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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 01『メサイアの産まれた日』
5/42

第四話『イゼの血』

久しぶりすぎてすみません。リアルがいそがしいにかこつけて休載するのは恥ずべきことではありますが、あえて言わせてください。


「すみません」と。


……ごめんなさい。

 甘美な撫子(なでしこ)いろの軍勢に席巻(せっけん)されている無の空間。地図の白を一片も残さず支配している倨傲の空間。だけどその空間での居心地は決して悪いものではない。この世界は、まるで惜しみなく全身をくるむふかふかの羽毛布団のようで、実にきもちがよい。少年は羊水に()かっている胎児にでもなったかのような気分を味わった。さて、そんな奇妙な世界をしばらく彷徨していると、そのさきに、眩惑するほどの蒼白い燐光が不意をついたかのようにひらめいて、少年のひとみをむやみに(おど)していた。その燐光の奥から謎の物体があらわれて、少年のほうへと飛んでいった。少年は立ち止まった。妙に見覚えのある物体だったのだ。彼は目をこすって、そうして目を凝らして、その物体をよく見てみた。すると、その輪郭はしだいに濃くはっきりとなっていった。

 「ふぇ?」

 物体というか、人体であった。それは、少年がよく知る少女――ルシアであった。急接近してくるルシアに、少年アルデはあわてふためき、さっさとその場から逃げようとした。が、ときすでにおそし。そのままルシアと衝突してしまった。

 目を覚ませば幻想的な空間は破裂したかのように消えていった。

 もう朝である。雲間から漏れる日脚(ひあし)の光が目に滲みて、なかなか目を開かせることができないアルデ。胸と腹がしめつけられる苦しみがあった。ふりかえると、うしろには「すーすー」とちいさないびきをかきながら自分に抱きつくルシアがいた。しどけなく寝間着をみだし、よだれを垂らしながらねむるルシアのすがたは、子どもらしいといえばげに子どもらしい。

 「ルシア?」

 寝ぼけた声を出すアルデ。

 「…………」

 一秒。

 「…………」

 二秒。

 「…………」

 三秒。そして彼はようやくことを悟り、

 「ちかいちかいちかいちかいちかいちかい!!」

 と、叫んだのである。

 ひどくとりみだしたアルデは、なんどもルシアを叩いたり、必死に引き離そうとした。けれども、熾烈な攻撃をうけてもなお、ルシアはかたくなとして腕を緩めようとせず、アルデに抱きついたままであった。

 「ゼンゼン離れてくれない……(ひる)か、この娘は。ほら、起きて、早く起きて! 寝相が悪いにもほどがあるだろ! きみの寝汗がぼくの衣服に染みついているんだよ! 早く起きろ、そして離れろ!」

 「むにゃむにゃ……なぁにママ。今日はサンデー(日曜)だよ? 出勤しなくてもいい日なんだよ? せっかくのサンデー、ゆっくり寝かせてよ〜」

 「今日はサースデー(木曜)だよ!」 

 アルデは周囲を見渡した。

 日ごろ自分が坐臥する部屋ではなかった。いつも好きな本が収納されている棚も、日記をつづるときに使っていた文机もなかった。アルデは見たことがない部屋のなかで、すこし不安になっていた。

 「ルシア、ここ、どこ」

 「あたしンち」

 「きみンち?」

 「そだよ」

 「なんでぼくはいまきみンちにいるの」

 やっとこさ目を覚まし、起き上がったルシアはあくびをしたあと説明にうつった。

 「いやね、昨夜の戦いのあと、きみが急にぶっ倒れたものでね。本部に連絡したところ、一旦あたしにきみの身柄をあずけることを決めたらしいの」

 「……あの人は? ぼくがきのう戦ったあの人」

 「ああ、あいつか。結構重傷を負っていたけど、あのあとあいつの仲間が助けに入ってきてね。動けないあいつを颯爽(さっそう)と連れ帰ってったぜ。キャプチャーリングに縛られてさえいなきゃ、あたしが一網打尽にしてやれたんだけど……無念だね。キャプチャーリングの効果が切れたのは、あいつらが逃げてから十分後だったよ」

 「そっか。……というか」

 ここでアルデはそわそわと落ち着きがなくなった。

 「なぜよりにもよってルシアにあずけられるんだよ、ぼく」

 「しょうがないでしょ、帝国軍の連中が基地本部に侵入したときに、入口にある開閉装置を感知センサーごとぶっこわしちゃったんだから、おまえを基地本部のなかに連れていけないんだよ」

 「でも男女同衾(だんじょどうきん)はまずいのでは……」

 「なに言っちゃってるのさ、きみいくつなの?」

 「じゅ、10だよ。まだ誕生日をむかえてないけど」

 「あたし誕生日をむかえて11。同い年だね。おたがいまだまだ子どもなんだから、男女が一緒に寝ることがはしたないとか、そうお堅いこと言わないでよ。なに? アルデ()()()はもうその歳にして異性を意識するようになったの? いやはや、ませてるねー」

 「うるさいな。逆にきみは意識していないとでものたまうつもりか」

 「うん」

 「……(即答されてしまった)」

 「だってあたし、むしろアルデを女子として認識してしまっているし」

 「け、喧嘩売ってるんだな? そうなんだな!?」

 顔を紅潮させて突っかかるアルデを、ルシアはさも問題ではないかのふうに軽くあしらって、いやみったらしい笑みを浮かべた。自身が気にしていることをずけずけと言うルシアに、アルデは迷惑そうな反応を見せた。

 「まあまあ、そう怒らないでよ、アルデちゃん」

 「怒らいでか!!」

 「あはははは」

 アルデの神経を逆撫でするような陽気な笑い声を発するルシア。

 「着替えはそこのクローゼットに用意してあるから、どうぞ着ちゃって着ちゃって」

 そう言ってルシアは、クローゼットを開けて、陳列された多くの衣服をアルデに見せた。

 「……意外と、女の子っぽい服が少ないね、ルシア」

 「え? ま、まあね!」

 「んー、どうも腑に落ちないなあ」

 「え? な、なんで?」

 「たしかにきみにはボーイッシュなところがあるけれど、根はかわいい物好きな典型的な女子だと思うんだ、ぼくは」

 「な! な、なにを根拠に」

 あからさまな動顛(どうてん)を乗せたルシアのセリフは、アルデのうちにある確信をしだいに牢固たるものへと変えていった。

 「戦ってるときも、寝てるときもその猫帽子をかぶっていることがなによりの根拠」

 「……まあ、多少は好きだよ! もちろん」

 指摘されたとたん、アルデの言い分を少しばかり認めるルシアであった。

 「………………(わかりやすいな、この娘)」

 そしてアルデはクローゼットの下にある抽斗(ひきだし)を開けた。なかにはあふれんばかりにつめられた猫のぬいぐるみと、乙女チックなフリル付きスカートなどがしまわれてあった。

 「なるほど、ここか」

 「に、にゃあああああああああああああああああああ!! なにかってに開けているんだにゃ、おまえ!」

 「やたら無造作に詰められてるね。さてはぼくに見つからないために、あわててこの抽斗のなかに緊急避難させたと見た」

 「冷静に推理するな!」

 「……(さっきまでぼくをからかって愉しんでいたルシアはいずこへ、だな)」

 「女子の抽斗を躊躇(ちゅうちょ)なく開けるとは、アルデ! おまえには存外繊細(ぞんがいせんさい)さのかけらもないんだにゃ!」

 「男子との同衾を躊躇なく認めるほど繊細さのかけらもない女子に言われたくないにゃ!」

 「にゃああ! あたしの女子としてのプライドを傷つけたぁ! ゆるさない、ゆるざないぃぃ」

 滂沱として涙を禁じえなかったルシアは、アルデの足許にすがりついて、絶え間のない恨み言を吐いていた。

 「な、泣かないでよ、ごめん、言い過ぎたよ」

 「ぐすっ。ゆるさない、生きて帰さん、うわーん」

 「なんでぼくが死ぬんだよ……」

 もう付き合いきれない。呆れがいよいよ礼に来たアルデは、「で、ぼくの着替えはどれなの」と怒気をまじえて訊いた。

 「ぐすっ。それだよ」

 「いいかげん泣き止んでほしいものだけど……あれ?」

 その着替えの衣服は、アルデがよく知るものであった。

 「これは、レジスタンスの軍服じゃないか」

 「そだよ」

 「なんでこの服をぼくの着替えなんだよ」

 「あたしが言わなくても、もうわかってるんじゃないの?」

 「……戦え、ということ?」

 深刻な顔をするアルデ。

 「昨日軍の上層部から連絡が来てね。アルデはいまのルーシア王国にとってはなくてはならない戦力となったって。おまえがあの嫌味なマニピューターに勝ったってわかったとたん、おまえを保護するのではなく、利用するという方針に変えたらしいよ」

 「……なるほどね。わかった」

 「ありゃ」

 あっけにとられたいろを顔に浮かべるルシア。戦うことを押し付けられたにもかかわらず、おびえることもせず、おどろくこともせず、平然とした顔で了するアルデの心を解しかねていたのである。

 「な、なんか文句が出ると思ったんだけど。案外すんなりと受け入れたなー」

 「どうせ強制なんでしょ? 王国の”上”の連中ってキタナイ人ばっかりだもん」

 深い陰鬱に沈むアルデに、ルシアはいくばくかの懸念を誘われた。

 「アルデ?」

 「それに、そもそもぼくには断る理由もないよ。むかしから軍に志望しようかと考えていたんだもの。入隊試験抜きで軍に入れるなら、むしろ都合が好い」

 「おまえが?」

 「またさも意外そうな顔をしてるね、ルシア」

 「あ、うん。戦いなんか嫌いだって顔をしてるからな、おまえ」

 「嫌いだよ、嫌いだけど、いや、嫌いだからこそ終わらせなきゃダメだろう? ぼくも動かないとだめだ。目の前にある争いを、じっと黙ってながめながら居座るわけにもいかない」

 「アクティブな考えだな。だけど、その割には昨日ビビってたけど」

 「……まだ怖くはある」

 「初戦だったもんね。ビビるのは正常だよ」

 そのとき、インターホンの音が暗澹(あんたん)たる雰囲気が切り裂いて響き始めた。誰かルシアの部屋に訪ねてきたのだ。

 「ルーシー! いるかぁーい」

 けだるげな、おんなの子の声であった。

 「アスノか? 入れ」

 「わお。アビストメイル王子殿下から伝言を仰せつかってきたよー……って、だれぇ、そのキュートでチャーミングなリトル黒髪ボーイ」

 部屋に入ってきたアスノの双眸(そうぼう)にはたちまちアルデのすがたがうつった。

 「あ、えっと、ぼくはですね」

 「こいつが例のアンラッキーな選召者だよ」

 「へえ、じゃあこの子がアルデなんだね」と、アスノは俄然興味津々な顔をしだした。

 「貫禄が毛ほども出ていない選召者なんて、てっきりユキルくらいしかいないもんだと踏んでいたんだけれど、まだいたんだね」

 アスノがそう言うと、ルシアは冷笑的な口調で、「意外と、貫禄のないやつ、怖そうに見えないやつほどあぶなくてつよいのかもしれないね」と言った。

 「まあ、それはさておき、アビストメイル殿下からどんな伝言がきたの、アスノ」

 「んー、要件はずばりそのアルデって子だよー。殿下がつれてきてーとのこと」

 「本部に?」

 「うん」

 「だけど本部はいま」

 「『鋼砂門(こうさもん)』の修繕工事なら明け方のころにもう終わっているよ」

 「え、はやすぎじゃないか」

 「そこまで大袈裟な破損ではなかったみたい。メインシステムはほとんど無事らしくって。さすがはきみの弟さんだよ」

 「直したのあいつかよ。あいつが直したというのなら、はやいのもうなずける」

 ルシアは頭を掻いた。

 「じゃあ、アルデ。さっさとそれを着て本部に行くよ」

 「あ、うん」

 持ったままの隊服をアルデは数秒のあいだ見つめたあと、すぐにそれを背にまとって着おろした。

 

 

 王都ゼフィランサスの中央には、レジスタンス本部基地が位置されている。建物は、王家が住まいとする城塞の何倍のスケールの大きさで、ながめていると気が遠くなりそうであり、遠近感もまた狂ってしまいそうである。外観は特に目立った特徴はない。せいぜい夜の城下町をパッと照らしあげるための灯台が築かれているだけだ。それ以外にはただただ白堊(はくあ)の絶壁のみで、美術的観点から見たうつくしさなどまるでなく、無機質であることを必要以上に強調しているような、まったき四角錐台(しかくすいだい)の建造物にすぎない。

 アルデ、ルシア、そしてアスノたち三人はその本部基地のまえにたどり着いた。彼らの目睫(もくしょう)(かん)においては一軒の建物ほどの高さのある巨大な門がたちふさがっていた。これこそがアスノとルシアが先刻話していた『鋼砂門』である。『鋼砂門』は昨夜のプロヴァンス帝国による凄烈(せいれつ)な奇襲を(こうむ)ったのにもかかわらず、ひとすじの傷も(くぼ)みも皆目なく、どちらかといえばほんとうに奇襲があったのかと疑問におもうくらいに綺麗であった。ルシアが(にび)いろのカードキーをとりだして、門のそばにある装置に差し込むと、門は重々しく、というよりは神々しく、塵と地鳴りをたてながら(ひら)きはじめた。

 ハイテクだ。アルデはそうおもうよりほかなかった。毎日野山でイノシシを狩って山菜をとったり、鉱山で鉱石を採掘したりしているアルデにとって、この門自体はとても新鮮なものでしかなかったがゆえ、両のひとみを銀梨子地(ぎんなしじ)のごとくにきらめかせずにはいられなかった。

 「わあ。厳重だね」

 アルデは冷や汗をかきながらそう言った。門の迫力に震撼したのであろう。

 「本来はそうでもないんだけどね。基本日中は闡いているんだよ」

 ルシアは言った。

 「いまは帝国軍のやつらが王都内でひしめいてやがるから厳戒態勢にはいっている。昨日の例のごとく、いつ本部が襲われるかわかったもんじゃないからね。うかうかしてられないのさ」

 「そうなんだ……」

 「そういえばアスノ。いつになったらシークレットゲートの開設が終わるんだ。『鋼砂門』がいつも閉まりっぱなしじゃ不便じゃんか」

 「秘密通路のこと? あさってには使えるとのことだよー」

 「あさってねえ。そのときには帝国軍のやつらが王都から撤退してたらおそいっての」

 「イクトくんだったらもっとはやかったかもねー」

 「弟はあたしに似つかず天才肌のエンジニアだからな、尊敬するよ……よし、闡いたね。はいるぞ」

 そうして、三人は本部基地のなかへと入っていった。入るやいなや、三人がそこで堂々たる立ち姿勢の人物がいることに気がついた。青のゴーグルと、燃えさかるようなあざやかな(オレンジ)いろの髪が印象的な少年であった。ルシアとアスノとおなじくレジスタンスの隊服を着ているけれど、異なる点といえば白い外套をまとっているということだけである。

 「よう、ルシア&アスノ。待ってたぜ。早朝からご苦労さん」

 少年はルシアたちにさわやかな挨拶をした。

 「早朝って……エレフさん。いま10時を過ぎたとこだけど」

 「俺にとっては早朝以外の何物でもないのさ」

 「早く起きろよ……」

 すると、ルシアは突如不思議な顔をして、「ていうか、エレフさん今日から遠征に行くんじゃ……なんでこんなところにいるの」とたずねた。

 「それなんだよ。聞いてくれよルシア。昨日の夜さ、急遽俺が遠征メンバーからはずされて、王都防衛の任に就かされたんだよ。あんまりにも唐突で参ったぜ。そしてその最たる理由としては、そこのかわいい顔をした黒髪の子だ」

 「ぼ、ぼく?」

 アルデは自分に指をさした。

 「どうやら、()()()として選召者(せんしょうしゃ)はみんな喚びだされるらしいぜ……ユキルはいま絶賛遠征中でいねえが」

 「え、どういうことですか?」

 選召者は皆参考人として召喚される。ということはつまり、この場にいる人間たちはアルデ含めて皆が選召者であることになる。アルデはそれに喫驚したかのような面持ちを見せた。

 「その、えっと」

 「エレフだ」

 「エレフさんとアスノさんとルシアって、もしかしてぼくとおなじ……」

 「そそ。聖剣持ちソルジャーだぜ」

 「……そうなんですか(子持ちししゃもみたく言っているな)」

 聖剣。この単語を耳にするものならば、誰しもが必然的にこれを伝説に近い概念におもわれることであろう。したがって、聖剣を所有する人間はすべからく少数であるべきであり、なかなか御目文字にできないのがつねとなる。されどもアルデのまわりには、その伝説の概念を掌握せし人物が二人もいる。自分もこのうちにふくめばなんと三人もいる。三人もいるからこそ、三人がおなじ場に立っているからこそ、アルデは当惑を禁じることがかなわなかったのである。

 「だが、アスノだけはちがうぞ。こいつは選召者じゃねえからな」

 「その!」

 「ん? アルデくん……だっけ。なんだ?」

 「参考人というのはどういうことですか?」

 「それはボスと会ってから説明する。お愉しみにとっておけ」

 「アビストメイル王子。ですか」 

 「……そうだ。じゃあ俺について来い。ボスのところへ行くぜ」

 

 かくして、伝説の四人(ただし、うち約一名のぞく)は、さきへとあるき出したのである。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ふだんは茅葺(かやぶ)き小屋で日々を過ごしているアルデにとって、ひろくて荘厳な雰囲気をただよわせる本部基地内は緊張を煽るものでしかなかった。

 「ふむ。君だね。新たな選召者というのは」

 金糸のごとく華美なブロンドを生やした、17歳くらいの男であった。派手なカフス付の洋装とくれないのガウンがこの男の身分の高貴さを(あらわ)にしている。なにをかくそう、この男こそが、レジスタンスの総監にして、ルーシア王国の第二王子、アビストメイルである。

 エレフはアルデをアビストメイルのまえへ押し出した。

 「お初にお目にかかります、で、殿下。ぼくは、アルデ・バランス、と! 申します」

 アルデ・バランスという名前にしてはバランスを崩したような弱々しい声を発するアルデに、アビストメイルはしばしキョトンとした顔をしてくすりと笑った。

 「やあ、アルデくん。私がルーシア王国第二王子・アビストメイル・アインシュヴァイツだ。緊張しなくてもいいよ。今日はお話するだけだからね」

 「……」

 なんせ一国の王子との謁見(えっけん)がかなっているのだから、緊張くらいするだろう。アルデはそう思った。たとえそうでなくとも、アビストメイルの全身からはなつ薫赫(くんかく)たるオーラにからだをあてられているがために、おもうがままにからだをうごかしにくいのも一つの原因となっている。

 「聖剣はラグナロク。まちがいないね」

 「え……そ、そうです」

 「ほう。おもしろいめぐり合わせだね。その黒髪と透き通った青のひとみ。君はイゼ一族の子どもか」

 「イゼ一族? なにをおっしゃっているのですか、殿下」

 「ほう、君は知らないのか。まあ、『バランス』という姓からして明察しえたけれど、やはり君は自分の出自に理解がないみたいだね」

 「……ぼくがイゼ一族の者であるから、ラグナロクに選ばれた。さようなことが言いたいのですか」

 「悧巧(りこう)だね。そのとおりだよ」 

 「しかし、なぜぼくがこんなものに選ばれなければならないのでしょう。ぼくがイゼ一族たるがゆえに、と言われても納得できません。そもそもなぜイゼ一族でなければならないのですか」

 「そうだね。納得できないだろうね。だからいま私は説明するのだよ」

 「……」

 「英雄ルーシス。彼の名を君は知らぬわけがないだろう」

 「640年前。神々を討ち、ルーシア王国を創設した英雄……ですか?」

 「ああ。そして彼は自身の持つバイタルエナジーを以て、一ふりの聖剣を産み出し、それでまがい物の神々から世界を救ったとされる伝説を遺したと謂う」

 「その聖剣がラグナロクですか……まさか」

 「ふむ。悟るのがはやい。やはり君はかしこい子だね。そうだ、君は……」

 「ぼくは、英雄ルーシスの子孫。ですか」

 おもいもしなかった事実にアルデとアビストメイルをのぞく一同はおどろきのいろを隠せなかった。

 「イゼ一族は英雄ルーシスの”子孫”というより、ルーシスとおなじ種の血を持つ”仲間”といったほうが近いかな」

 「なんでぼくは、自分がイゼの血を継いでいる人間だって知らなかったんだろう……」

 独り言のようにアルデはつぶやいた。

 「何十年前まで、イゼ一族は永らく大迫害の対象だったからね。差別の残滓(ざんし)はまだこの時代においてもどこかでただよっているから、少数となったイゼ一族は素性を伏せる生活を送らざるをえなかったのだよ。君の性が『バランス』である理由は、きっと君の両親が自分たちがイゼ一族であるのを知られたくないからだろうね」

 「そう……だったのですか」

 「わかったね? 君はイゼ一族だ。だからこそラグナロクに選ばれたんだ」

 「……」

 「そして君は、イゼ一族のなかでも、なかんずく英雄ルーシスの遺伝子を受け継いでいる子どもであることも証明されている」


 考えもしなかった真実をつきつけられて、アルデははげしく動揺した。それはもちろん、アルデに限った話でもなかった。


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