献血しませんか?
暇だ。
突然会社の厚生部から「有給休暇を消化して下さい」と言われ、取りたくもない休みを取った。
俗に言う仕事人間に分類される俺は、急に休んでも何もすることはない。
女房とは半年前から別居していて、五歳の娘も「ママ」のところだ。
俺は家にいても何も面白いことがないので、散歩に出た。
普段は忙しく通り抜ける町の風景も、こうしてゆっくりと歩きながら見ると、何故か新鮮だった。
へえ。あんなところにアイスクリーム屋があったのか。
売り子のコスチューム、なかなか色っぽいぞ……。
今度じっくりアイスを選んでみよう。
そんな感じで、何をするわけでもなく、何を買うわけでもなしに、俺は町をぶらついた。
随分と家から離れたところまで来たな、と思った時、広場の片隅に献血の車が停まっているのに気づいた。
「暇だから、してみるか」
俺はスタスタとそこに歩を進め、行列に並んだ。
行列と言うと大袈裟だが、並んでいるのは俺を含めて5人。
普通、献血の行列はもう少し多いと思う。
献血した事のない俺には、何とも判断がつかなかったが。
しかも、俺の前に並んでいるのは、どう見ても献血より輸血が必要そうな人ばかりだ。
先頭にいるジイさんは、どう若く見積もっても70代だ。
その後ろの学生らしき男は、身長は高いが、あまりにも細く、栄養失調に見える。
三番目の中年のおばさんは、健康そうな体格だが、顔色が悪い。今にも倒れそうだ。
四番目、つまり俺のすぐ前にいるのは、OLらしき若い女性だが、学生風の男と同じで、痩せ過ぎだ。
違和感。
俺はそれを感じた。
しかし、遅かった。
手遅れだったのだ。
一体あれからどれほどの時間が経ったのだろうか?
俺はまだ行列に並んでいる。
俺の後ろには3人いる。
ジイさん、学生、おばさん。
前にはOLの女性。
俺はあれから何度も献血された。
逃げ出そうとしたが、どうした事か、献血車から離れられない。
俺達5人はもう何回も血を抜かれていた。
この先どうなるのか?
俺は眩暈がして倒れかけた。
すると看護師らしき服装の若い女が現れて言った。
「大丈夫ですか? 少し休んだら、また並んで下さいね」