でもこういう風に否定されることをイメージしていた。結局、学校なんてそんなもんなのだろうとすぐに折れそうになった私。

家であんなにお父さんとお母さんにぶつけた熱い想いはこんな時になぜか出てこない。



 先生が、こわい。



 そんな、私の心がしゅんと小さくなった時、


「……先生のおっしゃることは分かります。 しかし、悪影響とはどういう事でしょうか。 自分の真に大切なものや心から愛しているものを表現することを悪影響と判断されたのはどういうことでしょうか」


とお父さんが先生の目をしっかり見据えながらこう答えた。


「確かに学校ではみんなと共に生活して同じ事をするということを学びます。 その中で、できるだけ失敗しないよう効率的に学んでいくということは非常に良いことだとも思います。 それらがつながり、いずれ社会に出て周りとの協調性が取れる機会は非常に大切だと思います。


……でも大切なことはそれだけではないと私は思います。 それは、自分の好きなことをしっかり主張すること、失敗してみること、常識とは違う事をしてみること、人とは違う事をやってみること。


もちろん失敗するし、いい事ばかりが身につくわけではありません。 しかし、自分を表現することで自分と向き合って得られる大事なこともあるはずです。


私たちの娘はまだ幼いですが、もがきながら自分自身のことを考えて、一生懸命に気持ちを伝えようとすることの何が悪影響でしょうか。 そんな必死な姿が他の誰かの単純な悪影響になるのでしょうか」


 先生たちは静かになった。お父さんの迫力に押されたのもあるだろうし、明確な返答ができなかったのかもしれない。

私自身はお父さんがそんなにも私のことを考えて、信じてくれて、背中を押してくれたことがたまらなく嬉しかった。味方でいてくれて嬉しかった。



 しかし、少し時間が経つとこの張り詰めた空気も緩み始める。ここでまた学年主任が話始めた。


「まぁ、お父様の考えも分かりました。しかし、学校側はきぐるみを着て登校することは許可できませんので」


 あっさりと私たちの願いは却下された。明確な回答をもらえぬまま。


 そんな学年主任の言葉にお父さんが何かを言おうとしていたけど、私はお父さんの服の袖を掴んだ。お父さんは私の方を見てきたので、私は首を横に振り、もういいからとアイコンタクトを送った。


 私の意思を汲み取り、言葉を飲み込んだように見えるお父さん。その時のお父さんはひどく落ち込んだような表情をしていた。


 私たち家族は先生側の意見を受け入れて、そのまま三人で家に帰った。帰る時のお父さんは、肩を落とし『情けない父さんでごめんな』と繰り返していた。


 私は瞬時にその言葉を否定した。

私のために先生たちに反論されながらも、意思を貫いて私の気持ちを伝えてくれたお父さんを尊敬することはあっても、残念に思ったりダメだと思ったりしない。

こんなにも矢面に立ってくれたお父さんが、私は大好きだ。



 このことがあってから、私はきぐるみを学校に着ていきたいという気持ちは収まった。もちろんきぐるみは大好きだし、むしろ以前より自分の気持ちに正直にきぐるみを好きと伝えるようになった。

ただ、それ以上にお父さんとお母さんの愛が私の心を満たしてくれた。

私は本当に二人が大好き。


 それから数年が経った。私は中学生になった。

数人だけど仲が良い友達もできて、程よく勉強もした。きぐるみのために家に早く帰りたかったから部活には入らなかった。


 その頃になると私はきぐるみ愛はさらに加速していた。単純に着ることや写真をとることだけにはとどまらず、自分できぐるみを作っていた。

バイトは禁止されていたからお年玉やお小遣いをやりくりしてお金を貯めて材料を買い、ネットできぐるみの作り方を調べて自分で作った。


 もちろん最初は全然上手く作れなかったが、何度も繰り返すうちに少しずつ上達していった。楽しくて止まらなかった。

お父さんとお母さんとの約束で人に迷惑をかけない範囲で作ったり、着たりしていた。


 愛する家族と、少しの友人と、自分の大好きなきぐるみで満たされた私はとても幸せだった。幸せ過ぎてこの時間がずっと続けばいいなといつも思っていた。





 だからなのかもしれない。人生には波がある。こんなにもいい事があり、私が幸せ過ぎたのがいけなかったんだろう。






 私たち家族は大きな交通事故に巻き込まれて、お父さんとお母さんが帰らぬ人となった。






 それは家族で行った旅行先からの帰宅途中。お父さんが運転していた車に信号無視をしてきた車が突っ込んできて激しく衝突した。

運転席のお父さんと助手席に座っていたお母さんは即死。私と弟は奇跡的に大きな怪我はなかったが二週間の入院をした。


 その当時のことはあんまり記憶に残っていないけど、気が付いたら病院にいて、退院後はおじいちゃんおばあちゃんの家に引き取られた。

その後すぐに良く分からないままお父さんとお母さんの葬儀が行われて、親戚の人や学校の先生たちが声をかけてくれたけど、何も残らず何もかもが私を通り過ぎていった。


 何も食べる気がしないし、何も楽しくない。もちろん学校に行く気にもならなくて、私は引きこもりになった。部屋でずっとお父さんとお母さんのことを思って泣く毎日。

おじいちゃんとおばあちゃんは心配してくれていて、無理して学校に行かなくていいと言ってくれた。行けと言われても行けないけど。


 辛いことに何をしても死んだ二人のことを思い出す。家族みんなで作って食べたオムライス。私よりお父さんの方が怖がっていた遊園地のジェットコースター。家の近くの山にみんなで登山して写真をたくさん撮ったこと。渓流で釣りをしたりバーベキューをしたこと。


 溢れてくる。気持ちも。思い出も。あの温かみも。すべてすべてもう無くなってしまったと思うと辛くて涙が止まらない。


 もう死んでしまいたい。お父さんとお母さんがいない世界なんて辛い。

そんな風に毎日家で小さく泣きながら丸まっていた。



 そんな状態になって季節が変わるぐらいには時が経っていた。そんなある日、ふさぎこんでいた私に弟が近づいてきて近くで座った。


 弟は葬式後に落ち着いたらそのまま学校に続けて登校していた。何かわがままや辛いこともあるはずなのに泣いたり文句も言わずに黙々と学校に行っていた。


 私とは違って、そういう辛い時にも最後までやり遂げることができる弟。そんな存在がまぶしくて、自分が情けなくてさらに悲しい気持ちへ拍車がかかっていた。弟と話をあんまりしたくないと思っていた。


 そんな弟が私のそばに座っている。何かを喋ることはないまま座っている。だけど、そのそばにいてくれていることだけでなんだか、すさんでいた心が少し落ち着いた気がした。

しばらく無言の時間が続いた後、弟がぼそりと私に聞いてきた。


「……ねぇちゃんはさ、もう、きぐるみを自分で作ったりしないの?」


 それは、問いかけのような自問自答のようなふわりと行き先が未定の言葉だった。

その時、私はあれだけ好きだったきぐるみのことをずっと考えていないことに気が付いた。

お父さん達の死からその事だけを考えていて、他のことを考える余裕がなかった。


 私がその言葉にハッとなっていると、弟は続けて、


「俺さ、ねぇちゃんがきぐるみをすごく楽しそうに作っているの羨ましかったんだよな。 俺はそこまで一つのことにこだわったことないからさ、そういう熱中するものがあるっていいなって思ってた」


弟はそこで一息おいて、


「それにさ、父さん達がいつも褒めてたんだよな、ねぇちゃんのきぐるみ。 将来は世界一のきぐるみを作る職人になるって言ってたよ。 俺もねぇちゃんのきぐるみはすげー上手いから本気で世界一になれると思っててさ」


そして最後に、想いがふと口からこぼれるように、


「ねぇちゃんがきぐるみ作るのみたいな」


そこまで話をして弟はどこかに行ってしまった。



 その瞬間、私の心の中で何かが弾けた。それはシャボン玉のように透き通っているけれど、色鮮やかでそして儚い。


それは、お父さんとお母さんとの想い出とか、今の辛い気持ちや後悔とか、もっと甘えたい気持ちとか、自分に対する見えない殻とか、良く分からない何か。


同時に、頭の中に小さい時からの色々な景色が流れ、気持ちの奔流となって私の中に渦巻いていく。


そうして、最後に行き着いたところは、あのきぐるみが大好きな私のために戦ってくれたお父さんとお母さんの姿。

帰り道に申し訳なさそうにした寂しい姿。



『なんでそんな顔をしているんだろう。


いや、違う私のせいでそんな顔にさせてしまったのか。


そんな顔をしないで、お父さん、お母さん。


大丈夫、もうそんな顔にはさせないよ。


私はもう大丈夫だから』



 私は心の中でなら触れ合えるお父さんとお母さんに誓った。心の中にいる二人にさえ、もうこんな申し訳なさそうな顔はさせないよ。私は元気だよ。





 そうして私は引きこもるのをやめた。

これからは外の、いや、現実の世界と向き合っていくことにした。


 さっそくお風呂で冷水のシャワーを浴びて体を起こして、美容院に行って髪を切ってもらい、大好きなレストランで大好物のハンバーグを頼んで食べた。


 体の中に力が溢れてくる。急にカチッとはまった歯車のように私の体は急激に動き出した。しばらく動いていなかったからぎこちない部分もあったが、ちゃんと動き出した。


 中学校に行って、必死に勉強をし直した。不登校だった私は、やっぱりクラスでも少し浮いてしまっていた。でもそんなことはどうでもいい。動き続けるんだ。


 それから数日、数か月が経っていき、なんとかちゃんと勉強にも追いつけてた。そこまでやっとたどり着いた私は、次の本当の目標に向かっていた。



そう、お父さんとお母さんに認めてもらった私の夢。きぐるみを着て学校に行くこと。



 中学の先生にも私の本音とすべての気持ちを話をした。もちろん最初に話をした時は本当に驚かれたし、怪訝な顔をされた。それでも私は諦めないで私の夢を相談し続けた。

それと同時にネットでそういう学校が無いか探した。場所は関係なくそのような人でも受け入れてくれるところを。


 当然、難航した。


 まず、先生にだいぶ煙たがられたし、ふざけていると思われて怒られることばかりだった。もちろん、こんなことは普通はしないし許されていない。

きぐるみを着ないと生活できないというわけではなかったし、完全な私のワガママであることは承知していた。


 学校探しの方も、きぐるみでの登校を許すことなんてしていないし、学校に直に問い合わせてもイタズラとして処理されて相手にされない。


 それでもこれだけはお父さんとお母さんに認めてもらった大事な私のアイデンティティだから、絶対に譲れない。


 周りから何を言われても諦めないで戦っていた。辛かった。何度も誤解されて怒られた。『あの子は両親が死んだから頭がおかしくなった』とかもこれ見よがしに言われた。


 私はそんな言葉を言われ続けて、本当におかしくなっちゃったかもと気持ちが滅入り、ベッドから出れない時もあった。



 そんな時、おじいちゃんとおばあちゃん、それに弟が支えてくれた。



 おじいちゃんは基本的に無言で直接私とたくさん話をするわけではなかったけど、私がしたいことを話したら、


「細かいことは何も気にしなくていいから、お前さんはしたいことだけ考えて、それをちゃんと最後までやりきれ。 それは他と違っていても決して間違いではない」


 おばあちゃんはまた部屋から出れなくなりそうになった私に、


「ほら、くるみちゃん。 今日はくるみちゃんの大好きなハンバーグを作ったから一緒に食べようね。 大丈夫、おばあちゃんは何があってもくるみちゃんの味方だよ。 嫌な事があったなら私がその人に文句言ってあげるから絶対に大丈夫だよ。 おばあちゃんに任せなさい」


 弟は私のためにきぐるみの良い作り方がウェブサイトのURLを私に送ってきた。それに、私がいないうちに部屋になにかが入った紙袋を置いていて


『役に立ちそうなの見つけたからリンク送る。 あと、友達で手芸とかやってるやつからもらったのあるからあげる。 使えるかは分からないけど、また何かあれば部屋に置いておく』



 みんなが私をこんなにも強い力で押して支えて引っ張ってくれる。

だから、やっぱり諦められない。私が諦めない限り、私を支えてくれる人がいる。だから、私は絶対に折れたりしない!



 粘り強く先生に相談する日が続いたある日、担任の先生に放課後呼び出された。

また何かお小言を言われるのだろうかと嫌な気分になった。このきぐるみのことで、先生達からは私は厄介者扱いされている。


 担任の先生は科学準備室に来るように言っていたので、時間通りに部屋に尋ねる。


「おお、杉宮。 すまないな、急に呼び出して。 まあ、座ってくれ」


 椅子に座るように促す先生。

話を切り出される前に、私の体は反射的に身構えていた。

どうせまたお小言をもらうのだ、少しは防御態勢をとっておきたい。


「えーっと、単刀直入に言うがお前が希望している高校での生活のことだが」


 そんな私の気構えなんて気にせず、さらっと話を進める先生。





「一件見つかったぞ、高校。 きぐるみが着れるかどうかは相談してみないと分からないけど、可能性はありそうだ」





 先生の言っている意味が分からない。え?見つかったって何が?可能性があるって何の?

私は混乱した。お小言だと思って待ち構えていたところ、全く別の話を持ち込まれて頭の中が上手く動かない。


そんな様子の私を置き去りに先生はどんどん話を進めていて、


「ここにその高校に関する資料がある。 学力的には今からちゃんと力を入れて勉強すれば入れると思う。 まずはご家族と資料を読んでみてくれ」


そうして、最後に、


「まだ確定ではないけど、お前の頑張りがここまでつながったんだと思う。 頑張ったな。 あともう少しだ、踏ん張れ」


 その言葉を聞いて、私は涙が溢れてきた。


 ずっと敵だと思っていた先生。その顔を改めて見た。そんなに生徒のことに一生懸命には見えないし、私に小言を言ってくるし、冴えないし。

でも私のために資料を集めていて、私が結局見つけられなかった希望の光を見つけ出してくれていた。


 どうせ頼りにならないなと決めつけていたんだけど、一応、先生だからと相談していた。

勝手に決めつけていた自分が恥ずかしい。


 後日談ではあるが、この担任は元々は乗り気じゃなかったけど、私からこんなにも粘り強く言われ続けて心を動かされたらしい。

ついつい他の先生や他の学校の先生にも相談して、しまいには大学の恩師の先生までも巻き込んで高校を探してくれていたそうだ。




 色々な思いがあった。ただ、今はこのわずかな希望にかけてみたく、簡単なお礼を言って資料をもらい科学準備室をあとにした。


 飛んで家に帰る私、こんなに走ったことは小学校で無邪気に鬼ごっこをしていた時以来かもしれない。

家に到着して、おじいちゃんとおばあちゃんを大声で呼んだ。





「ねぇ、来て! 大事な話があるの!」





***




『合格通知書』


 待ちに待った合格通知書が私の元へ届いたのは三月の中旬。これで無事に志望した高校に入学できる。私は嬉しくておばあちゃんに抱き着いた。あの先生から話をもたった日から始まった私の怒涛の毎日がついに実った瞬間だった。


 あの日、資料をもらっておじいちゃんとおばあちゃんと一緒に資料を読んだ。それはあのお米が美味しい県の高校入学資料だった。

そこは美術や芸術に特化している高校で、自分の専攻にしている分野をきちんとこなせるのであれば、服装も髪の色もその他のことも自由にできるという校風らしい。もちろん法的や周りに迷惑をかけないことを守る前提として。


 しかも、過去には私の希望と似ているような例、仮装をして学校に登校していた生徒もいるという情報もネットの書き込みに書いてあった。


 さっそくその高校に電話をかけた私。



「……なるほど、お話はだいたい理解致しました。 事実、過去に我が校では仮装をして登校していた生徒もおります。 それは、自身の表現の中の一つであり、近隣住民やその他に迷惑をかけないというルールを守った上で学校側は認めておりました」


 電話で対応してくれた人は、私の考えや希望を聞いてくれた上で、過去の事例まで教えてくれた。

じゃあ、私もできると思って話を続けようとした時、


「ところで、貴女がやってみたいことは分かりましたが、一つ質問させて頂けますか。 貴女は本校で何を学びたいのですか」


当然の疑問を投げかけられた。


 いくらきぐるみ登校を許可されたとしても、そもそもその高校に入る理由がないのであれば本末転倒だ。


 もちろん、私もきぐるみ登校だけをしたい訳ではなかった。

この高校を調べている時に見つけた『自作の物を展示して個展を開いて発表する場』というものに興味を持っていた。これに今まで私が作ってきた世界に一つしかないきぐるみを色々な人に見てもらうこともできるのかなという想いもあった。


 このことを伝えると、


「なるほど、そうでしたか。 そのようにやりたいことがあるのでしたら、より本校で色々な事を学べると思います。 まずは、本校への入学試験の内容がお手元の資料に書いてあるので、そちらを参考に受験頂けるようでしたらお手続きをお願いします。 また何か不明点があればいつでもご連絡ください」


と、話を聞いて電話が切れた。


 あと一歩。やっとここまできた。電話が終わってもやれることができると、私の胸はワクワクしてじっとしていられない。

やることは分かった私は、そこから入学試験に向けて頑張った。


 試験は五教科と自分の専攻する分野から出される事前課題だった。

私は創作科だったので、自身で自作した物を高校に提出するというものだった。


 生まれて初めて誰かに評価してもらうために作るきぐるみ。けれど、不思議と不安はなかった。私にできることは決まっているので、今まで一番納得できるものを作ろうと思っただけ。


 準備を始めていくと試験の日まではあっという間だった。

ただただ自分にできるすべてをぶつけていった。


 試験当日、五教科の試験を受け、事前課題を学校に提出し、その場で面接を受けた。


 他の人が持ってきた事前課題のクオリティの高さに圧倒されながらも自分のきぐるみについてたくさん話した。そうしてもっとみんなが見たことのないきぐるみを表現していきたい夢も伝えた。


 試験が終わって家に帰ってくると、おじいちゃんとおばあちゃんと弟が出迎えてくれて、夕飯はお寿司を出前して食べた。お酒を美味しそうに飲むおじいちゃん、何はともあれと疲れたでしょうと労ってくれたおばあちゃん、珍しく自分の好物を私に先に食べろと進める弟。



もし上手くいかなくてもここまで頑張れてよかったと思った。

そして心からみんなにありがとうと感謝した。



 そうして試験日から日にちが経ち、今日届いた合格通知書に私は浮かれていた。

おじいちゃんにも報告した後に、仏壇の前に急ぐ私。


お線香を立ててチーンと音を鳴らした後、心の中で報告した。


『お父さん、お母さん。 私合格した! これで無事に行きたかった高校に行けることになったよ。 これでやっとお父さんたちに私がきぐるみで登校できる姿を見せられるよ。 ずっと長い間叶えられなくごめんね。 でもやっと見せられる。 今までずっと応援してくれてありがとね。 これからも頑張るよ!

!』


 今日も夜はお寿司を取ってもらった。




***




 登校して自分の下駄箱を見ると、封筒が一つ。手に取って裏面を見てみると、同じクラスの有名な男子の名前が書いてある。


 なんだろう、久しぶりのイタズラか嫌がらせの手紙かなと思いながら、その場で封を開ける。やっぱり手紙が入っていた。

しかし、つらつらと読み進めても悪口や中傷の言葉が見つからない。


 それどころか私への褒め言葉や感謝が書いてあった。

そうして最後に、




『やっぱり杉宮の事が好きです。 俺と付き合ってください』




固まった私の手から手紙がひらりひらりと滑り落ちた。


 ハッと我に返った。改めて状況を確認しよう。

この手紙はいわゆるラブレターというものではないのだろうか。もしかしたら噓ラブレターで私を騙して遊ぼうとしているのかもしれないが、差出人の彼はそういう事をするタイプではない。


 突然の状況に、脳内のミニ私が大混乱している。

これはやっぱり本物なのか。というか、なぜ私。だって、私はきぐるみ女子だよ。というか私の顔なんか普段見せていないし、きぐるみフェチの人なのかな。


 というか、そもそもあの『天才』と有名な彼、南野君が私にっていうのが信じられない。

やっぱりきぐるみフェチの可能性が。


 混乱は続く中、私は地面に落ちた手紙を拾う。

それを読み直すと、放課後に直接会って話がしたと書いてあって、また私を混乱の渦に引き戻す。



 光陰矢の如し。今日はビックリするくらいすぐに時間が過ぎて、放課後になってしまった。

私は呼び出された場所に行く前に、トイレで自身きぐるみの身だしなみをチェックする。

糸のほつれ無し。毛玉無し。変な色シミ無し。勝手にきぐるみフェチと思った私は彼のために、最大限キレイな状態で話せるように整えた。


よしっ、行こう。


 呼び出された場所にもう待っていた南野くん。


「あっ、杉宮。 来てくれてありがとう。 ごめん、急に呼び出して」


 ちょっと緊張している南野君。


「あの、手紙にも書いたけど、俺は杉宮が好きだ。 付き合ってくれないか?」


 南野くんの直球の言葉に私はまた起動停止しかけたが、なんとか踏みとどまった。

まずはアレかどうかを聞かないとと思い、南野君への返事の前に違う質問をした。


「え? 俺がきぐるみフェチだって? ち、ちげーよ。 確かに杉宮はいつもきぐるみを着ているけどそこで好きになったわけじゃなくて、お前と一緒にものづくりをした時すごく楽して、そこからお前のことが気になりだして……。 とりあえず、きぐるみフェチで告ったわけじゃないから!」


 なるほど、南野君はきぐるみフェチではないと……。 ということは、私が好きってこと……になるのではないのでしょうか。


「だから、さっきから言ってるだろ。 俺はきぐるみじゃなくて、お前自身が好きだって言ってるんだって!」


ええええええええええええええ!本当に私が好きだったの!

驚く私にグイグイ攻めてくる南野君。




ここから始める、私、きぐるみガール杉宮と天才南野君の恋物語。

って、どんな物語が始まるの!私は知らないよ!!


Thanks for your reading!


総合評価50ptいけば、南野君とのお話を書きたいです。。。


Twitterに書き始めるました!(進捗記録用にですが。。。)

森里ほたる (@hotaru_morisato)

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