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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 01『メサイアの産まれた日』
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第六話『陰と陽のはざまで』

「蛙の子は蛙だな」とバカにされた際は、「いやいや、蛙の子はオタマジャクシでございますよお兄たま」と返すお約束を全人口に膾炙(かいしゃ)させる野望を抱いているつばめと申します。クラーク博士、貴方様は少年は大志を抱くべきとおっしゃっておられましたけれど、野望を抱くのは悪いことなのでしょうか?


ともかく、


プロヴァンス戦記第六話です。かわいがってください。

 神の遣い。そうでしか筆舌に尽くせぬ高尚さ。まじりけのない純粋な白の双翼をはたきながら飛ぶルシファーに、アルデはおもわず見蕩れて寸分たりとも動こうとはしなかった。あまりにも、高尚すぎたのである。

 「一旦キミたちには退()いてもらうよ。ここはあぶない」

 宙でとどまりながら、ルシファーは言った。

 「罠だったらしいね。ボクの”分身”がここら一帯を調査したところ、どうやら毒瓦斯(どくガス)散布装置があらゆるところにしかけられていたようだ」

 「毒瓦斯ですって!?」

 帝国兵のひとりは腰を抜かしそうなくらいのおどろきを見せた。

 「詮ずるところ、ルーシア王国は意地肮脏(いじきた)ない烏鴉(からす)の合衆。プラント条約に(そむ)く毒瓦斯の使用など、いまさら驚愕するに値しない事実。水路の警備が緩すぎることからなにか裏があるかとうたがったが、よもやこれほどまでに卑怯な罠を張っていたとは、見下げ果てた国だよ」

 吐き捨てるようにののしりを散布するルシファーに、心外だったのかアルデの守衛につとめていた構成員は「馬鹿な!」と言った。

 「我々レジスタンスがさようなことするわけがない! 勝手に牙城を攻められるだけならまだしも、(いわ)れのない言いがかりをつけられて責められるのはさすがに勘弁ならんぞ!」

 「とぼけるか。とぼけるんだね?」

 ますます心証が悪くなったルシファーは、電線の引き抜かれた機械のかたまりをとりだして見せつけた。

 「証拠ならある。ボクらプロヴァンスはキミたちルーシアとはちがって、まだ正しさを見失っていない国だ。異邦人は殺しても、正しさまで殺すマチガイは犯さない」

 「……そんな。アビストメイル殿下が、いや、ありえない!」

 「……なにも言い聞かされていないのは事実らしいな。まあしかし、とにかくボクらをこんな厄介な(あみ)にひっかけようとしたのも事実だ。このままボクらがなにも成果を挙げぬままノコノコと帰るのはアホらしい。だから、悪の代償として、そこにいる選召者の少年のイノチを頂戴するとしよう」

 「……!」

 アルデはふるえあがる。

 「見るからに戦い慣れしていないね。無理もない。昨日が初戦だったんだろう? ジンからことのあらましは聞いたよ。……まったく、こんな子どもになに梃子摺(てこず)っているのだか」 

 「くっ!」

 ちかづいてくるルシファーにあとずさりするアルデは、すぐさま剣をかまえはじめた。

 「よすんだ、アルデくん!」

 止めにかかろうとする構成員に、ルシファーは人差し指をつきつけた。すると、その人差し指から白い光弾が生まれて、構成員にむかって直線の尾を引きながら飛んでいった。光弾を心臓に受けた構成員はその場で地面にたおれて二度と起き上がらなかった。

 「キミ程度の雑兵を殺したとて、ボクの名誉にならなければ国益に資することもないケドね」

 「あ、あ……」

 奇妙な能力を有するルシファーにおそれをなしたアルデは、ついに手に持つ聖剣を地に落としてしまった。

 「弱者と刃を交えたとしても、結果は一方的に弱者を苛虐(いた)めつけるのが関の山。これを”戦い”とは謂えない。”殺し”と謂う。もがく青虫を踏み潰す趣味はないが……ボクはキミを踏み潰さねければならないんだ」

 そう言って、ルシファーはなにもない空間から刀の形状をした白光(びゃっこう)を発生させた。終焉を悟ったのか、動転していたアルデは目にもとのいろをとりもどして、ゆるりと落とした聖剣をひろいあげてふたたび身構えた。

 「窮鼠猫を噛む、のつもりか」

 眉を八の字にして、ルシファーは言った。

 「あがくな。できるだけ楽に死なせてやろうとしているんだ、ボクは。最期はボクの親切を受け取って()くんだな」

 「……ああ、わかってるよ」

 「……なに?」

 「わかってるよ……ラグナロク。そうだよ。怖いとはいえ、逃げることも、あきらめるのも(ゆる)されることではない」

 「なんだと? ダレとしゃべっている……?」

 「選ばれたんだもんね。選ばれたぼくは、そうポックリ死ぬわけないもんね」

 「ダレとしゃべっているのかと訊いている!」

 「きみには関係ないヒトだよ!」

 威勢の張った返答ののち、アルデはさながら飛燕のごとくにルシファーのほうへと突っ込み、致命にたりえる金剛の一撃を見舞おうとした。けれども戦いに関しては玄人跣(くろうとはだし)の腕前のルシファーには、やすやすと通用する一撃ではけっしてなかった。なんと彼は聖剣の刃を素手でがっつりと掴んでさらなる攻撃を封じたのである。躊躇せずに刃を素手で掴むルシファーにアルデはもちろん愕然とし、ついみずから隙を生んで剣圧を極端なまでに緩和するにいたった。

 「(きっさき)の力が落ちているよ、少年」

  ルシファーはアルデに腹に疾速の蹴撃(しゅうげき)をあたえた。口腔のなかから唾液と胃液をこぼすアルデは、付近の牆壁(しょうへき)へとおもいっきりぶつけられた。

 「油断……したね」

 「なんだって?」

 「戦場で予想外は附属品(ツキモノ)。いちいちおどろいていたら、死神に大鎌をかけられる暇をもたらすこととなる。これから戦うのであれば覚えておくんだね……もっともキミの”これから”は、これからボクが奪うのだけれど」

 そう言って、ルシファーはさきほどアルデのするどい斬撃を受け止めた例の手を見せつけ始めた。

 「なぜボクが聖剣の()を平然と掴むことができたか。その理由はこれだ」

 双翼と長刀。これらを形成している謎の白光が、ルシファーの(てのひら)のうえに集まっては合わさり、小さく浮遊していた。

 「『ホワイト』は便利な能力でね。飛行手段と攻撃手段にもなれば、防御手段にもなりえる。先刻、ボクは両手に『ホワイト』を仕込んだうえでキミの斬撃を受け止めたんだ。わかるか? 鼻で笑ってしまうくらいに必死のキミの斬撃など、この能力ならばかくも容易に受け止められるんだよ」

 小馬鹿にするような態度に反感を持ったアルデは、

 「キミが()って、ボクは()けるとキメつけてもらってはコマるなあ……」

 と、ふてぶてしく笑みを含めて言い返した。

 「キメつけではないよ。キマっているんだ……なっ!!」

 得意げにアルデの命運に判決をくだそうとするその瞬間、つまり油断しているその瞬間をアルデは逸することなくチャンスに切り替えて、さらなる攻撃を仕掛けに行った。それをうまくふせげなかったルシファーは、右肩に鮮烈な赤のタトゥーを飾ってしまった。

 「ちぃ! 子どもが調子に乗って!」

 「きみだって子どもだろう!」

 猶予はなかった。ルシファーはひたすらアルデの高速の連撃に耐えて、耐えて、耐えて、防戦一方、刺し返せないままでいる白光の刀は、単なるファッションと化してまるで役に立たなくなっていった。

 「防御だけで精一杯……なのか!?(なんだこいつは。急に動きが、というより性格が変わった!? あるいはジンは、豹変してからの少年に苦戦したのか!?……油断したなとは言ったが、油断していたのはボクのほうだったか!)」

 (よし……いける!)

 青白い燐光を炸裂させ、一心不乱に剣を揮うアルデ。その剣の太刀筋はげに華麗で、さしものルシファーでさえも見切りがたきものと捉えるほどであった。

 「うざったいんだよ!」

 背中の双翼を以てして、ルシファーはアルデを斬撃ごと包み込んでしりぞけた。 

 「子どもの分際で……!」

 「……子どもはきみもおなじでしょ? 何度も言わせないでよ」

 「ボクは18歳だ。子どもと呼べる(とし)じゃない!」

 「18だって? 嘘をつかないで。ぼくとそう変わらない身長をしているくせに。嘘をつくならもうすこし巧みなものをお願いする……」

 「嘘ではないよ」

 さえぎるルシファー。

 「まあ、それについて話す気はない」

 ごまかすように話を強引に終わらせ、ルシファーは体勢をととのえた。

 「雑談をする余裕などボクにはない。戦争の障害であるキミを早々とかたづけねばのちのち面倒だ」

 「選召者はべつにぼくだけじゃないのに、なぜきみたち帝国はこうもしつこくぼくにつきまとうんだよ! 腹立つなあ!」

 「ほかの選召者なんてあとまわしだ。なかんずく障害となるのはキミだけなんだよ、アルデ・バランス!」

 「……! どういうこと?」

 「ラグナロク……アースガルズ暦の汚濁(おじょく)を浄化し、いまのミズガルズ暦を創造せし聖剣。それは我々プロヴァンス帝国の存在そのものを滅却(めっきゃく)してしまう危険性が、ほかの聖剣よりもずっと高い。したがってキミを排除することこそが、帝国における至上命題。わからないことでもないだろう」

 「……なっ!」

 刹那。会話が終わるか終わらないかの纔かな隙間に入り込み、アルデの喉元と光の刃の距離をかぎりなくゼロにしたルシファー。アルデの目にうつりこむ風景の色がパッと反転して、ぐらぐらとゆがみはじめた。これは断じて1秒などという生ぬるい時間で起きたことではなく、たったのコンマ0.1秒のあいだで起きた”緊迫”である。しかしながら、そんな緊迫に意外にも屈しなかったアルデは、咄嗟(とっさ)に聖剣ラグナロクを振ってその攻撃をなんとか防いだが、手がぶるぶる痙攣して沁みるような痛みを引き起こしてやまなかった。

 「雑談をする余裕はないと言ったはずだ」

 「くっ、だからって不意打ちか。卑怯な」

 「卑怯は、毒瓦斯をしかけて我らを殲滅せんとしたキサマらのほうだ。みずからにも言えることを、驕った顔で我らに言うな。……ハッ!」

 ルシファーは長くて細い、一条の光を繰り出してアルデの胴体を縛り上げた。アルデはすこしおどろいて、なんとかこの真白の桎梏から()けだそうとあがくが、無意味であった。あがいているうちに躰の均衡が崩れて、地べたにいきおいよく転倒してしまった。

 「ぐっ」

 微動だにできないアルデをながめて、ルシファーはにやりと不敵に笑って、ゆっくりと彼のほうへと歩いていった。

 「これでキミは、(リード)に繋がれたおすわり中の犬だ。いいかげん観念してあの世での散歩を(たの)しみにしておくんだね」

 「あいにくインドア派だからね。できれば散歩にでかけたくないんだ。ぼくはふつうの犬とはちがう」

 「……それを、負け犬の遠吠えと言うんだよ」

 「さて、犬はどっちかなあ……?」

 危機的状況にそぐわぬしたり顔をちらつかせるアルデ。するとその顔はだんだんとおぼろげとなり、二度三度点滅してはうすれて、やがて完全に消えていった。

 「なんだと!?」

 予想外にひるむルシファーのすぐ背後には、宙に浮かぶアルデのすがたがあった。アルデは借りを返すかのごとくに、ルシファーの脇腹に一発蹴りをかました。ついさっきはアルデがみじめったらしく地に張り付いていたけれど、こんどはルシファーにその番が回ったのである。

 「この程度の予想外にとまどい、やすやすと犬に噛みつかれるキミに、主人たる資格はない。あるのはせいぜい犬の資格だね」

 「分身……ラグナロクの能力か。ジンの報告にあったな……グフッ、不覚だった」

 「おすわりすべきなのはきみだったようだね。これで立場は逆転……」

 「だが、つけあがるなよ、アルデ・バランス」

 「なんだって?」

 「分身がキミの専売特許だとおもうな」

 見慣れた影がふたつ、アルデに飛びかかった。その影の主は、ルシファーと、ルシファーであった。突如現れたふたりのルシファー。かれらの『ホワイトブレード』をアルデは回避しえたが、地面に張り付いていた”本体”の存在を忘却していた。本体のルシファーは依然として苦しみに苛まれつつも、立ち上がってアルデの胸を『ホワイトブレード』で一刺しした。

 ようやく致命傷だ。面倒な相手との戦いが終結したことにルシファーは、安堵で胸を撫で下ろし、無意識に両端の口角を上げていた。が、それもそう長くはつづかなかった。たしかに必殺の一撃をこうむったアルデではあったが、アルデはまるで痛みを感じているそぶりをしていなかった。それどころか、平然としていてなにか刺さった事実に気づいていないようでさえあったのだ。おかしい、妙だと思ったルシファーの口角は、たちまちふたたび下がっていった。

 そして、彼はそのおかしさの正体に勘づいた。

 「……まさか!」

 勘づいたときにはすでにおそかった。アルデとおもわれるものの胸を刺しつらぬくルシファーの胸を、いつのまにか背後にまわっていたアルデが聖剣で刺しつらぬいていた。 

 「またしても分身か……! こざかしい真似を!」

 「……こざかしいのは君も亦然(またしか)りだろ!」

 「グフッ……まだ(ここ)で終わるには尚早だというのに。しかも、こんななにも知らない子どもの手にかかるとは」

 「悪かったね、ぼくなんかで」

 「ああ……まだまだ分身であるボクにはしごとがあったのにな。残念だよ」

 「……!?」

 嫌な予感がしたアルデのうしろから、聴き慣れた大きな声がした。

 「上だ! アルデくん、避けろ!」

 あまりに咄嗟なできごとであったため、考えるよりさきに躰が反応したアルデは、言われるがままにその場からしりぞけた。そうすると、上からひとりの影が降って刀を振り下ろし、硬い地面に大きな(ひび)をあたえた。その影は、まぎれもないルシファーその人であった。トドメを刺したかとおもえば偽物だった。アルデがトドメを刺したほうのルシファーもただの分身だった。つまり、ルシファーは最初からアルデとおなじ手を使っていたのであるけれど、これまでアルデが戦った相手が偽物であったことを気づかせないルシファーのほうが一枚上手(いちまいうわて)であった。

 「仲間のおかげで首の皮一枚繫がったようだね、アルデ・バランス」

 「骨折り損の草臥儲(くたびれもうけ)だった。ってことか。ぼくのこれまでの戦いは」

 「らしいな」

 と言ってふたりに近づいてきた人物はエレフだった。どうやらアルデに注意をうながしたのはエレフだったようである。

 「まあ、ここまで来て、かしこいあんたに戦う意志があるとはおもえんな」

 「……キミの言うとおりだ、エレフ・シュバーナ。これ以上ボクには戦う気はない」

 「ほう。俺のことをご存知でいらっしゃいますか。ルシファー皇子。じつに、光栄ですね」

 「炎の聖剣『レーヴァテイン』に選召されし者、エレフ・シュバーナ。キミの名を知らぬものなど、帝国軍のなかには一人もいない。ここでキミを倒す自信も、キミの隙をついてアルデを殺す自信も、遺憾ながらボクにはない……それから」

 ルシファーは言った。

 「その呼び方はよしてくれ、いまのボクは皇位を捨てた大将(ゲネラル)だ……」

 「おっと。それは失礼しやした」

 「フッ……」

 軽薄に謝るエレフをとおりすぎて、その場から立ち去るルシファー。

 「ま、まって! エレフさん。見逃していいの!?」

 「いまこの場所この状況でこの人と戦えば、本部は甚大なダメージを回避しえない。それに……どんな意図があったかは知らんが、俺たちは毒瓦斯をしかけた上の連中に代わってお詫びしなきゃならん。だから見逃してやれ。アビストメイル殿下も納得してくれるだろ」

 「で、でも……」

 「ささやかな罪滅ぼしだ……たのむよアルデくん」

 「……わかりました」

 殿下は納得しても、自分は納得できないと、苛立ちを歯で噛みしめるアルデ。だが、妥協できなかったエレフは、アルデの本心を見抜きつつもルシファーの退却の邪魔だてをしなかった。

 「一つだけ聞く……アルデ」

 「……なに」

 「キミは、なぜこのような国のために戦う」

 「むやみに戦いを起こしているキミたちをぶっとばす。なにもせぬまま死骸をながめられるほど、ぼくは悪趣味な人間じゃないんでね」

 「……まあ、いい。だが今日の戦いでわかった。キミとボクは同類だ。正しさに盲いがゆえに世界に反発する種類の人間だ……だから、本音を言えば、ボクはキミを殺したくない。キミがボクと力を()わせて、真の悪を打ち倒す日が来ることを、せつせつと願っている……じゃあね」

 意味深長な言葉を残したあと、電灯が壊れて辺り一帯が暗くなっている水路の奥に溶け込むように消えてゆくルシファーの背中には、並々ならぬ量の哀愁がたたずんでいた……

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